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ワールド・ブラインド   作者: 宝の飴
第一章 越境のアジャスト
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第十八話 苦手意識

「――ねぇ、どうだった?」


 店を出るタイミングでアイヴィが小声で話しかけてきた。先ほどは体調を悪そうにしていたのだが、もうその様子は感じられない。

 恐らく知った上で寝室にけしかけたことを詫びるでもなく、得意気に笑いかけてくる。


「えっ……大変でしたよ、おかげさまで」


 どういう意図があったのか、その表情を見れば明白なものだ。

 廉太郎にしてみればはた迷惑なもので、少しくらい文句を言ってもいいだろうかとも思ってしまう。ユーリアにとっても、少なくとも少しくらいは迷惑なものだったはずだ。

 それでも気さくに抗議できる気はしなかったので、内心複雑な思いで当たり障りのない返答を返していく。


「大丈夫そうね。じゃあ、明日からもお願いするわ」

「……はい?」


 何が大丈夫だと言えるのだろう。


「あれ、嫌なの?」

「別に嫌では……いや、そういう意味ではないんですけど」


 すぐ後ろでユーリアが聞いていると思うと、言葉の一つ一つにも気がとがってしまう。昨夜もこんな小声の会話を聞かれてしまったのだし、彼女の耳はとても良いのだ。

 

「いいですよ。少し開けるだけで起きてくれるみたいですし」


 悪意があるわけでもないので、頼まれてしまうとやはり断りにくくなってしまう。

 あの部屋には仕掛けがあり、ドアが開かれるだけで彼女が起床するようになっている。気をつけてさえいれば、お互いに気を遣うこともなくなるはずだ。

 

「むー」


 彼女は少し不満があるのか口をとがらせているが、流石にそこまで期待に沿うわけにはいかなかった。

 苦笑いで返すしかない。

 彼女に対する苦手意識など案外こういった肉食的な積極性、それとわざとらしい程の子供らしさに過ぎないのかもしれない。

  


――――――――――――――――



「げっ、ローガン……」


 その男性に気付くや否や、ユーリアは露骨に嫌悪を含んだ悪態をついていた。表情まで隠そうともしていない。

 その男性には見覚えがあった。先日、本部棟で襲われた廉太郎をかばってくれた機関職員。その際に大きく負傷していたはずなのだが、彼はそれを感じさせることもなく変わらずに働いているようだった。

 この機関の制服であるのか、本部棟で見られる人たちに共通した服装に身を包んでいる。

ユーリアやロゼはその例に漏れた私服で通しているのだが、特殊な役職にある両名には服装が指定されていないのだろう。

 その男性はユーリアの不躾な態度に、怒るどころか呆れているようだった。廉太郎はまず彼に礼を言おうと思ったのだが、口火を切ったユーリアにすぐさま言葉を返し始めたためにタイミングを逃す。


「……出くわすたびに絡んでくるんじゃねぇよ。めんどくせぇ」

「絡んだ? 私は話しかけてもいないのよ、うっかり気分が悪くなってしまっただけ」

「喧嘩売ってるのと変わらねぇだろうがよ……」


 男も悪態をついていたが、それは降ってわいた面倒ごとに対するもののようだった。

 一方ユーリアからは、明確にその男が嫌いだという意思がひしひしと感じられる。彼女はこれまで、他の人間に対してもたしかに友好的ではなかった。人間が好きではないと公言しているようなものだし、それ自体無理もないと思う。 

 しかし、目の前の男性に対してはより特別な敵意があるようだった。

 そんな態度を咎めるように、男は言葉を吐き出していた。


「お前がやってるのは子供の嫌がらせだ。うっとおしいし、意味ねぇからやめろ」

「……苛々するのよね、そういうところが」


 それで、ユーリアは黙らされてしまった。苦々しく吐き捨て、そっぽを向いている。

 空いたその会話の間に、廉太郎は切り出していた。男の前に身をだし、頭を下げて礼を伝えようと試みる。


「先日は、ありがとうございました。……あの、怪我は?」

「あぁ、別に? ……どうでもいいんだよ、そんなことは」

「……え?」

 

 顔をあげた廉太郎に、彼は詰めるように顔を寄せていた。そのまま、胸倉でも掴まれそうな勢いで廉太郎の鼻先に指を突き付けてくる。


「お前、あいつにはもう近づくなよな」

 

 先日の一件、その原因が廉太郎だと知って警戒されているのだ。再度ロゼに近づけば、同じことが起こるのではないかという危惧は、廉太郎もしている。

 男は長身で威圧感があった。それで人相も鋭く口調も荒いというのに、彼の様子を怖いとは思わなかった。責めるような口調ではなかったものの、少なからず怒りを向けられているというのに。

 廉太郎の胸にあったのは、ただ申し訳ないという思いだけだ。

 何も言えず、謝ることもできない。そう項垂れた廉太郎を見かねたのか、ユーリアが横から口を挟んでくる。


「やめて。紹介したのは私なんだし、彼には悪意も知識もなかったのよ?」


 その様子に、彼は少しだけ驚いた表情を見せていた。


「……珍しいじゃねぇか。初めて見たぜ、お前が誰か人間を庇うなんてよ」 


 彼女は言い返すわけでもなく、また言葉に詰まってしまったようであった。どうにもこの男に対し、嫌う以上の苦手意識を持っているようにさえ思えてしまう。

 彼は何かを思い出したかのように話題を振る。


「そういや、先の任務もこれまた珍しく失敗したらしいな。……どうしたよ?」

「失敗? 馬鹿言わないで。任務自体は問題ない……ただ想定外のことで負傷しただけなんだけれど」


 初めて会った時の、あの負傷の事を言っているのだということはすぐに分かった。

 それまでと別種の苛立ちを見せ始めたユーリアに対し、男は怪訝そうに問いを重ねていく。


「だからそれが解せねぇって言ってんだよ。たかだか魔術師一人ごとき、お前が遅れをとるなんてどうあっても有り得ねぇだろうがよ」

「う、うるさいわね……」


 彼女に対する戦力評価は相応に高いようだった。機関のトップが最高戦力とまで言ったのだから、それも当然といえば当然のようではある。どの程度強いのか、基準すら知らない廉太郎には想像がつかない。

 しかし、男にとっては負傷すら考えられないほど、彼女は際立って強いらしい。


「らしくねぇんだよな、妙に。あのうっとおしいサングラスもしてねぇし、男までつれて……色気づいたのか?」

「――私がらしかろうがらしくなかろうが、あなたには関係ないでしょう?」

 

 そこで彼女は、僅かに言い返す言葉を見つけたようだった。変わらぬ態度というには攻撃的だったが、それでもやはり、黙ってしまうよりはらしい。


「人にそう言うけど、あなただって昨日の失態は何なの? 無抵抗で死のうとしてなかった?」


 近くで見ていた廉太郎にも、彼の行動には疑問があった。あの時、彼は攻撃を躊躇するような素振りを見せ、それで倒されてしまっていたのだ。結果助かったから良かったものの、下手をすれば死んでしまうような怪我だったはずだ。


「なんだ、てめぇ? ……素人相手に無理言ってんじゃねぇよ」

「何が素人? あなた魔術師より強いでしょうが」


 二人の会話も、なぜ言い争うのかも廉太郎にはよくわからない。魔術師は訓練を受けた兵士であると聞いていたのに、それより強い素人が居ていいのだろうか。

 しかし明確に嫌っているユーリアがそれでも評価している以上、それは確かなのだろうとも思う。

 

「まぁいい。それより聞きたいんだが……ベリル、知ってるだろう? あの日お前と出て行ったあいつ。どこ行ったんだ?」

「――え?」

「戻らねぇし、誰も知らねぇと言う。死んだことにもなっていなかった」


 彼女は答えようとしなかった。目を伏せて、それで黙っている。それは、相手が嫌いだからと無視しているような様子ではない。

 男は、それで大方のことを察することができたらしい。


「あぁそうかい……悪かったな。言えねぇのは分かってるんだ」

「……彼とは、仲が?」


 彼女の声は消え入りそうなほど小さかった。これまで聞いたことのない声に、それこそらしくないと、廉太郎ですら思ってしまう。


「まさか。あの理想主義の馬鹿、前から気に入らねぇと思ってたぜ。それでも消えちまうと、やはり嫌な気分にはなるだろうがよ」

「……そうね。ごめんなさい」

「あ、あぁ? 別に責めることなんてねぇよ。調子が狂うぜ」


 居心地の悪そうな顔で会話を切り上げると、黙って様子をうかがっていた廉太郎を訝しむように捉えて口を開いた。

 

「で、お前はこいつを連れて何してんだ?」

「ロゼに会いにいくのよ」

 

 今先ほど廉太郎にロゼと会うなと言った相手に向かって、そう躊躇うことなく口にしてしまっていた。

 さすがに、それはよくないだろうと思ってしまう。その気はないようだが、相手を馬鹿にしていると捉えられてもおかしくない。


「てめぇ……舐めてんのか!?」

 

 その予想を裏切らず、彼そこで声を荒げた。それまで口調はあらかったものの、意外なほど冷静だった彼が、怒りを露わにしている。


「あいつに負担をかけんじゃねぇ!」

「会いに行くだけで負担? あなたはあいつの何なのよ!?」


 それまで曲がりなりにも保っていた理知的な姿勢を捨て、もう会話と呼べないような言い争いに発展していた。緊張した空気が場を包んでいく。

 発言や態度に迷いがないユーリアは、反発心や気の強い相手と恐らく相性が悪いのだ。

 素で敵を作る。


「おい、お前も何か言ってみろ。何の用なんだよ!?」

「え……す、すいません」


 その喧嘩に関わらないように……というか、混じる隙すらまるでなく静観していた廉太郎だったが、実のところ渦中の中にいるのだ。知らぬふりはできないし、むしろ率先して弁明するべき立場にある。

 とはいえ、その剣幕を前に気は引けてしまう。


「おーい」


 不意に、その場を終結させる一声が三人の耳に飛び込んでいく。反射的に、総ての視線がその声の方へと向けられ、

 

「……何やってるんだ。恥ずかしいからやめてくれ」


 そう仲裁するように割って入ってきたのは、ロゼ本人だった。昨日会った時と、そして夢の中で幻視した時の様子と寸分変わらぬ姿で、彼女はそこに立っていた。

 彼女は二人の言い争いを口では咎めていながらも、どうにも面白おかしい場面でも目撃したように笑っていた。

 それで、場の険悪さは嘘のように消滅した。

 そこからの二人の様子は対照的だった。気まずそうな顔を見せながらも気軽にあいさつを済ませたユーリアに対し、男は明らかな動揺を見せていた。


「なっ!? お前っ……何で、ここに来てんだよ」

「いやぁ暇だったから、ふらりとね」


 ロゼはその場にいた三人を眺めるように視線を動かしていく。それで廉太郎の姿を捉えたかと思うと、そのまま微笑むように目を閉じてしまった。

 その様子に、少し驚かされてしまう。昨日の事も廉太郎のことももう覚えていないはずなのに、含みをもたせた顔を見せたからだ。

 記憶を消されても、事情は聞かされているのだろう。少ない情報……例えば初対面の顔であったり、ユーリアの傍いることなどの情報で、ある程度廉太郎が先日の犯人だと感づいたのかもしれない。

 彼女は男に向けてからかう様に言葉を投げかけていく。


「お前、暇じゃないんだからその辺にしとけよ。後輩が探していたぞ、休憩が長いとさ」

「――わかったよ。だがお前、無理すんじゃねぇぞ……昨日の今日なんだからよ」


 彼はそう言って視線を下に落とした。ついその視線の先を追っていた廉太郎は、一つの事実に気づいてしまった。

 ロゼの右腕が失われていたことに。

 ゆったりと全身を覆うコートを指の先まで纏っているため、注視しなければそれとわかることはない。それでも右腕部の位置に当たる服のふくらみは明らかに不自然であり、在るべき肉体の厚みを感じられなかった。

 ちょうど肩から、あの時目の前で落ちた右腕と同じくらいの質量の欠損感がある。

 治るとは言われていた通り、化け物のように醜い肉体は取り除かれ意識も取り戻し、こうして元気そうに振舞っている。それなのに、一度落ちた右腕は当たり前のようにそのまま戻らなかった。

 見ていられない程痛ましい姿に、心が引き裂かれてしまうほど痛い。切断された腕はあそこにあったのだから、どうにかくっつけられはしなかったのだろうかと嘆きたくなる。ユーリアといいこの男といい、怪我の方は不可解なほどすぐ治っているのだ。医療技術がどうなってるのか疑問で仕方がない。

 

「分かってるよ」

「帰って寝てろ……働きたがり屋が」



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