5-4 観光
本日もよろしくお願いします。
※ 前話からですが、「」の代わりに『』が使用されている会話部分は、キスミア語とさせていただきます。地文の中にも使用されていますので、分かりにくいかもしれませんがご容赦ください。
この旅行の目的は、ダンジョンだ。
けれど、初日からダンジョンに入るなんてことはなく、本日は観光である。
まずはホテルで朝食を摂る。
「もむもむ。これがうわさの猫じゃらしパンか。……お、美味しいね、紫蓮ちゃん、萌々子」
「うん、美味しい!」
もむもむと食べる妹ににっこりと微笑む命子。
命子はそう言うが、目の前の席が気になって味なんて分からなかった。それは紫蓮も同じだ。
萌々子が言うのだから、実際には凄く美味しいのだろう。
命子と紫蓮は、パンをもむもむしながら、目の前で繰り広げられるバトルをチラ見する。
「まあ、このドレッシング美味しいですわね、ルルさん」
「キャムルのドレッシングデスよ。ニッポンさんで言うところのマタタビの親戚デス!」
ささらの言葉に、ルルがニコニコして返答する。
まあ、「マタタビのドレッシングですの!?」なんて言いながら楽し気に食事をするささらの反対側で、メリスが頬をぷくぅと膨らませる。
遠慮のない速度の日本語なので何を話しているか分からないメリスだが、楽し気な様子だけは理解できる。
『ルル! ルルの大好きなロカの塩漬け! はい、あーん!』
どのような経緯からか、インド原産と言われるナスはキスミアにも昔から存在する。
栄養満点な雪解け水で育ったキスミアナス・ロカは、でっぷりと太っている。
この盆地では、岩塩に漬けて食べたりと、重要な野菜であった。
メリスはフォークでロカの塩漬けを刺して、ルルの口に近づける。
ルルはそれに応えて、あーんして食した。
この攻撃に対して、反対側のささらが目を見開いてから頬を膨らませた。
「一進一退の攻防」
紫蓮がパンをもしゃつきながら言った。完全に観戦者だ。
「ル、ルルさんルルさん、これはなんのスープですの? 凄く美味しいですわ!」
『ルルルルルルルル! 私ね、冒険者になったんだよ? あ、はい、あーん!』
『しょっちゅう連絡し合ってるんだから知ってるよー』
ささらの攻撃に、メリスが若干かぶせ気味に邪魔をする。
冒険者という言葉にルルの気がメリスに傾き、ついでに行われたあーんに応える。
ささらの頬プクが増した。
ルルが言うように、メリスとルルはチャットなどでかなりの頻度で連絡を取り合っていた。
「あーわわわわわ……。さ、ささら、こ、このスープめっちゃ美味しいね!? なんのスープだろうね?」
命子はスキル『気遣い』を使った。
恐らく、言葉が分かればダンジョン狂いの命子もメリスの話に夢中になっただろう。
ささらはスッと頬を元に戻すと、にっこりと命子に微笑む。
「これは雪芋というキスミア原産のお芋らしいですわよ。他国で芋と勘違いされたので、日本語訳で雪芋と言いますが、ゴボウの仲間みたいですわね」
なんのスープか知ってるんかーい、と命子と紫蓮は内心で思いながら、スープを飲んだ。2人ともツッコめなくて歯がゆかった。
それから、ささらは命子たちとお話をする。
そんな命子たちに、メリスがドヤドヤァとした顔を向けた。
食事が終わると、一休みする。
この時間には、ささらが禁じ手である『太ももペシィ』を使い、ルルのスイッチを入れて気を引き、メリスにドヤァとする。
命子たちは、猫じゃらしティを飲みながら、外野観戦した。
そうして、観光が始まる。
まずはバスに乗り、郊外へ。
首都から少し離れると、工場や公園など大規模な施設がある。
公園では、多くの人が修行をしている風景が見られた。
「め、メリスちゃんも修行しているの?」
命子は、スキル『友達作り』を使った。
ルルが命子の質問に気づき、通訳してくれる。
「してマスデス。ルルとダンジョンにいきゅために、シュギョーしてマスデス」
メリスは日本語でそう答えると、じぃーっと命子を見た。
光の角度によって紫色にも見える青い瞳に見つめられ、や、やろうってのか、と命子は腕まくりしようとした。若干引け腰だ。
「お主はちっちゃいデス」
「やろうってのか、買うぞぉ!?」
命子は腕まくりした。
メリスは座席から腰を浮かせて、そんな命子の頭をなでなでした。
「でも強いデス。お主はしゅごいおにゃのこデス」
命子はまくった袖を元に戻して、ドロップ缶を取り出した。
「ハッカ食べるか?」
命子は陥落した。
そんな風に命子とメリスがお話ししていると、これ幸いとささらがルルに話しかける。
それに気づいたメリスが、慌てて奪還のためにルルへ話しかける。
放置された命子は、紫蓮からポンと肩を叩かれた。
「ナイスガッツ」
そう言った紫蓮はドロップ缶を奪い取り、缶の中身を覗き込み、命子に返した。
紫蓮的に、もはやその缶に価値はなかった。
そうしてバスが辿り着いたのは、牧場だ。
ここはキスミアでも人気の観光スポットであった。
わいわいとバスから降りる。
「命子ちゃんモモちゃん、ここには羊がいるらしいわよー。お母さん、羊谷さんなのに、生の羊さんって見たことないの! 知ってた?」
「お母さんの動物ふれあい遍歴など知らぬ! っていうか私も羊って見たことない!」
「私も見たことない!」
羊谷家のロリッ娘たちが手をブンブン振るって未知の生物・羊との邂逅が間近なことに興奮する。
「パパは見たことあるぞ! お肉だって食べたことあるんだぞー!」
えっへんと胸を反らす命子父に、ロリッ娘たちは、肉の話は聞いてねえんだよなぁ、とテンションが若干落ちた。
しかし、いつもお仕事を頑張ってる父だ。みんなで、わぁっすげぇ、と接待した。父は良い気持ちになった。
命子はそんな父に、ドロップ缶をプレゼントした。
そんな家族とのお喋りもそこそこに、子供たちは子供たちで集まる。やはり友達同士のほうが楽しいのだ。
そうして牧場へ行くと、そこでは羊さんが何者かに追い立てられていた。
「「「ひ、羊さん逃げてぇ!」」」
「めぇー!」
命子と萌々子と、ついでに命子母が愕然とした。
朝も早くから羊さんたちがイジメられているのだ。
猫に。
すすぅ、と紫蓮が命子の隣にやってきて、解説した。
「閉ざされたキスミア盆地で暮らすキスミア猫は、人と共存するために犬並みに人の言うことを聞くようになったと考えられている。この牧羊猫もそこから生まれた。この前、エネーチケーの『ケモナーが来た』でやってた」
「ケモ爺じゃ!」
キスミアと日本が凄く仲良くなったので、どうやら特集があったらしい。
ちなみに、『ケモナーが来た』はエネーチケーの大人気番組である。
紫蓮の解説通り、10匹のキスミア猫たちが連携して羊を管理していた。
少し羊が離れると、先に回り込み、フシャニャゴーと凄い剣幕で威嚇して羊を群れに戻している。
中には、羊の背中の上にグデェっと寝そべっている猫も存在するが、これもまた意味があるそうだ。
動物たちもスキルを取得しているが、アクティブスキルを使っている動物はいなかった。
飼育員にテイムされているので、滅多なことでは使わないのだとか。
パッシブスキルは、目立たないので分からない。
なんにしても、猫が俊敏に動いて羊を追いやる姿は、中々に迫力があった。
「猫こえぇ!」
「羊も猫に追われてキャーット驚く」
怯えていた命子は、変なことを言い始めた紫蓮の顔を見つめた。
「紫蓮ちゃんごめん、聞き逃しちゃった。なんて言ったの? んっんっ?」
紫蓮は無表情な顔を赤らめ、すっ呆けた様子で顔を覗き込んでくる命子に肩パンした。
肩パンされた命子は、「キャーット」と言って痛がった。もう一発肩パンが飛んできた。
そんな命子たちに馬場が近づいてくる。
「キスミアではね、冒険者がキスミア猫をテイムすることが増えてるのよ」
「へぇ、マジか! キャーットっつって?」
「んーっ!」
ポカポカポカーッと紫蓮が命子に連撃を入れる。
馬場はそんな2人のやりとりに青春時代を幻視した。眩しい。
「この後に行く市街地の中の公園で、多分そういう冒険者も見学できると思うわよ」
「モフらしてくれるかな?」
「モフモフするならこの牧場でもできるわよ。キスミア猫は大人しいから」
命子は羊さんを威嚇している猫を見た。
すんごいフシャニャゴしている。本当にアレは大人しいのか。
「先輩先輩! 猫さん捕まえましたぁ! あー、紫蓮ちゃんも見て見て、猫さんですぅ!」
滝沢がそんなことを言って、猫を抱えてやってきた。
職務を忘れて、完全にフリーダムだ。下手をすれば親御さんよりも楽しんでいる。
名目として子供たちに猫を提供するという任務を終えた滝沢は、子供たちと一緒に猫さんをモフる。
「ふぇええ、超大人しい! なんだコイツ、ふにゃにゃにゃ!」
仰向けで寝そべり愛嬌を振りまく猫に、命子たちのテンションが上がった。
その背後で、初体験の生の羊さんたちは猫に追い立てられていた。
「みなさん、次はあちらに移動しまーす!」
しばらくすると、大使館の職員さんが一行に言った。
この人は島田さんというのだが、今回の旅行のお世話をしてくれる人だ。
通常の旅行者なら大使館職員がツアーガイドをすることなんてあり得ないが、命子たちは特殊過ぎるため、こんな任務を申し付けられた。
命子はあまり深くは考えていないが、島田さんからすると非常に大きな仕事だった。
島田さんの案内で、牧場の敷地の一部にやってくる。
小高い丘の頂上にある東屋まで上った命子は、わぁっと歓声を上げた。
「なんだあれぇ!?」
そこには、大地に敷かれた巨大なタイルアートがあった。
幾何学模様を刻み込むそのタイルアートは20メートル四方ほどもあり、その周りには色とりどりの花畑ができていた。
「うっ!」
わぁっと絶賛情操教育中の命子の隣にやってきた紫蓮が、手を押さえて呻いた。
命子はそんな紫蓮に気づかず、わぁっとし続ける。
紫蓮は、もう一回、うぅっ、と少し大きめな声で言った。構ってちゃんである。
そんな紫蓮を、紫蓮ママが頑張れといった感じで見つめる。
やっと気づいた命子が、紫蓮に話しかける。
「紫蓮ちゃん、どうした!?」
「共鳴してる……」
紫蓮の手の甲に刻まれた税抜き999円の紋章と、タイルアートが共鳴していた。
すぐさまそういう遊びだと理解した命子は、思考を切り替えた。中二病へシフトチェンジだ。
「やはりこの土地に来ちゃダメだったんだ! 紫蓮ちゃん、力に呑まれちゃダメ!」
気づきさえすれば命子はちゃんとノッてあげる子だ。
紫蓮は楽しくてしょうがない。
一方で、小さな英雄が意味深長なセリフを必死な様子で言い始めたことに、島田さんはギョッとした。この土地は曰く付きの土地だったのかと。
「逃げてぇ……我が我でいられる間に、羊さん逃げてぇ……!」
「あんなヘタレ共と一緒にしないでくれる!?」
「間違えた」
紫蓮が素に戻り、遊びは終了だ。
命子たちは丘の上の風に髪をなびかせ、タイルアートをわぁっと見つめる。
中二の後は、風の丘の乙女だ。
真面目な人生を送ってきた島田さんは、少女たちの変わり身に混乱した。オッサンにはスピーディ過ぎた。
「あれはキスミアの謎の一つ」
「なに? 知っているのかサンダー」
紫蓮の言葉に、命子が劇画調になった。
「うむ。およそ500年前に作られ、今も風化せずに残っている。ペロニャが伝えた石工技術で作られたと言われているけど、なんのためにあるかは分かっていない。当時は決して余裕があったわけではないみたいなのに、どうしてあんなのを作ったのかは謎」
「宗教的な?」
「外部の宗教色もないし、キスミアの土着信仰には必ず猫がセットになるから、それはないと推測されている」
「謎の女ペロニャ……ジャンヌ・ダルクか」
そう呟いた命子に、「またメーコはそんなこと言ってマス」とルルが言った。
耳ざとく聞いてんなぁと顔を向けると、ルルの背中にメリスが合体していた。そして、そのメリスをささらが必死に引き離そうとしている。
「ルルさんが困ってますわよ、離れなさいですわーっ!」
「フシャー、フカーフカーッ!」
そんな風に喧嘩するささらとメリス、そしてその爆心地で平気な顔をしているルルに、命子は怯えた。
「か、カオス過ぎる……っ!」
慄く命子は、ささらたちの延長線上で、ささらママが眉間を押さえて難しい顔をしているのを発見して、さらに怯えた。大変だ、ささら!
命子たちはその後、都心部の外縁をぐるりと回る形で移動し、首都内部にある市民公園にやってきた。
旧市街と新市街の境目にあるその公園では、修行が盛んに行われていた。
命子は、今日一番のキラキラした顔をした。
ここに至るまで外国の修行の風景は見たけれど、全て遠くからだったので、近くで見れて嬉しいのだ。
基本的には風見町の青空修行道場とあまり変わらない。
肉体的な修行をしている人もいれば、お年寄りからなんらかの技術を学んでいる子供もいる。
先ほど馬場が言っていたように、猫を連れた人がそこそこ見られた。
命子たちが公園内に入ると、途端に活気づいた。
子供たちが、わぁーっと命子たちの周りに集まる。
特にルルの人気が凄い。
ルルはニャルムットで暮らしていたので友達もいるらしく、話しかけられていた。
そんなルルを遠くから見つめるささらは、しょんぼりした様子。
「ま、まあルルもキスミアで今まで暮らしていたんだし、友達も多いよ」
命子は、ささらの背中をよしよしと撫でた。
そんな命子の顔を、ささらは光沢のない瞳で見つめた。
「ワタクシ、日本でずっと暮らしてますけど、最近になるまで友達いませんでしたわ」
命子はささらの闇を垣間見て焦った。
「じゃ、じゃあ、私たちがささらの一番の友達だね!?」
「……そうですわ。一番のお友達ですわ」
それなのにルルさんには他にも親しいお友達がいる件。
ささらはもやもやした。
そんな風にしていると、命子たちの下にも子供たちがやってきた。
命子にキラキラした眼差しが送られた。
斜め上から。
よほど年齢が離れていない限り、年下でもみんな背が高いのだ。
「メーコたんれすか?」
拙い日本語で問われ、命子はうむと頷いた。
おーっ、と小さな歓声が上がる。
ウェルカムネコミミを未だつけているため、キスミア人から見ても命子は萌えだった。
「修行せいれす?」
少女にコテンと首を傾げられ、命子はまたもうむと偉そうに頷いた。
「メーコ。みんな、メーコに修行せいってやってほしいんデスよ」
メリスを背負いながら、ルルが言う。
命子は、なるほど、と理解した。
命子は少し離れ、ギャラリーが注目する中、目を閉じる。
ワクワクする少年少女の期待に応えるべく、命子は張り切った。
大きく深呼吸する。
命子は、『マナあるいは魔力の使い方』というのが存在することを天狗に聞いてから、自分なりに呼吸に対して意識してみたりした。気功は呼吸法が肝心みたいな話を聞いたことがあるからだ。
キスミアの大地の空気を肺に取り入れる。
標高の高い山からもたらされた、なんか凄そうな空気だ。
そんな空気を細胞へ行き渡らせるような妄想をしつつ。
命子は、ギンッと眼力を使った。
「修行せいっ!」
その瞬間、命子を中心に芝生が小さく波打った。
近場にいる猫たちがフニャーッと毛を逆立たせ、近くにいた子たちがペタリと尻もちをつく。
場は静まり、誰かが唾を飲み込む音が妙に目立って聞こえた。
この時、場に2つの反応が生まれた。
1つは、前述の通り、普通に驚く者。
もう1つは、今の技について考える者だ。
後者は、冒険者や軍人といったある程度戦っている者だ。
サーベル老師はこれを殺気と称したが、そんなマンガみたいな技術とは結び付かない一同は、幼女みたいな少女が放った技について真剣に考える。スキルなのか技術なのか。
そんな中で、ルルの背中に乗っかっていたメリスが目を見開く。
そして、いそいそとルルから降りると、真剣な眼差しで命子に言った。
「お主は強いデス。ちゃぶん、しぇかいで、せ、せかいで、フニィ……せ、拙者と戦うデス!」
日本語が途中で分からなくなってしまったメリスは、途中のセリフをキャンセルして要点をズビシと突きつけた。
どうやら命子は、フラグを立ててしまったようだった。
「ほう、これはこれは血気盛んなおじょ」
「命子さんの前にワタクシを倒してみなさい! メリスさん、勝負ですわ!」
命子が強者の風をビュービュー吹かせていると、その口上を遮ってニューチャレンジャーが乱入してきた。
命子の突発イベントは、無くなった。
「ドンマイ」
紫蓮がポンと肩を叩いた。
「キャーット!」
目を『><』にして言う命子に、ローキックが飛んできた。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、大変励みになっています。
誤字報告も助かっています、ありがとうございます!