4-23 採寸と先輩たちとダンジョン
本日もよろしくお願いします。
風見ダンジョンを攻略した命子たちは、翌日に集合した。
「ハロハロ、みんなー。うーりゃりゃりゃりゃ」
「うにーにゃにゃにゃなまー!」
そんな風に出迎えてくれたのは、馬場である。
馬場は命子のほっぺをうにゃうにゃと弄り倒す。馬場の遠慮なさが上がっていた。
命子も馬場と久しぶりに会ってテンションが高く、ほっぺ弄りに合わせて手をバタつかせる。
馬場に、天狗の情報をゲットしたことを褒められたり、ダンジョン攻略を祝ってもらったりしつつ。
本日、馬場と待ち合わせしたのは、龍装備を作ってもらうためだ。
結局、命子たちは龍装備を自衛隊に作ってもらうことにした。
龍素材は生産系の経験値が凄そうなので自分たちで作りたいと思っていたのだが、天狗とのエンカウントもあったので、一先ずこの装備は権利を行使することにしたのだ。
それに、キスミアに行くことだし、良い装備を着ておいたほうが親も安心するだろうし。
「馬場さん、教授は元気にしてますか?」
「酷い! 私と一緒にいるのに他の女の話!?」
「そ、そんなつもりじゃないよ。私はいつもお前のことだけさ」
「もうヤダ、命子ちゃんったら! うーりゃりゃりゃりゃ!」
「うにーにゃにゃにゃにゃ!」
命子と馬場のテンションは、とても高かった。
特に馬場のほっぺうりゃうりゃが酷い。再会の際に思い切ってやって以降、味を占めていた。
命子は大人なので、それにいちいち手をバタつかせて応えてあげる。接待である。
命子の類まれなる接待ヂカラにより、馬場は、めっちゃ喜んでる、と勘違いした。
このままうにうにし続ければ、もしかしたら命子ちゃんは嬉ションしてしまうのではないだろうか、そんな恐怖と好奇心が芽生えた。自分にこんなテクがあったとは……。
「うーりゃりゃりゃりゃ! ふへ、ふへへっ」
「ふーにーにゃみゃみゃみゃー! あっ、ごめんなさい、ツバ飛んじゃった」
ツバが飛んじゃったのでサービスタイムは終了した。
さて、教授についてだが。
自衛隊の活動域がG級ダンジョンからF級やE級に変わるに伴って、教授もそれについていきお引越しした。教授は色々な発見をしているので、仕方がないことであった。
ちなみに、今でもルインでチャットしているので、元気なのは知っている。
「元気にやってるわよ。ふふっ、そうそう、礼子ったら最近ぬいぐるみ買ったのよ。たぶん、寂しいんだと思うわ」
「ひぅううう……教授……」
寂しい教授を想って、命子は一緒に寝てあげたくなった。寝不足な人だし。
そんなこんなで採寸してもらうことに。
最終的に初級体装備の上から着用することになるので、その上からの採寸だ。
妖精店で買う防具や宝箱から出てくる防具はフィット機能がついているが、職人が作る防具はこうして採寸が必要なのである。
ただし、現状では、だ。もしかしたら、後々フィット機能を搭載できるような魔法技術が発見されるかもしれない。
命子は、ささらとルルの採寸をしたメジャーのメモリの位置を覚えた。
そうしていざ自分の番になると、あれあれおかしいな……。
「ちょっとおっきめに作ったほうが良いかもしれませんね」
「なんで?」
「馬場さん、ほら、私って成長期だし」
意見を言う命子に、馬場は優しい笑顔でポンと肩を叩いた。特に何も言わない。
代わりに、採寸してくれたお姉さんが答えた。
「防具はベルトである程度の大きさ調整ができますから、大丈夫ですよ」
「縦にも?」
「縦方向はちょっと……」
「成長期なんだけど大丈夫かな?」
命子は胸の前で指遊びをしながら、ゴネた。
食い下がんなぁ、と馬場は思いながら、命子に言った。
「命子ちゃんがおっきくなる頃には新しい素材を手に入れてるだろうから大丈夫よ」
命子はそれもそうだ、と頷いた。
そして最後に、紫蓮の番。
命子たちの胴装備を作っても革は余るので、紫蓮の分も作ってもらうのだ。
本当なら紫蓮の分があれば命子たちの他の部位の装備もいくつか作れるため、紫蓮は恐縮したが、これからも一緒に潜るメンバーなのだし、是非つけてもらいたいと一同は説得する。
紫蓮の3人への好感度が、しゅきしゅきレベルへと変わりつつある。
そうして、命子がジッと見つめる中で紫蓮の採寸が始まると、命子は目を見開いて一歩後ずさった。
そんな馬鹿な話があるのか、と。
命子が何に慄いているのか察した馬場は、ちょっかいを掛けた。
今こそ、ゴッドハンドが火を噴く時。
「ほーれ、ほーれっ、うーりゃりゃりゃりゃ!」
「やめろーいっ!」
しかし、命子は頬を揉みしだくその手から逃れた。
愕然とする馬場の前で、命子は片手で顔を押さえながら身体を丸める。
「マナ進化……マナ進化さえすれば……っ」
指の隙間からは、ナイスバディなお姉さんへ憧れる狂気の瞳が覗いていた。
その後、仕上がりのデザインを選ぶ。
基本的に龍装備は、無限鳥居の和装シリーズに合う仕様のため、紫蓮以外は非常にマッチする。紫蓮は、デザインをヘソ出しルック用に弄る必要があった。
また2本ある龍の牙は、1本はルルの短剣に。
剣を作るには短いので、もう1本は紫蓮用の薙刀の刃にすることになった。紫蓮は、二節棍を卒業したかったのである。
龍装備はキスミアに出発するまでには完成するようなので、簡単なサイズ調整もあるので後日また集合することになる。
それからキスミアに行くまでの間は、各自自由行動だ。
紫蓮は大量にある素材で生産と研究三昧である。
みんなの部位防具やアクセサリーを作る使命に燃えている。
ささらとルルは親の手伝いだ。
ささらママの運営するダンジョン攻略サイト『冒険道』は、中々に忙しい。
多くの企業からこの商品を紹介してくれとオファーが来るし、日本にある各ダンジョンの特徴や攻略法も集めなければならない。
現在では、青空修行道場の人たちが雇われ、各ダンジョンに実際に潜ったり、潜った人の話を聞いたりして、情報を更新している。
そんな努力の甲斐もあって、民間のダンジョン攻略サイトで言えば、他の追随を許さないほどの閲覧数になっている。
もうそろそろ従業員を正社員として迎え入れても問題ないほどの儲けになりつつあった。
ささらは、そんな『冒険道』のお手伝いで、パソコンをピコピコやっている。
ルルのほうは、姉妹サイトである海外向けの『BOUKENDO』をピコピコやっている。翻訳アプリはよく分からない表現に変換される場合が多々あるので、海外向けのサイトを立ち上げたのだ。
こっちも非常に閲覧数が多い。特にレベル教育すら始まっていない国では、欲求を満たすための閲覧者が非常に多かった。
そんな中、命子は友達と遊んでいた。
「仕方がないんや……っ!」
「どうしたの命子ちゃん!?」
「1人だけ遊んでいる罪悪感からの叫びです」
「遊びじゃないよ!?」
修行部の部長がそう叫びながら、手をブンブンと振るった。
本日の命子は、修行部部長と他4名と共に風見ダンジョンに入ることになっている。
そう、部長たちは冒険者免許を取得したのである。
武術練度で決まる冒険者ランクはG。
つまり、G級ダンジョンにしか入れないランクだ。
レベル教育に参加してからそう時間が経っていないうちに試験を受けたため、そんな評価になってしまった。
炎天下の中で待つこと1時間ほどで、命子たちは風見ダンジョンへ突入した。
冒険者協会貸し出しのダサいエプロンとヘルメットを被った先輩たち。
この先輩たちの面倒を見るにあたって、有り余る素材を貸して衣服を合成強化してあげようかしら、なんてことも考えたが、ここは普通の冒険者と同じように段階を踏んでもらうことにした。
「それじゃあ、私は基本見ているだけにしますから、頑張ってください」
ラジャーッと先輩たちが元気に返事をする。
命子は腕を組み、うむ、と強者の風格を漂わせる。
早速出てきたバネ風船。
「よぉーし、私の【強打】が火を噴くぜ!」
部長が鉄パイプを構えて、うりゃーと突っ込んだ。
レベル教育を受けた人は5時間程度ダンジョンで活動するため、ジョブにも就ける。
みんな鉄パイプや木刀で敵を倒すので、『見習い剣士』や『見習い槍士』や『見習い棒使い』がジョブ選択に出る人がとても多い。
部長は、『見習い棒使い』になっている。最終的には、薙刀を使いたいらしく、その準備だ。
うりゃーと突っ込んだ部長は、バネ風船との間合いが5メートルほどの地点で止まる。
バネ風船が近寄るのを待ち、間合いに入る瞬間に鉄パイプを持ち上げる。
「強打!」
そう叫びながら、棒術・強打を入れる。
棒術の強打は、強烈な一撃と共に高い確率でノックバックを入れる武技だ。昏倒させることもある。
バネ風船には過剰な技なのだが、初めての冒険だし仕方がない、と命子は生暖かい目で見つめた。
他のメンバーも1人を抜かして、みんな武技を使う。
槍術のダッシュスラストや、剣術のスラッシュソードがブンブン使用され、魔物が蹂躙されていく。
武技使いは4人いるので、順番に戦っていけば、消費した魔力も自分の番が回ってきたころには満タンになっている。ヌルゲーがそこにあった。
1人は、『見習い防具職人』なので、普通に戦う。
しかし、この娘は【防具限定合成強化】を使って、みんなの武具を強くしていく。明日になれば役目を他の人と交代することになっている。
とはいえ、風見ダンジョンの1層には魔本がいるため、魔本が出てくると緊張感が出た。
かつて命子がやったように、曲がり角まで一目散に逃げ、魔本をおびき寄せる。
こうすると魔本は魔法を待機状態にせずに移動してくるため、魔法を発動する前に倒せるのだ。
いずれは普通に倒せるようになるのがベストだが、それはレベルが上がり、修行してからでも遅くはない。
2層に上がるまでに、運良く水の魔導書が1冊手に入り、ジャンケンで先輩Aがゲットする。
とはいえ、2層からは全員に命子の魔導書コレクションを貸すのだが。
1層は魔本が強いため全員が一番得意なジョブに就いていたが、2層からはそんなに難しい敵も出ないので、新たなジョブを獲得するチャンスなのである。
ちなみに、地上で魔導書を貸すのは銃刀法に引っかかるが、ダンジョン内で武器を貸すのは問題ない。
この探索は、1泊2日を予定している。
その間に、先輩たちは『見習い魔法使い』シリーズを出現させるつもりだ。命子が持っている魔導書は、水、火、土なので、それらが出現する。
2層の草エリアで、女子たちはキャーキャーしながらヘビをぶっ殺し、ヘビ皮の防具強化値の高さにうまうまする。
「水弾!」
『見習い魔導書士』になった部長が、フサポヨに水弾をぶち当てる。
「ふぉおおおお」と目をキラキラさせる部長は、魔法に魅入られた。
自分の指示で水弾がビュンと飛び、敵を討つ。それが最高にカッコイイ。
その脳裏からは、将来的に薙刀を使いたいという希望は綺麗さっぱりなくなっていた。「私、魔法使いになりゅ!」と。
命子はそんな部長の様子に、うむうむと偉そうに頷いた。
3層はメインの活動域だ。
歌カエルは複数の敵と一緒に出てくると厄介だが、1体ならばボーナス以外の何者でもない。さらにカエルの皮は防具の強化値が高いので、なおさらボーナスとなる。
オタマジャクシも【魔導書解放】で魔法を放てるようになった女子たちの敵ではない。
ヌルゲーが極まっていた。
そうして、3層でお泊りだ。
3層が素人に人気なのは攻略サイト『冒険道』で教えてしまっているため、素人冒険者たちはみんなこの場に長時間滞在する。
ゲート付近のキャンプ地は、多くの冒険者で賑わっていた。
女子高生のみで構成された冒険者パーティは珍しいため、男性陣がそわそわしている。
他に多くのパーティがいるため、キャンプは遊びのようなものだった。
そんな夜に、部長と語り合う。
「はぁ……明後日からまた夏期講習か」
「受験ってやっぱり辛いんですか?」
部長の呟きに、命子は首を傾げた。
「命子ちゃんは受験したことないの?」
「私は推薦です」
「そう。良いわね、推薦。……マジで良いわね、推薦」
部長の耳にはトロンと甘い響きに聞こえた。
「命子ちゃん、大学行くの?」
「いやぁ、行かないですね、たぶん」
「まあそうよねぇ。むしろ高校すら行く必要ないでしょ」
「そうですね。天狗がダンジョンは無くならないって言ってたし、それなら冒険者一本で行きたいですし。逆に、部長は何か目的があって大学行くんですか?」
命子が聞き返すと、部長は、それよ! と命子の太ももをペチンと叩いた。
「やりたい職業がないのに行くのよ、大学に」
「まあ大体の人はそんなもんじゃないですか?」
「これからの世の中はそれじゃダメなのよー!」
うなーっと部長は命子の太ももに顔を埋める。受験がキリリ系な部長を壊したのだ。
命子は部長の髪の毛をもしゃもしゃとかき混ぜながら言った。
「私は責任が取れませんから、アドバイスはしませんよ。自分の人生だし自分で決めるべきです」
「うん」
部長も気づいている。多くの若者もまた気づいている。
ダンジョンが現れ、さらに日本に冒険者という職業ができたこの時期は、いわばゴールドラッシュみたいなものだ。G級ダンジョンの素材ですら高値が付くのである。
そのうえ、魔物を倒せばレベルだって上げることができる。即効性はないが、努力が身につきやすくなる効果は非常に価値がある。
けれど、大人たちが作った社会のテンプレートは未だ根強く若者たちの心に残っている。
そのくせに、大人の中からはとっとと会社を辞めて冒険者になる者もチラホラ出始めているのだから、おかしなものだ。
「ある意味、今の時期に中3、高3の人は運が悪かったのかもしれないわね」
「と言うと?」
部長の言葉に、命子は首を傾げた。
「あと数年もすれば、中、高、大、就職、この節目のいずれかに冒険者活動を入れる人が増えるんじゃないかな。親たちもそれを奨励する感じ。だけど今の時期だと親は反対するんだろうなぁ」
「あー、それは私も思います。冒険者やってから学び始める人は増えるでしょうね」
もしくは学生をしながら冒険者をするか。
丁度、今の命子たちのように。
なんにしても、この瞬間に進路の節目にいる子の悩みは大きかった。
命子も、中学3年生の紫蓮がどうするのか少し気になっていた。紫蓮も大人顔負けなほど強いし、ぶっちゃけすぐに高校に行く必要はないんじゃないかと思っている。
部長や他の先輩たちは、できたばかりの冒険者免許をすぐに取りに行くアクティブな人たちだ。
命子には、少なくとも部長は大学に行かないような気がした。
そんなお話をしつつ夜は更け、翌日は冒険の後半だ。
合成強化係だった先輩も『見習い魔導書士』にジョブチェンジして、全員が魔法使い系のジョブを発現させると、キリが良いところでダンジョンから出た。
「次からは先輩たちが他の子を導いてくださいね」
「任せて!」
部長がトンと胸を叩く。
風見女学園修行部は、ある構想があった。
冒険者になった女生徒をガンガン魔法少女にしていく計画である。
3年生は受験もあるので、2年生が指導のメインになるかもしれないが。
これが伝統になったら、風見女学園は無敵の女子高生集団になる。
今回は、それが可能かどうか、実際に潜ってみたわけだ。
そうして、部長たちは確かな手ごたえを感じた。
こんな風にして、命子たちはキスミアへ行くまでの日々を過ごすのだった。
読んでくださりありがとうございます。
【連絡】1回分をお休みさせていただきます。次回は月曜日の投稿になります。よろしくお願いします。