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ワールド・ブラインド   作者: 宝の飴
第三章 「」
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第十九話 あの世

 砂漠。

 そうとしか形容できない場所に廉太郎れんたろうは居た。いつから、そしてどれだけの間そこで立ち尽くしていたのかは分からない。周囲には何も見当たらず、自分の他にはただ一面の白い砂の地表が、地平の先まで続いているだけ。

 上は夜空の様に暗かったが、そこに光る星は一つもなかった。何が光源になっているのか、砂の地表は遠くまで白々とくっきり見える。

 ――ここはどこで、自分は何故ここに、いつから立ち尽くしているというのか。

 そんな問いが浮かぶ前に、廉太郎は自然と『あぁ、これは夢なんだな』と確信することができていた。根拠などない。夢の中でそれを夢だと自覚するのも夢の一部であって、そも抗うことなどできはしない。


「いつ眠ったっけ」


 眠りから覚めた直後と似て、前後の記憶が曖昧になっていた。頭を整理しようとして、ふと無意識に天を仰ぐ。

 こんな夢で見る光景が現実とリンクしているわけもないのに、何となく、現実にも夜がふけているのだろうと思えてしまう。

 日が暮れて、夜になって、普通に眠ってしまったのだろう。

 夢を見るのは久しぶりだった。 

 何せここのところ、眠りに落ちてからの廉太郎は招かれていた。

 手放した自意識に干渉して、己の魂の中などというでたらめな領地に、


「これは君の夢じゃない」


 彼女によって。

 昨晩を除いて。


「……あぁ、『ロゼ』」

 

 ふいに背後に現れた気配と声に振り向き、そこへ日中で見たのと同じく、衣装を変えだした『ロゼ』の姿を目に留める。その見た目を除けば、こうして二人だけで顔を合わせるのはもはや習慣のようになっていて、普段通りでしかなかった。


「じゃあここも、いつもと同じ『部屋』なのか。ずいぶん趣向が違うから、てっきり夢でも見てるのかと――」

「いいや」と彼女は首を振り、「それとも違う」


 真顔で顔を見つめてくるその雰囲気から、頭の中身をまるで窺い知ることはできなかった。遊びのないその様子に、ゆっくりと廉太郎の不安が刺激されていく。


「え、じゃあ何……? 夢でも『部屋』でもないっていうなら」 

「もちろん、現実というわけでもないさ」


 『ロゼ』の口ぶりは曖昧で、全体の見えてこないものであったが、それを語る本人は真剣そのもの。夢か何かも判断のつけられない廉太郎とは真逆に、事態の把握もできている様子。

 そして、それは非常に深刻なものであ。そんな予感を与えられてしまう。

 『ロゼ』はもったいぶるでもなく、ただ躊躇ためらうような表情で口元を歪ませ、


「これは――」


 と。

 ふいに発言に割り込む横槍が――。


「攻撃されてるってことでしょう?」


 新たに生じた声と気配。

 二人で揃って顔を向けるまでもなく、それはクリスのものだと気づいていた。『ロゼ』と同じく唐突に現れたクリスの姿に、廉太郎は気楽にも小首を傾げ、


「あれ、何か始ま――」

「先に断っておきますが、この私は夢や幻ではありませんよ」

「……なに?」

「本物です」 


 夢。脳が見せる情報のノイズ。

 あるいは、魂に記録した情報の再生。

 しかし、『そのどちらでもない』などと、対象そのものが自ら主張したところで意味はない。クリス――の姿――もそれを自覚しているのか、「……まぁ、証明なんてできませんがね。お互いに」と皮肉交じりに一言断り、


「仮にここが夢の中でも、私はその一部じゃない。私もまた、この夢を見ている側なので」

「あぁ?」

「だから、立場的にはあなたと同じってことです」

「分かるように言ってくれ」

「つまり――」


 幻影か本物か。いずれにせよクリスは言葉を交わしていながらも、廉太郎と顔を合わせていなかった。 

 ただ周囲をあちらこちらと見渡して、常に何かを警戒しているようであり、


「我々は揃って同じ夢を見ている、共有する夢の中にいる。……そんな状態なんでしょうよ」

「おいおい……なんだって、そんな変な解釈になるんだよ」


 矛盾だ。その解釈を否定するのであれば、廉太郎の問いかけ自体に意味がないというのに。

 独り言に等しい。

 そんな己の言動に疑問さえ抱けていない廉太郎を、クリスはじれったい目でちらりと見上げ、


「私はあなたと違って、夢の中でこれほどまではっきりとした自我を保った経験がないからです」


 ゆえに、即座に異常事態にあることを認識できた。

 加えて、『ロゼ』の口にした言葉も判断材料として機能する。あるいは言葉だけでなく、その態度までも。

 総合して、クリスの出した結論は初めに述べた通りのもの。

 攻撃されているのだと。悪意の中に自分たちは居るのだと。

 そう確信しているのだ。


「全部分かっていたんじゃないですか? こうなると」

「……っ」


 クリスは『ロゼ』にそう問いかけ、『ロゼ』は顔を背けて視線を避けた。

 おもむろに、『ロゼ』はトップス服の黒いフードを――以前まで身を覆わせていたローブでしていた様に――浅く、強く被り込む。それを冷めた目で見上げながら、クリスは淡々と口を動かしていった。


「敵の正体だけでなく、これを実現する能力まで……でなければ、私より事態を確信できているはずのあなたが、そうも冷静なままいられるはずもない」


 ――敵。

 記憶の前後が未だ曖昧なままでいる廉太郎にも、それが誰を指しているのかは察することが簡単にできる。ウィラー・リー。昼間に揉めた謎の男。


「だというのに、日中のうちになんの助言もせず、対策を打とうともしなかった」


 口論の末、ユーリアは家から彼を追い出した。しかし、それから今に至るまでの記憶が、廉太郎の中で曖昧になっている。

 いつ眠ったのか、そもそも本当に夜が回っているのかさえ定かではない。

 だから、廉太郎の目にはどうしても、クリスの態度が正当性に欠けた言いがかりのように映ってならず。


「つくづく分かりません、何がしたいのか。……他人に親切なのは振りだけで、その実関心は何もないのでしょうかね」

「……うるさいな」


 それ以上は見ていられず――というよりも、他ならぬ自分が見ていたくなくて、廉太郎はようやくとその口を開き、


「やめろクリス」


 文句が飛んでくる前に、その肩に手を置いてやる。小さく、低い肩だった。地に立てた傘に乗せた手と、ちょうど同じくらいの高さだった。


「話したくないなら、きっと事情があるんだぞ。それに、事情を話したがらないのはお前だって同じだ」

「……心外ですね、一緒にされてしまうのは」


 思いの他、面白くなさそうな顔で振り向いたクリス。これは一言二言では済まない文句を投げられてしまうだろう。 

 そんな覚悟をしかけた、そのとき。


「――――ッ、ひゅ」


 空から消え入りそうな声が降ってくる。

 はっとして目を上に向けてみれば、暗闇の空に浮かび上がるのは人影。通常であれば助かる余地のない高さから落下する、一人の人間の姿だった。

 その顔がはっきりする前に、『ロゼ』が素早く反応する。彼女は黙って走り出し、奇妙なことに間に合うはずもない落下地点へと背中から滑り込んで割って入ってみせていた。

 間髪入れずに地面に着弾、『ロゼ』は広げた両手でそれを抱きとめ、

 

「あぁ、ユーリア――」


 と、そう哀れな落下者の名を呼んだ。

 夢か何かも不確かで、不穏と不安が煮詰まりつつあったこの場に現れた、見知った顔とその不幸。 

 廉太郎もクリスもあっけにとられ、感想の何も顔にも声にも出せないまま。

 奇想天外な情報が次々と、頭の整理を許してくれない。


「……考え得る限り最悪の夢ね」


 抱きとめられたユーリアはそのままの姿勢で手足をぴくりとも動かせず硬直。憔悴しきった顔で天を仰ぎ、


「生きた心地しないわよ。しばらく階段を上るのも嫌になりそう」


 ふふっ――と、引きつった顔で自嘲気味につぶやいて見せる。

 そんなユーリアを、『ロゼ』は静かに胸の内に抱きかかえていた。背に腕を回し、首を重ね、手足の中に閉じ込めるようにぎゅっと力が込められている。

 夢だからだろうが、互いにあるべき負傷を負っている様子はない。当然だ。現実であれば共に死んでいる。

 そのため、どうしても大げさなものとして廉太郎の目にそれは映った。

 

「でもまぁ、友達の出てくる夢なんてこの上ないご褒美なんだし、文句なんて言えないわ」


 頬が触れるような距離で友人の顔を認めると、ユーリアは身を任せるままその抱擁を返している。この場の外では触れることさえ耐えられない、焦がれた宝物を愛おしむように頬を寄せ、その耳元へとそっと囁き、


「私、あまり夢を見ないのに。あなたの顔、しばらく見れてないからかしら」


 息を飲む気配。

 至近距離でそれを感じたユーリアは怪訝そうに顔を引き、「どうしたの?」と無言で尋ねる。

 『ロゼ』は照れ臭そうにそれを見つめ返し、


「……あぁ、きっとそうだ」


 と、例えようのない表情で不思議な笑みを浮かべていた。


「私も、もう一度でいいから会いたくて――」

「あら、その格好……」


 話を遮ってしまうかたちだが、つい――といった具合で、ユーリアは普段と違う彼女の装いの雰囲気にふと気づき、「素敵ね」と短く確かな評をした。


「何やってるんですか」


 声のかけづらい一部始終、ようやくと間を見つけたクリスが見下ろすように二人に迫る。冷めた――とまでは言わないが、どこか複雑そうな表情で。


「あら、二人とも」


呼びかけに反応し、傍らの二人の姿に気づいたユーリア――は、空いている席を勧めるような気軽さでもって「おいで」と一つ手招きをし、


「一緒に抱いてあげるから」

「ぐっ――」


 たまらずと『ロゼ』が吹きだして、――悪いとは思いつつも――それに釣られた廉太郎から小さな苦笑が漏れてしまう。夢だと誤認するのも無理がない状況だとはいえ、寝ぼけた言葉を口走っているようで、ささやかながらも愛らしい。

 愛する者にさえ触れられずにいる――そんな彼女の性質を思えばいじらしいようでもあり、同時に痛ましいようでさえあった。


「あの、やりたい放題しないでください」

 

 水を差してはいるがクリスの様子は満更でもない。それはどこか今朝を思い出させる流れで、咳払い混じりにクリスはその場を仕切り直す。


「いいですか、これは夢では――」


 そして、現状の理解を共有しるべく声をあげる。

 だが――。


「話が早いな」


 それは第三者によって遮られる。

 廉太郎、クリス、『ロゼ』、ユーリアでもない、この場に見えない五人目の声。

 男の声。覚えるほどの言葉を交わしてはいないが、忘れてしまうには頭を囚われすぎている。

 否――声など聞かずとも分かっていたはずだ。

 今この面子に不可解な干渉を強いるような存在など、昼間の男を除いて他にいないのだから。


「ここはキミらの内、誰か個人の見ている夢じゃない」


 続く言葉に、全員が言葉も出せずに警戒を示す。

 声はすれど、気配はなかった。ウィラーの姿を見つけようと周囲をいくら探っても、目にできるのは相も変わらず殺風景で孤独な砂山。

 その夜に、やはり声だけが響いていた。雨ざらしの中にいるように、音の出どころは一定でさえなく特定できない。

 

「眠りに落ちて手放したキミらの自己意識。それを俺が捉え、ひと纏めにしてここに呼んだ」


 そうして、何度か見せた手口を重ねるように、ウィラーは廉太郎の背後に姿を現し、そして全員がそれを見た。

 日中見たのと変わらない姿。つかみどころのない表情と、その態度。

 ウィラーは相対する四人の視線などものともせず、まるで雑談でもしだすかのような気軽さでもって口元を上げ、


「だから『夢の中』というより、『あの世』と呼んだ方が近いかな」

「ふ、……ふざけんじゃないわよ!」


 その宣言に反射的に噛みついて見せるユーリア。言葉通りに解釈すれば当然の反応。だが、おそらく発言の意味も意図も理解できていないだろうし、受け入れてもいないだろう。

 どう解釈していいかすら定かではない。

 ウィラーの言う通り、この事態を引き起こしたのが他でもない彼だというのなら、それはもうこちらの想定を遥かに超えてしまっている。

 人の身に成せる能力ではなかった。


「そうはやるなって。ちゃんとベッドに戻してやるから」


 何の保証も示さず、ウィラーは自分に向けられる敵意のすべてをを受け流し、

 

「だいたい、これは俺の譲歩というか、配慮なんだからさ」


 ――と。


「はぁ?」

「何を……」

 

 引き込んでおいて、あろうことか彼の言葉は恩着せがましかった。

 ウィラーは続けて、「わけが分からない」と並んで口を開けるユーリアと廉太郎を交互に見やり、 

 

「言ったろ? 日中は忙しい、廉太郎との一対一での対話は許さない……ってな」

「えぇ、まぁ……」と、ユーリアは意図を理解しながらも顔を曇らせ。

「文句あるか?」


 自信を持ってそう告げられた。その言葉に、廉太郎は特に反論が思いつかなかった。あくまで『この収集に害がなければ』、ではあるが。

 ユーリアにとっても同じこと。

 夜中――つまり睡眠をとっている間。本来、活動することはできない。自分たちにどんな用事があろうとも、この場の集会はそれを妨げることがない。

 しかし。


「ないけど、あるわ」

「どっちだよ」

「信用できるわけないでしょう?」


 何者なのかも知れぬ者、得体の知れぬ者を――と、ユーリアはその視線で問いただしていた。

 少なくとも、これが夢ではなく現実に近しい事象であることを、彼女はおぼろげながら理解しかけている。

 なら、なおのこと。

 この現状を引き起こしたと嘯く、目の前の男の正体が分からない。信用どころか、理解することさえできはしない。

 人の身で成せることではなかった。

 ユーリアの――この世の常識の外にある。


「それに、よくよく思い返してみれば――私には、あなたと口論してから今に至るまでの記憶がない」

「……俺もだ」

 

 つい廉太郎も口をつく。

 記憶がすっと、飛んでいる。

 一瞬、ユーリアとは確かめ合うような視線が合わさり、それが危機感を助長させるように廉太郎にも意を唱えさせ、


「俺たちは本当に、ただ寝ているだけなんだろうな」

 

 何もされていないのか。 

 だとすれば、なぜ揃って就寝までの記憶を欠いているのだ。


「ふっ、――話せば分かる」


 ウィラーはおもむろに、明後日の方向へと指をさした。

 何もあるはずがない――なかったと、そう思いつつも示された先に目を向ける。

 そこには、歓談するのに適当なサイズの、テーブルと三つの椅子が揃っていた。


「座れよ」


 この場は自分の思いのまま、お前たちはその支配下にある。

 ――言外に、そう言われているようなものだった。

 言いなりに、廉太郎はまず先んじて椅子を引き、それに座った。続いて暗黙の内にユーリアがそれに続き、空いた席にはウィラーが腰を下ろすことになる。


「よし――」


 それからウィラーは口火を切りかけ、思い出したかのようにちらりと、立たされたままのクリスと『ロゼ』へと目を向けて、


「……あぁー、俺、ここの二人だけ引き込むつもりだったのに。なんだっておまけがついてきたんだ?」


 その問いに答えようとする者はいなかった。

 席にあぶれた二人は無視を決め込み、顔には何の表情も浮かべず口も挟もうとしてこない。

 ウィラーはそれにも気を害するでもなく、座る高さで自然と目の合うクリスに笑いかけた。


「なぁ?」

「……私は人形ですので」


 クリスは渋々と回答を送る。まるで弁明するかのような立ち姿で。


「廉太郎の魂が干渉を受けると、繋がる私も巻き添えをくいます」

「あー、人造のね。おもしれぇけど、別に詳しくないんだよな」


 その反応にも、クリスは眉一つ動かすことはなく、


「で――巻き込まれただけのお前が、なんで一番敵意ビンビンなんだ?」

「……別に」

「あ、そう」


 それで興味を失くしたとばかりに、ウィラーは視線を上に移動させ、


「キミの方は?」

「し、知るもんかよ」と、嘘を並べることもできずに『ロゼ』は口元を震わせて「たまたまだろ」


 いつからか。

 おそらくウィラーが姿を現した段階から、『ロゼ』はサングラスをかけていた。

 大きく、黒いサングラス。目の奥見透かせず顔立ちも曖昧。フードを被っているせいで、髪型も悟られることはない。服装だって、現実世界でのロゼが常に纏う分かりやすい目印とは別物だ。

 よく見れば、髪の色も僅かに色素が抜けている。身長も、気持ち程度は低いものに変わっていた。

 理由は分からずとも、意図は廉太郎にだって察せられてしまう。

 少なくともこの場で、ウィラーに対し素性を隠し通すつもりなのであれば、それは成功していることだろう。


「たまたまって、なぁ……まぁ、いいや。いいから、邪魔な口を挟むなよ」


 従っているのかいないのか、了解の言葉さえも吐かない二人。おまけ、立会人。

 それを満足するように、ウィラーは足を組んで背を伸ばし、


「……何から話したもんかねぇ」

「廉太郎――」と、ユーリアに催促されるまでもなく、

「俺たちは今不安なんだよ。だから、先に目的だけでも言ってほしい」


 身の危険に対する恐れと、緊張。それから、期待と高揚を込めた廉太郎の声は、口調からしてどこか舞い上がりかけていた。

 ウィラーはすでに、『別世界』、『魔法』に等しいまでの『何でもあり』を体現してみせている。なればこそ、別世界への移動という『何でもあり』に抵触する廉太郎の望みを、叶えるとはいわずとも導いてくれるのではないかと気が逸る。

 ユーリアの手前、口ではそう言いつつも、胸の底では警戒など早々に薄まりつつあった。


「前から言っているように、俺の目的は勧誘だけだ」

「勧誘って……何に?」


 取引、のようなものだろうか。

 何にせよ、元の世界へ帰る見通しがつけられるのであれば、どんな条件だろうと飲んでしまうより他にない。


「それについて話すには――」

 

 答えかけた言葉をウィラーは途中で呑み込んで、逡巡するかのようにしばし目を閉じ口が開いた。


「――なぁ、出身はどこだった?」

 

 突如飛び出す雑談と思しき質問に、「――え?」と廉太郎は面食らいつつも、「俺は……まぁ、アジアだ」と微妙に濁したがるウィラーへ、「日本だけど」と答えてやる。

 するとウィラーはわざとらしく顔をしかめ、それと相反するように腹を抱えて笑いを堪え、


「はははっ――、あぁーあぁ……それじゃあ一人、泣いて喜ぶ馬鹿がいるぜ」

「……それって、まさか」


 一瞬でいくらでも湧いてくる想定を前に、喜んだらいいのかも分からず聞き返すことしかできなかった。

 しかし、ウィラーはそれに答えることはなく、


「言動の端々で大体察しちゃあいるが……お前、どこまでの自覚ができてるよ?」

「自覚?」

「あぁ、俺たちがこんなお粗末な世界で生かされている理由、原因、役割ってやつだ」

「……いいや」


 それは、あまりにも自信を持って答えられるような問いで。 


「何も……何一つ分からない」

「やはりな」


 何一つたりとも。

 記憶喪失でないのが不思議なくらい、今の自分の状況に対して無知でいる。ここで過ごした十日間、それはずっと不安であり、恐怖であり、あらゆる気力を削ぐ諦観にさえも繋がっていた。


「お前は第四種だ」

「……何だって?」

「俺たちが勝手に分類するところの、限りなく元の存在に近しい者。受けた影響の少ない者」


 何も知らずにいれた者――と、どこからかぼそりと聞こえた気がした。


「別に珍しいわけじゃないぜ。まぁ、こうして生き延びているのは珍しいがね」

「ちょっと、なんて不吉なこと言うのよ」と、ユーリアは代わりに言葉のチョイスへ文句をつけてくれる。

 

 ――が。


「こっちの世に簡単に適応できるように造られてねぇのさ、俺たちは」


 続く言葉は、さらなる不吉な色を濃厚に帯びたものだった。


「歓迎されてねぇからだ」 


 それからも、ずっと。

 この夜の対話が終わるまで。

 不吉という言葉では、到底釣り合うはずもなくなっていく。

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