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ワールド・ブラインド   作者: 宝の飴
第一章 越境のアジャスト
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第十九話 寛容

「帰って寝てろ……働きたがり屋が」


 ローガンはそう吐き捨てるとそのまま奥へと消えていった。ロゼはそのその背をしばらく眺めていたかと思うと、一人楽しそうに呟いている。


「あそこまで過保護にされるとこそばゆいな。……無理もないか」


 彼の態度は、一貫してロゼの体調を気にしているものだった。つい先日に体と自我が暴走してしまった上に、右腕まで失っているのだ。それを思えば、決して過保護とは言えないだろう。それだけ重いダメージを彼女は負っている。

 流されるまま彼女に会いに来てしまったが、彼が言うように自宅で療養していて当たり前であるし、入院していてもおかしくなかった。

 それを尋ねに行くというのは、思えば咎められて当然の事だったのかもしれない。

 死ぬと言われたことで、やはりいくらかは視野が狭まっていたのだろう。


「ロゼ、調子はどう?」

「別に? 覚えてないけどいつも通り……手間をかけたね」


 ユーリアの表情は明るく、二人の中もまた気安いように見えた。廉太郎の前で彼女が人間に対し好意的に接してみせたのは、これが初めてのことだった。

 あいさつもそこそこに、ロゼは意地の悪い笑みを浮かべながら話しかけてくる。


「あぁ、君が廉太郎れんたろう君……だっけ? よくもやってくれたよな」


 口調こそ責めているようなものではあったが、気軽に放った冗談だということは顔を見ればわかる。記憶の飛んだ彼女にとっては初対面となるはずなのに、妙に気さくな態度だと思った。


「君のせいで今日の私はすることがない。取りたくもない休みを取らされてるんだ」


 いっそ、本当に責めるような態度を取ってくれればいいのに。

 彼女は自分を害し腕まで奪った相手に、本当に何の怒りも覚えていないようだった。まるで水でもかけられたかのような、些細な事に対するなじり方しかしてこない。

 夢で会った彼女の魂の一部も、驚くほど人が良く、優しかった。


「……ごめんなさい」

「いいよ」


 たった一言ですべてを許されてしまう。

 彼女の有り方は妙に気安いもので、そのような態度が逆に心苦しくさせてくるというのに、それでもやはり親しみやすさを感じずにはいられない。

 罪悪感とか、気まずさだとか……そういった抵抗が、言葉や表情の一つ一つで溶かされてしまうようだった。

 しかし、やはり香水の匂いが強く感じさせられる。


「――で、何の用だい? 私に用があるんだろう」

「とりあえず……様子を伺いに」

「なんだ、そんなこと? 心配要らないって」

「で、でも! その……」


 彼女の右腕のことは当然、気軽に触れられない。本人は、それすらも気にしていないかのような態度を見せている。

 しかし、そんなことはありえないはずだ。


「あぁ……これ気にしちゃったのか? ごめんね」


 視線に気付いたのか、ロゼは殊勝に項垂れている廉太郎に穏やかな口調で語りかけていた。もう、そんな風に被害にあった当人の方が謝るのはやめてほしいと思ってしまう。


「大丈夫だよ。すぐに生えてくるからね」

「……は、はい?」


 冗談だと思った。そんなものが生えると言われると、昨日彼女から異形の腕が生えだしたことを嫌でも思い出してしまう。

 あまりに唐突な言葉に反応が返せないでいると、進まない会話にしびれを切らしたようなユーリアの言葉が差し込んできた。


「そんなことはどうでもいいのよ。本題に入りなさい」

「ん、本題?」


 本題という言葉に怪訝な顔をしたロゼを見て、少し居心地が悪く思う。

 そんな風に言ってしまえば、彼女の様子を伺おうというのがまるでついでみたいに聞こえてしまうだろうに……。

 事実そうなのだが、建前というものを使って欲しい。

 少しでいいから。


「人形を手に入れろと言われたんです。その、あなたではないあなたに」

「え……何だって?」


 急かされたことで言葉が支離滅裂なものになってしまった。しかし、あまりに身近にない事象のために説明に使う言葉が選びにくい。

 どうにかかいつまんだ説明を終えると、彼女はやはり飲み込むのに時間がかかるようだった。


「うーん、変な気分だ。別の私が話すのなんて初めてのことだし。実感が無いなぁ……」


 分かれた魂が独立した自我、独自に思考して言葉にした会話だ。本人には覚えがないどころか、発言の意図から推測する必要がある。

 疑われてもおかしくないのに、彼女は疑おうとする素振りすらみせようとしない。

 やがて彼女は、別の自分の意図を理解したようだった。少し困った顔で口を開き、


「これは、あれだな。ユーリアなら知っていると思って……それで説明を省いたんだと思う。たぶんね」

「えっ……私!? 何のことよ?」


 驚いたユーリアの様子が可笑しかったのか、彼女は再度笑いながら説明を続けていく。


「少し前に、人形持ちの末期患者が見つかって話題になったんだよ」


 末期患者。

 この町は変異した人間の受け皿。瘴気の影響を受け魂が歪み、姿や精神が人ではないものになってしまった者たちが暮らすことのできる町でもある。

 しかし、それにも限界はある。

 自我を完全に失ったり、傍に置いておくだけで人を害するようになってしまった存在は、もう守ってやることができない。人として生きていくことも、共存することもできなくなってしまった者たち……その兆候が表れ人としての死が目前になった者を、この町では末期患者と認定している。


「それで遺産を整理させてもらったんだけど、その中に人形があると分かったのさ」

「ふーん。でも、人形なんて持っていれば絶対に知られていたと思うのだけど」

 

 話題になったことすら知らなかったのか、ユーリアは初めて聞いたような顔でいた。そういった噂話の類いには関心が薄いのか、或いは……例えば機関内での交流も希薄なのか。


「隠し持っていたらしい。そいつは魔術師でもないし、何に使うわけでもなかったんだろう」

「ならどうして人形なんて持っていたのよ?」

「事情は黙秘してる。変人だが……まぁ、とりあえず貰ってしまえよ」


 その人形の持ち主である男が死んだ後に譲り受けるのであれば、当初問題視していた略奪殺人という形ではなくなる。

 思いがけない降ってわいた話に廉太郎の頭が受け入れるのより一歩先に、ユーリアがほっと安堵したように笑いかけてきた。


「良かったわね、これで一安心。……いや、ほんとに」

「……そう、だね」


 歯切れの悪い返答を返してしまい、聞いたユーリアの表情が一気に曇ってしまう。こういった態度は彼女を不安にさせるのだと、そこで改めて心に記すことになった。


「ねぇ……まさか、これでも駄目だって言うの?」

「いや、……駄目じゃないよ」


 正直、願ってもない話なのだ。人の死を喜ぶなどあってはならないが、とても都合がいい。誰に迷惑をかけるわけでもないのだ。

 彼女は再度安心したようでもあったが、同時に腑に落ちないといった顔で口を尖らせている。


「なら普通に喜びなさい。死ぬかどうかという話をしていたのよ、さっきまで」

「……ごめん」


 人から奪取することに拒絶を示していたこともあり、それで心配させてしまったらしい。

 しかしそれでも、確認しなければならないことはまだあるのだ。


「いいんですか、俺が貰っても? 貴重な物なんですよね」

「ははっ、君以上に必要としている奴なんていないさ」

「あのね……死ぬとまで言われてるんだから、遠慮なんてする方がおかしいのよ?」


 ロゼは笑って見せ、ユーリアは眉をひそめていた。彼女の方はこれ以上の躊躇を見せるといよいよ怒り出してしまいそうだったので、それ以上口を挟むことができなくなってしまう。


「欲しがる物好きはいるだろうけど、ユーリアか私がよこせと言えば皆黙るだろう」

「知り合えた権力が強すぎる……」


 頼もしくもあり、それに頼ってしまうのが恐れ多くもある。

 その頼もしさは権力だけではないことを示すように、ロゼは統率するように行動を決定してしまっていた。


「じゃあ、今から約束でも取り付けに行こうか。私は面識があるからね、取り次いであげられるよ」

「そうね」


 似ているのか、二人とも話も行動も早い。これはもう、土地文化柄なのだろうかとさえ思うほどだった。


「いいん……ですか? お休みのはずなのに」


 しかも休養休暇。それを思うと、手を煩わせるのは迷惑ではないかと思えてしまう。

 彼女はいらない気遣いだとばかりに微笑むと、思いがけないことを口にしだしていた。


「いいよ。気分がいいし、友達が増えた日だからね」

「――えっ、もしかして俺のことですか!?」


 迷いなく、あぁ自分のことなんだろうな……と思えてしまう程には、彼女の対応が気さくで親しげだったのだ。それにしたところで、初手で友人と断言されてしまう経験など今までになく、照れ臭いやら嬉しいやら。思わず驚いた声を上げてしまう。


「確かに君の事は何も知らないけどね。この娘と友達になるくらいだし、良い奴なのは確かなんだろ?」

「あぁ、いや……別にそう言われるほどの者では無いんですけど」


 からかうような視線から逃れるように謙遜してしまったが、褒められて素直に受け取れないのは卑屈に捉えられないだろうかと怖くなってしまう。元々日本以外では通用しない態度なのだし、こうも異質な土地ではなおさら……。

 そんな余計なことを心配していたから、友人という言葉がユーリアに否定されなかったことを、軽く流してしまえていた。





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