日本半導体業界はなぜ衰退したか? その2
さて、前回「日本半導体業界なぜ衰退したか? 大企業優先主義の弊害」を投稿したところ、予想外の反響をいただきました。
当初は、「なろう」ユーザーのみなさんは半導体産業になど興味がないだろうから、こういうエッセーはほとんど読んでくれないのではないか、と思っていました。ところが投稿した翌日、一時的ではありましたが日間ランキング第一位になるなど、おかげさまで好評でした。
半導体業界については、まだまだいくらでも書きたいことがあります。
日本半導体業界なぜ衰退したか? 多くの評論家が最も多く指摘するのが以下の二点です。
①日米半導体協定など、米国が政治的圧力で日本の半導体業界を衰退させた。
②日本の半導体業界が発展していた当時、アジア勢(韓国、台湾、中国、東南アジア)はまだ半導体を生産する技術を持っていなかったが、彼らが半導体を生産できるようになると、今度は人件費の安さを武器に日本企業を圧倒した。
この二つの意見は業界外の評論家がよく唱えます。一方、業界内にいた評論家はそれ以外にも業界の内部的構造に問題があると指摘してます。
私も上記①②が日本半導体業界が衰退した大きな要因の一つであることは認めるにやぶさかではありません。しかしながら、それ以外の要因にも目を向けることが、業界を再生させるヒントを見つけるために重要だと思います。
1. 本業は重電、半導体はおまけ
かつてのDRAMメーカー=総合電機メーカーは、重電事業が本業で半導体事業はおまけの副業でしかなかったことが半導体業界が衰退した原因。こうした意見を感想でいただきました。
確かにこれは的を射た意見です。総合電機メーカーでは、長年重電事業部にいた技術部長が、半導体工場の工場長に就任し、その後、半導体事業部長、役員に昇格するといった事例があります。
重電部門がエリートコースとされているのでこうした人事があるのでしょうが、半導体ビジネスをよく知らない人が半導体事業部を経営する、というのもよく考えるとおかしな話です。
では、総合電機メーカーにおいて、半導体工場の工場長や半導体事業部長は、重電畑でなく、半導体畑出身者が就任すれば、すべての問題は解決するかというと、私はそうは思いません。
半導体事業部を総合電機メーカーから独立させ、さらには設計開発部門をできれば複数のファブレス企業としてそこからさらに独立させます。そして残った工場を有する本体をファンドリ企業にするのです。
つまり企業をヒト・モノ・カネの側面から徹底的にダウンサイジングし、単一の大企業でなく複数の中小企業に分散させることが有効だと思うのです。
そう言えば、かつての日本企業のDRAM事業は、社会インフラを建設する行政や重電の発想によく似ています。社会インフラ事業にはまず第一に”資本集約”が必要です。
大規模工場を建設し、シリコンインゴットなど原材料を大量に仕入れ、半導体製造装置や検査装置を購入し、必要以上に多くの社員を雇う......。
半導体製造装置は1億円を超えるものも少なくありませんが、最も費用がかかるのは短期的には工場の建設費、長期的には社員の人件費でしょう。
年功序列で社歴が長い社員は無能でもとりあえず管理職の肩書をつけ、彼に部下をつけるために社員を雇います。その部署自体やることがないにもかかわらず、会社としては彼と彼の部下の給料を払うのです。こうした非効率体質は”大企業病”であり、いかにもで行政や重電の経営方式です。
ところが本来、半導体産業はこのような”資本集約”でなく、”頭脳集約”の産業のはず。つまりクリエイティブなアイデア勝負の産業なのです。
2.マーケティングの成功例としてのPICマイコン
日本の半導体メーカーの経営者は技術ばかり重視してマーケディングを怠っている。日本の半導体業界には正しくマーケティングできる経営者が少ない。
日本半導体業界が衰退した理由として、こうした原因を指摘する評論家が少なくありません。
ところで半導体業界におけるマーケティングとは何でしょうか?
私は技術力よりもマーケティング力で成功した半導体メーカーとして、米国のマイクロチップ・テクノロジー社を思い浮かべます。ちょうど80年代末に起業し、日本のDRAMメーカーの衰退と反比例する形で堅調に成長しました。
同社の主力製品PICマイコンシリーズは、業界初の”バカチョン”マイコンだったのです。以下、90年代後半から2010年くらいまでの日本企業のマイコンと、マイクロチップ社のPICマイコンの違いを箇条書きで説明します。
①設計の容易さと性能の比較
日本企業の場合:
性能は高いが、これを使うにはエンジニアに高度な技術力が必要。
マイクロチップ社の場合:
エンジニアなら誰でも少し勉強すれば使えるが、性能は低い(ただしローエンド製品なら使える)
「なろう」ユーザーの多数派が底辺作家であるのと同様、エンジニアも優秀な人の方が少数派で、多数派は底辺エンジニアです。回路設計、プリント基板設計、組み込みプログラムのいずれにおいても、PICマイコンは既存のマイコンより簡単で、底辺エンジニアにはとっつきやすい代物です。
②開発ツールのコスト
日本企業の場合:
最初に開発ツール代、20万円払ってスタート。ただし、その後は一切コストはかからない。
マイクロチップ社の場合:
ほぼ無償で開発をスタートでき、プロトタイプまで作れる。ただし量産するにはギャングプログラマを20万円で購入しなくてはならない。
底辺エンジニアは、マイコンの性能が悪いのでなく、自分の技術力が低くて、結局製品を開発できないのではないかという不安を抱えています。同じ開発費でも試作品 (プロトタイプ)が完成した後からコストが発生した方が安心です。最初に費用を払い、製品を開発できなければ初期投資が無駄になってしまうからです。
③パッケージ
日本企業の場合:
表面実装が標準で、よほどローエンドでないとDIP型はない。
マイクロチップ社の場合:
同じ型番のマイコンで表面実装タイプとDIP型タイプの両方をラインナップ(Jシリーズ除く)
ハンダ付が下手な底辺エンジニアは、ユニバーサル基板を使って手作業でプロトタイプを作るには、DIP型がありがたいのです。プロトタイプはDIP型、量産には同じ型番のQFPやSOLといった低価格かつフットプリントの小さいパッケージを選択することも、PICマイコンには可能です。
④データシートの情報開示
日本企業の場合:
データーシートは原則非公開。営業が有力見込み客と認めた場合のみ開示する。この他、ダイジェスト版を公開することがある。
マイクロチップ社の場合:
データーシートは完全公開。他社よりスペックが劣ることがわかる場合も隠さない。
PICマイコンはサイトで簡単にデータシートを確認できます。ユーザーからすると変に隠し立てをするより、欠点でも公開する企業の方が信頼が持てます。
⑤販売方式(商社を経由せず直販の場合)
日本企業の場合:
ロットで販売。1個当たりの単価は安い。
マイクロチップ社の場合:
1個から販売。単価は高い(ただし1個にしては安い)。ロット注文で単価割引あり。
大企業と違い、中小零細企業の場合、予算が少なく大ロットで仕入れるのは困難です。小ロットにしては安い半導体がありがたいのです。
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いかがでしょう。
技術力の低い底辺エンジニア、情報処理的にローエンドの電気製品の開発者、予算のない中小零細企業、多品種少量生産の製品の開発者......。こういったユーザーを対象にして成功したのがマイクロチップ社です。
これは90年代後半の話で、現在ではPICマイコンより簡単な”バカチョン”マイコンが各社から発売され、電子工作マニアにとり、むしろPICマイコンは初級者向けでなく、中上級者向け、といった感があります。しかし、これも一重にPICマイコンが成功したので他社が追随しただけだと私は思います。
ここで私が主張したいのは、マーケティング、すなわちユーザーがどんなマイコンがほしいのかを分析することが、マイコンの技術的性能以上に、ビジネス的に重要な場合があるということです。
3.まとめとして
映画やテレビ番組の制作グループには、プロデューサーとディレクター(監督)という二種類のリーダーがいます。プロデューサーは全体を企画し、ディレクターは撮影現場の指揮官です。
日本の半導体業界を再生させるにも同様に、全体を見通せるプロデューサーとディレクターを育成することが重要だと思うのです。
プロデューサーは技術を熟知した上でマーケティングができる経営リーダー。ディレクターは設計開発のリーダーで、設計開発に関する限り、ほぼすべてを把握している必要があります。
大企業の悪いところは極端な分業体制です。一人がやる作業を二人、三人で仕事をわけます。その結果、全体を見通せる人材が育成できにくくなってしまうのです。
全体を見通せるリーダーを多数輩出するためにも、半導体産業はダウンサイジングして、小回りのきく、より小さな企業にした方がいいと思うのです。
(了)