表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワールド・ブラインド   作者: 宝の飴
第一章 越境のアジャスト
22/149

第二十一話 生命

 まさか断られるとは、その場の誰も疑っていなかった。一様に戸惑いながらも、ロゼは冷静に話を進めようとしてくれていた。


「そうか。うーん、先約でもあるなら私に免じてくれないかな。実はこの子事情が――」

「廃棄する」


 有無を言わさず、グライフは結論を投げつけている。彼のその言葉をしばらく誰も飲み込むことが出来なかった。

 真っ先に聞き返していたのは、最も気の強い彼女だった。


「……何ですって?」

「誰にも譲る気はない。こいつは俺と共に処分するように、既に頼んである」


 睨むようなユーリアの視線を軽くいなしながら、彼は傍らの人形を顎でしゃくって見せていた。

 人形の表情は隠されていて、特に反応らしいものは伺えなかった。この場の誰もがそれを物として扱っているものの、詳細を知らない廉太郎には気が気でならない。

 言葉はわかるのか、知性はあるのか……そんなことを考えていると、いてもたってもいられなくなる。

 思わず、口を挟んでいた。


「こ、殺すって言うんですか? この子を……?」


 思わず零れたのはそんな言葉だった。それはもう、自然と感性から生まれたもの。少し、人形と呼ぶには完成度が高すぎる。高すぎて、もう人と変わらないのではないかと思ってしまうのだ。

 そう思えば、この男が宣言したのは小学生を殺すと言っているのに等しい。

 

「……何?」


 グライフは、その言葉に大きく反応してみせた。それまで、彼はこの来訪にまるで興味を示そうとしていなかった。あしらうようなその態度は一変し、驚いた表情で廉太郎の姿を捉えている。


「今……なんと言ったお前、殺すだと? まるで生き物相手に使うような言葉だな」

「で、でも人形って言ったって……」


 言い返す言葉は何もなかった。男の反応を見るに、やはり生きていると思うのは早計だったのだろうか。

 事実それは、これまで何の意思も示そうとしていないのだから。


「……廉太郎?」


 傍で顔を覗き込んでいるユーリアは、廉太郎の様子に違和感を覚えたようだった。

 そこで疑問を確かめようとする。人形とは何か改めて尋ねたところで、きっと発言の意図と認識は食い違う。

 だから問うべきなのはもっと別の、直接的なこと。


「人形って……人間とはどう違うの?」


 その体は何でできていて、どうやって作られたのか。

 

「どうって……」


 彼女はその問いに答えられなかった。質問の意味を、咄嗟に理解できなかったのだ。代わりに口を開いたロゼは、廉太郎の意図を察したように端的に指摘してみせた。


「肉体の構成と機能は全く同じだが根本から異なる。人の腹から生まれた我々と違い、人工的に造られた物だ」


 どうりで見た目には人と変わらないはずだ。

 人工的に人を造るという言葉には二通りの意味が考えられる。つまり、遺伝子操作を介しての出産か、それとも――


「そうだね、母体を通さず造るんだよ」


 つまり、人工生命だ。

 それこそ創作の中でしか目にできないような、フラスコや試験管の中で化学的、錬金術的に造りだしてしまう技術。

 しかし、


「えっ? それなら……生まれは特別でも、人間には変わらないんじゃないですか?」

 

 人工生命とはいえ、生命はあるのだ。

 人形という呼称には納得がいく。しかし、物扱いできるものではないはずだ。虫やネズミの死体ですら、物と同等に扱うには抵抗があるだろうに。


「いいや、魂がないから。人間どころか生き物ですらないんだ」

「た、魂……?」


 また魂かと思うと、嫌でもうんざりさせられてしまう。廉太郎にとってはそれだけ馴染みが無いものだ。

 魂など概念としてのみとらえられる物で、実在の証明などできるものではない。しかし、この世界では確かなものとして扱われている。

 ロゼはそんな戸惑いすらも察してくれたのか、もっと単純に指摘してみせた。


「ほら、あれは喋らないし動かないだろう? 自我がないんだよ……脳はあるんだけどね」

「自我がない……」


 しかし、仮にそうだとしてもやはり違いを明確にできなかった。どうあれ心臓があって動いている以上、生きているのではないかと思ってしまう。

 こういった存在を、元居た世界ではどう捉えるのだろうか。遺伝子の全てが人間と変わらないものを生み出したとしたら、それは忌避されるかもしれない。多くの立場で議論もされるだろう。純然な人間と誰もが思う訳ではない。

 それでも、それを命と呼ばない人がいるだろうか。或いは思想や立場からそうみなしたとしても、実際に物扱いできる人などいないのではないか。

 そう思いたかった。


「うーん、魂を持たない物を生き物とは呼ばず、知性のない者を人と呼ばないんだ。単に私達がそう捉えているだけなんだが、君にとっては違うのか?」

「ロゼさん……」

 

 先ほどから彼女は、廉太郎の背を擦ってくれていた。言葉や態度以上に動揺していることを察してくれているようだった。彼女には事情のため、別世界から来たことまで明かしている。それで、前提知識の差に気を配ってくれているのだ。

 人の手に触れられていると気が楽になるもので、徐々に気持ちが落ち着いていく。

 そしてふと彼女の右腕がなかった事を思い出し、いつの間にか自分の右側まで移動してくれていたことに気付いた。普通できるだろうか、利き手を落とした原因を気遣ってそんなことを。

 感じるありがたさは、胸がいっぱいになってしまうほど。

 それほど彼女は好ましい人間であるのに、それでもあの人形に命があるとは思わない。それが無性に切なくて、この世界が好きになれないということを再度自覚させられてしまう。


「……妙な男だな。人であるかそうでないか、理屈などなくとも一目でわかるだろうに」


 グライフはそんなやり取りを興味深そうに聞いていた。しかし、それで態度を変える気はないようだった。


「だから猶更、お前にだけは渡したくない」

「なんでよ!?」


 それまで静観していたユーリアは、そこで思わず声を上げていた。男の理屈が不可解で、いよいよ我慢が出来なくなったのだろう。


「何が気に入らなかったの? そもそも、わざわざ廃棄にこだわる意味だってないでしょう」

「意味は俺が決める。これは俺のものだから、共に死のうと決めているだけだ」


 言葉を失ったのは彼女だけではなかった。とはいえ彼の境遇を思えば、死を前に何かに執着したとしても不思議はない。

 衝撃の大きさに口が滑ってしまったのか、彼女の言葉も浮足だっていた。


「何それ。いい年して変な理屈を……頭、おかしいんじゃないの?」

「失礼なガキだな。そんな態度で頼みを聞いてもらえると思うのか? 本気で思っているのならどうかしている」

「な、なに……っ」


 容易く頭に血を登らせてしまった彼女を笑うように、男は笑みを浮かべていた。何がしたいのかすら不気味で、彼の言葉には彼女でなくても首をかしげてしまうだろう。

 彼は言った。これと共に死に死ぬと。

 人形と共に『死にたい』のか、それとも『人形と共に』死にたいのか。

 後者であるなら、彼はそれに生命を認めていることになる。妙な話だが、共に命を終えることに意味を見出していなければ出てこない話だ。

 何とも、心の中にもやもやとした、形の掴めないもどかしさが渦巻いていく。つまりどういうことなのかと、はっきり言葉にしてもらいたかった。


「どうあれ、これを誰にもくれてやる気は無い。用が済んだのなら帰ってくれ」

「……分かった、引き上げるよ。急に来て悪かったね」


 ロゼはすんなりと彼の要求を呑むと、そう言って帰るように二人を促していく。


「いったん帰ろう。これ以上はどうしようもない」


 ユーリアは何か言い足りないようだったが、ロゼは有無を言わせずにそれを押し切っていく。素直に従って踵を返した彼女に続いた廉太郎は、最後に一度だけ振り返っていた。

 男は笑っていたが、人形の表情は相変わらず隠されている。しかし、それはどこか笑っているように見えていた。

 ドアが締まると、施錠の音が静まった廊下に響いていく。


「駄目だったじゃない」


 無駄足だったとばかりに、ユーリアは苛立っている。目的が果たせなかったこともあるが、男のものの考えが少々奇抜だったことも影響しているのだろう。誰にだって理解が難しいような相手だった。彼女の性格では相当腹に据えかねているはずだ。


「あの男、人を子ども扱いして……っ」

「うーん……以前は、もっと協力的だったんだけどね」


 ロゼは少し困ったように笑いながら、彼女をなだめるように言葉をかけていく。


「彼らは少し、頭の中が乱れ始めているから……ちょっと頑固になっても仕方がないんだよね」

 

 魂が歪んでいくことで、思想や精神にも異常が現れる。それを思えば、まだ理性的な会話が出来ていた。


「そ、そうか……そうよね。考えてみれば、相手は……無理を言ってるのも私達の方」


 彼女はそう言うと、しおらしくなってしまった。感情の緩急が激しい。自分の都合だけで感情的になってしまったことを省みているようだった。

 それは違うと、廉太郎は言いたかった。彼女の言動は人のために行ったものであり、一番無理を通しているのは自分だから。

 ただお膳立てされた通りに進め、そのくせ気の進まないような顔をして、成果だけは間違いなく貰おうとしていた。


「ここの職員には口を利いて、人形の廃棄を待ってもらうことにするよ。彼には内緒でね」


 それは彼の思いに悪いと思ったのだが、口には出せなかった。仮に何を言ったとしても、二人の価値観、言葉、理論を前にすれば廉太郎は容易く引き下がるのだ。それがわかっているのなら、ただ人の好さそうなことを言うのは卑怯だ。


 ――いずれ愛想つかされてしまう。


 自分はこの世界に来て、明らかに人に恵まれている。その自覚はある。

 それなのに不安や不満ばかりで、己の世界の価値観を捨てきれていない。


「どうした? 二人とも暗い顔して……大丈夫だよ」


 ロゼは居心地が悪そうな顔で笑うと、黙って廉太郎の頭に手を置いた。思えば夢の中の彼女も同じことをして人の不安を和らげようとしてくれていたのだった。より背の高い相手から撫でられてしまうと、照れ臭いのも忘れて心が落ち着いていくのが分かる。

 もし右腕が健在でユーリアが人に触れられることを拒まない人であるならば、彼女にも同じようにしていたはず……そうぼんやりと思ったところで、思わず飛びのいてしまっていた。


「ちょっと、ロゼさん! 触らないでくださいよ!?」

「え。……いきなりそれはちょっと、傷つくというか」


 彼女は突然の拒絶に驚いているようだった。それどころか言葉通りに、少なからずショックを受けているようにすら見える。


「す、すいません……じゃなくて、危ないんですよ」


 その様子に心が痛くなってしまったが、それは仕方のない反応でもあった。

 先日、廉太郎に触れたことで彼女はあんな目にあったのだ。触れるだけなら問題はないだろうが、それでも下手な接触は彼女にとって危険なのではないかと当然思う。


「あぁ、そうだったね。つい手癖で」


 そう言って安心したように笑っている。

 記憶自体はないものだから、彼女にしてみれば危機意識が薄いのかもしれない。であるならば自分のほうが気を付けなければと、廉太郎は気を引き締しまるようだった。どうにも人に触れるのが癖だとは、ユーリアと正反対のようで少し面白い。

 性格も、申し訳ないが反対だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ