4-16 再びダンジョンへ
本日もよろしくお願いします。
「ふひぃ、凄い人」
本日からまたダンジョン探索だ。
今回はこれと言って優遇もなく、他の冒険者と同じように並ぶ。
前後の人に話しかけられたが、目立った混乱が生じることもなく。
アーケードも完成して日陰にはなっているものの、夏なのでやはり暑い。
しかも、みんな擦り傷などを心配して、長ズボンや長袖なので大変だ。
男性も女性も、一先ず上着を脱いで肌を晒している人が多い。
熱中症になられても困るので、各冒険者協会もこの暑さを凌ぐために様々な試みをしているが、どうやったってやはり暑い。人が多すぎるのがいけない。
命子たちの着ている防具は、ほんのちょっとだけ暑さに強いようだが、それでも汗が滴っている。
紫蓮もまたこの前買った初級防具の上から羽織っている黒いコートを脱ぐ。
紫蓮の装備は、お転婆シーフ娘風衣装である。おヘソがフルオープンな肌色多め仕様だ。
一つの列が無くなると、係員がすぐにそこへ列を再編して、その間に別の列がまた動き出す。
それがループし続けている。
命子たちが整列した時も他の場所では列が行進を始めていたし、命子たちもそのうち行進を始めることになる。
ちなみに、列はレベル教育参加者と冒険者で分かれている。
冒険者は6人パーティでない場合もあり、そういう場合は15秒ほど次と間隔を空けなければパーティメンバーが狂ってしまうのだ。
一方のレベル教育者は、必ず6人パーティになるので、よほど変なことが起こらない限り、ガンガン入っても狂うことはない。
こういうことがあるため、冒険者は列を別にしたほうが管理しやすいのである。
今回初めて整列の大変さを味わった命子たちは、早いところG級ダンジョンからおさらばしたいと思った。F級ダンジョンならば使用率が低いので、もっと簡単に入れるのだ。というか、現状では自衛隊しか使っていないので、指定の時間に行けばそのまま入れる。
そうして、いざ命子たちの列が行進を始めようとした時である。
15分間の休憩が入る旨が放送された。
すると、5組のパーティが入場ゲートへ向かっていく。
別にズルをしているわけではない。彼らは特別な枠なのだ。
どのパーティの編成も同じである。
自衛隊員2名、医師、看護師、そして車椅子に乗った人とその家族だった。
最近では、病気を患っている人のレベル教育も進められているのだ。
小学一年生くらいの女の子が、車椅子を押されてやってくる。
レベル教育を受けられる年齢ではないが、彼女のような特例もあった。
キョロキョロと周りを見つめる少女は、まるで初めて外に出たような好奇心に満ちたものに見えた。
しかし、それは命子が受けた印象というだけでなく、実際にそうであった。
物心付いた頃からずっと病院の中で生活していたのだ。
横を通り過ぎようとする少女が、あっ、と小さな声を漏らす。
他のメンバーも気づいたようで、一団はその場で一時停止した。
「命子ちゃん!」
パァッと花が咲いたように笑う少女に、命子も笑顔を向けた。
「はぁあああっ! 龍滅の三娘が一人、魔導書士・羊谷命子!」
「同じく、騎士・笹笠ささらですわ!」
「NINJA・ナッガレー・ルルデース! んふふぅ!」
「新メンバー、魔導機工武術師・有鴨紫蓮」
「わぁっ!」
バババッとポージングを取る命子たちに、パチパチパチと女の子は小さな手を叩いて喜ぶ。
なお、紫蓮のジョブは適当抜かしているだけである。だって、棒術士ってカッコ良くないんだもの、と紫蓮談。
命子は時間を気にして係員に視線を送ると、微笑みを浮かべて頷き返してきた。
許可を得たので、車椅子の前で腰を落として、命子はお話しする。
「これからダンジョンに入るの?」
「はい」
「そっかそっか。冒険だね」
「はい、冒険なのです」
「おー、カッコいい装備だね」
「貸してもらえたんです」
元気に答える少女やそのパーティメンバーは、初級装備を纏っている。
レベル教育参加者はある程度の緊張感が残される仕様の装備だが、このパーティは安全性が最重要なのだ。
「魔導書で戦うんだ。超強そうだね」
「命子ちゃんと一緒なのです」
「フゥーッ、魔導書士だ。気を付けて行ってくるんだよ」
「はい! あのあの……」
命子の顔色を窺って、握手をしてもらおうとする少女。
「こういう時は、こうだよ」
命子は少女の手を取って、優しくニャンハンドに変える。
ぱぁっと笑顔になった少女と命子たち4人で、ニャンハンドをコッツンとくっつけた。
「頑張ってね」
「はい!」
そうして、やっぱり最後には握手を交わして、命子は少女と別れた。
命子たちやその前後の冒険者は、他の4組の少年少女たちにも同じように激励を贈った。
防御壁のゲートへ入っていく一団の後ろ姿を見つめて、命子は言った。
「良くなると良いね」
「きっと大丈夫ですわ。みんな強い目をしていましたから」
ささらの答えに、命子は深く頷いた。
ステータスに表記されている『魔力量』は、その人間の持つ全ての魔力ではない。
魔力10というのは、10の余剰魔力があるに過ぎない。
魔力は時としてスキルという形で体に宿る。
スキルを起動している魔力は、ステータス表記とは別枠で存在しているのだ。
それを証明するように、ジョブスキルで魔力が10減るジョブから、魔力が1しか減らない『修行者』に変更すると、ステータス上の魔力は9プラスされる。
そして、魔力はスキル取得だけではなく、スキルに関係ない肉体強化や生命力増強にも使われていると現在では判明している。
これらのことは回復薬を研究して判明したことだ。
回復薬は本人の魔力を消費して回復するわけだが、魔力が低い者が服用すると、余剰魔力を下限突破して、習得しているスキルが強制的にオフになり、さらにスキルとは関係なく身体能力が低下するのだ。
魔力の自然回復に伴って、身体能力の低下、スキル、の順に回復していき、最終的には余剰魔力もしっかり回復する。
つまり、ロリッ娘である命子が大人よりも力が強いのは、魔力が筋肉を補強しているというわけだ。
あの少女たちの魔力を高めて、どのような医療プログラムが組まれるのかは、命子には分からない。
けれど、一般ジョブの『女子高生』ですらしっかりと力が宿るのだ。
純然たる回復魔法は未だ発見されてはいないものの、人を治すことを志す者が就くジョブが、凄くないはずがない。
命子は、頑張ってね、と小さく呟いて一団の背を見送るのだった。
命子たちは14層に転移した。
ダンジョンの途中から入るのは初めてだったが、上手く起動してくれて4人は安心した。
「ふぅ、それにしても疲れた」
命子たちは一先ず座り、休憩に入った。
並び疲れである。
「もうそろそろ14層まで来ている人はいるのかな?」
消費した汗を補給するため、軽くドリンクタイムを取りつつ、お話。
「昨日軽く掲示板を見てみたけど、10層で大騒ぎしてた。ちなみに北海道ダンジョン」
「ほう、10層か。妖精店は一つの目標だからね。それにしても紫蓮ちゃんは掲示板とか見るんだね」
教えてくれた紫蓮に、命子が言う。
「普通にお話ししている掲示板は読み物としても面白い。荒れてる掲示板は見てると悲しくなる」
「へー、でもカルマのせいでネットの書き込みも荒れにくくなってるんじゃないの?」
「普通の掲示板ならそう。荒らしオーケーな掲示板だと普通に罵りあい。たぶん、意図的に言い合いをして住人の全員が楽しんでるんだと思う。素人が見るとビックリしちゃうから行くなら気を付けたほうが良い」
「SMクラブ的なあれかな」
「うん」
そんな会話をしながら、命子たちは探索の準備を始めた。
今回の探索では、秘密兵器を持ってきていた。
コメカミ辺りにつける小型カメラだ。
スマホでの撮影と違って、かなりの時間を撮影できる。
このカメラを装備する目的は、2つだ。
まずは単純にダンジョン探索の様子の撮影。
これが非常に需要がある。
ささらママが運営する攻略サイトの賑やかしにもなる。
そうしてささらママに提供すると、普通の女子高生では得られないような報酬が手に入る。
なお、攻略サイトはすでに法人化され、急成長を遂げている。
このサイトでの儲けの一部は、風見町の青空修行道場の活動資金にもなっている。
次に、対人トラブルが起こった際の証拠として。
現状で命子たちは最前線にいるため他の冒険者と会う機会は少ないが、この先もそうだとは限らない。
故に、今のうちにこういう機材の使用に慣れておく。
なお、ジョブ『見習い記録士』の上級職『記録士』になると、【動画撮影】というスキルを得られるが、機械でできることなので取る予定は今のところない。
というわけで、今回は試験的にカメラ装備での探索だ。
ぶっちゃけ邪魔だった。
ちょっとやそっとではズレないように調整してもらっているが、慣れないスカーフを首に付けられちゃった犬になった気分だ。すんごく気になる。
「それじゃあ、ウォーミングアップして、16層まで一気に行こう」
14層は敵が3体編成だ。
まずは2人ペアで戦闘をしていき、調子を確かめつつ、ギアを上げていく。
そうしてある程度まで身体を温めると、1人で戦って完全にダンジョン探索の脳に切り替える。
今回の探索の目的は、ダンジョンクリアだ。
故に、1人で戦うのはほどほどにして、ガンガン進んでいく。
本日のそれぞれのジョブは。
命子、ささら、ルルが『冒険者』で、紫蓮が『見習い魔導書士』だ。
『冒険者』のジョブスキルの一つは術理系を選択できるのだが、ささらとルルは【拳の術理】を選択した。
【拳の術理】は徒手空拳全般に適用されるのだが、単純に【剣の術理】を選んでしまった命子はその手があったかと後悔した。
『見習い魔導書士』になった紫蓮は、魔導書と親和性も高く、中々に強い。
なお、紫蓮が持っているのは水の魔導書だが、本日は命子から火の魔導書を借りて、この2冊を装備している。
そうして敵を倒しながらしばらく進むと、命子たちは新しい修行を始めた。
ランニング探索だ。
ダンジョンは必ずしも歩いて探索できるとは限らない。
この先、フィールドボス的な魔物から逃げながら探索することもあるかもしれない。あるいは遺跡探索でよくあるデカイ岩から逃げるとか。
だから、死ぬ心配の少ない今のうちにそんな訓練もしておこうということから、こんな修行をしてみた。
確実に25層まで探索したいという気持ちもある。
陣形は、素早さに特化しているルルが先行だ。
特殊部隊がやるようにルルが先行して曲がり角まで行き、角の先に敵がいるか調べる。
そして、すぐさまハンドサインだ。
敵がいない場合は、普通に言葉でいない旨を伝える。
片手をグーの形で上げた場合、敵はいる。
指を立てた状態で上げた場合、指の本数が魔本の数を表示。
手を振っている場合は、角のすぐそばに敵がいる。
両手を振っている場合は、一先ず止まれ。
ヤバい事態ならハンドサインはなく、ルル自身が逆走する。四の五の言わずに、全員で全力で逃げる。
ルルの後ろ20メートルほどを追いかける形で、ささらが続く。
接敵した際に一番ターゲッティングされやすいのは、単純に一番近い者だ。
ささらは防御力が高く、かつ近距離戦に特化しているので安定して任せられる。
その後方で、命子と紫蓮が同じペースで進む。
ルルが、手を上げる。立てた指は1本。
曲がり角のすぐそばには敵はおらず、かつ魔本が一体いるらしい。
そう理解した3人は、そのまま曲がり角を飛び出す。
30メートルほどの廊下の中間に敵が3体見えた。
魔本、カラコロニワトリ、オタマジャクシだ。
まずはルルが速攻で魔本を始末し、そのままルルは次の曲がり角まで行く。
他の魔物から一時的にルルがターゲッティングされるが、どんどん離れていくため、標的が変わる。
「ささら、ニワトリ! 紫蓮ちゃん、オタマに魔法!」
命子の指示に、すぐさま2人は対応する。
ささらは左側に移動し、カラコロニワトリを斬り捨てる。
紫蓮は右側に移動し、絶対にささらに当たらない位置取りになると火弾を射出した。
G級ダンジョンで一番怖いのは、フレンドリーファイアだ。
紫蓮だけではなく、全員が仲間に攻撃が当たらないように気を付けている。
ルルから始まった一連の動きは、実にスピーディかつスタイリッシュ。
そうして、命子は、光になって消えた敵が残したドロップを回収しながら、はわはわする。
あーわわわ、リュックに入れられない、リュックに入れられない!
「待ってぇ、みんな待ってぇ! あっ、あー!」
慌てたせいで魔石を蹴り飛ばし、凄い勢いで通路を転がっていく。
さらに気を取られ、カラコロニワトリがドロップした肉を落とし、そのまま蹴り飛ばしてしまった。
不思議なラップに包まれたお肉だが、ここまでの打撃を加えると普通に破ける。
「集合してください!」
お肉を適当に合成強化して消費した命子の呼びかけに、先行していたみんなが集まった。
「ドロップ拾いが大変です!」
「遠くで見てマシたけど、お金をぶちまけた悪党みたいになってたデス!」
「んふす……っ!」
ルルの喩に、紫蓮が噴き出す。
命子は、紫蓮ポイントをゲットされて悔しがった。
「走りながらの探索をするなら、ドロップを全部捨てるくらいの覚悟じゃないとダメですわね」
「だなー」
「でもあまりに勿体ないですわね」
4人で話し合い、作戦を変える。
スピーディに戦う訓練は変わらないが、戦闘を終えたら、落ち着いてドロップを処理することに決めた。
リュックに仕舞うなり、合成強化するなり。
再開したランニング探索・改は、時間短縮という側面でかなりの効果を上げた。
ダンジョンは一本の通路が50メートルほどの場合もある。
少し走るだけでも大分違うのだ。
最初のうちはドロップの処理に手間取っていたが、次第に慣れ始める。
戦闘も上手くなった。
走りながらの戦闘は、敵の攻撃を短時間で見極める必要がある。
極端な例で言えば、ジェットコースターに乗って進行方向から迫りくる物体の動きを予測する感じだ。もちろんそこまでのスピードは出ていないが。
ささらとルルは、この技術に高い適性を示し、一つの技でも見ているような動きで敵を両断していく。
命子と紫蓮は走り方がアニメの疾走してるキャラみたいで非常にカッコいいが、この技術の適性は人並みだった。
両者の違いは、接敵時の踏み込みの仕方や剣をどこに配置しているかだ。
ささらたちは、踏み込んだ時のつま先の向きが、助走から生み出されるエネルギーをどのように使うか考えたものになっている。
助走と腰の捻りから生み出される強烈な一撃を入れ、その一撃から生み出されたエネルギーをさらに次の疾走へ変換する戦闘走法だ。
命子たちは、ほぼ通路に対して並行につま先を向けているため、攻撃が単調になっていた。
身体スペックと武器性能に頼って、なで斬りして駆け抜ける感じである。
ちなみに、倒し終わったらドロップは拾うので、駆け抜けてもちゃんと止まる。
そんな行軍を続け、命子たちは14層、15層と早いペースで駆け抜けていった。
読んでくださりありがとうございます。
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