5-6 雪ダンジョン1
本日もよろしくお願いします。
翌日、命子たちは首都から1時間ほど移動した場所にあるF級ダンジョンにやってきた。
ここが命子たちの目的の素材があるダンジョンだ。
キスミア4号ダンジョン、あるいは雪ダンジョンなどと言われている。
雪ダンジョンは、Fランクの中でも特に難しい部類だと言われていた。
その理由は2つある。
1つは、ダンジョン内部に雪が積もっていること。
20センチ程度の雪だが、パウダースノーのようにふわっふわな雪をしている。
気温もマイナス5度ほどと寒い。
もう1つは、仲間を呼ぶ敵が出てくることだ。
これが非常に厄介であった。
さて、本日のパーティメンバーは命子たち4人の他にもいる。
まずは馬場。
他国のダンジョンということもあり、お目付け役として参戦だ。
そして、もう1人はメリスである。
メリスは、ささらにこそ負けたが、キスミアの若年冒険者の中でかなり強い部類に入る。
現在、G級ダンジョンは21層まで踏破しており、あと少しで攻略できるところまで来ている。早いペースだが、これはキスミアのほうがダンジョンに入る予約が取りやすいためだ。
軍人でももちろん良かったのだが、この探索は撮影許可を得ているため、キスミアの民間冒険者を1人でも有名にしたい思惑があった。
ルルの幼馴染というポジションのメリスは、それにうってつけだったのだ。可愛いし。
というわけで、本日はこの6人による探索だ。
それぞれの装備は、ダンジョン産の初級装備である。
メリスは、緑をベースにした花の妖精みたいなメルヘンチックなコスプレだ。
頭にはネコミミがついており、れっきとしたダンジョン産装備だった。
二振りの小太刀は日本の物と造りは同じだが、鍔が猫の顔をしている。特に目の部分が特徴的だ。
馬場は、優秀な秘書といった感じのスーツ姿だ。
しかし、どこかコスプレチックである。なぜなら、これもダンジョン装備故に。
袖はやたら厚く折られているし、スーツジャケットの上からは革ベルトが回されている。大き目に取られた襟首にも女性らしい模様が入っている。
ちなみに、最近だと命子たちと会う時はいつもこの服装である。有事の際は、命子たちを守って戦うために。
そして、馬場の武器は――
「ば、馬場さん。ペシンペシンするんですか?」
命子が半笑いであわあわと手を出しながら言うと、馬場は、白い手袋をした両手で鞭をパンッと鳴らした。
そう、馬場の武器は鞭だった。
「私、馬場さんは、女王様よりも胸に抱えた書類の束をぶちまける感じが似合ってると思うな。はわわわっつって」
パンッ! と鞭が鳴り、命子を冷ややかな目で見る馬場。
命子は、ひぅう、ごめんなさい、と本気でビビった。
そんな馬場の目が、普通に戻る。
「関西にあるダンジョンで鞭をドロップする敵がいるのよ。で、研修に行ったときにこれを手に入れて、そのまま使ってるわけ。あとは魔導書と、サブ武器としてサーベル、短剣ね」
「クソウケる!」
「ウケないでちょうだい」
「それで、馬場さんの職業は?」
「『鞭使い』よ。スキルには、【魔導書解放】もあるから魔導書魔法も使えるわ。他にもスキルはないけど、色んな格闘術が一通り使えるわよ」
「つえぇ!」
「まあねっ! ふふん!」
命子に褒められて、馬場は良い気持ちになった。
一方、命子たちは、初級装備の上にこの旅行に来る前に製作を頼んでおいた龍装備を着用していた。
胸、胴、股間、肩を守れるような構造だ。
元々、無限鳥居で産出されるレシピとメイン素材で製作されるため、和装に合ったデザインだ。着色も可能。
また、新装備として紫蓮が龍牙の薙刀を、ルルが龍牙の短剣を装備している。
初めて使う武器なので、少しワクワクした様子。
さらに、全員がその上から防寒具を羽織っている。
ダンジョン産装備はある程度の体温調節機能が備わっているのだが、マイナスクラスの気温を快適に過ごせるほどの性能はない。
命子たちの体感としては、5度くらいにしてくれている程度だ。
他にも、前回の冒険で使った頭に装着するカメラも着けている。
全員が激しい運動をしない限り、なんだかんだでこれはかなり使える装備だった。
さて、そんなメンツで今回の探索を始める。
日程は、肩慣らしのために半日だけ。
しかし、数層クリアするだけでも意味があるので、半日でも侮れない。
ダンジョンに突入した命子たちは、内外の気温差に驚いた。
話には聞いていたが、瞬きをした瞬間に気温が下がるような体験をすれば、誰でも驚く。
ダンジョン内の景観は、白と青。
壁は青く、床は雪で白い。
天井部に氷柱ができているようなことはないので、その点は安心だ。
「それじゃあ、馬場さんとメリスちゃんの実力を見せてもらおうかな」
「はい、命子隊長! それじゃあお姉さん頑張っちゃおうかな!?」
馬場がやる気満々で、パンッと鞭を鳴らした。
命子隊長はその音を聞いていちいち、はわーと半笑いする。
早速出てきた敵は、大きなネズミだった。
それを見た瞬間、ルルとメリスが揃ってフカーッと鳴いた。
何かが2人の気分を害したのだろう。
某マスコットには会わせられない、と紫蓮が呟き、命子も同意した。
ネズミは中々に速い動きをした。
命子たちが見てきたザコ敵の中では一番の速度かもしれない。ちなみに次点で無限鳥居のポンポコタヌキ。
「情報によると、このネズミは近づくと念動力で雪をぶっ掛けてくるらしいわ。雪に攻撃力は無し、目くらましね。それに気を取られている隙に攻撃してくるそうよ。本命の攻撃は普通にG級の魔物を上回るから気をつけてね」
馬場はそう説明しながら、鞭を振るった。
パンッと小気味良い音を奏でて、まだ結構距離があるにもかかわらず、ネズミが転倒する。
その音を聞いて、2つの反応があった。
ルルが目をキラキラさせ、他のメンバーは、ひぅうう、と。
そうして、うずうずしたルルが我慢できずに、目の前にあるメリスのお尻をパシンと引っ叩いた。
みゃーと鳴いたメリスは、頭の上に疑問符を盛大に飛ばして、背後のルルへ振り返る。
そうやってメリスの気がそれた瞬間、再び、ダンジョン内にパンッと鞭の音が響く。
メリスはビクゥとしてまた前を向く。
同じく、命子と紫蓮もひぅううと縮こまる。
そんな3人の背後で、めっ、とささらがルルの太ももを引っ叩いた。
ルルがにゃふーっと嬉し気な声を出す。
その声に、今度は命子と紫蓮とメリスが背後を振り返る。
そうして、3人の気が背後に向いた瞬間に、またしても馬場が鞭でネズミを引っ叩く。今度はスパン、パンッと2連撃だ。
命子たちはビビクゥとして、前を向いた。忙しかった。
計4発の攻撃により、気づけばネズミは昇天していた。
「まっ、一体ならこんなものね」
命子たちは、馬場の笑顔ではなく鞭を凝視した。
鞭、こえぇと。
「あ、あの、仲間に当てないでくださいね?」
「あっはっは、大丈夫よ。当たっても気持ち良いらしいから。私と一緒に潜るメンバーはみんなそう言うわ。評判良いんだから!」
「それって選ばれた人たちじゃん!?」
「ふふっ、冗談よ冗談。当てたことないから大丈夫! 酷い乱戦なら、これ使うしね」
馬場はそう言って、ポンとサーベルを叩いた。
「ホントにお願いしますよ?」
というわけで、馬場の戦闘は終了。
命子たちは、総評として『不安』と判定した。
次にメリスだ。
ささらと戦ったのである程度その実力は分かるが、魔物との戦闘はまた別だ。
命子たちや世の中の人が『対魔の術理』を熱心に研究するのは、魔物には小さいのに冗談みたいに攻撃力が高い種類もいるからだ。
今のネズミだって、でかいとは言え二足立ちして50センチ程度。生身の人間なら足をへし折られるスペックを持った膝丈サイズの生き物との戦いは、かなり厄介なのである。
さて、メリスのジョブは、『見習いNINJA』である。
ルルと戦闘方法が被っている。
次に現れたのもネズミだった。
『ルル、見ててね! しゃ、シャーラも見てなさいよね!』
そう言って、メリスは腰の後ろに交差して差した小太刀を抜き、戦闘態勢に入る。
ネズミは雪の上を走ってきた。
それに対して、メリスは水芸を放つ。ルルと同じ戦法だ。
水芸を受けたネズミは、酷く不快感を表して飛び跳ねた。
その瞬間、メリスは高速移動を使って雪の上を疾駆する。
そんなメリスの前方の雪が、フワッと細かく舞い上がった。
ネズミの目くらましだ。
メリスはそれに慌てず、【見習いNINPO】のそよ風を使う。
そよ風は、雪をメリスの前から散らして道を作る。水芸と違って使い道が皆無と思っていた命子としては、その使い方に感心した。
ようやっと着地したネズミは、しっかりと自分を見据えて突っ込んでくるメリスに対して、わずかに怯んだ。
メリスは雪を巻き上げながら滑り、すれ違いざまにネズミを切り裂く。
紫の血を撒きながらノックバックしたネズミをすぐに斬り上げ、今度は空中で連撃を入れ、最後に十字に斬る。スピードタイプだけあって、攻撃がかなり速い。
「勝ちマシたデス!」
ドウドウ? みたいな感じで一同を見るメリス。
その瞳は昨日までの険のあるものではなく、本来の人懐っこいものになっている。
ルルは少し中二病の気があるため、うむ、と勿体ぶって頷く。
一方、ささらはすぐに褒めた。
「お見事ですわ!」
「おみもとデス? 凄いの意味デス?」
「はい、凄いですわ!」
「ふ、ふん! お主のためにやったんじゃにゃいんだからにぇっデス!」
メリスは、変な日本語を覚えていた。
しかし、すぐに褒めたささらをメインにして会話している姿は、仲良しになれた証拠だろう。
「うん、メリスちゃんも十分に強いね!」
「うん。やりおる」
命子と紫蓮も褒めた。
簡単な日本語なので、メリスにも分かり、メリスはテレテレもじもじしながら、「お主のためにやったんじゃにゃいんだからにぇっデス!」と繰り返した。
メリスは、これが日本で好感度の上がる返答の言葉だと思っていた。狙ってもいないし、悪気もなかった。アニメはウソを吐かないのだ……っ!
「よぉーし、じゃあサクサク行くわよ!」
馬場が張り切って言った。
馬場は、年若い友人たちと冒険できて凄く楽しかった。
その後、敵が出るたびに順番に戦っていく。
G級の敵は攻撃を受けてもなんら痛くないし、武器のひと薙ぎで大抵倒せてしまって余裕過ぎたが、F級の敵はそうはいかない。
初級装備を付けていても、攻撃を受ければそこそこ痛い。
ネズミの攻撃を受ければ足が持ってかれて転倒するくらいはするし、それに付随してジンジンする程度のダメージはある。相当にボコられない限り死ぬことはないが、被弾し続けると防具も破損するため、注意しなくてはならない。
一方、こちらの攻撃も3撃は当てないと倒せない。
牽制の軽い攻撃を混ぜたならもっと掛かる。
命子とささらは危なげなく倒していく。
本日の命子のジョブは、また『冒険者』だ。
『武器破壊をする敵もいる』という天狗のアドバイスで魔導書アタックを控え、剣術と魔導書による遠隔魔法で器用に戦う。
けれど、命子的には魔導書アタックが好きだった。ブックカバーなりをつけて、武器破壊を免れる術を研究してみようかしら、などと今後の課題を心にメモっておく。
続いて、ささらだ。
真面目なささらに遊びはなく、スラッシュソードで敵を怯ませ、その隙をついて一気に畳みかける。
派手さはないが、強い。
馬場はそんな2人の戦いを直に見て、もし戦うとしたら、ささらには勝てそうだが、命子には負けるかもしれないと思った。
自衛隊内では魔導書+近接武器での戦闘を、命子を記念して『命子スタイル』と呼んでいる。
命子はこれが恐ろしく上手かった。
万人が魔導書を持っていない現状でなら、日本で五指に入るかもしれない。海外を含めた場合は馬場にも分からない。
戦闘中に2冊の魔導書を一切見ずに操り、多角的に魔法を放つ。
時には自分の背後で魔法を待機させ、剣で斬り抜けると同時に発動して意表を突くことさえする。
魔導書アタックこそ控えているが、それでも命子自身の攻撃を含めて3方向からの攻撃に対処できる自信は馬場にはなかった。
唯一勝ち目があるとするなら鞭が有利の中距離だが、遠・近距離ならまず自分は負けると思われた。
まあ、それがイコールして最強に結びつくわけではないが。
ささらがビルドをミスって就けなかった『盾騎士』などは、瞬く間に命子を制圧してしまうだろう。
要は相性の問題だ。
さて、続いてルルと紫蓮である。
龍牙の武器をゲットした2人だ。
まずはルル。
ルルは、メリスに言う。
『メリシロウよ。お主の目指す先を歩く女の闘いをその目に焼きつけい!』
『いいから早く行きなさいよ。まったくルルは、ねえシャーラ?』
「ふふふっ」
ルルは、左手に小鎌、右手に龍牙の短剣を装備する。
さらに背中に忍者刀を背負い、太ももにはサブの短刀。武器過多である。
ルルは、両手の武器をクルンと回して、バシッと握り締める。
その仕草が命子と紫蓮の琴線に直撃した。
新雪が覆う通路を高速移動で疾駆する。
長い脚が生み出す足跡が命子のコンプレックスに直撃する。いや、命子も身長が低いだけで足が短いわけではないのだが。
ネズミの攻撃範囲に入ると、ルルの前方に雪がぶわりと舞う。調子が良かったのか、雪の量が多めだ。
ルルはその瞬間、大ジャンプを使用した。
舞い上がる雪の上を越えながら、ルルは空中でくるんと上下反転すると天井に足をつけた。
そして、天井を蹴って地面へと落下すると、ルルの姿を見失ったネズミの頭に龍牙の短剣を突き入れた。【目立つ】が発動し、派手なエフェクトと共にネズミは即死した。
「漫画かよアイツ」
「絶死にゃんプレス。右YX下Bで発動する」
「ゲームのほうだったかぁ」
「ダウンロードコンテンツでビキニバージョンもある」
「ひゅー、恐ろしいやり口だぜ!」
そんなことを命子と紫蓮が話しているうちに、ルルがネズミのドロップの毛皮と魔石を持って戻ってきた。
「んふふぅ、どうデスか?」
ルルはドヤ顔で言った。
『派手だけど、私のほうが効率的だったと思う』
「練習には良いかもしれませんけど、使いどころを間違えたら大きな隙を見せることになりますわよ?」
メリスとささらにダメ出しされ、ルルは珍しくしゅんとした。
お友達と再会して、ルルもまたテンションが上がっており、つい良いところを見せたくなってしまったのだ。そうしたら、このマジレスである。
「ニャウ……そうかもしれないデス」
と言いつつ、ルルは、命子を抱っこしてしゅんとした。
最後に紫蓮だ。
紫蓮の武器は今まで使っていた武器とおさらばして、龍牙の薙刀である。
刀身が30センチ程度で全長は2メートル程度の物だ。
「紫蓮ちゃん、その武器の名前は?」
「龍命雷だけど」
「龍鳴雷……良い名前だね」
「うん、良い名前かもしれないけど」
もじもじしながら言う紫蓮に、命子は漢字を間違って想像した。
紫蓮がせっかく命子先輩の名前を一文字入れてくれたのに。
この武器を作ってもらうにあたり、紫蓮は必死で薙刀を勉強した。
薙刀系の術理は持っていないので本格的な訓練はこれからになるが、【棒の術理】である程度の予習はしてある。
紫蓮が戦うのは、1層のもう1体の魔物である雪スライムだ。こちらの出現割合は低い。
雪スライムは雪弾の連続放出をしてくる魔物である。
周りの雪で作る雪アーマーにより、弱点である核を守っている。
ただし、攻撃方法である雪弾を使用すると雪アーマーは薄くなるため、雪がある場所へ移動する。
攻撃する度に防御力が薄くなっていく、そんな魔物だ。
紫蓮は薙刀を脇構えにして近づく。
雪スライムの射程は30メートルほどで、ダンジョンの角を曲がれば大抵の場合は射程範囲に入る。
ただし、距離が離れるにつれて命中率と威力が下がり、30メートルは怖くない。
さっそく始まった攻撃を、紫蓮はヒットする弾だけを選んで回避していく。
5発ほど撃つと雪アーマーが薄くなり、雪スライムは雪の上をコロコロと転がって雪を吸収する。
次第に精度が上がり、紫蓮に雪弾が集中し始める。
紫蓮はそれを斜め前にすり足をしながら丁寧に避けていく。
当然、近づけば近づくほどに反射神経は必要になるが、紫蓮は集中して回避していく。
「あれ超楽しそう! 紫蓮ちゃん、良いな良いな!」
命子が羨ましそうに流れ弾の雪弾を斬った。
「複数編成になったら大変ですわね」
ささらはまた別の感想を抱く。
そうこうしているうちに、ついに紫蓮の射程に入った。
雪アーマーが切れた瞬間、紫蓮は踏み込み、脇構えから鋭い下段払いを繰り出す。
その斬撃で薄くなっていた雪アーマーが弾けた。
紫蓮は、焦らずに動画で習った型をなぞるようにして一拍止め、むき出しになった核へ向かって、突きを入れた。
雪スライムの核は脆い。
その一撃で、雪スライムは光になって消えた。
後に残ったのは、魔石と砕けた核の残骸だ。
薙刀での初めての戦闘に緊張していた紫蓮は、ホッと息を吐く。
みんなが作ってくれた薙刀なので、下手な戦いをしたらがっかりさせてしまうと思ったのだ。
紫蓮は軽度のコミュ障のためか、そういうのを凄く気にする子だった。
けれど外面には出さない。
無表情な顔で、みんなに言う。
「使いやすい。改めてありがとう」
薙刀を胸に抱き、紫蓮はお礼を言った。
3人はニコニコして紫蓮を迎え、馬場は眩しそうに4人を見つめる。
メリスはなんのことだか分からなくて、キョロキョロした。
そうして、それぞれの強さを認識し合い、ダンジョン探索を本格的に始めた。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、大変励みになっています。
誤字報告もありがとうございます!