4-18 風見ダンジョンボス戦
本日もよろしくお願いします。
命子たちは、2日目に22層のゲート周辺でキャンプを行い、3日目の15時ほどで25層に辿り着いた。
2日目の途中で21層に入り、敵が5体編成になったことで、ドロップ素材の入手率がまたも上がった。
今回の探索は、最初から合成強化を惜しみなく行っているため、全員の布系装備の強化値が最大になった。
ルルやささらの脚甲やハチガネなどの金属装備は、金属類がバネ風船のバネしか落ちないので上がりきらない。
また、今回の探索で新たに入手することが出来た2冊の水の魔導書は手付かずである。
25層は、2部屋だけの構成だ。
20メートル四方ほどの準備部屋と、その先に巨大な部屋が広がっている。
2つの部屋の間には緑色の膜が存在し、それが境界だ。
境界を越えれば、そうボス戦である。
ボス戦の仕様は、この緑色の膜が大きく関係している。
そのルールは以下の通り。
――――
・準備部屋の中には、帰還用ゲートが存在する。
・25層のDサーバーは、3パーティで満員だ。
4パーティ目からは、別のDサーバーに切り替わる。
・膜の中に入れるのは、一番に入った者と同パーティと認識されている5名まで。計6名。
認識される条件はシンプルで、ダンジョン入場ゲートを共に入った者だ。
ちなみに、これは各階層のゲートでも適用されている。
ただし、同パーティでも前に入った者から10秒を過ぎた場合は侵入が不可となる。
・膜の外へ撤退することが可能だが、再侵入は不可。
また撤退した場合は24時間ボス挑戦権を失う。
・膜は、攻撃や支援を遮断する。
また外から中の様子を視聴することは可能だが、外から中への声は届かない。
・ボスを倒すと黄金のクリアゲートが出る。
・初回のボスドロップ率は100%だが、2回目以降は適正レベルや周回数に応じて確率が低くなる。
――――
4人以外に誰もいない準備部屋で、ミーティングを始める。
風見ダンジョンのボスは、ブロックオブジェと呼ばれる魔物だ。
ブロックオブジェはたくさんのブロックから成り立っている云わば群体の魔物である。
戦闘が始まると、このブロックが分解してちょっとずつ飛んでくる。
飛んできたブロックは、回避すると別の場所でまたブロックオブジェの形に組みあがる。
ブロックオブジェは、分解して飛んでいる時にしかダメージを受けず、ブロックオブジェになり始めている時や完成した状態の時は無敵だ。
飛んでいるブロックをぶっ壊していくと、次第に小さくなり、最後には倒せる。
核を探し出して破壊する、という性質ではない。
「私達ならやれるよ!」
「ニャウ! 世界最強の4人デスからね!」
「ふふふっ、そうですわね。紫蓮さんも加わって、この前よりももっと強くなりましたわ!」
「わ、わわ、我、頑張るる……っ! ふ、ふんすぅ!」
それぞれが気合を入れるが、ボス戦は初めての紫蓮が少し緊張気味だ。
命子がそんな紫蓮をジッと見つめる。
緊張していることを見透かされた紫蓮は、羞恥心と共に俯いた。
「隙あり!」
命子はそんな紫蓮のお腹に抱き着くと、どっこいしょーと持ち上げる。
「ぴゃっ、な、何をする!?」
「何をするじゃねえんだよぅ、コイツゥ!」
「ぴゃ、ぴゃわー!?」
「わっしょい! わっしょい!」
1人でわっしょいを始める命子の意を汲んで、ささらとルルもコクリと頷き、わっしょいに混ざる。
不格好だったお神輿の土台が、3人になったことで立派なものになった。
「「「わっしょい! わっしょい!」」」
「っっっ!?」
わっしょい被害者だった3人は、紫蓮をわっしょいしながら狭い準備部屋の中をぐるぐる練り歩いた。
「「「わっしょい! わっしょい! 紫蓮もわっしょい!」」」
「ぴゃわー、わ、わわ、わっしょい! わっしょい!」
ついに紫蓮もわっしょいと言い始めたので、そのまま2周ほどお神輿をして止めた。
羞恥の汗に額を濡らす紫蓮は、リリースされると女の子座りでグデェッとした。お神輿途中で留め具が外れ、黒いコートから汗ばんだお腹がこんにちは。
「我、汚されちゃった……」
「ふっ。でも、これで緊張はどこかに吹っ飛んだでしょう?」
「良い話に変換しようとしてもダメ。我、この屈辱はずっと忘れない」
「にゃんでさ! アニメだとこういうことすれば良い話になるのに!」
「もうちょっとソフトなので良かった」
「チューとか?」
「確かに漫画だとよく見」
「い、イヤですわ、命子さんたら!」
命子のチュー発言に紫蓮が真面目に意見を言い始めたが、その言葉を遮ってささらが真っ赤な顔でバシバシと命子を叩く。
そんなささらを、ルルがビシィッと指さした。
「ほらほら、メーコ! イヤですわって言ったデス! メーコ聞いたデスよね!?」
キャッキャであった。
そんなこんなで緊張を霧散させ、命子たちはボス戦に挑む。
リュックを手に下げた命子たちは、緑色の膜を越えた。
そのまま急いでリュックを壁際に置き、角度を調整する。
このリュックには、今回もスマホを取り付けている。無限鳥居では角度がズレたりしてしまったので、今回はかなり頑丈に固定してある。
ボス戦は侵入から1分ほどで始まると分かっているので、30秒ほどで作業を終え、命子たちはボス部屋の中を歩き出す。
陣形は、ルルをトップにして、後方に3人を配置。デザートなランスである。
4人は、それぞれ武器を構えてその時を待つ。
命子と、『見習い魔導書士』である紫蓮は、魔導書に魔法を灯す。
しばらくすると、どこからともなくブロックが飛んできて、合体していく。
この時に攻撃が可能なのか自衛隊は検証したみたいだが、ノーダメージだったようだ。変身シーンでの攻撃は粋じゃないので認められないのだ!
出来上がったブロックオブジェは、大小400のパーツからなる。
3メートルほどのずんぐりとした人型だ。
「ゴォオオオオオ!」
叫ぶブロックオブジェだが、パワー系な演出とは裏腹に、コイツはこの形態で殴る等の攻撃を一切仕掛けてこない。というかほぼ動けない。むしろ、スピードタイプの魔物である。
「しっかり見ていこう!」
「ニャウ!」
「ですわ!」
「さあ狂宴の始まりぞ!」
命子の言葉に、4人がそれぞれ気合を入れる。
それを開幕の合図にしたかのように、ブロックオブジェの全身が派手に弾けた。
大小さまざまな形のブロックが、ばらけた場所で滞空する。
「発射!」
「我が大魔法の前に消え去るがいい!」
命子と紫蓮はすぐさまブロック目掛けて、水弾×2、火弾、土弾を発射する。
その全てがブロックにヒットして、ブロックは粉になって消えていく。
それに構わず、残ったブロックが動き出す。
ターゲットにされたのは、最も近くにいるルルだった。
ブロックオブジェは、爆散地点から最も近い敵をターゲットにするので、囮役に徹底する者を配置した方が戦闘が簡単なのだ。
ルル目掛けて、小さなブロックが5つずつ襲いかかる。
その速度は、このダンジョンに出てくる魔本が放つ水弾と同じくらいだ。
ルルは、顔面に向けて飛んできたブロックを横に回避しながら、忍者刀で切裂く。
湾曲して腹部を狙って飛んできたブロックを大きく一歩前進して回避する。
次に飛んできたブロックをくるんと回転しながら回避して、短刀で切裂く。
5つのブロックが終わると、さらに5つ。
それが終わると、また5つ。
そんな風に5つワンセットでブロックがどんどん動き始める。
「ひぇええ、数が多いデス!」
「回避に専念で良いよ!」
しばらく回避しながら切裂いていたルルは、手数が追い付かなくなり、命子の言うように回避に専念し始める。
ブロックの一撃は、最大強化された軽装備系の防具の防御力を貫く。
ダメージ自体は硬い紙で作ったハリセンでぶっ叩かれるくらいの痛さだ。
1発なら死ぬことはないが、当たるとバランスを崩され、そのままボコボコにされる可能性がある。
その程度のダメージではあるものの、最大で400個のブロックにボコられると、さすがに命が危ぶまれる。
特に、大きなブロックは攻撃力が高く、さらにノックバック性能が高いために注意が必要である。
命子たち魔法組も、大きなブロックを優先的に狙っていた。
ルルの背後では、壊されなかったブロックがどんどんオブジェの形に組みあがっていく。
それを阻止しようと、攻撃手の3人が組みあがる前のブロックをガンガン壊していく。
命子と紫蓮は、ルルの負担を少しでも減らそうと、魔法が出来上がったそばから、まだ飛んできていない待機中のブロックへ発射していく。魔法の再装填を待つ間は、ささらと共に合体しようとするブロックへ攻撃を加える。
しかし、この場所は流れ弾が飛んでくる怖い場所なので、注意が必要だ。
このブロックは3通りの軌道を描いて飛ぶ。
直線、曲線、攻撃が終わった後に群に引き寄せられる動きの3通りだ。
特に、3つ目の『攻撃が終わった後に群に引き寄せられる動き』が予想外の動きになるので流れ弾になりやすい。
「あぶねっ!?」
命子は視界の端から大きく曲線を描いて飛んできたブロックをぎょっとしながら回避する。
こんなことが割とある。
とはいえ、囮役がいる以上は、その一撃を喰らって隙が出来ても、連撃コンボに突入してしまうことはないのだが。
「残り少し! 陣形注意!」
待機中のブロックの数を見て、命子が全員に注意を呼び掛ける。
攻撃手の3人は、完成間近のブロックオブジェからすぐに距離を取る。
最後のワンセットを回避し終えたルルは、額に汗を浮かべた顔で息を整えた。
「ルルさん、スイッチですわ!」
「気を付けるデス! 結構きついデス!」
今度はルルを後方にして、ささらが囮役になる。
分裂する前のブロックオブジェは、先ほどよりも小さくなっていた。
それがすぐさま爆散したように分裂する。
「発射!」
「き、消えろ!」
先ほどと同じように、命子と紫蓮がすぐさま魔法を放つ。
紫蓮はボス戦に必死になり、中二病のキレがない。まるで恐れを抱いて攻撃を放つ悪役のよう。
「うっ!」
ルルと同じように最初は斬撃を含めて回避していたささらだが、少し慢心していた。
回避した方向が悪く、腕に被弾する。
「ささら!?」
「大丈夫ですわ!」
腕を弾かれたものの、ささらの腕には手甲が装備されており、特に防御力が高い。さらには【防具性能アップ 小】も持っているため、先ほどの例に挙げたハリセンよりも低いダメージだ。
ささらは腕を弾いた力に逆らわず、足運びと腰の捻りを巧みに使ってくるんとターンしながら、次の攻撃を回避し、そのまま戦闘に復帰する。
このボスは、ヘイトを取ること自体は非常に簡単だ。
囮役よりもボスに近づけばいいのだ。
命子の叫びでささらのピンチに気づいたルルは、それを行うべきか悩んだ。しかし、持ち直したささらの姿を見て、自分の役割をこなすために連撃を再開する。
ささらはサーベルを納め、代わりに短刀を抜く。
回避を重視し、避けきれない物は短刀で弾いて防いでいく。
攻撃手はひたすら攻撃の手を緩めない。
ルルは、二刀を巧みに使い、斬りやすい位置に飛んでくるブロックを選んで斬っていく。
命子は、S字軌道で飛んでくるブロックを慎重に斬る。
紫蓮は、バウンドして転がってきたブロックを血陣怨手でぶっ叩く。
命子と紫蓮は、それ以外にも魔法をガンガン放って、飛ぶ前のブロックを破壊していく。
「発射! せやっ、えいっ! 発射!」
「発射! こ、こいつめぇっ! は、発射ぁ!」
安定して魔導書と剣を操る命子。
それに対して、まだ『見習い魔導書士』に慣れていない紫蓮は、ついに中二病を言う暇もなくなった。
1セット目と合わせて120個ほどのブロックを撃破したところで。
「残り少しデス! 陣形注意デス!」
ルルが注意を促し、みんなで中央に集まり、陣形をリセットする。
「よ、予想以上にきつかったですわ」
「ナイスリカバリング!」
声を掛けながら、またもルルが回避役に徹する。
そうしてセットを繰り返し、ブロックが100個を切ると、完成したオブジェが真っ赤に光った。
「来た! 全員、走って!」
命子の注意喚起と同時に、オブジェが爆散してブロックを散らばせる。
命子たちは背後を見ながら全力で距離を取る。
ささらは、万が一の時は抱えて走れるように紫蓮の後ろを走る。
一見すれば先ほどまでと同じ攻撃に見えるが、ここからが違う。
散らばった全てのブロックが大範囲で竜巻のように大回転し始めるのだ。
命子たちはそれを安全圏から見学した。
「ひぅひぅ……発射ぁ……ひぅうう……」
「発射。マジ初見殺しだよね」
もちろん、魔法攻撃は怠らない。
ミーティング通りにちゃんと動けた安堵で、紫蓮は運動量以上の疲労感に息を切らせている。
無限鳥居の龍がそうであったように、どこのダンジョンのボスも何かしらの必殺技がある。
ブロックオブジェの場合は、ブロックが100個前後になると使ってくるブロックトルネードだ。
こういった初見殺しにより、全世界でちゃんとした訓練を受けている軍人でも殉職者はそこそこいる。
ブロックトルネードが終わると、ブロックの数は大幅に減っていた。
竜巻内部で激しくぶつかり、壊れてしまうのだ。大攻撃力&自爆技なのだ。
残り30個ほどのブロックになり、あとは流れ作業だ。
「我に楯突いた己の浅はかさを呪え!」
そんなことを叫んで、紫蓮が最後のブロックをぶっ叩いた。
これにより、命子たちはブロックオブジェを撃破するのだった。
「やったぁ!」
「ぴゃわー!」
ぴょーんと命子が万歳して喜ぶと同時に、紫蓮もぱぁっと笑顔を見せてぴょーんとジャンプした。
「「「おーっ!」」」
無表情が多い紫蓮の満面の笑みに、先輩3人は目を丸くして驚いた。
ハッとした紫蓮は、すぐに無表情を作ろうとするが、唇がムニムニして言うことを利かない。
「やりましたわね!」
「余裕デース!」
そんな可愛らしい姿を見せる後輩を中心にして、ささらとルルが喜びを分かち合う。
ささらとルルにもみくちゃにされ、紫蓮はテレテレもじもじした。
「やったね、紫蓮ちゃん」
「うん、我やった」
命子が参加すると、紫蓮はすんとして頷く。
しかし、唇のムニムニは止まらない。
紫蓮は気恥ずかしさのあまり、命子のほっぺをうにゃうにゃした。
完全にささらたちと扱いが違うんだよなぁ、と命子はうにゃうにゃされながら思った。
しかしまあ、友達と思われているみたいなので、別に良いのだが。
そうして、喜びを分かち合う4人だったが。
次の瞬間、その顔から笑みが消えた。
パーティメンバーしか入ることのできないボス部屋に、パチパチパチと優雅な拍手の音が聞こえたのだ。
読んでくださりありがとうございます。
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