4-22 支部長は帰れない
本日もよろしくお願いします。
クリアゲートに足を踏み入れた命子たちは、黄金の光に包まれた。
前回は龍を倒した感慨の中で見た光景だったけれど、今回は天狗にボコられて見る光景だ。
しょんぼりしているわけではないが、同時に感動もない。その代わりに、目標を得て、ふんすとやる気に満ちた面持ちで黄金の光を見つめる。
やがて光が収まると、周囲にはギャラリーの姿があった。
いつもなら出入りの回転がループし続けるのに、この時ばかりはそれも止まっている。
一般の参加者は当然のこと、自衛隊がボスを倒して戻ってくるところを何度か見たことがある係員も注目していた。自分たちがしている仕事がようやく新たな段階に入ったのだと、実感したのだ。
ギャラリーに見つめられては仕方がない。
他の人と一緒にひっそり帰ろうと思ったのに、と命子はやれやれ系主人公になった。
「冒険者、羊谷命子!」
シュババッと命子はカンフーチックなポージングを取った。
テンションが上がっても、無暗に抜刀してはいけないルールを守る子なのである。さらにテンションが上がっていればどうなるか分からないが。
「冒険者、ナッガーレ・ルル!」
ルルもまたシュバッとこれまたカンフーチックな低い姿勢でポージングする。
「ぼ、冒険者、笹笠ささら!」
ささらも恥ずかしがりながらも躍動感溢れるポージングを取った。
この瞬間、命子は3人が『冒険者』だったと、肩書きでジョブを言ったことを後悔した。ダブり過ぎだ。
「職人にして魔導書士、有鴨紫蓮」
紫蓮は、ビシィッと背中を向けた香ばしいポーズを取る。
1人だけ強そうな肩書きだ。
「我ら4人、ここに風見ダンジョンを完全攻略せり!」
バーンッ、と命子は宣言した。
おーっ、とギャラリーが驚いてくれたので、命子はむふぅと満足した。
後がつっかえますから移動してくださーい、と係員さんに移動を促される。
素直に言うことを聞いて、何事もなかったように移動し始める命子たちの姿と共に、止まっていた入退場ループも動き出す。
そのまま命子たちは前回と同じように、買取所の大天幕へ向かった。
前回は冒険者という職業が世の中に生まれてすぐだったために買取所も空いていたが、今回はそこそこの賑わいがあった。
この賑わいも、日を追うごとに激しさを増すのだろう。
前回よりも少し長めの待ち時間を経て、命子たちは大天幕に数か所ある買取所スペースの一つに入った。周りは仕切りで区切られているため、他の冒険者からは見えない。
「お疲れ様です」
そうやって迎えてくれた職員のお姉さんに、命子たちもまた、よろしくお願いします、と挨拶を返す。
それから冒険者カードを提出して、買い取りがスタートする。
「本日はダンジョンを攻略したそうですね。おめでとうございます!」
「ありがとうございます!」
命子が代表して元気に答えた。
「それでは早速、素材のカウントに入りましょう」
過去最高の素材数かもしれないと、お姉さんはやる気に満ちている。
しかし、ここで命子が待ったをかける。
「素材のカウントもお願いしたいんですが、他にも重要な情報を手に入れましたので、情報を売りたいと思います」
命子たちは、この情報を冒険者協会に売ることにした。
協会という組織ができた以上、ここに情報を売った場合に得られる情報料は、最低額から最高額まで明文化されている。
普通の組織だったら情報料を払うなんて規約はないだろうが、ダンジョンは情報が転がっている場所なために、『冒険者取得情報買い取り制度』が存在した。
警察庁が設けた捜査特別報奨金制度に似たようなものだ。ただし、こちらの場合は組織内部、つまり警察官は適用されないという違いはあるが。
ネットに情報を公開するのと、冒険者協会に売るのでは、恐らく前者のほうが儲かる。なにせささらママの作った攻略サイトは世界規模で見られるので、クソ情報だって金に化ける。
けれど、冒険者協会は設立したばかりで、実績は素材の売買だけなのだ。
情報は専ら自衛隊が得ているのが現状なのである。
しかし、ここで冒険者も凄い情報を得るのだぞ、と知らしめれば、きっと冒険者協会は長続きするだろう。
そんな思惑もあり、自分たちが設立に関わった組織なのだし、この情報は冒険者協会に売ることにした。
なにより、自分たちが得た情報がどんなパル○ンテを起こすか分からないというのがあった。
命子が情報を売ると話を持ち掛けると、お姉さんは少し驚いた。
「え、情報ですか?」
風見ダンジョンは、世界で初めて真っ当に探索が始まったダンジョンだけあって、世界で最も調べられたダンジョンと言っても良い。
お姉さんには、今更、重要な情報が出てくるとも思えなかった。
勘違いした情報かしら、と思わなくもないが、相手は羊谷命子である。
すでに2回世界を震撼させている以上は、華麗にスルーはできるはずもない。
「大きな情報でしょうか?」
「はい、かなり大きいです」
「わ、分かりました。それでは、対応できる者を呼びますので、少々お待ちください」
上司に報告が行き、すぐさまこちらに向かう旨が返ってくる。
その間、命子たちは素材のカウントを始めた。
すぐにやってきた上司は、サラリーマン風のオッチャンとお姉さんである。
どちらも研修でダンジョンに入り、冒険者協会の苛烈な業務に耐えるために【スタミナアップ 小】を覚えている。さらに一般ジョブ『サラリーマン』系のスキルを身に宿したエリートな社畜である。
防御壁の反対側にある冒険者協会の建物からダッシュしても、涼し気な顔色だ。
「お待たせいたしました。ご報告の件につきましては、私、佐藤が担当させていただきます」
そんな挨拶と共に、名刺が渡される。
どうやら佐藤さんは支部長らしかった。報告者が命子たちなので、支部のトップが来たのだろう。中々にフットワークが軽い。
初めて名刺を貰った命子は、羊谷命子です! とペコペコと頭を下げる。
そうして、命子たちは、スマホやカメラでの映像を交えて報告した。
佐藤さんは、ワクワクしてこの場に来た。
ダンジョンという未知のフィールドに関わっている組織だけに、職員も好奇心が旺盛な人が多かった。佐藤さんも支部長ではあるがそんな1人だ。
それに、専ら情報は自衛隊が発見してしまうが、ここで冒険者も情報を得ることがあると世に知らしめれば、冒険者協会の存在意義は増すことになる。ここら辺は命子たちと考えが似ていた。
そうして始まった命子たちの報告は、スマホやカメラで撮影した映像を交えたものだった。
まずは、ボス戦から。
佐藤さんは、女の子4人の戦闘テクに驚愕すると共に、こんな冒険者が将来増えるとなると、超凄い集団になるじゃんとテンションが上がった。
そして、勝利からの急転直下。
天狗の登場により、佐藤さんは目を見開く。
天狗とのバトルシーンでは、命子たちがしゅんとしながら、スマホを指さして言う。
「天狗のヤツ、超速いんです。ほら、これなんて剣の上に乗るんですよ。ボッコボコにされました」
佐藤さんの顔は、真っ青になった。
「こ、国民的冒険者が……」
ボソッと佐藤さんは言う。
女子が腹パンならぬ腹猫じゃらしパンされてのた打ち回っている光景は、中々にヘビーだった。
「え、えっと、ダンジョンを封鎖したほうが良いというお話ですかね?」
「おーっと、確かにそう見えますね。だけどそれは勘弁してください、これは序章なんで違うんです。続きを見てください」
早計な判断をしようとする佐藤さんに、続きを見させる。
佐藤さんには、序章というのがなんとも不穏に聞こえたが、頑張って見た。
一方の命子たちは、スマホの映像が結構長いので飽きてしまった。
支部長ほったらかしで、素材カウントやその後の手続きをワイワイと進める。
へぇ、今のセリの取引レートはこのくらいなんだ、などとキャッキャである。
一方、佐藤さんは、天狗が情報をくれたシーンに突入すると、口を押さえて額に脂汗を浮かべた。
もうちょっとソフトな報告かと思っていたのだ。例えば、隠し通路を見つけて、凄いレシピを発見したとか。しかし、そういう次元ではなかった。
マナ進化?
地球は大きくなる?
異世界がある?
ボス級によってはダンジョン間を移動する?
C級ダンジョンは進化が必須?
同じ空間にいるのに、同じ協会に勤めているのに、支部長と買取所のお姉さんたちの温度差はすさまじかった。たった3メートル程度の距離の中に、劇画と萌画くらいの差が生まれていた。
「とても貴重な情報をありがとうございます」
佐藤さんは、命子たちに頭を下げた。
もたらされた情報の多くは、日本や各国でかなり嬉しい発見だろう。
C級ダンジョンについてやボス級がダンジョン間を移動するという情報は、誰が聞いたってかなり重要な情報だと分かる。
地球さんの望みが分かったのも、地味に大きい。
実際のところ、『自分たちは何をすれば良いのか』と問うた命子は、中々のファインプレーだった。
人間は事象に対して理由をつけたがる生き物だ。
地球さんのレベルアップから始まった一連の出来事も同じだ。
世の中では様々な予想が立てられたわけである。
例えば、10年後に始まる悪魔の軍勢の大進攻と戦うために、聖なる心を持った戦士を作っているなんて予想だ。ファンタジーな世界になっただけあり、完全には否定できなかった。
しかし、この情報により、そういう話ではないというのが知れた。これを知っていると知っていないのでは、結構な差がある。一般人の不安のレベルだって違う。
そんな中で問題なのは、マナ進化である。
これは本当に扱いに困る情報だった。
確かに凄い情報であるが、そういうものがあるという情報だけで、その実態がよく分からないのだ。
腕や目が増えるなら、進化なんてしたくないという人は多く出るだろう。
自衛隊にだってそう考える人は多いはずだ。しかし、自衛隊だってダンジョンに入ってもらわないと困るし。
そういうデメリットを抜きにして、キラキラした上澄みだけに注目すれば、是非進化したいという人は多いはずだ。
もしかして、エルフみたいに長命で美人になれるかもしれないし。
レベル教育で国民を1周すらできていないこの状況で、ヘビー過ぎる情報だった。
そうかといって、これは黙っておくこともできなかった。
国民に冒険者を続けさせるならば、いずれはマナ進化に至る人間は出てくる。自衛官は言わずもがなだ。
天狗の話では、『マナに関わる行いの結果で進化の方向性が変わる』ということである以上、平等にその準備をさせてあげるべきだ。
マナ進化を警戒する人なら、とりあえず冒険を控えて様子見する選択もできるのだし。
なんにしても、国が秘匿していれば、いざその時を迎えた際に非常に困ることになる。
このように、命子たちがもたらした情報はどれもこれも凄い情報だ。
しかし、支部長が最もヤバいと思ったのは、『情報をくれる魔物がいる』という情報だった。
今、世界中で研究されている事柄の答案が、ダンジョン内で徘徊しているのである。
例えば、マナを生活エネルギーに変える術を教わった国は、莫大な富を得られる。
例えば、異世界に行く術を知った国は肥沃な土地を手に入れられる。その地に人類がすでにいるなら、技術交流でもしてさらに国力は上がるだろう。
もちろんこれらは全て、そんな方法が存在するなら、教えてくれるなら、という前提があるけれど。
これらのことが存在するならば、是非とも日本が教えてもらいたいが、そうなると必然的に『情報をくれる魔物』について秘匿せざるを得ない。
しかし、そうなると、前述した大きな情報の出所がどこかという話になる。
ボス級がダンジョンを移動し、それと遭遇した際の対処法も国民に教えるのが難しくなる。
命子たちのもたらした情報はコンボしすぎており、全面秘匿か、全面公開の2択のような感じになっていた。
もうよく分からないので、佐藤さんは、国の上層部に丸投げすることにした。
というか、支部長が決めてはいけない案件だし。
「これらの情報は、冒険者取得情報買い取り制度の規約に基づいた情報料が支払われることになります」
「ひゃっふーい!」
佐藤さんの言葉に、命子と紫蓮がハイタッチした。
「情報料の決定には審査がありますので、振り込みは後日になります」
「分かりました」
今まで、命子は2度、国から情報料を貰った。
冒険者なんてなかった時期だったため、その金額は国の裁量で決まっていたが、先ほども言ったが冒険者制度が出来てそれが明文化された。
冒険者取得情報買い取り制度は、当然のことながら情報の重要度により褒賞額が決まる。
1万円から300万円が基本であり、特例で最大1000万円まで引き上がる場合もある。さらに、もしも特許が発生するような知識を持ち帰った場合は、特許も得られる。
他にも、他国が認めれば勲章もあり得る。
ただし、冒険者協会を介さずにどこぞの企業に売買したり、ネットにアップした場合は、そこから起こるトラブルなどに冒険者協会は関与しない。
これは1系統の発見において、最上位に位置する情報に支払われる。
どういうことかといえば、最上位が知れたら芋づる式にその下層に位置する謎も解けた、という場合も支払われるのは最上位の情報料だけだ。
そうでなかったら、未知のフィールドであるダンジョンにおいて、どれだけ金がかかるか見当がつかない。
とはいえ、それだけ最上位の情報は価値が高いので、褒賞額も高くなる。『特例』が出るチャンスである。
命子たちの場合、最上位に位置する情報は『情報をくれる魔物がいる』という情報だ。
研究者がちゃぶ台をひっくり返すような情報である。
しかし、命子たちは初めてこれとコンタクトを取り、自分たちの考えで情報を引き出した以上は、下層に位置する情報にも報酬は出すべきだろう。
以降は、こういった魔物に出会った際に聞いてほしいリストを、冒険者に交付するしかないだろう。それらの全てに『懸賞金』あるいは『特許』を添えて。
しかし、これをするには『情報をくれる魔物がいる』という情報を世間に発表しなくてはならないのだが。他国とのパン食い競争になりかねない。
佐藤さんは、命子たちのスマホやカメラから映像を貰い、フラフラしながら支部の建物に帰っていった。もうそろそろ上がろうと思っていたけれど、帰れないことが確定した。
命子たちは、カウントされた素材の内、魔石以外の全てを自分たちの研究用に引き取ることにした。
お姉さんたちは魔物素材をちっとも売らなくて残念そうな顔をした。
過去最高金額になったかもしれないのに。それに伴いお姉さんたちの給料が上がることはないが、テンションは上がったのに。
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