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ワールド・ブラインド   作者: 宝の飴
第三章 「」
112/149

第九話 威力だけが欠けた砲丸

「――っと」


 追いつけた――そう安堵したのもつかの間。辛うじてラケットの先端に当たっただけの球に制球力はなく、勢いだけは申し分のない返球はただネットを揺らすのみ。


「……またか」


 つい、苛立ったようにぼやきが出た。体が一気に脱力し、手持無沙汰な左手が爪でガットを弾く。歯ぎしりに似た音が鳴った。

 ネットミス――ラケット競技において、最も悔いの残る失点。気持ちが削がれ、萎えてしまう。自分のさじ加減ではあるのに納得いかず、次へ気持ちを切り替えるまえに悪態の一つや二つを漏らしたくもなってしまう。

 もちろん対戦相手にではなく、自分自身の不甲斐なさに向けて。


 ――何か、打開策は?


 球を拾いに向かいながら、廉太郎はちらりとユーリアの様子に目を向ける。だが、それで彼女の発揮するパフォーマンスをどうこうできるはずもない。

 単純に、ただ移動速度が上がっただけなのだから。

 ユーリアが魔術を解禁してからというもの、廉太郎は立て続けに三つのポイントを奪われていた。何一つ良いところはなく、翻弄されるままに。 

 現在のカウントは『○、三』。

 ゲームカウントは『二、○』で、リードしている事実は依然変わらない。が、次のポイントをしくじれば攻め手側のゲームを落とすことになる。それも、ラブゲームで。

 それは避けたいところだった。

 格好もつかず、あまりに悔しい。

 以降も彼女の攻勢が続くと考えれば、差が開いている今の内にせめて「一点は取れた」という自信を残しておきたい。


「強い……いや、凄い」


 ユーリアの動きは目で追うだけで精一杯だ。まるで、何倍速かで再生された映像の中の人の挙動のように。それが現実に持ちだされたことで、脳は自然と混乱していく。対応には、どうしても遅れがでてしまう。

 しかも、ユーリアの思考速度、視認速度はその加速に追いついてくる。

 したがって、すべての打球は拾われることになる。廉太郎がコートのどこへ打ち込もうとも、ユーリアは余裕をもってそれに追いつける。理想的な構えで、絶好のチャンスを待つことができる。 

 事実上、まともにポイントを奪うのはもはや不可能。


「いや。打つ手はあるんだ、まだ……」


 翻弄されながらも、廉太郎は徐々に落ち付きを取り戻しつつあった。

 この三点に費やした時間の中で、対応はできないながらも、どこかそれを現実だと受け入れ、慣れ始めようとしていたのだ。

 ユーリアがコートのどこにでも瞬時に移動できるなら、もはやそれを前提にして相手どらなければならない。となれば、得点の手段は彼女のミスにのみ絞られる。

 戦い方を間違えなければ、絶望的とまではいかない。

 勝ちの目が完全に潰えたわけではないのだ。そして、そう思える根拠はもう一つある。


 一見、やりたい放題に能力を振るっているようでいて、実際はそうではない。

 証拠に、彼女はノーバウンドショットを使おうとはしてこない。

 その移動速度、反応速度を持ってすれば、サーブ以外のすべての打球をネット際で叩き落とすことも可能。ほぼ必殺のプレーだ、ラリーを続けて粘ることさえ封じられてしまう。

 勝ちにだけ徹するのであれば、ユーリアはそうしただろう。

 それをしない理由は手加減とは別次元にある。

 それが許されてしまうのなら、そもそも『試合自体が成立しなくなる』からだ。勝敗の決まりきったゲームなど、彼女の本意ではないのだ。

 だからこそ、ユーリアは能力の使用に制約を設けた。


「ちょっと、廉太郎――」


 試合を再開すべく次のサーブを構えた廉太郎に、ユーリアは構えを解き、


「雑になってるわよ、さっきから」

「――え?」

「足」

 

 言われて視線を落としてみれば、左足の先端がベースラインに触れていた。危うく失点するところである。この試合において、サーブに二度目の機会は与えられていないのだ。


「委縮してしまったの? まぁ、無理もないけれど――」


 自慢げに目を閉じつつ、ミスが目立ち始めたことを指摘するユーリア。それから答えに迷った廉太郎に対し、


「もしかして、ずるいと思ってる?」

「うーん……」


 さらに答えにくい問いを前に、廉太郎は苦笑いを浮かべてしまった。

 非難するつもりもなければ、文句だって少しもないのだが――正直、反則すれすれだとは思ってしまう。「少しだけね」


「あらそう」悪戯な笑みを浮かべたかと思えば、ユーリアはラケットの先端をこちらに向け「でも、あなただって私にない武器を使っているじゃない」


 と。


「あ――」


 筋力、体格、運動能力。

 性別の違いによって生まれる、圧倒的な優位性。

 これまで廉太郎が優位に試合を運べたのは、それらを存分に振るい、押し付けることができたから。単純な競技技術で優っていたのは、ユーリアの方だった。

 だが彼女の体格は――ちょうど、それらの差異に耐えうるものではなかった。力押しできてしまうほど、あまりに華奢だった。

 運動量も多くないのだろうし、鍛えているようにも思えない。


「……じゃあ、フェアじゃなかったね」

「違うわ。それはあなたの強みというだけ」目を合わせたままに首を振り「そして、強みという点では私の能力も同じことよ」


 そう言い放つユーリアから目を離させない何かを感じ、続く言葉にも廉太郎は静かに耳を傾けた。

 

「私もあなたも持っている力は使っていい。それで、ちょうど対等になれると思わない?」


 対等――。

 その主張、言いたいことには納得ができるのに。

 なぜかその言葉だけが、すんなりと頭に入っていかない。受け入れることが難しいような言葉であり。まるで、初めて聞いたかのような言葉だった。


「そう、だね……」


 訳の分からない、浮遊した気分。それを抱えたまま、廉太郎は自然とトスを上げていた。

 球を放ってから、不意打ちのような早まったプレーだったと気づく。だがそんな頭の中とは裏腹に、体の方には上げ直しをするつもりがまったくない。

 得体の知れない、何かの靄のような――そんな不安を打ち払うように、ラケットが高く球を捉えた。


「効かないわよ」


 杞憂。スポーツに限らず、彼女が不意を突かれることはありえない。

 動じないユーリアのリターンを待ち受けながら、廉太郎は心に残る靄の正体にただただ戸惑い、人知れず狼狽えてしまっていた。


 ――分からない。


 分からないまま、無心で球を打ち返す。このポイントを制するがどちらか、今となっては予想ができない。

 それというのも――

 試合を始めてすぐに、廉太郎はどこか『勝って当然』だと思い始めていた。有利どころではなくアンフェアな勝負だと、心の奥では悟っていた。

 それについて言及されたつい先ほど、今までズルをしていたような気分になった。

 また、ユーリアの魔術を目にしたときには、少なからずズルいと思った。『負けて当然』だと、心のどこかで思い始めていた。

 それが、今やその二つは等価値であると定義されていて。


「ユーリア――」


 ラリーの最中に話しかけようと、時間的余裕を作り出せる彼女は難なく言葉を返してくる。「なに?」

 同時に打球を打ちはなつ。同じように、廉太郎も言葉を添えてそれを打った。


「今、良い勝負してるね」

「そうね、対等だわ」


 それから、一番長いラリーが続いていった。

 テニスにおけるラリー、打ち合い。それは、それだけで試合に匹敵するほど楽しいものである。キャッチボールのようなものだ。勝負だということを半ば忘れてしまうようだった。

 そこでの球のやりとりは――無言になっても、やはり、会話に似ていたと思う。しかも、相手を出し抜こうとする攻めの会話。それに対処する守りの会話だった。

 それに新鮮さを覚えずにはいられない。

 ユーリアとはこれまでに散々会話をしてきたし、一緒に遊ぶ時間も少なくなかった。

 それなのに、この時間だけが特別に思える。

 そうしてラリーを続ける中で、廉太郎は先ほどの違和感の正体に気づき始めていた。


「――くッ」


 ずっと、ユーリアとの友情を感じていた。『友達』という重い言葉を使うのにはまだ躊躇いがあるにせよ、掛け値なしの相手だと思っている。  

 だが、今にして思えば。

 対等だと思ったことは一度もなかった。


 ――そうだ……それはそうだった。


 世話になっている借りがあるから――などと、そんな理由ではなく。

 ユーリアを特別に捉えていたから。

 ありふれた常識の中にいた廉太郎の目に、彼女のあらゆる要素は劇的に映った。立場も能力も過去も、個性や特性だってそう。

 特別な人間なのは、誰の目にも明らかなほどのものだけど。

 その上で、さも高尚な人間かのように捉えてしまっていたのだ。


 高嶺の花、どころの話ではない。

 文字通り、住む世界の違う人間。物理的な意味でなく、気軽に触れることが許されない人間。

 引け目があった。本来、彼女は自分などに関わっていていいような人ではないのだと。自分のために時間を取っていいような人ではないのだと――そんな引け目が。

 それほどまでの相手に、これまで出会ったことさえなかったから。

 気づかない内に、身分差にも似た意識が芽生えてしまっていたのだ。

 そんなものだから、遠慮があって当然だ。態度に現れたそれを見抜けない彼女ではない。「寂しい」なんて言わせてしまったのも、当然の話だった。


「よしっ――!」


 そして、ユーリアが唐突にミスをした。


「まず一点」


 彼女の打球はサイドラインを外れ、失点となるアウトエリアの土を蹴った。角度をつけ、狙いに来た一打だった。

 手を出さず見逃した球は背後のフェンスにまで転がっていき、それを拾うべく廉太郎は背を向ける。


「えぇーっ!」


 途端に浴びせられた、あきらかな不平の声。


「入った、入ったわよ絶対。綺麗に線の上に乗ったもの」

「えぇ……」

「何よ」


 芳しくない反応に、ユーリアはむっとした表情で腕を組んだ。引く気のまったくない様子に、どうしたものかと廉太郎は困ってしまう。

 ユーリアの目――従来のものよりずっと信頼のおけるであろう『疑似眼球』で捉えたのなら、間違いはないのだろう。嘘をつくとも思わない。

 だが。


「――クリス」

「えっ、なんです……?」


 急に話を振られ戸惑う、コートのそばで暇そうにしていたクリス。思いのほか食い入るように試合を見ていた彼女に向け、


「やっぱり、ラインジャッジだけでいいから頼んでいいか?」

「構いませんが……」


 答えつつ、クリスはちらりと視線を横に向け、同意を求めるようにユーリアの顔を窺う。

 それに対しユーリアは『依存はない』と頷いてはいるものの、


「あら、挑発的ね」と廉太郎を茶化しだした。


 それには、口元を上げただけの表情を返し、『念のためだよ』などと野暮な台詞は言わないでおいた。

 挑発でもなければ不満があったわけでもない。ただ後腐れなく、気持ちのよいまま試合を続けていたいだけだった。


 そうして、廉太郎は初めてゲームを落としたのだ。

 ゲームカウント『二、一』。

 サーブは再びユーリアへと回される。だが、特別身構えることでもない。魔術によって強化されたのは移動速度と、対応力の増加による好ショットの連発だ。

 彼女のサーブ自体にには影響がない。


「いくわよ――」


 結論から言えば、廉太郎はそのゲームも奪われることとなった。

 ただし、カウントは『三、四』。

 そこで廉太郎が得た三点はユーリアの失点。こちらから攻め切ることは依然としてできない。だから、廉太郎がとれる戦法は相手のミスを待つことである。

 こちらはリスクを避け、力を込めない打球を延々と送り続ける。走らずとも追いつけるような球を前に、足の速さはほとんど無意味なものとなる。

 だが、甘い球は与えない。ユーリアをコートの左右に振り続ける、揺さぶり動かす弱い打球を送るのだ。


「……はぁ。っ、ふぅ――」

 

 つまり――体力勝負に持ち込む、ということ。

 ユーリアの疲労は確実に蓄積しつつあった。一瞬の高速移動でも、その分の疲労は通常と変わらない。今の彼女は息も上がっているようだし、汗もだいぶ浮かんで見える。

 それが、三本のミスショットに繋がったのだ。


「余裕そうじゃない、廉太郎……追い上げているのは私なのよ?」


 強気を装ってはいるが、余裕のなさが隠せてはいない。

 一方、廉太郎は点こそ落とし続けているものの、気持ちと体力の上ではだいぶ余裕を保つことができていた。

 そういう勝負をしかければ、当然同じだけ廉太郎も動くことになる。だが、筋力で優っているように、廉太郎は体力においてもユーリアに大きく差をつけている。準備運動の段階で気づいていたことだ。

 そして、疲労は次のゲームへも当然引き継がれていく。

 だいぶ、分のある勝負になってきたものだ。


「――ふぅ」


 コートの向かいから息使いが聞こえてきそうな、明らかなユーリアの疲れ具合。最終ゲームに向けた小休止の最中、彼女は汗をぬぐい水分を補給していた。

 遊びだとは思えないほど、その様子からは必死さが伝わる。勝ちたがっているのだと物語っている。

 

 ――卑怯だろうか。


 一瞬、そんな考えが頭をよぎる。

 おそらく、少なからずそうなのだろう。現に心は痛むようだし、気が進まない戦い方だというのが本音でもある。 

 だが、一度有効な手を思いついてしまった以上、途中でそれをやめることはしたくない。それこそ遠慮が過ぎるというものだし、そういう姿勢は何より両者を興ざめさせてしまう。少しも楽しくない上、ユーリアだって面白い顔はしないだろうから。

 ゆえに、戦い方は変わらない。


 ゲームカウント『二、二』。

 三本先取であるこの試合、これが最終ゲームとなる。カウントの上では同点だが、両者の疲労度合には雲泥の差が生じている。


「始めようか」

「……えぇ、いつでもどうぞ」

 

 従来のタイブレークはここにはない。必要ポイントも七点とはならず、変わらないまま四点先取だ。加えて、ノーアドバンテージを採用している。試合が長引くことはない。

 今にして思えば、彼女が率先してそういうルールに打ち合わせたのは、ここまでの展開を見越していたからなのかもしれない。体力に自信があるはずもなく、長期戦を避けたがるのは無理もない。

 自分に有利な条件を提示していたわけだ。もしかすると、魔術まで使用することもあらかじめ想定し、あえて触れずにおいたのかもしれない。

 そういう彼女の姿勢を、卑怯だなどとは少しも思わない。 

 強かだと思うし、そんな彼女を好ましく思う。

 そう思えるような相手だから、今この瞬間を楽しく思うのだ。


「――ッ」


 第一サーブが廉太郎から放たれる。

 疲労こそ見せているものの、ユーリアの反応は未だ健在。油断のならない返球が、次々に彼女から飛んでくる。

 廉太郎の狙いはとうにばれているものの、ユーリアが特別プレースタイルを変えることはなかった。同じ土俵に立ってしまえば、そもそも勝ち目がないと分かっているのだろう。攻めっ気を捨てた廉太郎とは正反対に、ユーリアは貪欲に点を取りにくる。


「……うぇ」


 無情なネットが、そのうちの一球を吸い込んでいた。

 ユーリアは苦々しい顔でそれを拾うと、何も言わずに首を振り次へのポイントに気持ちを切り替えている。

 第二サーブはユーリアへ。この最終ゲーム、サーブを行うのは直前の失点者と決まっている。

 そして上げられる、彼女のトス。

 そして――

 

「…………ちッ」

「……」


 放たれたサーブは景気よく、小気味いい音を立てながらネットの上部に弾かれた。

 続く沈黙が気まずかった。


「低かったよ、トスが――」

「分かってるわよ」照れ隠しなのか強気に遮り「それと、助言は禁止よ。対戦相手にもね」

「そうだっけ?」


 気を取り直した次のポイント。そこでは長くラリーが続き、そして長引いたことがそのままユーリアのフォームの乱れを引き起こす。

 再びの、ささやかなミス――彼女は点を失った。

 そうして、最終的なカウントが『三、○』、廉太郎にとってのマッチポイント。


「……やるわね、廉太郎」


 次のサーブを構えながら、顔を伏しながらユーリアが呟く。

 試合の最中の突然の賛辞。素直に嬉しい言葉ではあるが、勝ちを目の前にしたこの状況で、『君もね』なんて言葉を返せば嫌味にも聞こえてしまいそうな気がして、廉太郎は応えられなかった。

 曖昧に視線を送ると、顔を上げたユーリアのそれとぶつかる。


「だけど――先に断っておくわ。このポイントを、私は確実に取ることになる」


 不敵に笑いつつ、唐突にそう宣言される。


「覚悟――いえ、注意しなさい」

「……はは」


 大真面目に告げられたその言葉に、廉太郎は思わず失笑してしまった。馬鹿にしたわけではない。むしろその逆で、感服させれれてしまったのだ。

 まさか、心理的な揺さぶりにまで打って出るとは――と。

  

「もっと言うわ、三球目よ」


 言い切りつつ、ユーリアは高くトスを上げた。

 打ちだされたサーブを何気なく返し、廉太郎は彼女の『三球目』とやらに身構える。打球はすでに移動を終えたユーリアの目の前、コートの隅へと着弾。そこから高く跳ね上がり、


「……なっ」


 ――そして、消えた。

 

 誓っても、瞬きなどしていない。なのに、確かにそこで跳ねたはずの球をどこにも認めることができなくなっていた。

 一瞬、ユーリアが空振りでもしたのかとも思った。が、それなら彼女の後ろで球は転がっていないとおかしいということになる。


「どうしたの?」呆けたままの廉太郎をくすりと笑い、「言った通りよ。もうポイントを取ってしまったわ」

「……えっと」


 動揺から立ち直れない廉太郎に、続いて「ほら」とラケットの先で後ろを示す。言われるがままに先を目で追えば、確かに、そこには球があったのだ。

 異常、不自然。理解の範疇を越えている。


「何をされたか分からないって顔ね。少し、早すぎたのかしら」

「速いって、まさか……」


 ――何が?


「次は、目に映るくらいに抑えてあげる」


 ――打球が。


「クリス――!」

「えっ?! ……助言はルール違反だと」


 目の合ったクリスに助けを求めるも、反論の余地なく拒絶される。だが、「解説ならいいわ」との許可が本人から下りたことで、


「簡単ですよ」と、クリスはなぜか誇らしげに「……いえ、見世物にしたら金がとれるくらいの芸当なのですが――」

「いいから」


 気が逸って催促をする廉太郎に、クリスはにやりと笑い事実を告げた。 


「今までのようにただ素早く移動するだけでなく、その加速した動きのままに()()()()()()()()()()()()()()、というわけです」

「それは――」


 軽く眩暈がするほど単純で、また恐ろしい事実だった。

 これまでの魔術の使用用途が守りにのみ特化していたのに対し、こちらは完全なる攻めの用途だ。

 その結果――彼女の打球は大きく化ける。

 廉太郎の目に、残像すら残さないほどの速さへと。


「ま、まだこんな奥の手を――?」


 軽く人が死ぬ速度。廉太郎の頬を冷汗が伝った。

 これを今まで使わなかったのを手加減などと呼べはしまい。というより、使ってはいけないような能力でさえあった。

 現在のカウントは『三、一』。

 変わらず廉太郎のマッチポイントではあるものの、その気になれば――彼女のその打球、三発で終わるカウントでもあった。

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