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ワールド・ブラインド   作者: 宝の飴
第一章 越境のアジャスト
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第十三話 異性

「――えっ? いや、その……あまりにも仲が良さそうで、つい」


 面食らっていたにしては素直な言葉を見つけられた。

 その様子が微笑ましかったし、友人のようだとさえ思ったのだ。

 他の家の親子仲をうらやむほど、廉太郎の家庭がすさんでいるわけではない。むしろ、家族仲は特別いい方だとさえ言えてしまう。それでも、親に対して友達のように気さくな態度をとれるわけではなく、そのような役割をお互いに求めたことさえないと思う。


「あたりまえじゃない、家族なんだから」

「廉太郎くんの家族は……仲良くないの?」

「いえ、そんなことは無いですけど。そんな友達みたいな会話はなかなか……」


 ――いや、思えばこんな感じだったな……七見のやつは。


 妹は、自分と反対に親に気さく過ぎていた。より母親への方がその気が強かったのもあり、母と娘とはそのようになる傾向でもあるのかとも思えてしまう。

 そう思い至ったところで、先ほどなにやら愉快な気持ちで笑ってしまっていた理由を唐突に理解した。

 まるで、自分の母親と妹のやりとりを見ている様だったのだ。

 たった一日帰らないだけで家庭を恋しく思うなど、思いのほか寂しがり屋だった自分が照れ臭く、可笑しい。

 

「友達……そうなのよね」


 ユーリアは、親子仲を友達と評されたことに思うところがあるようだった。手を完全に止めてしまい、そのままくつくつと笑っている。


「十歳の時に出会ってから八年経つけど、アイヴィは全然変わらないもの」

「――なるほど」


 歳は十八だと分かった。

 廉太郎より、一つ上……広い目で見れば同年代であるかもしれない。

 もっとも、この世界の暦と年の数え方はまだ知らないのだが。


「身長もだいぶ越してしまったし、見た目だって私の方が年上みたいになってしまったわよね」

「……全然食べない割によく成長してくれたとは思うけど、背しか成長しないじゃない。――ねぇ?」


 廉太郎はそこでそう話を振られてしまったが、なにが『ねぇ?』なのか分からない振りをしながらお茶を飲み続けていく。既に空になっていたカップを補填するように、ユーリアの口は止まらなくなっていた。

 楽しそうだ。


「そんなわけで、正直なところ親どころか年上の実感すら薄くなってきてるのよね。最近はむしろ幼さすら目につくようになってきたし……わざとやっているの?」

「ひ、ひどくなーい? 実の親に向かって、さ――」


 そう言われたアイヴィは子どもが悪戯でもするように、ユーリアの頭へと腕を伸ばしていく。


「だからそれだって……」


 人に触れられたくないという宣言を守るように、彼女は体を椅子の背もたれごと背後に逸らしその腕を回避している。

 食事の席で、しかも客人を前にして二人とも随分とはしたないことをする。完全に友人間でのノリ、恐らく飽きる程見たことがある。部活とかで。

 幼さなのか茶目っ気なのか一人で絡みはじめたアイヴィは、顔を間近に寄せたことで何かに気付いたようだった。


「――あれ? 裸眼なの珍しいわね、あなた。今朝は掛けていたのに」


 彼女がサングラスを掛けていないことを不審に思っているのだ。

 その問いに、彼女はさらりと答えてしまう。


「あぁ、予備のやつだったからね。合わなくて捨てたわ」


 ――捨てたことになるんだ、あれ……。


 貰った本人としてはむず痒く思ってしまうが、悪意的だとまでは思わない。棘があるわけではないのだが、多少の難がある言い回しを、彼女はよくしている。

 廉太郎は思わず目線を部屋の隅に送っていた。アイヴィは目ざとくその視線に合わせ目を向けると、廉太郎の荷物に混じった贈り物を見つけたようだった。

 そして、僅かに目を見開いている。


「う、うーん……あなたたちこそ、随分仲良くなったのね? たった一日で、この子がそこまで心を開くなんて」

「はは……」


 そんなことを言われるほどユーリアが友達を作れないような性格だとは思わない……などと言ってしまっては正直なところ嘘になってしまうので、廉太郎は苦笑いを浮かべることしかできなかった。それに、友達だと互いに認識しているかどうかはわからない。

 廉太郎の感覚では、まだ親しくしてくれる知人の域を超えていないのだ。


「それは……廉太郎が別の世界の人間だからよ」

「え?」


 気難しいのではなく、単に難しい彼女が短時間で廉太郎と上手くやれるようになった理由。


「町の人間でも外の人間でもないでしょう? それだけで、とても気が楽なの」


 それは、ある程度分かっていたことだった。

 彼女の人間嫌いは彼らの異常な迫害意識に対する反発心だ。それとは無関係なところに居られる廉太郎は、彼女にとって例外と呼べる者なのだろう。

 それとは別に、人間以外の人たちにもそうは心を開かないらしいが、それはもう性格と体質的なものだと割り切るしかない。

 廉太郎とそこそこ上手くやれているのだって、廉太郎の関り方が薄いから反発しようがないというだけのこと。

 その事実と自分の性格は、ちゃんと理解できている。

 

「……気持ちのいい理由じゃないわね、あまり」


 しかしアイヴィは、その言葉に納得がいかないようだった。それまでの態度を一変させ、人が変わったように真剣な顔つきで娘に語りかけていく。


「それだけなの? 出生を理由に親しくされたって、誰も嬉しいとは思わないのよ。だって、変わらないじゃない……」


 種族を理由に迫害を進める人間たち、彼女が嫌う彼らと同じ盲目的な区別。


「べ、別にそういうわけでは……」


 ユーリアは思わず否定したことに自分で気づいたのだろう、そのまま口にしたことをきまづく思うかのように腕を組んでしまった。

 そんな彼女に向けて、アイヴィの言葉は続いていく。人付き合いにおいて、そのモチベーションの源を暗いだけのものにしたくないのだろう。無自覚にある明るいものを、はっきりさせろと言っているのだ。


「例えば、私だって廉太郎くんには好感を持っているわ。理由は……そうね、色々あるけど――あなたの力になってくれたこと、あなたと親しくしてくれていること……」


 その様子は本当に親のそれであったし、子を思う説教に近い。むしろ、指導であり教育。そしてそれは、廉太郎にも身に染みるような言葉だった。

 例えば、廉太郎がユーリアに対して好感を持っているのは、単に未知の世界で親身になってくれる存在だからではなく、もっと別の何か―― 


「――あと、顔がいいこと」 


 雲行きが怪しくなってきた。

 アイヴィに真剣な表情のままそう言われてしまうと、冗談なのか何なのか分からなくなってしまう。


「親しく居られる理由としては、そんなことの方が健全でしょう?」

「まぁ、そうね……」

 

 ユーリアは腕を組み、目を閉じながら考えこんでしまった。

 そんなに深く考えなければ他に何も好感が見つからないのかと思うと鼓動が落ち着かなくなってしまう。

 やがて目を開くと、彼女は廉太郎の顔を正面から捉えて口を開き、


「私、あなたのことが好きよ」

 

 そんな心臓が凍りそうなことを、事も無げに言い放った。


「事情とか、立場だとか……そういったものを忘れて考えても、あなたとは気安くあれると思うから」


 それも真顔で言うものだから、冗談だとか誤解だとか、そういった思考の逃げ道が完全に断たれてしまう。

 そんなことはありえないと分かっているのに。


「――なっ!? え、えぇ……」


 それでもその視線から逃げることも出来ず、口を思うように動かすことすらできない。

 そんな廉太郎の頑なってしまった肩に、ふと小さな手が置かれていた。


「ごねんね……この子、こういうとこあるから」

「は、はぁ……」


 心労をねぎらうような言葉とは裏腹に、アイヴィはどこか嬉しそうでもあった。

 そしてそのまま、やはり衝撃的なことを口にする。


「この子、性差を理解してないのよね」


 それもまた未知すぎる言葉。言葉通りに理解しようとして、それでも難しくてよくわからなかった。

 性別による差を理解していない……それが、先ほどの言葉に繋がるのだろうか。


「――あのねぇ、馬鹿にしているの?」 


 しかし、それを聞いたユーリアは反論するように眉をひそめていた。そのまま気を害したように口を尖らせていく。


「知識としては完全に理解したはずよ。あなたがあまりに騒ぐものだから、納得するまで暗記したのに」

「ほら、もう……なんだか頭が痛くなるようなこと言い出したでしょ?」


 そんな様子を見て、アイヴィは困ったように廉太郎に笑いかけていた。

 確かに、廉太郎にも不可解だと思う言葉だった。性差など、意識して理解しようとするものではない。ましてや暗記など……感覚的に自然と誰にでも身につくものであるはずなのに。

 よくわかっていない廉太郎と納得のいっていないユーリアを見比べて、アイヴィは一人でぼやき始めていく。


「ずれてるのよねー。理解していても実感できてないというか、男の子と女の子に対する接し方が昔からなーんにも変わらないんだもん」

「また始まった……」


 ユーリアは露骨に嫌そうな表情でそっぽを向いてしまっていた。

 好きと言ってくれたのは、人としてという確定的な前提があってのこと。

 それはそれで、今度ははっきりと照れ臭くなるくらいうれしいことなのだが。


「性差と言うか、男女関係? 異性に対して当然持つべき羞恥心とか恋心とか性欲とか、もう何もかも 『そういうものだ』 なんて知識でしか捉えてくれないとなると……さすがに頭を抱えたくなるわ」


 アイヴィはそう言い切ると深く息を吐いて、机に項垂れてしまった。聞き飽きたといったユーリアの様子と合わせても、そうとう苦心して教え込もうとしてきたらしい。

 どうにも、うまくいかなかったようだが。

 単に異性経験が少なく疎い……などといったありふれた物でもなく、根本から別種の問題のようだった。

 生まれる世界を間違えたとさえ思い続けていたユーリアは、生きていく在り方が他人と全く共有できないとさえ言っていたのだ。

 これは、きっとその一つ。

 

 ――確か、無性愛者と言うんだっけか……いや。


 おそらく、それとも異なる。

 何かの定義で彼女を括るようなことはしたくないとさえ、廉太郎は思っていた。

 だとすればいったい彼女にはどれほどの特異性があるというのか……そう、少なくない興味を覚えてしまう。


「別に、異性に拘らなくてもいいんだけどね。恋愛の一つや二つくらいさぁ……いつになったらするようになるの?」

「私は親しい相手は皆愛しているわよ。大事に思うし、好きなんだけれど」


 恋愛をどう定義するかなど知らない。多人数に対しそういう関係が成立するという考えを否定するだけの材料を廉太郎は持たないが、彼女の言う愛は色恋沙汰からはきっと遠い。友愛や親愛の類。

 諭すように、アイヴィは言う。


「特定の誰かをよ。知っているんでしょう?」

「……確かに、好意の度合には差があるわね」


 そう言うとユーリアは一瞬だけ考え込む様子を見せながも、迷うことなく断言した。


「私が一番愛しているのはあなたよ? 当り前じゃない」

「うーん、この子はさぁ……」


 呆れたように首を振りながらも、そう告げられた本人は嬉しそうだった。誰であっても誰からであっても、そんな風に言われてしまったらそんな顔になってしまうはずだ。

 それでもアイヴィは何か伝えられるものはないものかと、言葉を探すように娘への語らいを続けていく。


「愛と恋って別なのよ。恋はもっと自分勝手なもので……極端な話相手を殺してでも自分の物にしたくなるような、もうどうしようもない何か」


 その考え方もだいぶ極端だと思ったが、それを聞いたユーリアは理解を示すでも疑問に思うでもなくいい加減うんざりしたとでも言いたそうな様子だった。

 会話を、強引にでも終わらせたいと思っている。


「その話、もうずぅーっと聞かされ続けてきたわよ。……もういいでしょう? 私には他人の 『普通』 だとか、全然共感できないのよ」


 体質、特異性、思想。彼女が普通から外れている部分があまりにも多すぎて、過度に普遍的な価値観を押し付けてしまうのは酷なのではないかと廉太郎にも思えてしまう。

 アイヴィも、それは廉太郎以上に分かっていることなのだろう。


「そうね、これはもう本当に親の……わたしの我儘。でも、どうしてももったいないと思うのよ。愛する人一人見つけられないなんて。それはきっと人生で最も大きな感情に成りうるから。その痛みを知らずに生きていくのは、あまりに惜しい……」


 廉太郎はそんな親子の会話を黙って聞いていることしかできなかった。口をはさむ余地などどこにもなく、口にする言葉一つ思い浮かばない。

 それでも、興味深い話だったことは確か。恋だの愛だの、廉太郎だって碌に分かっていない子供だ。

 及び腰だった。

 誰にも迷惑をかけずに済む恋愛を、想像することすらできなかったから。


「――ねぇ、廉太郎くんはどう? そういう相手はいるの?」

「いいえ、残念ながら」


 経験はある。


「ふぅん、そう……」


 それも、とびきり記憶から消してしまいたいような経験。


「――よしっ! 廉太郎くん、まだ住所はとってないのよね?」

「住所!? えっ……は、はい」

「じゃあ、ここに泊まりなさい」

「……っ」


 それはもう端的に言ってしまえば非常に面倒くさい発言だった。

 話の流れで彼女が何を言いたいのか、誰であってもその意図することが分かってしまうだろう。下世話な話の矢面に立たされたようで、勘弁してほしいと嘆いてしまう。恐る恐るユーリアの様子を伺ってみるが、彼女にはどうにも伝わっていないらしい。

 それどころか、それはとうに決定していたことであるかのように、何をいまさらという顔さえ浮かべている。

 それがもうあまりに彼女らしい態度であり、だからこそそれに付け込む――付け込まさせられているのだが……――ような真似はあまりに気が引ける思いで、やんわりと断ろうと試みる。


「き、昨日泊まった場所ではだめですか!?」

「あんなところでまた寝たいの? 部屋は……余ってるから、好きに使っていいわよ」


 そう言って家主であるユーリアが横から許可を投げつけていく。あんなところと言われるようなひどい場所ではなかったが、心休まる場所だともあまり言えなかった。

 絶えず人の物音がしていたからだ。


「いいやしかし、宿とかほかに探して……」

「何泊するか分からないのよ? お金だってこの子がだすんでしょう?」

「うっ……」


 正論で黙らされてしまった。母親である彼女にそういわれてしまうと、むしろより迷惑をかける選択だと指摘されているような気分になってしまう。

 廉太郎はもっとも急所となる後ろめたさを刺激されて、勢いが完全に削がれていた。


「それにこの町の宿泊施設なんて特別な時にしか使われないし、悪目立ちすると思うわよ?」

「で、でも……えっ? ――うぁっ!?」


 隣まで迫ってきたアイヴィはなおも食い下がろうとする廉太郎の頭を両腕で掴むと、耳元に顔を近づけた。そのまま腕で首を拘束するように抱え込んで口元を隠し、そっと耳打ちをしてくる。


「――わたし、あなたに期待しているのよ? せめて何かきっかけにでもならないものかと……」


 案の定の目算を打ち明けてくるのだ。

 意外に力が強い。抜け出そうと暴れれば怪我をさせてしまいそうなほどには。


「ボディタッチ以外なら意外となんでも受け入れるような子だから。……まぁ怒ってもすぐ誤ればなかったことにできる子だし、なんなら一緒の部屋でも――」


 エルフと聞くと俗なものからは程遠いイメージを持っていたのだが……妙に肉食的だ。

 現在、ボディタッチどころではなく密接させられている。

 顔が近い。

 翠眼が宝石のようだ。


「聞こえてるんだけど」

 

 同卓とはいえ対面の相手にはおおよそ届かないほどの小さな囁きだったのにも関わらず、それを総て拾っていたかのようなタイミングで口を挟まれていた。自分の発言でもないのに、嫌に気まずくなってしまう。

 アイヴィはといえば、すました顔で舌先を出してみせている。

 子供っぽいのか大人びているのか、灰色の人だった。

 髪の色は輝くほどの金色で、服の色も派手な赤い色だと言うのに。一度服装に目を向ければ、ユーリアやロゼと反対に随分らしい服を着ているのを意識させられる。女性というより女子に近い、らしい服装。

 ――顔が近い。

 照れてしまったのもあるが、その眼光の鋭さに思わず目を逸らしていた。近くで見ると思いのほかつり目が際立って見える。黙っていれば怖い人だという印象すら与えかねないものだったが、それを全く感じさせないのは彼女の人柄によるものなのか。


「――そうね、あなたの気苦労を考えていなかったわ。女の家に抵抗があるのなら、他に家を用意するわよ?」


 ユーリアはまるで与えられた情報から推察してたどり着いたかのような気配りを見せていた。その感性自体が独特だというのに、本人はまるで気づいていないようだ。

 それで、愉快な気分にすらさせられてしまう。常人が固執する物事があまりに小さくて、思わず苦笑していた。


「嫌ってわけじゃ……逆なんだけどな」


 普通はと言いかけて言葉を切った。そんなものを押し付けたところでなんの意味もないということは、つい先ほど思ったばかりのことだったからだ。


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