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ワールド・ブラインド   作者: 宝の飴
第一章 越境のアジャスト
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第二十三話 情緒不安

 何かを調べようとする方法として、まず選択肢に上がりそうなものが本に頼ることである。パソコンもインターネットもないこの世界において、ここ以上に情報が貯蔵されている場所はないだろう。

 図書館。

 町の中でも相当目を引く建物で、機関本部棟に次ぐ大きさを誇っている。それを見れば、所蔵している本の量や情報の多様性に期待せずにはいられない。

 しかし、


「私は無駄だと思うのだけど……」


 ユーリアは望む情報などここでは見つからないと思っているようだった。たしかに、魔法が存在するようなこの世界でも別の世界の存在は認められていないのだから、それに関する情報が確かなものとして本に記載されていると思えないのも確かである。

 それでも、ここに訪れない理由はなかった。


「わかってるよ。そこまで期待はしてない」

「ならいいわ」


 無駄足になるのは覚悟の上だが、単に覗いてみたいという好奇心もあったのだ。図書館の落ち着いた内装と雰囲気が、廉太郎は好きだった。熱心に通っていたわけではないが、事あるごとに地元の図書館で過ごすようにしていた。適当に本を眺めたり、勉強をしたり。

 より立派な図書館ともなれば、心が惹かれる。

 そんな廉太郎をよそにユーリアは、少し、なじるような視線を向けていた。


「目ざとく見つけたわね。わざと教えなかったのに」

「なんで!?」


 意地悪で黙っていたわけではないだろうが、わざわざ秘密にしようとする理由もないはずだ。廉太郎の目的を思えば、真っ先に紹介してくれてもよさそうな場所であるのに……。

 彼女はどうも、この場所そのものに乗り気ではなさそうだった。


「あんまり好きじゃない?」

「ん? 本も好きだし、ここも好きなのだけど……」


 別に図書館特有の静寂した雰囲気が嫌いだとか、本に囲まれると気分が悪くなるだとか……そういうわけではないらしい。

 どうにもはっきりさせないその態度に違和感を覚えながらも、高所にそびえ立つ図書館への階段を上っていく。


「あぁ……注意書き読んでね」

 

 入り口に書かれているのは私語や飲食の禁止、本を傷つける行為の禁止などのありふれたもの。言われるまでもないことなので、ざっと表面を読み飛ばしていった。

 逸る。

 外見からして、博物館のような格すら感じさせられる。おそらく内装も凝っているのだろう……そう期待しながら扉を開け、


「――えぇ……?」


 言葉を失っていた。

 大きな建物で、図書館だ。最低でも五階はあるだろうと思っていたのに、いざ中に入ってみればあろうことか吹き抜けになっていた。

 それだけでも驚きであるのに、よリ目を引くのはその本棚。館内に列をなして並んでいるわけでもなく四方の壁に密接しているのみ。それで、その大きさが甚だしいほど規格外。見上げる程高いその天井に届いている。

 壮観だが、実用性は皆無。

 どうやって本を選び取れというのだ、梯子でもかけろというのか。なぜ本が読みたいだけでそんな恐怖体験を強いられなけばならないのだろう。

 一応、館内左右にはある程度上階のフロアにあたる通路が存在し、その周囲には手が届く。それでも、大半の箇所はそこからも遠ざかっていた。

 一階には机や椅子、ソファなどが並んでいるのみ。利用者は多くないのか、まばらに腰を下ろしている人たちが目についている。


「……どうしたの?」


 ユーリアは挙動が不審になった廉太郎に、怪訝な顔で囁いている。

 

 異文化という点では最上のもの珍しさに、いっそ感心させられてしまう。奥まで踏み込んでいくと、この崖のようにそびえ立つ本棚から本がなだれ落ちてこないものか不安になってしまう。

 というか、地震でも起きたらどうするつもりなのだ。


「初めてだな、お前」


 きょろきょろと見渡しながらカウンターに近づくと、司書らしき男性に声をかけられていた。中央位置する円形状のカウンターからは、館内の様子が余すことなく見渡せる。こういう職に就いている以上、訪れた新顔にも敏感なのだろう。


「はい」


 細身の男で、司書らしい知的さを感じさせるような鋭い顔つきをしていた。どことなく神経質そうな印象に違うことなく、彼の口調はとっつきにくさを与えてくる。

特定席のようなカウンターは来館者の対応に特化するというよりも、司書が象徴として鎮座している台座のようでさえあった。

 

「不慣れなやつが取ろうとすると崩れる。一言声をかけろ、取ってやる」


 発言の意味を理解する前に、上から本が一冊落ちてくるのが目についた。思わずつられて目を向けると、その本は真下で待ち構えていた人の手に当然のように収まったようだった。

 よく受け止められたものだ、絶対に手が痛い。そう驚いていたところで、また一冊の本が飛んでいく。それは落下しているというよりも、風船のようにふわふわ浮遊しているようだった。同じく、それも誰かの手の中に収まる。

 当然のように、手が届かないところから本を手にしてみせた。それ以上、廉太郎は理解しようとするのを諦めた。

 

 ――あの力、標準搭載なのだろうか。みんな目もいいんだな……。


 

 


 検索機能のない図書館がこれほど不便だとは思わなかった。

 厳密に仕分けはされている。ジャンル、専門分野ごとに。しかしそれでも、探しているモノがモノだけにどうしても探し出せる気がしない。

 つまり、別世界についての本が何に仕分けされているのか分からないのだ。魔法的な本から探せばいいのか、それとも歴史か神話か……都市伝説の類いということもありえる。というか、元の世界で同じような本を探そうと思ったら怪異譚くらいからでしかアプローチできそうにない。

 その上で、探させる気のないような本の配置だ。目が届く範囲ですら見上げていると首が痛くなる。

背表紙のタイトルを眺めているだけで、気も目も体も披露してしまう。

 司書に尋ねるのも得策ではない。荒唐無稽な対象とはいえ、別に何かを調べようとすることはおかしなことではない。ただそれでも、不用意に変な印象を与えるのはやめておいた。別世界から来たことを隠せというのは、ユーリアからもロゼからも言われていることである。

 すると、


「はいこれ。それらしいものを適当に見繕ってきたわ」


 一人離れていたユーリアが頃合いを見て、抱えられるだけの本を持ってきてくれていた。てっきり別の用でも足しているのだろうと思っていただけに、二重で驚かされてしまう。


「あ、ありがとう……。でも、どうやって?」


 検索用のパソコンでもないと探し出すのは不可能な量だ。見てみると、どの本のタイトルにも別の世界を匂わせる言葉が含まれている。この大量の本の中から、一体どうやってすぐさま該当する本を見つけ出してみせたというのだろう。

 そんな疑問を彼女はなんでもないことかのように返していた。


「単に、背表紙を目で追って探しただけよ? ここからざっとね」

「え? ……すごいな、それは」

「目がいいのよ」


 そう言って得意気に自分の目を誇示している。魔力によって生み出された疑似眼球だ。双眼鏡くらいの視力は、きっとあるのだろう。

 確かに、それならば離れたところから一面の本の背表紙に目を通していくことはできる。いっそ、棚が縦列していないほうが探しやすい手段なのかもしれない。

 しかし、それだって特定の文字を含むタイトルを探すとなれば時間がかかるはずだ。

 単に視力がいいだけではこうはいかない。速読的な判断能力も持っているはずだ。


「すごいな」

「……ふっ」

 

 そんな称賛の視線を気持ちよさそうに受け取りながら、彼女は手持ちの本を渡そうとした。そして、ふと渡せないことに気付く。十冊ほどの本を重ねて、それで両手で抱えて持っているのだ。それを人に手渡そうとなれば、どうあっても手か腕が互いに触れてしまう。

 そのまま、代わりに机の片隅へと荷を下ろしてくれた。


「さてと、次の本をもってくるわ」

「あっ、まだあるの?」

「だいぶね」



 それから彼女が持ってきてくれた本の総数は、とても一日で読めるものではなかった。 

 予想していたとはいえ、それらのほとんどは小説や御伽噺、民謡、伝説、神話……それから怪談の類い。創作物でしかなく、言ってしまえば役にたちそうにないものだ。もちろん、伝説や御伽噺は事実に根ざしたものである可能性も十分にあるため、一概に切り捨てることもできない。

 内容を大まかに理解できる程度に、流し読んでいく。


 ――見飽きたものと違って、面白いといえばそうなんだけど……。


 しかし、時間が経つにつれやる気が無くなってしまう。まだ半分近くにしか目を通せていないが、徒労に終わるという確信だけが増していくようだった。

 持ってきてもらった手前、途中で投げ出すわけにもいかない。それでも彼女をつき合わせてしまっていることに息苦しさを感じて、休憩がてら声をかけていた。


「俺はまだ少しここにいるけど……先に帰っていたら?」


 彼女も本を読んではいたが、それは廉太郎に持ってきた本だ。興味関心から読んでいるのではない。単に、手伝おうとして調べてくれているのだ。

 心苦しい。


「ん、邪魔なの?」

「まさか。でも、もう二日まるまるつき合わせてるだろう?」


 彼女と出会って町に連れられた翌日、そして今日。彼女はつきっ切りでサポートしてくれている。

 見返りになることは、何もできそうにない。


「本当に、涙がでるくらいうれしいんだけど……」

「したくてしてるのよ。別に、今することないし」


 確かに、彼女はこの二日間何をするという様子もなかった。どういった形態で働いているのかは聞いていないが、魔術師としての職務はどうなっているのだろうと疑問に思う。


「でも、休みを無駄にしてるとか……そう思うだろう?」

「別に、私はあまり忙しくしてないから。指示がない間は自由だし、しばらく休日みたいなものよ」


 しかし、そう言ったって他にやることやしたいことはいくらでもあるだろうに。

 趣味とか。

 どうあれ、他人を自分の都合で拘束し続けるのは心苦しいのだ。


「じゃあ、普段の休みはどう過ごしてるの?」


 だからつい尋ねていた。


「どうって……」


 咄嗟に答えようとはしなかった。プライベートなことを聞かれて、答えられないということも割とある。珍しいことではないし、その気持ちは痛いほどわかる。

 しかし家にまで泊まらせている相手だ。そんな気兼ねない性格なら、余暇の過ごし方くらいは気軽に話せそうなものだとも思う。


「最近は?」

「最近……そうね」


 別に、詰問したつもりもない。聞かれたくないものだとも思わなかったし、彼女もそんな素振りは見せなかった。性格からしても、踏み込んでほしくないことにはすぐさま警告が飛んでくるものだと思っていた。

 だから、これは安全圏から野鳥を観測しているようなもの。

 本当に些細な会話だったはずだ。


「最近は――」


 彼女の言葉は断ち切られた。自分で言い終える前に、勢いよく席を立ちあがっていたからだ。

 突然の脈絡のない行動に唖然として、その顔を見上げていた。


「――……っ!」


 彼女はそんなの視線から逃れるように顔を逸らしている。そのまま足早に物陰へと一人、消えてしまった。

 彼女に何があったのか、自分はどうすればいいのか。咄嗟のことに何も考えられなかった。

 一言すら、かけることができなかった。

 何か気に障ることでも言ったのか……否、そんな様子ではなかった。あれは、いっそ別の――。

 いずれにせよ、このまま無視しておくことはできない。そう思って後を追ったのだが、姿の見えなくなった彼女はどうやら化粧室に消えて行ったらしい。柱によって死角となった物影まで移動すると、女性用の一室の扉が行く手を塞いでいた。

 当然それ以上進むこともできず、どうしたものかと心がざわついていく。

 それほど時間を空けず、彼女は戻って来た。


「あっ……」


 まさか、入口付近で待ち構えられているとは思わなかったのだろう。彼女は少し驚いたように目を向けている。


「その……」


 気まずい。

 なにやらただ事ではないと思ったのだが、こうして戻って来た彼女は普段と変わらない様子。なんでもない事であったのなら、過度に心配した様子をみせてしまったために、無用な世話だと思われてしまいそう。 

 どうあれこうして待ち受けているのはあまりよくなかった、ような気がする。場所だけに無遠慮というか、無配慮というか……。


「ごめん」

「……何が?」


 曖昧な謝罪だ。意図が伝わらないのも無理はない。

 当然のように怪訝な表情で返される。


「何だろう……てっきり、どうかしたのかと思って」


 思いっきり言葉を選んでいた。確信に踏み込むのも躊躇われてしまう。

 話の途中で化粧室に駆け込む理由など、それですぐ出てくるなど……怒ってしまったのか、それとも泣き出してしまったのかくらいしか思いつかなかったから。 

 彼女はその言葉に、


「どうかしてる……私、どうかしてる?」

「それは、俺には分からないけど……」


 やはりどうかしている。

 そうでなければこんな風に自問するようなことは言わないはずだ。態度も明らかにおかしい。

 何か嫌な事でもあったのだろうかと、順に彼女に起こったことを思い出していた。

 病棟でのもめごと、人間相手の敵対心、ロゼの一件、それから洞窟での負傷。

 いったい何が今の彼女をどうかさせているのかは分からない。それこそ、夢の中で会話したロゼはユーリアには色々あると言っていたのだ。

 不安定で、参っているとも。


「……涙ってさ、気持ち悪くない?」

「気持ち悪い?」


 そんな風に思ったことはなかった。唐突に紡がれた彼女の言葉は、本人でも無意識に吐いたものであるかのように、さらりとも脈絡ない。


「だって、目から体液が流れるのよ? 怪我でもしたみたいじゃない。実際痛みはあるのだし……」

「……泣いてたの?」


 触れてほしいのかと思った。


「例えばの話よ」


 彼女があまりに自分とは関係ない事のように話すものだから、その真意はついに掴めないまま。


「泣くってことはそれぐらいどうかしていることだから……できれば、どうにもならないように生きていたいものだわ」


 何を思って話しているのかもわからず言葉も散らかっているが、要は泣きたくないと言っているだけだ。それだけで、一体彼女がどうしてしまったのか気を揉んでしまう。

 平気なのか、平気でないのか。どちらにせよ、思うところが何かはあるはずだ。

 でなければこんな思わせぶりな言動はしない。

 なのに、彼女は変わらない顔を続けて言う。


「で、今どうかしているのはあなたの方でしょう?」

「……そうなの?」


 元の世界に帰る方法は見つからず、魂にも魔力による負荷がかかっている。それを思えばかなり切羽詰まっていると言えるのだが、それでも不思議なほどに精神は安定していた。

 それほどまでに恵まれている。誰も彼も親切で、優しく手を差し伸べてくれているからだ。

 だから、状況は大変なのだが、廉太郎はどうもしていない。

 

「そうよ。だからあなたのために時間を使うのは当然だし、そうしたいのよ」


 そういって元々の会話に繋がれてしまった。こうしていることこそが、休みにしたいことなのだと。

 なにやら無理やりな気もするし、強引に話を逸らされてしまっているような気にもなる。そもそも直前の会話は少し違ったものだったし、そこに繋がる文脈として切り出された話題ではない。

 涙はどこにいったのだ。  


「そういえば……確か、涙は透明なだけで、血なんじゃなかったっけ?」


 ふと、脳裏をよぎったことを口に出していた。

 彼女が、涙を怪我のようだと言っていたから。

 確かな記憶として覚えているわけではないのだが、そのような話を聞いたことがあった。それを知ったとき、廉太郎もまた涙を流すという行為に抵抗感を覚えたような気がする。

 それでも、涙は抑えようとして抑えられるものでもないのだし。

 日常の中の些細な豆知識を披露したつもりだったのだが、それを聞かされたユーリアは露骨に気分が悪そうな顔で動揺している。


「う、嘘!? ……冗談言わないで」


 それはむしろ、先ほどよりただごとではないというか、それこそ泣き出してしまいそうな顔で、 

 

「ご、ごめん!? 嘘……嘘じゃないけど記憶違いだった。今思い出した」


 そう言ってしまうしかなかった。発言を取り消すなら嘘と言ってしまったほうが信憑性が高いはずだが、嘘を故意についたと思われたくはない。

 慌てて発言を捻じ曲げた様子に、彼女はいくらか安心してくれたようだった。


「でしょう? 怖い事思い出させないで……すごく痛かったのよ」


 彼女の本来の視力が失われたその理由は知らないが、現に盲目である相手にあまりに気の回っていない話をしてしまったらしい。

 どうやら失明の原因は出血を伴うものであったようだし、それは少なくない心の傷を与えているようだ。

 当然だ。

 

「ごめん……別に、嫌なことを言うつもりじゃなくて」

「ん、気にしないで。それは分かるから」


 恐る恐る顔色を伺っても、彼女が気にする様子はない。確かに感情的な部分があり、怒りやすい性格なのは間違いないが、それでもやはり人に優しい所もある。寛容で、性格の気持ち良さを感じる。

 ふと、彼女が呟く。


「――最近はね」


 それは、今度こそ先ほどの会話の続きだった。彼女が様子を変えてしまった、言いかけて席を立った言葉。

 それが彼女のどうかしているものに直結しているように思えてならず、廉太郎は妙に緊張しながら耳を傾け――


「煩いんだよ、お前ら……叩き出されたいのか?」


 耳元で聞こえた脅すような男の囁き声に、心臓が止まりそうなほど驚かされいた。


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