4-19 説得
本日もよろしくお願いします。
パチパチパチと鳴る拍手。
それはどこか上から下の者を褒めるような響きをした緩やかな音色だった。
勝利の余韻から一気に冷めた4人は、この場所で鳴るはずのないその音の出所に顔を向ける。
一つ歯の下駄を履いた180センチほどの姿。
ところどころに武者の具足を装備した山伏の恰好をしている。
背中には一対の黒い翼を持ち、顔には厳つい形相で鼻の長い真っ赤なお面が。
それは無限鳥居で見た天狗であった。
その背後には、ダンジョン情報にない別の部屋への入り口が開いていた。
「みご――」
「っっっ!? 全員撤退!」
その姿を見た命子は、すぐさまみんなに指示を出す。
何か言い始めていた気がしないでもなかったが、そんなことは関係なかった。
様々な疑問が頭の中で渦巻くが、それを押し込めてやるべきことは一つしかない。すなわち、撤退だ。
背中を向けて逃走を図る命子たち。
命子と紫蓮は、緑の膜の先にあるゲートへ向けて。
ルルとささらは、新しく現れた黄金のゲートへ向けて。
命子の焦った指示が、結果的にパッと思いついた脱出口に向けて4人の足をそれぞれ運ばせることになった。
4人は、お互いに別の方向へ向かっていることにすぐに気づくが、これならどちらかが生き残るかもしれないと、そのまま止まらず走り続ける。
2組の中間で、天狗が両手を右往左往させてあわあわしていることに誰も気づかない。
そんな天狗はハッと我に返り、片手で印を組む。
その瞬間、ルルたちが向かっている黄金のゲートは消失し、命子たちが向かっている緑色の膜は赤い色に変化した。
これにより行き場を失ったルルたちは、覚悟を決めて天狗へ向き直る。
それに気づかない命子たちは赤くなった膜に触って、脱出が不可能と理解すると、ルルたちと同じように天狗へ目を向けた。
すっかり離れてしまった2組の丁度中間に、天狗が下駄の音を立てずに進み出る。
そうして、ささらとルル、それから命子と紫蓮へ顔を向けて、大仰に頷いた。
「みご――」
「なんで天――」
命子は、勝利者の部屋が、急転直下で死者の棺に変わったような錯覚を起こした。
ゴクリと喉を鳴らして、ギュッと唇を噛む。
圧倒的強者と言葉が被ってしまった……っ。
世紀末な漫画だったら殺されてもおかしくないレベルの失態だ。
命子は気づかない。すでに一度言葉を被らせ、さらに速攻で逃げていることに。
しんと静まる空間。
命子は、自身の口を押さえ、震えるもう片方の手でどうぞと言葉を促した。
天狗はコクリと頷き、渋い声でテイク3。
「見事なり」
どこからともなく現れた錫杖で床を突く。
遊環が踊り、シャンと音が鳴る。
命子は、言葉を被らせたことでキレられなかったことにホッとしつつも、天狗の行動に最大限の注意を払った。それは他の3人も同じだ。
無限鳥居の猫蝙蝠も鳴き声によって衝撃波を作り出す。そんな風に初見の魔物の所作は、一つ一つが初見殺しになり得るのだ。
命子は考える。
コイツがここにいる原因は、たぶん自分だ。
称号【真なる無限鳥居への挑戦権】を持っているからだ。
ならば、それを手に入れてしまった責任を取らなくてはならない。
どうにかして、帰ってもらわなくては。
命子は、紫蓮の二の腕を軽く叩いた。この場にいてと。
もしかしたらお別れかもしれない、そんな想いを込めたタッチだ。
命子は5歩前に進み出た。
その背後で紫蓮がついてくるが、天狗に意識を集中する命子は気づかない。
前方では、ささらとルルも5歩前に進み出て、止まった。
命子は無理やり唾を飲み込んで喉を湿らすと、天狗に向けて言った。
「お、お久しぶりです」
命子はジャブを放った。
会話できる魔物だが、どの程度融通が利くのか。
実は会話しているのではなく、イベントキャラ的なプログラムなのかもしれない。
しかし、そうではなくちゃんと会話が成立するのなら、お帰り願うことも可能だ。
そのための挨拶、牽制、ジャブである。
命子の挨拶に、天狗は小さく頷き、言った。
「うむ。久しいの。しかし、あれから随分と経つのに、まだこんなところにおるのか?」
「ぐ……っ」
痛いところを突かれて、命子はギュッと手を握りしめた。だって国がぁ!
悔しい気持ちを飲み込んで、命子はクールになる。
挨拶に対して挨拶で返してきた。つまり、ちゃんと話せる魔物なのだ。
戦闘回避は十分にできそうだ。
「まあお主ら人間は面倒なしがらみもあろうて。しかし、入っているダンジョンの質は悪くとも、武術の練度は高くなっておるようじゃ」
「ありがとうございます。それで、天狗さんはなんでここにいるんですか?」
「というか、お主ら、ちょっと遠くないかの? わしは良いが、お主は声を張り上げすぎじゃないかの?」
天狗は会話するにはあまりに遠い2組の距離を見て、呆れたように言った。
このボス部屋はブロックオブジェが元気よく飛べるように、かなり広く造られている。一目散に逃げた命子組とささら組、そして天狗の3地点は2、30メートルずつくらい離れていた。
天狗が言うように、命子は結構大きな声で会話をしていた。
一方の天狗は、大声を出していないにもかかわらず、命子たちに声が届いている。
とりあえず、危険はなさそう……というよりも、逃げ場がない以上は仕方がないので、命子たちは近づくことにした。
天狗を中心に、5メートルほど離れた場所で、会話を再開する。
「それで天狗さんはなんでここに?」
「わしはお散歩じゃ。その途中でわしが称号を授けた童が戦っておるのに気付いて、見物しておった」
お散歩でピンチにされたら堪んないよーっ! と太ももを叩きながら叫びたい衝動に駆られる命子だったが、何がスイッチになるか分からないのでグッと呑み込んだ。
その代わりに、建設的な話し合いをすることにした。
天狗が出てきた情報にない部屋や無限鳥居の魔物がなぜこの場所にいるのか非常に気になるが、お散歩というキーワードがホットなうちに話を纏めることにした。
「お散歩ということは、戦うということではないんですね?」
「戦う……?」
天狗は命子組を見つめ、ささら組を見つめ、天井を見つめ、最後に再び命子へ顔を向ける。
「いや。わしはお主らと戦おうと思っておった」
「いや、それ、今思いつきましたよねぇ!?」
堪えきれずにツッコミを入れる命子を、天狗は錫杖をシャンと鳴らして黙らせる。
「そんなことはない。お主らがどれほどの実力になったか試そうと思って出てきたのだ」
ヤバいヤバいヤバい、完全に藪蛇だった。
命子は混乱する。
ギューッと一拍目を閉じて、命子は交渉を継続した。
「わ、私たちと天狗さんじゃ実力差があり過ぎます! こちとら幻影の龍ですらやっとだったんですよ!?」
「手加減するから安心せい」
その提案に、命子は焦りを鎮火させてしばし考える。
手加減ならむしろ強くなるチャンスなのでは、と。
「それは殺さないってことですか?」
「いや、力は抑えるが、それすらも耐えられぬのなら殺すとも」
これを聞いた瞬間、命子とささらとルルは激しく嫌な予感を覚えた。
3人に共通するのは『冒険者』のジョブスキル【生存本能】である。危機に対して勘が働くようになるこのスキルが、警鐘を鳴らしたのだ。
3人とも自分の中だけで覚えた嫌な予感なので口には出さなかったが、この戦いは絶対に受けてはいけないと悟った。
命子は交渉を継続した。
「それなら帰らせてください。大体、無限鳥居の魔物がこんな場所にいるのはルール違反です」
「ルール違反? 確かに普通の魔物はそんなことできんが、全ての魔物がダンジョン間を移動できんと勝手に勘違いしたのは人であろう?」
「う、ま、まあそうですが……でもでも、始まりのダンジョンに超強い敵が出てきたらダメでしょう? それにボスを倒したあとのビクトリーゾーンで強襲なんて、ダメ絶対ですよ!?」
「そ、それは……。そ、そんなの知らんし。わし、もう戦うって決めたし!」
天狗は、確かにダメかもしれない、と思った素振りを見せるも、プイッと横を向いて、決めた。
なんなんコイツ!? と命子は全力で殴りたくなったが、それは正しくゴングを鳴らす行為なので堪える。
「くっ。それなら、殺すのはやめてください。いずれは夜の無限鳥居に挑もうと思って修行しているのに、弱いうちにそっちから出てきて叩かれるなんて、あんまりです」
「む……別に叩くとかそういうつもりじゃないが……」
命子は攻め口を変えた。
もっと強くなってから会いに行くよ、と。
今、弱い者苛めしてもつまらないぞ、と。
横を向いていた天狗は、ちょっとバツが悪そうに口ごもった。
これに追随して、紫蓮が援護射撃する。
「むしろ、弱っちい我らに稽古をつけてほしい」
「おー、紫蓮ちゃん名案じゃん!」
「ぬ……」
さらにルルが、抜刀してシャドーをし始める。
「天狗どの、どうデスか? 強い人から見ると改善点が多いと思いマス!」
「ぬぬ……」
ささらはそんなルルのシャドーを見ながら、頬に手を当てて言った。
「やはり、強い方からの助言を得られれば、一段も二段も強くなりますものね。そういう有難い助言が欲しいですわよねぇ」
「むぬ……」
天狗はジィっと4人を見つめる。
対して、命子たちはきらーっと全力で意志の強い眼差しを送った。
「ぬ、ぬぅ……っ!」
天狗は、ゴホンと咳払いした。
「そもそも、わしのような特殊な由来の魔物は、物を教えることが認められておるのでな。良かろう。稽古をつけて進ぜよう」
【生存本能】の警鐘が鳴りやみ、命子たちは、コイツ、チョロイな、と思った。
「さて、それではお主らに稽古をつけてやるわけだがの、それには実戦が一番じゃ」
命子たちを一列に並べると、天狗は言った。
実戦すると言われたが、今度は【生存本能】に反応はない。
一抹の不安を抱きながらも命子たちは、はい、と元気に返事した。
天狗はうむうむ、と頷く。接待である。
「これから戦うわけだが。わしはこれを使う」
天狗はそう言って、懐から立派な穂先を持った猫じゃらしを取り出した。
ルルが唐突にぴょーんとその場で垂直跳びをし、注目を集めた。
しかし、相手は天狗なので、ルルはスルーだ。
「それで戦うんですか?」
「左様。元からこれで戦うつもりだったしの。お主らならこれで十分じゃ」
しかし、これで戦っても自分たちを殺せるのだと、『冒険者』組の3人はゾッとした。
紫蓮は、ちゃんとしたダンジョン武器なのかな、と思った。
「お主らは全力で掛かってくるが良い。少し時間をやるから準備せい」
時間を貰ったので、命子たちはまず時間がなくて回収できなかったボス報酬などをゲットすることにした。
風見ダンジョンのボスは、特殊な粘土を落とす。
主にアクセサリーの材料になる。
「さてさて……」
次は、命子お待ちかねのダンジョンクリア報酬だ。
無限鳥居でも見た金縁の宝箱だ。
一時DQNのことを忘れ、命子は宝箱に向き合った。
しかし、手をこすこすと擦る命子だったが、ハッと気づく。
「し、紫蓮ちゃん、どうぞ……っ」
そう、紫蓮はまだダンジョンクリア報酬を開けたことがないのだ。
ささらもルルもそれは同じではあるが、紫蓮はまた別枠なので開けさせてあげたい。
命子は、宝箱の正面特等席を空けて、紫蓮に譲った。
しかし、紫蓮は首を振るう。
「羊谷命子が開けていい」
「え、そう? じゃあ時間もないし私が開けるね?」
命子は速攻で紫蓮の優しさを受け入れて、特等席に割座で座り直した。
「それではいざオープン!」
この時ばかりは罠の心配はせず、ぱかりと開ける。
中には、4つの魔力玉とレシピ数枚、15000ギニーが入っていた。
「ふむふむ。この魔力玉は10上がる仕様か」
魔力玉は魔力が増えるアイテムだ。
無限鳥居での魔力玉は20だったが、これは10らしい。
ダンジョンクリア者本人しか使えないため、全員が魔力玉をその場で消費した。
ギニーは時間が惜しいので後で分配することに。
レシピは調べなければ分からないが、自衛隊が散々クリアしたダンジョンなので全部被っている可能性が高い。
報酬を得た命子たちは入口付近に置いてあるリュックまで戻り、ジョブについて話し合った。
幸い、この探索で誰もジョブを変えていないので、全員がジョブチェンジ可能だ。
「『冒険者』だったし、ささらとルルは嫌な予感した?」
「ニャウ、危なかったデス」
「誰も『冒険者』でなく、最初から猫じゃらしを出されてたら、死んでたかもしれないですわね」
ささらの言うように、さっきの話し合いで『冒険者』がおらず、猫じゃらしで戦ってやると最初に言われていたら、命子たちはその条件を飲んでいたかもしれない。
交渉を悪化させて、もっと不利な戦闘になるかもしれなかったからだ。
「念のために私はこのまま『冒険者』でいるよ。みんなは好きに変えていいよ」
【生存本能】は先ほど初めて発動したが、かなり良スキルのように命子は思った。
表現が曖昧なのは、本当のところはどうだったのか、スキルに反するルートを辿っていないので分からないからだ。
なんにせよ、これからヤバい敵と戦うので、地雷を踏み抜くような事態になった時に、いち早く土下座するためのスキルが欲しかったのだ。
命子の言葉を受けて、3人は考える。
結局、全員がそのままのジョブで行くことにする。
一度ジョブを変えれば24時間変えられないので、この戦闘の途中で変更するのも良いかもしれないと思ったのだ。
そういうわけで、命子たちはリュックの中の物を外に出しておいた。
途中でジョブチェンジして、【アイテムボックス】が解除されてしまえば、中身が破損してしまうからだ。
さらに、頭に付けたカメラもリュックにつけておく。
恐らく、このレベルのカメラでは、天狗との戦いで主観視点での撮影に耐えられない。
そうして、命子たちは天狗の気まぐれに付き合わされることになるのだった。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、大変励みなっております。
誤字報告もありがとうございます。前作の誤字報告もいただきますが、こちらもありがとうございます。