第一話 昨晩含んだお茶の味
早朝というには少し遅い、生活を営む者たちの体が温まり始めた頃合い。その例にもれず、クリスは一人手持ち無沙汰で時間を潰していた。何となく気づいた、した方がよさそうなお使いタスクをこなすべく、歩きたくもない道中を歩いていた。
気は進まない。だが、代わりに任せられる適当な相手はいなかった。いないからこそ、こうして動かざるを得ないのだが。
路地を歩く足取りは、億劫なりにも重くはない。
町の景観も見慣れだしてきたし、一度だけだが後ろをついて歩いた道であるので、店まで迷うこともない。
クリスはこの町に、未だ馴染んでいなかった。一年ほど前から住んではいるものの、こうして歩き回るようになったのはついこの間のことだ。
廉太郎と繋がる前、隔離病棟に腫瘍される前――つまり、グライフの元にいた期間。
クリスは一度も外出していない。
その期間は以前に損傷し機能しなくなっていた身体を調整していたというのもあるが、その技師であったグライフがかなりの出不精であり、しかもクリスを人目に晒したがらなかったことが主な要因だ。
いいように使わせてやったと思う。
人体改造はクリスへの支援というよりも趣味の領域に近かったし、元からそのために拾われたようなものだ。そのうち情を抱かれた上、人間としても見てくるようになり、気づけば勝手にも娘のような視点で見てくるようにもなった。
暖かい話でもない。
言ってしまえば、独り身で死を目前にした男が女子供を浚ってきたか、拾ってでもきたというだけ。そのような意味合いでの関係だった。
だからこそ、悪い気分ではなかった。
人間としてこそ見られていたが、人間扱いはされなかったから。
互いに波長が合ったのかもしれない。
人形に魂はない。
クリスに特別自我が宿ろうが、魂はない。
魔力は生み出せず、そしてクリスの体は魔力なしに動かせなくなった。
その存在が常に他者、他の人間に依存する。依存した人間の気分次第で、すべてをコントロールされる。それはもはや宿命じみたものでさえある。
それでも、どこの誰がなんと言おうとも、クリスは生まれたときから不自由に思ったことは一度もない。制限された環境にいるのは確かだが、その中で自分を通そうとする試みこそが自由だという認識だった。
牢に入れられようと四肢を繋がれようと、それが変わることはないだろう。
「あーあ、帰りたい……」
自主的に動いて、それで今日はここにきた。
誰に頼まれたわけでもない。
それでも気分的には使いっぱしりをさせられているようで、いい気はしなかった。
柄にもなく気後れする自分を苦々しく感じ、躊躇う素振りは見せず戸を開く。すでに、ガラス窓を通して中からこちらは見つけられている。
顔を合わせるなり、暇そうにしていたアイヴィが近づき声をかけてきた。
「おはよう……ってあれ、クリスちゃん一人?」
「えぇ」
歓迎されるとも思わないが、それにしても場違いだよなとクリスは思った。
「まだ寝足りないそうですよ、あの二人」
なんでも、先日の日中をほぼ睡眠に充てていたユーリアは昨晩眠ることなく朝方まで過ごし、逆転した昼夜を調整するまでに今度は昼まで眠るとのこと。それに付き合った廉太郎も同じく、それでいて疲れた様子で起き上がろうとしなかった。
夜通し何をしていたのか、話声は別室まで壁を貫通し、それはクリスが眠りにつくまで続いていた。
想定以上に盛り上がったようで何よりだが、それでは夜眠れないのとさして変わらなかったのではと思わなくもない。寝室は別だった、最終的に。
「――で、一言伝えておかないと、またぞろあなたが気を揉んでしまうかと」
「あらあら……」
嫌味にも聞こえたはずなのに、アイヴィはどこか照れたように笑っていた。
「ありがとう、わざわざ教えにきてくれて」
思いのほか何の疑問も挟んでこない。日を跨いで留守にされていた反動だろうか、想定よりも愛想がいい。
「では」
どうでもいいことかと、過不足なく用を終えたクリスはそれだけ告げて背を向けると「ち、ちょっと――」と慌てた声に呼び止められ、つい反射的に振り返ってしまっていた。
振り返ってしまった手前、「なんです?」と一応尋ねてやる。
「食べてないでしょ、朝ごはん」
なのに何で行っちゃうの、とでも言いたげな顔のアイヴィ。
一瞬意味を理解しかね、やがて冗談かと思い眉をひそめた。「いえ、結構で……」
「いいから」
有無を言わせぬ口調だった。割と強気に誘われたもので、断ると面倒だと思ったのだ。
気圧されたわけでは、多分ない。
大人しく引かれる腕に逆らわず、クリスは席に座らされる。少し茶を飲むような軽食、喫茶店なのに昼からしか開いていないような店には当然客もおらず、静かな空間が自分に割かれたようで居心地は悪い。
迷惑だと訴える視線はすべて無視され、丸テーブルの上には作り置きながら悪くない食事が並べられていく。固くないパンに挟まれた野菜が、不覚にも胃に響くソースで濡らされていた。
「あの、固形物はちょっと……廉太郎がいないと」
それと『ロゼ』の助力がいる。
それを思いだすと、やはりわざわざ、口からものを入れる気にもならない。必要がないからだ。
仮に廉太郎がいたとして、あるいは何者の助力もいらなかったとして。それでも少しもものを食べたいだとは思わない。
「……そう」
憐れまれているのが顔を見ずとも分かった。
失敗したかと、ばつが悪そうにしているのも分かる。
昨晩はそういった説明などすべて億劫で流してしまったので、そう縮こまられては立場がない。身体の損傷を奇抜な目で見られるのは痛快でさえあるのだが、用意してくれた手前今はそういう気分にもならなかった。
代わりにと、具材が完全に溶け込んだスープを前に置かれる。直前の皿はどけられ、下げられるのかと思いきや席の対面に置かれてしまった。どうやら、一緒になって手を付けるつもりでいるらしい。
早いとこ帰りたいなと、クリスは思った。
「……あなたのそれ、もっと上手いこといかないの?」
会話が弾むでもなく、黙々と何のつもりかもしれない食事を取りながら、不意にアイヴィがそんなことを問い始めた。
それを、四苦八苦しているクリスは無視したものかと少し迷う。
考えてみて欲しいのだが、液状のスープを自らスプーンで掬いとり、首元に空いた孔から覗く食道に零さず流し込む作業が容易だろうか。手元は覚束なく、視認もできない位置なのだ。
当然、僅かながらも水滴が零れる。火傷こそしないものの、薄く弱い部分の肌に染みて気持ちが悪い。
「さぁ」
もしや、嫌がらせを受けているのでは――
かといって、補助を要求する気にもなれない。負けた気になるのが嫌で留めなかったし、相槌は適当に零れていた。
いけないことはない。
手足の欠落には構造上、排熱と整備、不備の視認性などの観点から必要性がある。しかし、欠けた食道を人工的に繋ぐのは難しくない。どうにでも加工できるだろう。グライフがそれをしなかったのは、半分は嗜好によるものだ。
そしてまた、クリスも半ば好きでやっている。言語化するのが難しいほど不確かなこだわりだが、一種のタトゥーのような、破滅的な自己表現の類いでしかない。
理解されるとも思わないので、口にすることはおそらくない。
「あの、変に気を遣わないでください」
視線やら扱いやら、とにかく耐え切れずクリスはそう切り出していた。何かに負けたようで癪だとは思うものの、何に負けたと思うのかは、やはり言語化できないほど不確かなものだった。
「好きじゃないでしょ、別に」
一度、隠せないほどの視線で見られたものだから疑いようもない。
人形は外の世界では当たり前に普及する兵器で、魔術師が遠隔操作し使い捨てる肉体だ。同型がいくらでも複製され、クリスの顔もありふれている。そして、この顔に嫌な思い出があってもおかしくはない生い立ちと種族にアイヴィはいる。
たかだか兵器だ。それに恨みを向けるのは、剣や銃を恨むようなもの。恨むことはあっても、敵視することもないのだろうが。
ゆえに、アイヴィとクリスの間に何があるというわけでもない。
それでも、なまじものが考えられるだけに。
逆にクリスの方が、余計な思いに囚われてしまうのだ。
この町で表に出ないのをずっと良しとしていたのも、無意識の内にそういった後ろめたさを恐れていたのかもしれないと、唐突に思った。
「ううん、好きよ」
問いただしたつもりもなく、確認するように放った言葉に、アイヴィは何てこともなくそう返してきた。
曇りはなかった。本気で言っているのならどうかしているし、取り繕っているのならばいっそ不気味ですらある。
受け取る印象がいつもと違う。
二人で話すのが、初めてのことだからだろうか。
「あの家で過ごして、わたしのご飯を食べてくれて、あの子と仲良くしてくれるなら」
面倒な思い入れを持たれたものだ。
嘘でも真実でも好意を向けてくるのは別に構わないのだが、何かを期待するように重い感情を向けられるではたまらない。視線と同じように受け止めきれるものではない。
アイヴィの――それら種族の人生を想像しても、聞いたあの家の悲劇を考慮してみても。
彼女を悪く思わずとも、どこか苦手にしている廉太郎の気持ちが少しだけ分かるようだった。
「でも、あなたは――」
「別に。……そういうわけでも」
表情で悟られたのか、思う所が元からあるのか。
さすがに悪いことをしたような気分で、何も言わせずに遮っていた。
アイヴィのことは嫌いではない。
嫌いになる理由が特にない。興味がないというほど無関心ではないにせよ、どうでもいいというのが本心だ。
そしてそれは特別ではない、クリスにとっては。
「……そう、良かったわ」
廉太郎はどうでもいい。しかし、立場上手を焼いてやらずにいられない。
ユーリアは関心に尽きない対象だが、彼女の深い友愛に巻き込まれつつあると思うと何だかそわそわしてしまい落ち着かない。
ロゼはともかく『ロゼ』は良く思っていない。人間どころかもはや生き物すらない。
グライフは……まぁ死んだ人間なので、少し寂しいとは思う程度だ。
そして、アイヴィは人間ではない。
「ねぇ、お昼はみんなで食べに来るでしょう?」
だから、どうしても関心が薄くなってしまう。ひしひしと感じる気まずさ、後ろめたさはそれを加速させているだけであって、その根にあるのは、とりあえず人間にしか向いていないらしいクリスの興味関心だ。
「まぁ、おそらくは」
「何が食べたい?」
「ですから、私に気は遣わないで下さい」
食べたい物など何もないし、好き嫌いなどクリスにはない。
食を楽しむのは生き物だけだ。構成する肉体が人と変わらないだけで、クリスに必要なのは食事ではなく活動の維持。
ユーリアは食事自体が好きではないだけ、好きな食べ物がない――あるいは極端に少ないないだけ。
クリスにとっては、どうでもいいというだけのことだ。
「……ねぇ、どうして気を遣われるのが嫌なの?」
覗き込むように、クリスはそう問われていた。その答えに窮してしまう。
およそ、自分に向けられるような顔ではなかったからだ。
「それは……」
――なぜか。
言語化するのは、そんなことだって難しい。
それは自分でも捉えきれていないということで、要するに気分の問題でしかないということで。
「人間ではないので、私は」
「うーん、わたしも違うけど?」
「でも人でしょうが」
同じ社会で生きられるだけの知性体を、人間は人と定義する。今となっては黒歴史だろうが、かつてそう定義したのだ。
その多くの種の姿は、自然と人間に類似している。
「私は違います」
エルフは妖精種で、人であり。
人形は人形だ。
「人形の体は人間と変わらないんでしょ? その上人間と同じように考えてお喋りできるなら、それはもう人間と変わらないんじゃない?」
一理ある、一考の余地はある言葉。
客観的に自分の感情や思想と切り離してみると、それは哲学の領域で、つまりどれだけ考えようとも答えが出そうにないものにも思える。
もちろん、一度も考えなかったわけじゃない。
事実、自分のことを人間に違いないと信じられていた時期もあったのだ。
しかし――
「でも、私は人間とは違いますよ。人でもないです」
「なんでー?」
「私にある自意識が、人間と同じものだとは思わないからです」
口にして、矛盾しているなとも思う。
人間でなくとも多少なりとも知性があるのなら、ならば人ではあるのではないか。
だから知性、自意識自体を疑うしかない。
人工知能。――限りなく高性能なそれを実現したとして、その存在は自らをどう定義するのだろう。自我、感情に似た機能と共に思考を働かせ、それが人間と変わらないものだと、一体どうやって確信できるというのだろう。
それと同じことだ。
降って湧いたように生じた自意識だ。そこに不備が何一つないなどと、信じられるほうがどうかしている。
自意識がある、それが芽生えたと、そう錯覚している可能性は限りなく高い。
「ごちそうさまでした」
役目を終えてクリスは席を立ちあがる。
帰って、シャワーでも浴びて、そして少し横になろうとも思った。
「あぁ、逃げられちゃった」
そういう彼女の真意を読み取れないでいる。
敵意が形を変えた仕打ちなのか、それとも上手くやろうとしているのか。
どちらにせよ、クリスにしてみれば急に親身になってきて何だか気持ち悪いなと思うだけだ。
「また後で」
とはいえ。
少なくとも表面上はといえ、こちらだけずっとそっけない態度で居続けるのも悪い気がするし格好もつかない。
帰り戸を開いた背中が未だ見られている。クリスは振り返ってそれを見据えた。
「……好き嫌いは別にありませんが、どうせ用意するなら苦みのないお茶にしておいてください」
九日目の朝。正確にはすでに昼だが、ともかく、廉太郎が立っている日付は一つの大台を超えたものとなった。
九日。
これは仮にこの世界へ迷い込んでしまった日を日曜だとするのなら、月火水木金土日を越えて月曜日を迎えてしまったようなもの。一日だろうが二日だろうが大騒ぎするような実感は湧いてこないが、丸々一週間休んでなお顔を出せなかったと思えば、嫌でも現実感が追い付いてくる。
長い欠席など経験したこともないので、もはや戻る席が残っているのかにすら自信がない。仮にもっと長期化することがあれば、進級どころか在学も叶わなくなるだろう。
事件性や未曾有の事態が認められれば多少大目に見てくれそうなものだが、身に起きている事象すべてが既存の常識から見て荒唐無稽で、期待はとてもできそうにない。
極論、学校など大した問題ではない。
しかしこれからどうなろうと、一度両親の教育費によって支えられた進路から外れようものなら金銭的にも負担と無駄が生じてしまう。
金の話ではなく、親孝行の問題だ。
もちろん、それ以上に危惧しているのは家族に負わせている心的な負担で、それに比べれば他のあらゆる要因は取るに足らないことですらある。
だが、現時点でもかなり、親へ会わせる顔がない状況だ。
早急に元の世界に帰り、可能な限り人生を元通りに修正する。
それが現実的に叶わなくなるタイムリミットは、そう遠くない。
それはそうなのだが――
「悪いわね、暇なんてないのに付き合わせて」
「気にしないで、俺も心配だから」
昨晩は結局、紆余曲折で事故を起こしながらも『早く帰れるように頑張ろう』という意思を固め合ったのだ。
――精神を安定させるにはそれしかない、私が同じ立場だったら気が触れる。
ユーリアは本気でそう言っていたし、きっとそうなのだろうなとも思う。
そうして一度眠って起きた後、遅い朝食と昼食を兼ねた食事をいつもの面々でとっていた。その際、店に遊びきたアイヴィの友人から一つの話がもたらされたのだった。
――ロゼが体調を崩している。
すぐさま見舞いに行こうとするユーリアに、ついて行かない理由は特になかった。
『ロゼ』も現実にいる方の「自分」に何があったのかと訝し気でいたし、何より風邪などではないであろう予感もあった。
「本当は、廉太郎を診てもらうつもりだったのにね」
先日までの事件、故郷と断絶しているストレス。そのメンタルケア。
こちらにはもう一人の『ロゼ』がいるのでその必要もないのだが、口にするわけにもいかず愛想笑いが流れて消える。
「だけど、考えてみればそれは危険じゃないの?」
「最初に会った日のこと気にしてるの? 大丈夫よ、二度同じ失敗をする人じゃないわ」
そういうものなのか。
ロゼは異形化、つまり魂とその肉体の変異が進行している状態だ。彼女の魂があまりに頑丈で、それを食い止めるかたちで人間であることを保っている。あの日彼女が暴走したのは、得意な魂である廉太郎に触れたせいでその制御を失ったからだ。
肉体の一部、腕がその体積を見上げるほどの化け物に変えても、それを切り離されても彼女は回復してみせた。それが頑丈で、人間で居続けられる魂というわけだ。
ともかく、そういう事情がある以上、体調を崩したというロゼに想う所がないはずがない。
『情けないな。体調管理もできないのか、私め』
冗談のような口ぶりに、目線だけで「紛らわしいな」と返しておいた。
「しかし、いいところに住んでいるじゃないですか」と、ロゼの家を見上げたクリスが軽く揶揄する。
ロゼの家、その足元へとたどり着いていた。
一見したところ集合住宅だ。ユーリアが一軒家として管理する家もそうだったし、かなり立派ではあるのだが、あちらが二、三世帯程度の大きさだったのに比べて、こちらはより大規模である。階数も横幅もかなり膨れていて、窓やべランドから覗かせる生活感がなければ公共施設か何かのように見えただろう。
頑丈なセキュリティをユーリアが顔パスで無効化し、玄関から正面のホールへ、そして階段を上がっていく。
ロゼの家、部屋は五階であった。
高いマンションがそうであるように、エレベーターらしきものまで併設してある。無論電動ではない。電気仕掛けの機器がまったくないわけでもないのだが、この町では発電さえ極々小規模にしか行われておらず、ほぼ燃料魔力に先を越されて利用されていない状況だ。
気になって触りかけたも廉太郎に、ユーリアは「落ちたら私でも死ぬ」と言ってそれを避けた。乗り物での移動は弱点であると同時に、苦手でもあるのかもしれない。
「ここよ」
黒い扉には高級感があった。ユーリアはその一つの前で足を止め、軽く確かめるようにドアノブを下げ、
「よし……」
ほっと息を吐きながら、用意していた合鍵を回す。
呼び出しの鈴を鳴らすこともなく、手慣れたように中へ入っていくユーリアの背に廉太郎とクリスが続いていった。
合鍵まで持たされているユーリアはともかく許可なく他人の――それも女性の――住居に立ち入るのがどうにも性に合わず、廉太郎は意味もなく床に視線を伏せていた。綺麗で整頓された住まい、そのくらいしか目にせずに済む。
「ロゼ……眠っているの?」
聞こえるように声を響かせるユーリア。その言葉と足取りに、どうやら寝室まで赴く気らしいことに気づき、さすがにそれは不味いのではないかとしり込みしてしまう。だが今さらでもあるし、見まいにきて顔も見ないというのも変な話だ。横目に見た『ロゼ』に問題がないことも確認し、足を止めずユーリアについて行く。
そして、寝室のドアを開けた。
流れ出た強い匂いに、思わず顔をしかめてしまった。