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ワールド・ブラインド   作者: 宝の飴
第一章 越境のアジャスト
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第二十七話 愛


 アイヴィは娘にできた同族の友人に対し好意的であり、いつも暖かい表情で接してくれる。


 「でも、ほんとに廉太郎れんたろうくんとは気が合うのね。あれから一度も喧嘩してないんでしょう?」


 その言葉には、少しだけ後ろめたい思いがある。

 気が合うのかどうか、その実本当のところは廉太郎自身にも分からないことだった。それは、そういった雰囲気は意図的に創り出しているものに過ぎないからだ。反発するようなことは口にせず、気に障るような言動は避けている。単に、喧嘩に発展しようがないというだけ。

 別にご機嫌でも伺っている程に打算的なものではない。相手の顔色を伺って当たり障りのない態度を取り続けるというのは、廉太郎にとってあまりに自然体だったのだ。


「あなたには期待しかないわ。わたしにしてみれば、降ってわいた都合のいい人間だからね」

「ぶっちゃけますね……」


 アイヴィの意図は察している。

 ユーリアが異性を意識するきっかけになり、また人間嫌いの歯止めにもなるきっかにもならないものかと期待されているのだ。

 後者はともかくとして、前者は――。

 しかも、孫を産む産まないという話をした後のせいで妙に具体的だ。


「――ぶっちゃけ、この子と付き合ったりしない?」

「本当にぶっちゃけてますね!?」


 ユーリア本人を目の前にしているのだが。

 だが、そんな言葉は彼女に対し何の支障を生むものでもなかった。照れるだとか、余計なお世話だと怒るだとか、或いは拒絶するだとか……彼女の感性はいずれにもあてはまるようなものではなかった。

 

「可哀そうなこと言わないで」


 咄嗟には、意図を掴みかねる言葉。アイヴィも同じく感じたのか、黙って先を促していた。


「私を相手にしても面白くもなんともないでしょう?」

「いや、そんな風に言わなくても……」


 そんな自虐ともとれる言葉に精一杯の誠意を振り絞っていた。それは本心だったし、そんな風に言わせてしまうことこそ可哀そうだと思ったからだ。

 しかし、妙に否定してしまいのも気があるような素振りである。そう思われてしまうのが怖くて、言葉は尻切れになってしまう。


「そうよ、相手次第なんだから。廉太郎くんだって、こうして可愛いって言ってくれてるのに」

「――えっ!?」


 そこまでは言っていなかった。言葉が曲解されてとんでもない口利きをされている。アイヴィも昨日はまだ内緒話にするなり取り繕うとはしていたのに、それすらする気がなくなってしまったのかアプローチが直接的だ。

 見境が無い。

 勘弁して欲しい。

 

「違いますよ!? いや、そう思ってないわけじゃないですけど、でも言うのと思うのでは意味合いが別って言うか……変な風に思ってるみたいじゃないですか……っ」


 見苦しいほど動揺してしまったが別にセクハラでもないのだから堂々と構えていればいいものをと、頭の冷静な部分では分かっている。

 女性に可愛いと言うくらい、むしろムキになって否定するほうが気がありそうな態度だ。それどころか悪い奉公にも捉えられかねない。こればかりは確実に対応を間違えた……内心冷汗をかきながら、恐る恐るユーリアを横目に映す。

 しかし本人は涼しい顔で、むしろその動揺をなだめようとする始末。


「照れなくていいわ。私は可愛いから」

「すごいな!?」

 

 女の子であれば誰でもそのように思っていて欲しいものだが、それを当然のように公言できる者がどれだけいるというのだ。

 その態度にもその実際の容姿にも、尋常ではない説得力がある。


「性格以外はね」


 思い出したかのように付け加え、


「その点、アイヴィは見た目も性格も完璧に可愛いでしょう? 目を向けるならそっちにしなさい」


 妹もそうだが、女の子というものは母親に対して割とカジュアルに可愛いと言えるようだ。現に成長速度や容姿が人間離れしているアイヴィはお世辞が介入しないレベルでそれだ。

 性格もそうだ……若干、恋愛事情への押しと巻き込み方が強すぎてついていける気がしないのだが。

 娘から紹介に預かったアイヴィは、真面目な顔でうなずいていた。


「……そうね、立場的にわたしが可愛すぎるのは不味かったわ」


 容姿に自信のある女しかいない。

 逆にやりやすい。反論はなかった。

 反論がないことを良いことに、彼女は脈絡なく爆弾を放りこんできた


「ねぇ、仮に恋人にするならどっちがいい?」

「え、えぇ……?」


 ――この人の思考回路はどうなっているのだろう。

 ちらちらと、目線で娘を指名しろと迫っているのがわかる。

 廉太郎がこの手の話に気軽に乗ってこない性格であるのはもう充分わかっているはずで、迷惑がられているのもわかっているはずなのに。


「そのへんにしたら? 困っているのが私でもわかるわよ」


 ユーリアの声が答えられない問いの重圧から解放してくれる。

 彼女はそうして、少しだけ真剣な顔で言葉を続けていった。


「私は色恋沙汰に関わらないほうがいい」

「そんなこと言って……」

「尊重していたいのよ」


 異性と同姓を区別できず、情欲を覚えることもなく、人に触れることもできない。

 だから恋愛など知識で知ろうとも理解不能。そうして無縁であるというのに、彼女はそれらに無関心でいようとはしない。


「相手に失礼でしょう? 同じ気持ちは返せないし、抱いてあげることもできない。だから私に目を向けること自体酷だと言ってるの」

 

 もの凄いことを言っている。

 体温が二度三度下がってしまいそうにな言葉。普通であれば触れるのは躊躇われるような内容であるのに、彼女は抵抗なく下世話な話に触れていく。

 感性の特別さが際立っている。しかし、だから品がないということはありえず、むしろそれこそが彼女の気高い品性を物語っている。自らの特異性を理解した上で、他人の価値観と真摯に向き合おうとしている

 それに対し母親の見解は、


「どう、廉太郎くん……? 触れないところとか、逆にぐっときたりしない?」

「それは――」


 親子してもの凄いことを言ってくる。

 立場は真逆なのだが、人との接し方のレベルで似た種類の気質すら感じてしまう。

 しかしその期待にだけは、どうやら応えることができてしまうようだった。












「――へぇ、この町ができた時から住んでるんですか?」

「そうよ。十七の時だから、ちょうどあなたたちと同じぐらいの歳の話ね」


 この町が一度崩壊したのが五十一年前のことで、行き場のない者たちがこの町に集いだしたのが四十六年前の事だ。

 だから、アイヴィはこの町が再び町として興ったのと同時期にここに住み着いたことになり、最古参の住人でもある。


「ユーリアと出会ったのはそこから四十年後の話だわ」

「えぇ、私は十歳でこの町に一人でたどり着いて、頼れる人もいなかったからね」

「あぁ、それで家族に?」

「そうよ」


 なんてことのない身の上話。この仲のいい、友達のような母子の馴れ初めの話は面白かった。会話は弾んで、話は当然廉太郎にも向いていくことになる。


「廉太郎くんはどんな家族と暮らしてるの?」


 廉太郎の世界に関して、二人はこれまで過度な質問を避けているようだった。興味がないわけではなく、それは気を遣てくれているという側面が大きいのだと思う。態度にこそだしていないが、二人とも廉太郎が故郷から隔絶している心ぼそさを慮って、それで話題にしないようにしてくれているのだろうと察している。

 しかし、話がそう流れているのに変に触れないのもそれはそれでおかしな話。廉太郎も、気遣いこそありがたいもののそこまで繊細な神経は持っていない。

 だから、気兼ねなく答えていた。

 しかし、


「両親と、それと妹と弟が――」


 そう口にした瞬間、食卓の温度が二、三度は下がったのを感じ取っていた。

 ユーリアもアイヴィも、態度には何も出していない。表情すら変えず、会話が不自然に止まったわけでもない。

 それでも、の言葉がなんらかの効力をもってこの場の空気を変えてしまったことを、廉太郎は敏感に感じ取っていた。

 分かってしまうのだ、人の顔色を見ることばかり長けているから。


「そう、長男なのね。どうりで落ち着いているわけだわ」


 ユーリアは気に入らないことがあれば不機嫌そうな顔を隠そうともしないので、それでとっつきにくい印象を与えてしまいそうだが、その実表情は意外なほど豊かなのだ。

 親し気な友人相手に見せる表情はむしろ少女的でもあり、自然に笑える魅力がある。

 そして、今もそのように笑ってはいる。が、今回ばかりはそれがぎこちない。


「うん。妹は二つ下で、弟は……十一個下になるのかな」


 だからあえて無視して話を進めていった。空気を読んで、読まない振りをすることが場を乗り切るのに必要なことだってあるのだ。責任の取り方でもある。

 明確な地雷に触れた確信はある。しかし、何に触れてしまったのか知るのが怖くて、できるだけ意識から追い出そうとしていく。


「十一って、人間でいえばだいぶ離れてるわね。二回り違うんじゃない?」


 アイヴィは鋭く感想を述べていた。人間であれば簡単に気づく通り、兄弟としてはかなり年が離れている方だろう。


「そうですね……正直、可愛くて仕方ないという感じです」


 弟のなごみは生まれた時からその面倒を見ていた。お風呂に入れたりご飯を食べさせたり……妹の七見とも、そんな役目を競うように奪い合っていた。

 携帯電話さえ壊れていなければ、この場で写真を見せびらかせていたというのに。

 本当に悔しい。


「想像できるわ。面倒見よさそうだもの、あなた」

「そ、そうかな……」


 ユーリアにそう言われて悪い気はしなかった。しかし、彼女だって子どもが好きだと言っているのだから面倒見はよさそうなものだ。現に、自分が今もの凄く面倒を見られているのだ。


「んー、妹とは歳が近いのね。どんな子?」


 アイヴィのその問いには、苦笑いで返すことしかできなかった。


「可愛いいやつなんですが、気難しかったり……難しかったり」

「難しい?」

「……実は不仲で」


 そう聞いた二人とも驚いているようで、それを不思議と嬉しく思う。


「えっ、意外……どうしてよ?」

「いやぁ、どうも避けられてて。二年間、話もしてくれないんだよね」


「二年間? それは寂しいわね……」

「えぇー……廉太郎くん、すごくいいお兄さんやってそうなのに」


 本当にそう思う。兄としてのここ二年間の振る舞いに、何が不満だと言いたいのだろう。あの妹は。

 原因ははっきりしているのだが。


「傷つけるようなことを言ったらしく、未だに許してもらえないというか……いや、俺はそんなつもりはなかったんですよ? 少し励まそうとしただけなのに……」


 事故を起こした妹の七見ななみは、その顔に傷を負い左目も喪失した。廉太郎はそれを気遣っただけなのだが、それだけのことが気に障ってしまったらしい。

 七見はプライドが高すぎたのだ。正直、未だにその価値観は理解を超えている。

 思い出したら憂鬱になっていた。今頃どんな悪態をつかれていることだろう……そんな溜息混じりに、飾らない感情を吐露していく。


「正直、妹――女の子の気持ちってわかりません。全然別の生き物なんだと痛感してます」

「……ふふっ」


 そこでユーリアは脈絡なく笑いだしていた。ふと視線を向ける。

 彼女は思わず零れたような笑い声を上品に手で隠しながら、


「失礼、嬉しくて」

 

 そう楽しそうに言った。


「……何が?」


 怪訝に聞き返すも軽くはぐらかされてしまう。言った傍から彼女の気分を不思議に思わされる。

 彼女は特異性を踏まえてしまいさえすれば、分かりやすい方の異性だと思っていたのだが。


「そうねぇ、じゃあ帰る前にその気持ちってやつを勉強していったら?」


 そう、アイヴィは鈍感な子どもを諭すように笑って言う。

 感情の機微には敏感な方であるし、今の会話から推測できる情報があるのなら教えて欲しいと切実に思った。

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