5-3 ハーレム展開
本日もよろしくお願いします。
※「」の代わりに『』を使用した会話部分は、キスミア語とさせていただきます。
地の文でも『』が使われていますが、基本的には会話部分だけはキスミア語です。紛らわしいかもしれませんが、ご容赦ください。
人口60万人の首都ニャルムットはキスミア最大の都市である。
旧市街地を中心にして、年輪のように家が増設されていった歴史がある。
爆発的に増えたのは近代になってからだ。
まあ、町の基本構造はどこもあまり変わらない。
命子たちはお忍びで来ているので、首都民総出でお出迎え、なんてイベントはない。
ただ、黒塗りの車に護衛されているバスは中々に注目を集めていた。人々は、どこかの国のお偉いさんが来たのだろうか、と首を傾げた。
そのまま車窓観光をしながらバスは進む。
日本とは全く異なる建築の町のため、車窓からでも十分に楽しめた。
けれど命子は、建物の切れ目から時折見える猫山にこそ感動した。
多くの人がそうであるように、命子にとっても山と言えば近所の山だ。標高1500メートルもない風見山である。風見町からは富士山も綺麗に見えるが、遠すぎる。
4000メートルを超える山が近くにあるというのは、命子にとって中々に衝撃的な光景だったのだ。
「あれもまた地球さんの一部……地球さんめぇ、でけぇっ!」
そんな風に物理的な己のちっぽけさを知ったロリッ娘を乗せて、バスはホテルに辿り着く。
玄関前ロータリーには、ドアマンほか、スーツを着た紳士やネコミミをつけたメイド服のお姉さんが並んでいた。
「リアルメイドさんだ! ふぇええ、ネコミミつけとる!」
興奮する命子に、ルルが教えてくれた。
「ネコミミはキスミアの民族衣装の一部デス。本来は、お祭りの日につけるデスよ。でもキスミアにはメイド服はなかったデスから、アレは輸入文化デスね。ネコミミとメイド服は親和性がヤバいデスからニッポンさんと同じで合体しマシた」
そんな説明を聞いているのか聞いていないのか、命子はブンブンと手を振るって金髪ネコミミ長身メイドに興味津々だ。代わりに、ささらがルルのウンチクを聞いてあげている。
そうしてゾロゾロとバスを降りると、紳士がにこやかに出迎えてくれた。
誰だかこれっぽっちも分からないが、命子はにぱぁっと笑い、バスの中で教わった挨拶をしておいた。ニャウは卒業だ。
挨拶を終えた順に、メイドさんが近寄ってくる。
その手にはネコミミが。
「ようこそにゃん! 楽しんでいってにゃ?」
メイドさんは流暢な日本語でそう言って、命子の頭にネコミミをガシーンと装着した。
命子は突然のことにほけーっとお姉さんの顔を見つめながら、自分の頭につけられたネコミミをもふもふした。ようやっと出た言葉が、ニャウであった。
一方、お姉さんは東洋の神秘にキュンキュンした。
「これが噂のウェルカムネコミミ」
そんな命子に紫蓮が教えてくれた。
「マジかよ紫蓮ちゃん、ハワイのレイ的な!?」
「うん」
「やべぇ、凄い国に来た気がしてきたにゃん」
さらに言えば、メイドさんのあざとさ。
ネコミミをつける都合、綺麗なキスミア女子の顔が近くに来て、にゃんと言いながらニッコリ笑うのだ。
女子でもドキドキしてしまう。
そんなだから、ウェルカムネコミミは限られた男子にしかされない。いらぬトラブルが起こりかねないからだ。特にハネムーンとか。
命子と紫蓮がそんな話をしていると、賑やかな声が上がった。
「にゃー!? メリス!?」
「ルルゥーっ! うぇえええんえんえんえん!」
はてと命子たちが顔を向けてみれば、メイドさんの1人がルルに抱き着いていた。
四肢を大胆に使った完全ロック式抱擁である。
メイド服のスカートから出た足がルルの腰にがっしりと絡まっている。
そんなルルとメイドさんのそばで、ささらがあわあわしていた。
「羊谷命子、あれが世に名高きだいしゅきホールド」
紫蓮が萌々子の目を隠しながら言った。
「だいしゅき? あっ、ふふっ、大好きか。だいしゅきホールドか、ふふっ、紫蓮ちゃんは面白い言葉を知ってるね。だいしゅきホールド」
命子はその語感が気に入った。
今度使おうと密かに思う。
「だいしゅきホールドするってことは友達かな?」
命子は今度ではなく早速使った。
「じゃなかったらタダの変態」
「もっともだ。さて、そろそろささらを助けに行かなくちゃ」
いつも一緒のルルが知らないメイドさんに引っ付かれて、あわあわするささらの姿を見て、命子は嵐の予感を感じた。
命子たちがそばに行くと、ルルが顔を向ける。
「この子はメリスデス。ワタシの幼馴染デスよ。みんなも仲良くしてあげてくだサイ!」
「うぇえええんえんえんえん! ルルゥーうぇええんえんえん!」
だきゅーっと己に合体する少女を、ルルが紹介した。
修行の成果によって、人ひとりを抱っこしているのにその体幹に一切のブレはなし。
命子たちはその奇妙な自己紹介に、頷くしかなかった。紹介された本人はベンベン泣いているので、笑顔を向けても仕方ないし。
そんな中で命子はチラッとささらを見た。
唇が若干ツンとしている。さらに、目がスッと斬れそうな感じだ。
「さ、ささらは、ね、ネコミミがよく似合うね? にゃ、にゃん!」
命子はスキル・接待を使った。特別サービスでにゃんハンド付きだ。
「ありがとうございますわ」
ささらは平坦な声で答えた。
命子のにゃんハンドがそのまま開かれ、あわあわした手つきになる。
「あ、あわ……そ、そうだ。ほら、アメちゃん食べるか? ハッカがいっぱい余ってるんだ! なんでだろうね、へへっ! やいっハッカ、お前はなんで余るんだっつってな!」
ポシェットからドロップの缶を出して言う命子に、にっこりとささらは微笑むと、アメを受け取らずに命子の背後を取る。
そして、腰に手を回して抱っこされた。
命子はプラーンとした。その手にはドロップの缶が無気力に握られている。
「あ、あの、ささらさん?」
「なんですの?」
「いや、なんですのじゃないよ。なんで抱っこすんの?」
「いけませんの?」
「グボォ……ちょ、力入ってるから!」
「え、あ、ごめんなさいですわ」
命子の腹部から力が抜かれたが、抱っこは終わらない。
ささらはチラッチラッとルルを見るが、ルルはメリスの背中をあやし続ける。
ささらの頬が若干膨らみ、命子の腹にまた少し力が入った。
命子は恐怖した。
心を落ち着けるため震える手でドロップの蓋を開けようとするが、そんな状態でこの缶の蓋は開かない。
そのまま大使館の職員の案内でホテルに入る。
命子はささらに運ばれた。凄く歩きにくそうに。
同じく、ルルもメリスをそのまま運んでいる。
そんな混沌とした4人の背後で、紫蓮が萌々子に言う。
「他人のフリが必要かもしれない」
「手遅れだと思います」
「じゃあ毒を喰らわば皿まで?」
「やったら怒りますよ」
「しゅん」
さらにその背後で、各家族や馬場が必死でキスミア紳士たちに謝っている。
後で命子たちは怒られるかもしれない。
なお、メリスはルルの親友枠としてサプライズで用意されたため、キスミアサイドも謝っていた。
ホテルにチェックインした命子たち。
部屋割は、命子と紫蓮と萌々子、ささらとルル、各両親がそれぞれペアとなっている。
ついでに馬場と滝沢もペアだ。2人は超楽しそうである。
なお、萌々子は本来なら家族部屋だったが、駄々をこねて命子と同じ部屋を勝ち取った。
キスミアにはキスミア模様という模様がある。
かのペロニャの時代に花開き、様々なバリエーションが開発され、現代に継承されている。
それらが室内の壁紙や絨毯、調度品に刻み込まれている。
ただ他国からの客人を招くということが近代までなかったキスミアは、ホテル内の装飾の流儀などを欧州各国から学んでいるため、その点は他国と似ているところがあった。
さて、キスミアに来たのはダンジョンに潜ることが目的だが、初日は観光だ。
まずは各自お部屋に荷物を置いて、1時間ほど休憩だ。
命子は自分の部屋に行けずに、そのままささら&ルル部屋に連行された。
その部屋にはメリスも来ていた。
ルルはメリスをペイっとベッドに放ると、ソファに座った。
すぐさまメリスは起き上がり、ルルの隣に座る。よほど嬉しいのだろう、涙に濡れた頬を緩めてニコニコ笑っている。
メリスは銀色の髪をボブカットにした綺麗な娘だ。
キスミア女子に多く見られるしなやかな四肢をしており、長身だ。ただ、キスミア女子としては背が低いほうである。命子からすると丁度いい高さ。憧れる。ちくしょうちくしょう……っ!
メリスがルルの隣の席に座ると、命子はお腹が苦しくなった。
「さ、ささらさん、シートベルトが食い込んでます!」
「……」
命子のヘルプに無言が返ってくる。
そして、命子がペイっとベッドに投げられた。
「酷い扱い!」
命子はベッドでバイーンと弾んだ。
そうしてソファのほうを見ると、メリスとは反対側のルルの隣にささらが座っていた。
そんな2人の腰を抱き、ルルが命子にクワッとして言った。
「見たか、メーコ! これがモテ期のチカラデース!」
「ハーレム系主人公」
いつの間にかやってきていた紫蓮が命子に言う。
右手にネコミミですわ系巨乳女子。左手にメイド服銀髪スレンダー女子。
「これが、なろー系……っ!」
命子はゴクリと喉を鳴らした。
アニメで見たことある光景だった。真ん中は男だったけど。
「冗談はさておきデス。改めてこの子はメリス・メモケットデス。みんな仲良くしてあげてくだサイ」
ルルがメリスの紹介を改めてした。
そうして、キスミア語でメリスに挨拶を促す。
メリスは、グズゥと鼻を啜りながら涙を拭うと、自己紹介を始めた。
「メリスデス。ルルの一番のトモダチデス。よろしきゅおねないしマスデス」
メリスは拙い日本語でそう自己紹介して、命子をキッと睨みつけた。
「秘技・命子バリア!」
命子はシーツを被った。
シーツの中で、やべえ部屋に連行されたと怯える。
命子はシーツの中から紫蓮の服を引っ張り、通訳を頼んだ。
「紫蓮ちゃん、メリスちゃんに言ってやって。ルルといつも一緒にいるのはささらだって」
「分かった」
紫蓮はコクンと頷いて、キスミア語ミニ辞典を開いた。
そして言葉を組み上げて、言う。
『メリス。ルルとささらはいつも親密です』
それを聞いたメリスは、ささらをキッと睨んだ。
言われてみれば確かに近い位置に座っている。
ささらは涼しい顔でお茶を汲み始めた。そうしながら、あれ、ちょっと今のキスミア語はおかしくなかったかな、と思った。
「お風呂だって一緒だって言ってやって!」
「分かった」
こしょこしょと耳打ちする命子に、紫蓮はコクンと頷いて、辞典で調べる。
『2人はお風呂に入って親密にします』
キスミア語は、単語の組み合わせで『一緒』が『親密』に変化するのだった。
付け焼刃の語学力ではその変化がささらと紫蓮には分からなかった。
「みゃ、みゃー」
メリスが青ざめた顔でささらを見た。
ささらは、今のキスミア語の翻訳に頭を悩ませるが、そもそもお風呂という単語が分からなかった。
『ねえホント? アイツとお風呂でその、あの、親密にしてるの?』
メリスがルルに尋ねる。
ルルは、顔を赤らめて、てへへと笑う。
『ニッポンさんの伝統の洗いっこしマシた』
『へ、ヘンタイ国家ニッポン!』
メリスは愕然とした。
キスミアは女子同士でお風呂に入ったりする機会が滅多にないのである。
そうして、ささらの胸を見て、顔を見て、ルルの胸を見て、顔を見て、みゃーと鳴いた。
何やら怯えた様子のメリスを見て、命子はこの辺が落としどころだろうと思った。
メリスだって友達と離れて寂しかったのだろうし、その気持ちはなんとなく理解できるから。
「紫蓮ちゃん。この旅行中は、一緒に遊ぼうねって言ってあげて」
「分かった」
紫蓮はコクンと頷いた。
『この旅行中はメリスも一緒に遊びましょう』
「みゃ、みゃー」
ちゃんとした意味で通訳できたのに、メリスは青ざめた。
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