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ワールド・ブラインド   作者: 宝の飴
第一章 越境のアジャスト
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第二十五話 愛し子

「ここ、教えなかったのは悪かったわね。来て良かった」

 

 図書館からの帰路、後ろを一度振り返りながらユーリアは呟いていた。どうにもここに来るのを渋っていたようなので、それは不利益なことだったと気まずく思っているのだろう。

 しかし、それも仕方がない。情報など何もないと思っていたのは、廉太郎も同じなのだ。


「予想だにしなかったわ。まさか、アニムスが情報を持っているだなんて……」


 アニムスは別世界の存在を知っていた。そして、そこから訪れた人間に接触している。アルファベットを知っていたことから、廉太郎と同じ世界から来た人間であることも間違いがない。


「もっと色々知ってるみたいだったけど、なんで教えてくれないんだろ」


 その人物とは何者で今現在どうしているのかなど、知っていそうであり重要なこと。廉太郎が特に知りたいことは結局何も分からないままだ。

 帰る手段など、彼は一言も述べていなかった。


「彼は……気難しいけど、嫌な人ではないわ。だから、そのうち口を割ってくれるかも知れないわよ?」


 今回は追い出されてしまった以上、引き返しても煙たがられるだけだ。彼は気分次第で対応を変えるようなタイプらしいので、不用意に好感度を下げるのは避けたい。

 そう日を長引かせるわけにもいかない以上、焦りはある。しかし、焦った行動は足元をすくわれかねない。


「その、あの人って……」


 アニムスが別世界について知っていたのは、単に偶然の出会いによるものなのかもしれない。現に、ユーリアが知ったのも偶然廉太郎に出会ったことによるものだ。だから別に、アニムスが特別な存在だというわけではないのだろう。

 しかし、それ以上に気になるのは彼に対するユーリアの態度だ。人間嫌いで、しかも苦手そうにしていたわりには、随分と好意的に見えたのだ。

 つまり彼は人間ではないのだろうと、自然に思ってしまう。見た目は何ら人間と変わらなかったが、見た目だけならそういった種は少なくない。エルフなどがそれだ。

 しかし、


「いや……分からないわね」

「分からない?」


 妙な話だとは思うが、人に多様な種がいるのならばそういうことがあってもおかしくはない。性別や年齢、国籍などが見た目でわからないことだってあるのだ。


「その、たぶん人間ではないと思う。人間ではありえない若さを保っているから」

「ふぅん、何歳くらい?」

「それも確かではないけど、少なくとも五十は超えているわ」


 それは明らかに人間ではない。アニムスの見た目はどう見ようとも若々しい青年であり、二十台のそれだった。


「彼は、この町の元々の住人で……唯一の生き残りなのよ」

「元々の……」


 五十年前、ここら一帯の土地には人が住めなくなった。大陸の東、半分以上の広大な土地が瘴気に犯されたのだ。

 ラックブリックの町では住人がただ死に絶え、残ったものも皆西へ逃げていった。その後しばらくして、安全圏を支配する人間の排他的虐殺から逃れた者たちが、廃棄されたこの町の跡地に集い暮らすようになった。


「え……じゃあ、人が集まりだすまで一人でここに住んでたってこと? なんのために?」

「それも分からない……というか、彼については誰も、何も知らないはずよ」


 種族も、年齢も。


「我が物顔でこの町跡に集った人たちも戸惑ったでしょうね。彼は無人の町で、平気な顔で図書館を運営し続けていたそうだから」

「えぇ……」


 変人奇人を通りこして、もはや気でも触れていたのかと疑ってしまいそうになる。

 それは、そんな話が五十年語り継がれるくらいの衝撃にもなるわけだ。


「そんなわけで、この町に興った新政府と彼の図書館は独立しているのよ」

「独立?」

「そう。住み分けてるから、国の中に別の国があるようなものよ」


 町立の図書館ではなく私立の図書館。だから、町から給料を貰っているわけではなかったのだ。それで入館料をとるでもなく、寄付にだけ頼っているとは……。


「あぁ……図書館が好きなんだろうな」


 少なくとも営利目的ではないくらいに。それも恐らく一人で運営し、そこに住み着いてまでいる……。


「あれ、ラヴィって子は?」


 アニムスの使い走りのように扱われていたが、どういった関係なのだろうか。普通に考えればそこで働いていることになるのだろうが、何となくあの男が人を雇うところが想像できなかった。

 雇うとしてもあんな格好はさせまい。

 それくらい目を引く。館内の風紀が乱れる。


「そうね……あの子もめったに顔見せないし、名前くらいしか知らないわ。人間だとは思うけど、確証は――」


 突如、彼女の背後に重なるような人の影が現れ、


「私は人間だよ?」


 そう、耳元に囁いていた。


「――っ!?」


 降って湧いた人の気配に、ユーリアは飛び上がるように振り向かされてしまっていた。動物が背後から手を伸ばされて、触れられる直前に身を跳ね上げるのに似ていると思った。

 ラヴィは買出しを終えたのか、手に紙袋を抱えていた。改めて見ても奇抜な格好で、やはりゴスロリなのだが、その立ち姿には違和感がなく絵になっている。どうにも想像しやすい可愛らしさとはまた別の、パンクファッションにすら感じさせられるのだ。


「驚きすぎ。それが面白いから館長が触れたがるんだよ」

「あななたち……いつもどうやって近づいてくるのよ? 瞬間移動でもこんな接近は許さないのに……」


 そう言って、彼女は心臓を抑えていた。相当驚かされている様子で、そんな不意打ちに怒るでもなく勘弁して欲しいような目で訴えている。

 ラヴィが不意に現れるのは二度目だった。向き合ってユーリアと話していたのだが、彼女の後ろにいつ忍び寄ったのか声が上がるまで気が付きもしなかった。館長といい、図書館に連なる二人には神出鬼没の気がある。  

 怪しさを秘めた行動だというのに、そんなラヴィは自分を人間だと宣言していた。

 ラヴィは感情を隠すように顔を変えず、ユーリアに対して軽く頭を下げて見せた。


「さっきはゴメン。気が立ってて、それで八つ当たりしてた」


 館内で、彼女は軽くユーリアに因縁めいた視線を送っていた。ユーリアにも覚えはなかったようなので、それは確かに八つ当たりだ。

 それを怪訝に思ってはいたようだが、こうして謝られて突き放すような性格ではない。


「そ、そうなの……? あ、あるわよね……分かるわ」


 それでもラヴィが人間だということで、どうもぎこちない会話になってしまっている。しかし、先制で殊勝に謝られているせいで、はっきりと交流を遮断することも切り出せないようだった。

 それはラヴィも分かっているようで、取り繕うことなく肝に触れていった。


「話をするのは初めてだっけ? よろしく……別に、無理して親しくしなくてもいいけど」

「べ、別に、嫌う理由はまだ……ないし」

 

 嘘。

 人間というだけで、彼女ははっきり嫌ってしまうはずだ。しかし初の会話で、しかも目の前で相手に指摘された直後にそんな態度を取るのも変な気がしたのだろう。なんとか、形だけでも友好的な態度を取ろうとしている。

 しかし、そんな彼女に対しラヴィは、



「そう? 私にはあたたを嫌う理由があるんだけど」


 再度、殴りかかるような言葉を放っていた。険悪な態度を謝罪したばかりだというに、やっていることがあべこべである。

 明確な敵対行動。これに対しユーリアは当然のように、或いは遠慮なく、まっすぐ相手の目を見据えながら詰め寄っていた。


「……何よ? 言ってみなさい」


 ところが、


「いや。理由はあるけど、嫌うのは止めたから」


 ラヴィには言い合いをする気も、何もないらしい。そのくせ他意だけは多分に含まれている。ユーリアでなくとも、その態度には困惑させられ、或いは不安になってしまうだろう。


「――えっ、なに? ……いや、分かるように言って?」


 誤解があると悟ったのか、相手の意図を確かめるように諭している。心なしかその口調も優しく感じられる。


「館長がね、あなたを許すっていうから」

「いやだから、私何かしたの……?」


 そこでアニムスの名がでてくる意図も分からない。隣で聞いているだけの廉太郎も、頭が痛くなってしまうようだった。


「最初はあなたを殺そうとしていたみたいだけど、でも男連れだったのが良かったのかな?」

「話聞きなさいよ……」


 物騒なことを口走っていてひやりとさせられたのだが、ユーリアはそれよりも話が成立させてもらえないことで気がいっぱいになっている。驚くだとか聞き返すだとか、それすらできなくなるほど混乱しているらしい。

 どうにも、相手の意図が掴めなくなることが苦手な性格だと言われていた。


「男連れって……俺のこと?」


 つい口を挟んでいた。それでどう、何が変わったのか、まるで分らなかったからだ。

 ラヴィはそこでちらりと廉太郎に視線を合わせ、


「そう。急に泣かせたりしてね」

「……ぁ」


 話が二つ三つ前に戻されてしまった。ユーリアが急に態度をおかしくしてしまった理由について、アニムスが話しかけてきたことでうやむやにされてしまったのだ。

 それも、やけに確信めいて口にしている。どこからか見ていたわけでもないだろうに、なぜそんな些細な事情を把握しているというのだろう。

 

「ねぇ、あなた何が言いたいの? 喧嘩売ってるの?」


 ユーリアは苛立っているというより、痺れを切らしたようにまくし立て始めていた。そんな様子を見て、ラヴィはわずかに口元を緩め、


「そういうらしくないところが見れたから、私たちは溜飲が下がったんだと思う」


 最後にまたもや不可解なことを言い残して、そのまま平気な顔で別れを告げるのだった。


「じゃあね、またお話しよう?」

「いや、私は会話なんてできた気がしないのだけど。勝手に……」


 どうやら一方的に話は終わらせられたらしい。

 当然納得がいかない様子のユーリアをよそに、彼女は思い出したかのように廉太郎にも手を振った。

 

「廉太郎、とりあえず図書館には通うといいよ。その子も連れてね」


 そうして、幻のように消えてしまった。その事実について、わざわざ驚くだけの気力は二人とも残っていなかった。

 ふと、気づく。


「俺、名乗ったっけ?」

「知らないわよ……」



  




 疲れた様子の彼女に、ふと声をかけていた。


「そうだ、これはうやむやにしたくないから聞くんだけど」


 というか、アニムスに横入りされなければ、あの時教えようとしてくれたことだ。


「最近は……何をしてるって言おうとしたの?」


 むしろ聞きたかったのは、何が原因で化粧室に駆け込むようなことになってしまったのかということだ。最近は、と言いかけて、彼女はどうかしてしまったのだ。

 地雷であるならば、二度と触れないようにする話題だ。だから知っておきたいし、むしろ何か悩みでもあるなら――。


「最近? あぁ、何をしていたかって話ね」

「そうだね」


 彼女は笑っていたし、笑おうとしていた。


「……子どもの相手をしていたわね」

「子ども?」

「好きなのよ」

「へ、へぇ……」


 意外だ。

 申し訳ないが、いわゆる保母のようなタイプには見えない……というより、子どもとうまくやっている様子が似合わない。


「あいつらは自分のことしか考えていないように振る舞うけど、それでもまだ未熟なのか……迫害意識も薄かったりするのよね」


 さらに意外なことに、人間の子どもの相手をしていたらしい。子どもの無邪気さであれば、彼女はまだ嫌いになれないのだろう。

 それを理由もなく嬉しく思う


「で、その相手してる子供って? 今はいいの?」

「……さぁ、向こうも忙しいのかしらね。顔を見せてくれないわ」


 この二日間、そんな子供の影は見ていなかった。ユーリアを独占してしまっているようで、顔も知らないその子に対し申し訳ないような思いが胸に浮かんでくる。



――――――――――――――――――――――



 廉太郎には子供が好きだと言ってしまったが、そんな事実は欠片もなかった。

 幼い子供であれば何をされても気が咎めたりしない……そう大人は言うのだけれど、私はそこまで人としての器が大きくない。普通に怒ってしまうし、嫌いにもなる。言ってしまえば、大人相手と同じように接することしかできない。

 だから、私は子供が好きなのではなく、子供の一人を人として好きになったのだ。

 正確には、好きになろうという努力をしていた。

 なにしろ私を慕ってくれたあの娘は、私の大嫌いなただの人間だったから。

 最後まで素直に接してあげられなかったあの女の子。

 どれだけ好いていたのか自覚できたのは、この手で命を奪った後。

 毒のように苦しくなった愛おしさだけが、じわじわと私の心を蝕んでいくのがわかる。


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