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4-21 天狗さん Q&A

 本日もよろしくお願いします。

 お話モードに入った天狗に、命子たちは座って意思表示する。

 もう戦わないぞ、と。

 それでも天狗がやる気なら、命子たちは渋々立ち上がるのだが。


「お主らは、痛みに対して弱すぎるの」


「女の子だもの」


 命子は気の無い返事をした。


 しかし、実際に命子たちは痛みと無縁の生活をしていたため、今日ほど連続で痛い思いをしたのは初めてだった。

 強いて言うならルルがかつて骨折を経験したくらいだ。それが最大痛いレベルである。


「天狗さん、日没まであと1時間くらいです」


 命子は時計を見て言った。

 現在17時30分だ。

 夏場なのでもう少し先かもしれないが、命子の中で18時30分はもう日没だった。


「ふむ。もうひと試合と行きたいところだが……これ以上は無理か?」


「無理です。回復薬も無くなっちゃいます」


 低級回復薬は4粒入りだ。

 それぞれが1セットずつ所持しているが、この戦闘で全員が3つずつ使っていた。


「まあ良い。良い暇つぶしになった。じゃあ、少しお主らの質問に答えてやろうかの」


 天狗がそう言うと、その手の上で猫じゃらしが塵になって消えた。

 天狗が強化を切ったことで、形を維持できなくなったのだろう。


 そうして、天狗は命子たちのそばに座り、お話モード完全体になる。


「何が聞きたい? わしが答えられることなら教えてやろう」


 命子たちは、顔を見合わせた。

 降ってわいた大チャンスである。


 すぐさま、ルルと紫蓮がリュックサック置き場からスマホと、休憩セットを持ってくる。

 テキパキとドリンクを注ぎ、チョコ菓子と共に天狗に提供。

 ダンジョンダンジョンと言っているが、命子たちとて女子。雑談会場のセッティングは慣れたものだ。

 こうして、天狗をお話モード究極体に移行させることで、もう絶対に戦わない構えにさせるのである。


 手が空いている者は貴重な話を聞けるので、スマホで録画を始める。


「む、これはすまぬの」


 そんなことを言って、天狗はチョコ菓子を食べ始める。

 お面を少しだけ上げて露になった唇を見た命子たちは、目を見開いた。


 天狗は女子だった。

 あるいは、唇がとても綺麗な男子。

 声は完全にオッサンのそれなのは、天狗面にそういう効果があるからだろうか。


 とりあえず、それは置いておいて。

 命子たちは、誰から質問するかアイコンタクトを送り合う。

 羊谷命子から時計回り、という紫蓮の提案で、命子から質問することにした。


「え、えっと。それじゃあ。地球さんがレベルアップしましたけど、私たちは結局のところ何をすれば良いんでしょうか?」


 ぶっちゃけ、命子にはそれが分からなかった。

 いや、これが分かっている者なんていないのではないだろうか。

 命子がダンジョンに入りたいのも、楽しいからという理由が大半なのだ。


「極論を言えば何もせんでも良い。が、この時代を駆け抜けたいというのならば、進化じゃの」


「進化ですか?」


「うむ。ただし、何もせんかったら、進化は何千年、何万年も先になるじゃろう」


「進化ってのは何かをすればそれが早まるんですか?」


「ダンジョンはマナを地上に放出する役割と共に、進化を促す役割もある。お主らのようにレベルを上げ、己を鍛え、条件を満たせば『マナ進化』が始まる」


 マナ進化というパワーワードに、命子と紫蓮が手をブンブン振るった。

 命子はボンキュッボンのお姉さんに進化した自分を、紫蓮は闇の王になった自分を夢想して。

 そんな夢見がちな2人の代わりに、ささらが質問した。


「マナ進化と普通の進化とはどう違うんですの?」


「マナ進化とは、1世代で一先ず終わる進化じゃ。初めのうちは、生まれてくる子供は親の元の種族じゃろう。しかし、これを繰り返すことで、やがて子供も進化した状態で生まれてくるようになる。普通の進化よりもずっと早く新たな種族が生まれるようになるわけよ」


「へぇ、それは凄いな。教科書に載るくらいの短いスパンで進化しちゃうのかな」


 天狗の説明に、命子は数百年後の教科書に想いを馳せる。

 戦国浪漫ならぬ、迷宮浪漫みたいなジャンルが生まれるのだろうか。

 にゃおーにぃに羊谷命子、みたいな年号の覚え方が登場するかもしれない。テストに出るぞ。


「マナ進化をした人と普通の人は子供を作れるんですの?」


「可能じゃよ」


「つまり、やる気があるなら、マナ進化を目指すわけですね?」


 命子が言った。


「そうじゃの。地球殿の望みの1つもそれじゃろう。通常進化よりもマナ進化のほうがカッコいい生物が誕生しやすいからの」


「地球さんの望み……他にもあるんですか?」


「マナが世界に満ちれば、地球殿は物理的に大きくなっていく。他にも太陽風や隕石などの宇宙からのトラブルにも対応できるようになる。マナを得るというのは、星にとっては利点が多いんじゃよ」


「ほへぇー、そうだったんですね。言えばいいのに、コイツ!」


 命子はペシィとダンジョンの床を叩いた。


「ちょっと待ってくださいまし。地球さんは大きくなるんですの?」


 ささらの深刻な声に、天狗はうむと頷いた。


「それは地球上の生物に影響はないですの?」


「もちろんある。が、生物が進化などで対応できんほど急激には大きくならんよ。倍ほどになるのは、お主らの記録など忘却の彼方に消えているようなずっと未来の話じゃ」


 実際に星が倍の大きさになれば、重力も倍になり、多くの人が歩行どころか呼吸ですら疲れるような世界になってしまう。身体の弱い人は、まず耐えられない世界だ。

 ささらはそれを危惧したのだが、どうやら万年レベルの話のようだった。


「じゃあ結論を言えば、マナ進化しろってことですね」


「うむ。それに、お主らがダンジョンでこれからも遊びたいのならば、マナ進化を成さなければ、進化級……C級ダンジョンで手も足もでないと思うぞ」


「え。自衛隊がもうそろそろ突入するんじゃないかな?」


「まあ死ぬであろうな。店売りの初級装備でギリギリなんとかなるE級ダンジョン。ジョブで己を鍛えてクリアするD級ダンジョン。それらに加えて、C級ダンジョンはマナ進化をして挑むことになるわけよ」


 命子はメモ帳にカキカキした。

 その手が止まり、天狗を見る。

 天狗はチョコ菓子を面の下に放り込み、のんきに食べていた。


「地球さんの話だと、地上にも魔物が出てくるんですよね?」


「うむ」


「C級以上もですか?」


 天狗は顎を摩って天井を見上げて何やら考えると、答えた。


「ダンジョンが生物の殲滅プログラムではないとだけ言っておこう。これ以上はわしに答える権限はない」


「禁則事項」


 紫蓮の言葉に命子はむむっと反応して、2人でプチキャッキャする。

 ささらはなぜ『禁則事項』という単語でキャッキャできるのか謎だった。


 とりあえず、命子の質問の答えは終わった。


Q、自分たちは何をすれば良いんですか?


A、進化すれば良いんじゃない?

  早く進化したいならマナ進化な。




「それではワタシの質問デス。どうすれば強くなれマスか?」


 首を傾げて、ルルが質問した。

 一見すると幼稚な質問だが、実は非常に重要な質問である。


「修行しかないのう」


「天狗殿は、魔法世界の生物は魔力を攻防に使うって言ってマシた。どうやるデス?」


「今のお主たちは、魔法世界の生物として卵の段階なのよ。マナという新しい理に、身体がどのようにマナを扱って良いのか分かっておらん。現状では、ジョブの力を借りて卵からの孵化を目指している段階じゃの。1段階マナ進化することで卵から孵れば、自身の魔力を知覚することもできるはずじゃ。こうなった時に、自分で工夫して修行すると良い」


「えー、教えてくれないデス?」


「マナ進化とはその名の通りマナに関わる行動の結果起こる現象じゃ。マナは生物の体内で魔力に変わるゆえに、魔力をどう扱うかでマナ進化の先も決まってくる。わしが魔力の扱いを全部教えたらお主の行きつく進化の先はわしのようになってしまうぞ?」


 ルルは、そう言った天狗の鼻を見つめる。

 ないわー、と内心で思った。


「何を考えているか予想はつくが、これは仮面じゃよ。素顔はこれではないわ」


「じゃあ、どんなデス?」


 ルルの質問に、命子はこういうキャラは仮面を取らないんだよ、と内心で思った。

 しかし、命子の予想とは裏腹に天狗は普通にお面を取った。


 そこにいたのは、鷲鼻の美女だった。


「女の子デス!?」


 ルルが目をまん丸にして驚く。


「いや、ジョカ人は女でも男でもない。両性具有じゃ」


 仮面を取ったことで、天狗の声がハスキーボイスに変わった。

 口調から姫のような印象になる。


「両性具有……」


 ゴクリとルルの喉が鳴る。

 そんなルルの姿に、命子もゴクリと喉が鳴る。思わずささらをチラ見するが、へぇみたいな普通の態度。


 ルルの質問もこれにて終わった。


Q、どうやれば強くなるのか。


A、マナ進化して魔力の扱いを研究しろ。




「次は我。『概念流れ』って何?」


 紫蓮が質問した。

 あまりタメにはなりそうにない質問だが、完全に紫蓮の趣味である。


 ささらが天狗のカップにドリンクをおかわりしつつ。

 天狗は、わしもそこまで詳しくないんじゃが、と前置きして、答えた。


「星と星は次元すらも越えて会話をするのじゃ。星々の会話は専ら自分たちの上で暮らす生物の話題だと言われている。お主らも経験上分かっているだろうが、この会話は聞こえるものではない。しかし、稀に受信してしまう者が現れる。それが概念流れじゃ」


 ふむふむ、と紫蓮は無表情ながら真剣に聞く。


「受信した者が知能の低い生物であれば、あまり多くのことは起こらん。精々が、狩りの手本として今までやらなかった行動を取り始めるくらいなものだろう。結果としてその行動をより効率化する進化をする場合もあるがの。しかし、知能が高い人間などが受信すると話が変わってくるのじゃ」


「おとぎ話のような物が生まれる?」


「左様。それが、天狗であり、吸血鬼であり、ドラゴンの正体じゃ。ただし、概念流れは受信した者が住む文化の影響を強く受け、かなり変質する。名称はもちろんのこと、ジョカ人の鼻がこのように誇張されるようにの」


 天狗は再び顔につけたお面の鼻をピンと弾いた。

 昔の日本人からすれば、鷲鼻のジョカ人は、鼻なげぇっとなったのだろう。


「それじゃあ、我の見るアニメや漫画のキャラクターはみんな概念流れ?」


「違うの。根源となる物は概念流れかもしれないが、それをヒントにして創作することも人の力の一つよ」


「なるほど」


 これにて、紫蓮の質問も終わった。


Q、概念流れってなに?


A、星と星の会話を受信した者が作る魔改造作品群。




 最後にささらが質問する。


「そうですわね……ダンジョン間を移動できる魔物は、割といるんですの?」


 ささらは、マナの科学的な利用方法とかも聞きたかったが、自分たちの命に直結しそうな質問にしておいた。


「いるの。ただし、わしのように言葉を解するボス級だけじゃの」


「ボス級……えっと、それだと危険すぎですわ」


「ふむ。お主らは勘違いしているようだから教えておくか。ダンジョンの魔物は、戦う意志のない者は攻撃せん」


 えっ、と4人の声が重なった。


「で、でも、私と紫蓮ちゃんは訳も分からずダンジョンに入れられたんですけど、普通に攻撃されましたよ?」


「それならば戦う意志があったんだろうよ」


 命子は最初のダンジョン行を思い出す。

 ミニハサミを逆手に持って素振りをした自分を思い出した。殺る気満々だった。

 同じく、紫蓮もすぐさま武器を作り、ブンブン振り回した。殺る気満々だった。


「ダンジョンに武装して入ってくる者もまた戦う意志のある者よ。この場合は、そのダンジョン内の全ての魔物が敵に回る。相手が強いからと言って途中でリタイアは認めん」


 それを聞いて、命子はハッとした。

 ダンジョンをG級にするために虹色の渦にぶち込んだウサギは、例外なく全て生き残ったと言われている。

 ウサギさんは人間に強制ダイブさせられたため、戦う意志など最初から脱出まで微塵もなかったのだ。


「ただし、わしのように異なる難易度からやってきた猛者とダンジョン内で出会った場合は、戦う意志があるかどうかで戦闘が始まるか決まる」


「ちょっと待った。天狗さんは私たちとやる気だったじゃん!」


「お主らが戦うと言えば、普通に戦ったの」


「危ないよ!」


「もちろん手加減したがの?」


「それでも危ないよ!」


 なにはともあれ、ささらの質問も終わった。


Q、ダンジョンを移動する魔物は割といるのか。


A、いる。ただし、戦う意思がなければ襲われない。




 そうして、その他にもいくつか質問して、時間がやってくる。


「そろそろ時間じゃの。馳走になった」


 天狗はそう言って立ち上がり、カップをささらに返した。


 命子たちはいつしか話に聞き入り、早く帰らないかなという心境から、もうちょっと話を聞きたい心境に変わっていた。


「最後に一つだけ! 簡単な質問です」


 命子が慌てて手を挙げる。

 天狗の了承を得て、命子が質問した。


「ダンジョンは急に無くなったりしない?」


 これは4人にとって非常に重要なことだった。

 急に無くなる可能性があるのなら、生き方も変わってくるからだ。


「くくっ。ダンジョンは無くならんよ。お主らが生きている時代には増えはしても減りはせんだろう。遥か未来ならば数は減るかもしれんがの」


 命子の切実な顔に、天狗は仮面の下で笑って答える。

 答えを聞いた命子はホッとした。


 天狗は壁際まで歩くと、手で印を組む。

 すると、クリアの黄金ゲートと、緑色の膜が復活する。


 さらに、壁際にぽっかりと通路が空いた。


「これを潜ると無限鳥居に行くんですか?」


「うむ。ダンジョンはマナラインで繋がっているからの、これを利用して移動するのよ」


「へぇ……」


「それじゃあ、機会があればまた組手でもしようぞ。むろん、無限鳥居に殴り込みに来ても構わんがの」


「殴り込みは当分先です」


 はっはっはっと愉快そうに笑いながら、天狗は通路の中に入っていった。

 天狗が入ると同時に、壁はぐにゃりと気持ち悪い挙動を見せて塞がった。


 危険が遠ざかり、命子たちはドッと息を吐いた。


「あぶねえ姉ちゃんだったぜ」


「違うデス。おにねえちゃんデス」


「それだと鬼の姉ちゃんみたいだよ」


 なんにしても、選択肢を間違えなくて本当に良かったと4人は胸を撫でおろす。


 命子たちはボス戦よりも消耗した身体に鞭打って、リュックサックの中へ素材などを再度入れる。

 結局、ジョブチェンジはしなかったので、余計な手間だった。


 帰還の準備を進めながら、手に入れた情報をどうするか、みんなで相談する。


 そうして準備が整うと、命子たちは黄金のゲートの前に立った。


「それじゃあ、帰ろうか!」


「ボス戦よりも終わった後のほうが疲れましたわ」


「ニャウ。猫じゃらしであんなに打って!」


「でも、目指す方向は決まったから結果オーライ」


「だな!」


 こうして、命子たちは風見ダンジョンを制覇した。


 読んでくださりありがとうございます。

 感想への返信が遅れて申し訳ありません。


 ブクマ、評価、感想、大変励みになっております。

 誤字報告も助かっています。ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
パニクって暴れる奴はそこで人生終了のお知らせ パーティ組んでても戦う気がなければ見逃してくれるのかな
地球さんもまた強くなる。 この世界ならブルースなアルマゲドンが起きても気合いで解決しちゃうね! 進軍しようとしてた自衛隊タマひゅんやでぇ、、
ルルも両性具有と聞いてピンと来るんだなあ。
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