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4-20 天狗組手

 本日もよろしくお願いします。

「先ほども言ったように、わしはこれで戦う。手加減もしよう。お主らは全力で殺しにきて構わんぞ」


 天狗は猫じゃらしをウネウネと上下させながら言った。

 ルルの顔が軽く上下しているのが、命子たちは気になった。


 天狗と命子たちの距離は5メートルほど。

 天狗は、どこか楽しそうに。

 命子たちは、マジ勘弁といった心情で。

 お互いに、対峙する。


「それでは、お主らがどれほど強くなったか見せてみるが良い!」


 そう言い終えると、天狗の足元からぶわりと突風が吹き荒れた。

 命子たちはその風に押されながら片足を下げ、構えを取る。


 命子とささらは、すぐさまサーベルに手を掛け、抜刀術の構え。

 ルルは、小鎌を抜いて守備とし、もう片手を忍者刀に添える。

 紫蓮は、両手で血陣怨手の両端を握り、速い一撃を叩き込めるように力を溜める。

 また、命子と紫蓮は、各魔導書に魔法をセットする。


 命子とささらは本来、抜刀術など使わない。

 ダンジョンの敵から強襲を掛けられるということがないので、合理的な構えを取って戦闘を始められるからだ。

 そもそも、鞘が抜刀術に向いた作りでもないため、技として好んで使えるほどの斬撃を生み出せないのだ。


 しかし、今回はまだ剣を抜いていなかった。

 故に、抜刀から構えを取る2テンポを嫌って、抜刀術の構えを取った。


 逡巡もあった。

 命子たちは、人型の敵に本気の斬撃を浴びせられるのか不安があったのだ。

 その不安が、圧倒的強者を前にして、予め剣を抜いておかないというちぐはぐな行動を起こさせていた。


 これで天狗が剣を抜かせてくれる余裕を与えてくれたのなら、なんだかんだで普通に剣を抜いただろう。

 けれど、そうはならなかった。


 剣に手を掛けた瞬間、命子の間合いの中に天狗が立っていたのだ。


「っっっ!?」


 それを認識すると同時に、命子は剣を抜いていた。抜かされていた。

 刃が鞘走り、自分でも信じられないほどに全力の斬撃が天狗に向けて放たれていた。


 斬った!


 命子はそう確信した。

 しかし、そこに天狗の姿はなかった。

 その代わり、視界の端、命子が抜き放ったサーベルの先端に天狗が立っていた。


「漫画かよ……っ」


 命子は悪態に似たツッコミを入れつつ、魔導書に灯しておいた水弾と土弾を放った。それと同時に、紫蓮もまた水弾と火弾を放つ。

 放たれた4つの魔法が、命子のサーベルの真上で交差する。


 回避されたと認識した瞬間には、命子は手首を捻り、抜刀を終えた体勢から袈裟斬りに振り下ろしていた。

 天狗がくるりと側転しながら、命子の目の前に飛び降りていたからだ。


 上下逆さの天狗の首にサーベルが吸い込まれていく。

 命子自身が信じられないことだが、一切のブレーキを考えずにサーベルを振り切っていた。


 が、やはり天狗を斬ることはなく、身を捻って斬撃を回避した天狗が目の前に着地する。


 右手を左に振り切った体勢の命子。その右側すぐ近くに天狗がいるものだから、次の斬撃が繰り出せない。

 命子は魔導書アタックで牽制しながら、右足を大きく引き、左から右へ横一文字に白刃を振り抜く。


「当たらぬのう」


 そして、またもや剣の上に天狗が乗っている。


「こ、こなくそっ!」


 命子は、腰の捻りと共に右足を左足の外側方向へ移動させながら、剣を真上に振り上げる。


「まずまずじゃの」


 命子の左側で天狗はそう言うと、がら空きの命子の脇腹に猫じゃらしをひょいと当てた。


「おぶッ」


 それだけで命子は2メートルほど吹っ飛び、激しくむせる。


「メーコ!?」


「命子さん!」


「羊谷め……っ!」


 命子の身を案ずる3人。

 その中で、目の前に天狗が現れた紫蓮の言葉が詰まる。


「次はお主じゃ」


 命子がふっ飛ばされて驚いてしまった紫蓮は、血陣怨手のタメ攻撃を解除していた。

 一番強く速い攻撃の代わりに、ただの振り回し攻撃を放つ。


 遠心力のついた二節棍をひらりと回避する天狗に、紫蓮は魔導書アタックと棍での攻撃をどんどん放っていく。

 普通の人なら一発すら躱すのが難しい不規則な動きの攻撃を、天狗はひらりひらりと躱していく。


「やぁ!」


 ぐるんと身体を空中で横回転させ、紫蓮は真上から血陣怨手を叩きつける。


「このぉー!」


 床を叩いた感触にいら立ちを覚える紫蓮の耳に、ささらの怒声が響いた。

 視野の端に立っていた天狗の下駄がふっと消える。


 すぐに顔を上げると、天狗に向けて猛烈な勢いで斬撃を繰り出し続けるささらの姿が。

 その一つ一つをゆらりとゆらりと回避する天狗。


「ニン!」


 天狗の足元からルルの水芸が噴出し、その瞬間を狙ったようにささらがスラッシュソードを放つ。

 しかし、天狗は水の噴出に逆らわず、そのまま空中にぽーんと飛んでいった。


「お主の回は終わりじゃ」


 天狗はそのまま紫蓮の目の前に降り立つと、猫じゃらしを胴に入れる。


「ぴゃぐっ!」


 紫蓮はゴロゴロ転がって、地面で脇腹を押さえた。


「シレ、ぐぅ!?」


 駆け寄ろうとするルルだったが、目の前に天狗が現れる。


 すぐさま忍者刀と小鎌で連撃を始めるルル。

 今回の天狗は回避しない。

 ルルの攻撃の全てを、猫じゃらしで弾いていく。


 その連撃に、ささらは加われない。


 命子の時もそうだったが、4人は1体の敵に複数で攻撃するのが苦手だった。

 これが的の大きい龍なら別だが、天狗はそれよりもずっと小さい。

 なおかつ、かなりのインファイトで戦っているため、仲間を斬ってしまいそうなのだ。命子の時に唯一攻撃できたのは、紫蓮の魔法だけだった。


 それでも必死で隙を探し、ささらは突きを入れる。

 ささらとルルにより3つの攻撃が天狗の正面と側面から放たれるが、たった一歩動くだけでその全てを回避してみせる。


「第一戦はこれで終了じゃの」


「にゃぐっ!」


「ひぎっ!?」


 ペスンペスンと猫じゃらしが2人を打ち据え、ルルは地面に叩きつけられ、ささらは2メートルほど跳ね上げられる。


「っ!」


 その瞬間、命子が天狗の背後から斬撃を浴びせる。

 気合なんて出さない不意打ちにもかかわらず、そこに天狗の姿はなかった。


「中々に良い一撃じゃの」


 背後からの声に命子は踏み込んだ足で大地を蹴り、空中でグルンと回転して真後ろに斬撃を放つ。

 着地と同時に、魔導書アタックを自身の周囲と、振り切った刀身の上にお見舞いするが、天狗はそのいずれにもいない。


「今までで一番考えた攻撃じゃの」


 回転斬りで低くなった命子の頭の上から天狗の声がする。

 今度は頭の上に乗っかっているのだ。まったく重さを感じない。


「ならっしゃーい!」


 命子は魔導書アタックで頭上を攻撃するが、やはり手ごたえはない。


 その攻防で天狗は命子たちから離れる。


 ささら、ルル、紫蓮が立ち上がり、よだれのついた口元を拭う。

 命子を含めた全員が、前回の探索で買っておいた回復薬を服用していた。


 この回復薬で、20前後の魔力を使用して痛みは消えた。

 骨折などだと100近い魔力が無くなるので、かなり手加減してもらっているのが分かる。


 けれど、命子たちはビビっていた。


 命子たちはダンジョンにおいて、とんでもない痛みというのを体験したことがなかった。

 初級装備に守られた4人は、痛みに対して普通の女の子に毛が生えた程度の耐性しかないのだ。


 無限鳥居をクリアできたのも、痛みを知らなかったからというのが大きい。悪く言えば、バーチャル世代なのである。

 そこに来て、初級装備を貫通するかなりの痛さの攻撃を天狗が繰り出してきた。

 4人には、中々の恐怖であった。


 ちょっと引け腰になった4人に、天狗が言う。


「今のが、お主たちで言うところの……E級ダンジョンの雑魚敵の攻撃力だの」


「大分痛かったんですが」


「それはお主らが魔力の扱いが下手だからだの。魔法世界の生物は、攻防に魔力を使う。進化の途上でそのように身体が出来上がるのじゃ。お主らは途中からマナに触れ、魔力を宿した故に、これができておらん。だから魔物の攻撃で大ダメージを受けるのじゃ」


「天狗さん、そういうのを教えてほしいんですよ」


 恐ろしく重大なことを言い出した天狗に、命子は戦ってる場合じゃねえぞ、という心境で言った。


「わし、門限が日没までだから戦いたいんだけど」


「天狗なのに門限って……っ!」


 ツッコミを入れる命子だが、天狗は無限鳥居の夜のボスなので、日没までに帰らなくてはならないというのも理解できる。

 Dサーバーがあるのでどのようになっているかは知らないが、それを聞いたところで門限を理由に教えてはくれまい。


「こういうのは詳しい奴に聞いてくれ」


「例えば誰に?」


「わしのように人語を話す魔物じゃ。しかし、忠告しておくが、わしもそうだが住処に入ってきた者とは殺し合いぞ。接触したいのなら、今のわしのようにブラブラと他のダンジョンにいる者にしたほうが良い」


「わ、分かりました」


 一先ず納得する命子だが、紫蓮が口を開いた。


「一つだけ教えて。魔法世界の生物と言ってたけど、地球と異なる世界はあるの?」


「無数にある。わしもまたモデルとなっているのは異世界人であるジョカ人よ」


「天狗じゃないんですか!?」


「天狗とは星と星が会話することで起こる『概念流れ』の産物じゃよ。過去の者が概念流れに触れ、天狗という物語を作ったにすぎん」


「概念流れ!? ほら、そういうの教えて! 戦闘なんてしないで、お話ししましょうよ!」


「嫌じゃ。というわけで戦おうかの。今のはE級のザコの攻撃力じゃが、素早さはB級並にあった。素早さも少し抑えてやろう」


「わからんちん!」


 命子たちは慌てて身構える。

 攻撃がめっちゃ痛かったので、もう食らいたくないのだ。




 天狗の言う通り、素早さが格段に抑えられていた。

 しかし、攻撃が全く当たらない。技術力が高すぎるのだ。


 しばらくの間、天狗はさらに手加減した攻撃でペスンペスンと命子たちを叩き、命子たちの攻撃はひょいひょい回避する。


「くぬぅ……っ!」


 命子の繰り出した切り払いをクルンとスウェイで回避した天狗に、高速移動で肉薄したルルが斬撃を放つ。

 忍者刀の腹を猫じゃらしがポンと叩いて斬撃の軌道が変わり、ルルは大きく体勢を崩す。


 そんなルルのフォローに入ったささらが突きを放つが、天狗の脇の下を抜けて、気づけば天狗はささらの背後に立っていた。


「ひぐぅ……っ!」


 ポンとささらの脇腹に猫じゃらしがヒットして、2メートルほどふっ飛ばされる。先ほどと同じE級相当の攻撃が始まった。

 ささらはすぐさま回復薬を飲み、回復すると戦線に復帰する。


「お主らは簡単に回復薬を飲むの。内臓が破裂しているわけでなし、骨折しているわけでもない。そこまでのダメージではないと思うが」


「まだ慣れていないんです、よっ!」


 命子は、天狗の死角から魔法を放ち、同時に回避ルートを塞ぐように斜め斬りを放つ。

 天狗は頭を掻くような仕草で猫じゃらしを頭の後ろで振るって魔法を消すと、そのまま猫じゃらしを迫りくるサーベルに向けて振り下ろした。


「なんで猫じゃらしで防げるのさ!」


「これもまた魔力の使い方よ。尤もこれが終わったらこの猫じゃらしは朽ちるであろうがの、っと」


 斬撃を弾かれた命子は、わずかに身体をずらす。

 背後に隠していた魔導書を直線軌道で天狗に放つ。


 天狗はこれも猫じゃらしで叩き落とす。


「魔導書はあまりこういう攻撃に使わんほうが良いぞ。E級の敵ともなると壊しに掛かってくる」


 天狗はぴょんとジャンプしながら、忠告する。

 天狗の足の下を、紫蓮の血陣怨手が通過する。


 天狗は翼を羽ばたかせて、紫蓮が放った魔法をすいすいと避ける。


「と、飛ぶなんて卑怯だぞ! そんなんチートン動物記なんだぞ!」


 命子は魔法を、ささらはスラッシュソードを放つ。

 そのいずれも猫じゃらしでペスンペスンと霧散させられる。


 そうして攻撃の隙を発見すると、天狗は滑空して攻撃を加えてくる。

 目で追える速さではある。

 しかし、猫じゃらしの攻撃が防げない。


「にゃぶっ!?」


 肩を叩かれたルル。

 しかし、当たった瞬間に自分から跳んで衝撃を殺したようで、すぐさま立ち上がる。


「に、ニンニン!」


 苦し紛れに水芸を放つが、やはり天狗は噴出する水の上に立ち、なんの硬直も起こさない。


「今の衝撃を緩和する動きは良いの」


 命子は駆け出し、もう一本のサーベルも抜き、魔導書合わせて四刀流で攻撃する。

 右手で突きの後に左手で斬りを繰り出すが、それを最小限の動きで回避した天狗は言った。


「お主、二刀流で身体が泳いでおるぞ。わしに使うには早すぎる」


「ひぎゅっ」


 命子は左手首を叩かれて、剣を落とした。


「ふぐぅぬ!」


 痛みを堪え、右手の剣を振り、同時に魔法を放つ。

 もちろん天狗には当たらず、命子は歯噛みした。


「勝てぬ!」


「まあ勝てぬだろうな」 


 再び、天狗は会話の間合いになるのだった。

 読んでくださりありがとうございます。


 ブクマ、評価、感想、大変励みになっています。

 誤字報告もありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
自衛隊がメンチ切りまで真似したら殉職者が出ていたね
[良い点] 明かされる魔力の使い方。そういうこともっとゲロって!! [気になる点] 門限……というか出勤??
[良い点] 何周目かの拝読です! ホント面白くウィットにとんだ文章で大好きです(*´ω`*) [気になる点] 嗚咽する、だと声をつまらせてグズグズ泣く意味になってしまうので咳などでむせる(咽る)ほうの…
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