1-4 唐突な2択
よろしくお願いします。
本日は5話投稿する予定です。
明日以降は、1話か2話程度になります。
行き止まりの奥の奥にさっきまで居た命子は、角を一つ曲がってからふぅっと空を見上げた。そこには空の代わりに天井があった。ダンジョンだもの。
ダンジョンは厳しい世界だ。
ラノベで読むような、キラキラした冒険譚ばかりではない。
ダンジョン探索には、文章の行間に隠された現実的な出来事が多々あると、命子は知った。
ダンジョン行に入ってから5時間も経過しているんだから、いろいろあるのだ!
そんなこんなで5時間が経ったので、命子はステータスを見てみることにした。
ステータス表示は最初こそテンションが上がったけれど、あまり変化がないので、今では1時間に一回チェックする程度になってしまった。
するとどうだろう。
魔力が1上がっていた。
……全くもって変化に乏しい。
とはいえ、こんな風に『最大魔力量』はちょっとずつ上がっている。
たぶん、【合成強化】で使いまくっているので鍛えられているのだろう、と当たりをつける。
またレベルが上がった際にもボーナスなのか少しだけ上昇する。
「私は強いのかな? 頑張ってね?」
命子は己の貧相な胸の間をなでなでした。
己という存在は胸に宿ると命子は思っているらしい……かどうかは本人のみぞ知る。
そんなことがありつつ、命子はついにやり遂げた。
命子的には7割が完成したと推測するくらい地図が描き込まれた頃、それは現れた。
赤い渦と青い渦が、2メートルほど離れて隣り合って設置されていたのだ。
今までは石作りの通路ばかりで、唯一発見したのは宝箱くらいのものだっただけに、凄い発見だった。
「ひゃっふー脱出口かなかなカナブン!」
命子は、新発見をしてテンションアゲアゲなのだ。
カナブンが飛んでこようものなら、ひぇってなるクセに。
さて、2つの渦だ。
命子には脱出するためのゲートに見えた。
罠の可能性は十分にあるし、それどころか新種の敵の可能性すらもある。
けれど、ゲームだったら高確率でゲートだろう。
もしくはセーブポイントか回復の泉。
すでに6時間は歩き回っている。
ポシェットの底は魔石がじゃらつき、お腹も少し空いてきた。
脱出できるなら一先ず帰りたい。
「ふむ! ふむふむ……ふむっ!」
問題は……
「まるで分からぬ! どっちが脱出ゲートなのさ!?」
ズビシと指を突きつけるが、2つの渦はうんともすんとも言わずグルグル回っているばかり。
そこにあるのは青と赤の2つの渦。
今まで次の階層に行く階段などはなかったし、察するに片方がネクストステージへの切符のように思える。
「え、冗談でしょ? こんなに頑張ったのに運ゲーを強いられるの?」
そもそも転移ゲートでない可能性すらもあるし。
「くぅ、これが先駆者の苦悩か……っ!」
先駆者の道筋に攻略本などありはしない。
彼らの歩いた道に、攻略法が転がるのである。情報提供すればだが。
命子は考えた。
「赤は危険色だ。更なる修羅の世界に続いてそう。ならば、青! けれどその一方で、巫女さんも鳥居も赤いのが多いなっ! ……うむ、分からぬ……まるで分からぬっ!」
考えても分からぬものは分からぬのだ。
とはいえ赤はやっぱり怖いので、青へ飛び込んでみることにした。
そもそも、中に入れば『帰りますか?』とか『次の階層に行きますか?』とか尋ねられるかもしれないし。
命子が青い渦に飛び乗ると、渦の外縁に沿うように光の柱が立った。
意思などは確認されず、問答無用で転移の様子。
命子は薄青い光に包まれ――
次の瞬間、緑色の迷宮の中に立っていた。
「とぅーびーねくすとすてーじ……」
日本人らしい発音で、命子は呟いた。
新たなステージは、緑色だった。
一層目が石作りだったのに対して、二層目は床、壁、天井に20センチくらいの背丈の草が生えているのだ。
一層のように迷路になっているかは現状では分からないが、とにかく物凄くワサワサしている。
とりあえず、命子は飴ちゃんを舐めることにした。
命子唯一の食料である。
ポシェットから飴を取り出たところで、ふと思いつく。
「これにも【合成強化】が使えるのか……」
【合成強化】は非生物であり、自分の所有物なら、なんにでも使用できる。
事実、飴ちゃんに合成用鑑定を掛けてみれば、『0/25』と出た。
命子は徐に生い茂る草をブチっと毟った。
それにも合成用鑑定を掛けてみると『0/25』と出た。
命子は改めて己の内面に問いかけて、スキルの内容を再確認した。
そして、頷く。
【合成強化】は、強化した物の本質は変えない。
鉄の剣ならオリハルコンを合成しても鉄の剣のままだ。もちろん、切れ味や強度は格段に上がるが、鉄の剣であることは変わらない。
ならば、迷宮の雑草がたとえ不味かろうと有毒であろうと、合成素材にしてしまえば何も心配はない。
【合成強化】の仕組みを再確認した命子は、フルーツ飴に迷宮産の雑草を合成した。
フルーツ飴『8/25』が出来上がった。
カテゴリーが似ていたのか、ゴミのくせして強化率が高かった。
フルーツ飴自体のレアリティが低すぎて、とても上がりやすいというのもあるかもしれない。
これで飴ちゃんの効能がどれほど高くなったか分からない。
しかし、ノーマルよりは良いだろう。
命子は飴ちゃんを口に放り込んだ。
第二層の冒険を始めた命子。
手帳のメモページも新たにし、地図を描き始める。
初めての層で油断はできないので、地図を描きつつ命子の視線は警戒を強めている。
ほどなくして、草の中に花を見つけた。
大きな白い花だ。
普段の命子なら、うふふっと優しい気持ちになるところだが、第一層をクリアした彼女は『命子ちゃん修羅バージョン』である。
魔導書でとりあえず花の周りの床をぶっ叩きまくる。
敵でないならば花は採取するつもりだが、敵ならばこうしたら飛び出してくるかもしれない。
命子の読み通り、草の中から根菜みたいな生物が飛び出してきた。根菜部分に手足と顔がついており、その頭には先ほどの白い花が一輪乗っかっている。
『ピヤァアアアアア!』
根菜部分にある顔が般若のように歪み、絶叫と共に、のこぎりのようなギザギザした小さな歯を見せつけてくる。めっちゃキレている。
「うるせぇ、ぶっこぉすぞ!」
命子ちゃん修羅バージョンは、その名の通りロリの皮を被った修羅。
さっきの青と赤の2択が命子をそうさせたのだ。ぶっちゃけムカついていた。なんで青がネクストなのか。
国によって、色の感じ方が違うというのはままあるので、命子のこの考えも万国共通で通じることではないのだが。
命子は魔導書を操り、根菜生物をボコボコにする。
しかし、1層の敵なら3発で沈む攻撃を、根菜生物は5発受けても耐える。
それどころか、攻撃を受けつつも少しずつ前進して、操っている命子に向けて飛び掛かってきた。
2層になって敵が格段に強くなる可能性を視野に入れていた命子は、慌てず騒がずミニハサミを握りこんだ鉄槌を根菜生物の側面に叩きつけた。顔の位置からして、人で例えるならコメカミに当たる部分だ。
カンストしたミニハサミは、根菜に突き刺さり、その口から絶叫を上げさせる。ついでに刺し口から野菜汁がプシャッと噴き出た。
そのハサミを操る命子の手には、今では指貫手袋が嵌められている。それだけで自分がスタイリッシュな戦闘している気分になれた。
叫ぶことで仲間を呼んでいるんじゃないかと怖くなった命子は、頭にハサミが突き刺さってジタバタする根菜を地面に降ろし、靴で顔面を踏みつけ、ハサミをガンガン叩きつけた。
1層でバネ風船や魔本と戦った経験が、魔物の処理の手際を非常に良くしている。特にマウントの取り方が上手い。
もはやこの所業を見て、命子を額面通りのロリっ娘という者はおるまい。
朝の通勤通学で命子を見て萌え萌えしていた近隣地域の少年やオッサンたちよ、あの庇護欲を掻き立てる可憐な少女は死んだのだ。
「はぁはぁ、HPが高い……っ!」
しばらくの暴行の末、命子は根菜生物を倒した。
足の裏で光になって消えた後には、根菜が落ちていた。もちろん魔石も。
「直球だなぁ」
とりあえず、ポシェットにインだ。
食べられる物か分からないけれど、少なくとも限界までは食べたくない。
最悪、フルーツ飴に合成しようと決める。『0/25』だし、一回でカンストするかもしれない。
「だけど、あーいう敵が出てくるとなると……」
命子は中途半端に独り言を口にする。
音が少ない迷宮内で、心細さが凄いのだ。
けれど、思考を全部口にするのはかったるいし、敵をおびき寄せかねない。
だから、こんな風に中途半端に独り言を言うのだった。
今回の思考は、『あーいう敵が出てくるとなると、魔導書で薙ぎ払いながら歩いたほうが良いかな』であった。
今回はたまたま花が目立つ敵だったが、そこらに生えている草を頭に乗っけて潜んでいる敵がいるかもしれない。
そう考えた命子は、早速、魔導書で床をビシバシ叩きながら歩き出した。
ほどなくして、前方の草むらで光の粒が立ち上がった。
ギョッとして確認すると、そこには消える直前の蛇の死体があった。
「ふぇええ、じょ、冗談でしょ?」
偶然にもビシバシやっていた魔導書で叩き潰したらしいが、第二層には蛇が居ることが知れた。
別に命子はヘビが苦手ということはない。
咬まないのなら、掴めと言えば掴めちゃう。
けれど、ダンジョンの蛇は高確率で咬んでくるだろう。
毒の有無が心配過ぎる。
「うーむ、一撃で倒せたからには……」
今の蛇は魔導書アタックで一撃だった。
2層目なのに、1層目の敵よりも紙装甲なのだ。
ゲームなら、そういう敵は厄介な能力を持っていることが多い。
隠蔽性が高かったり、単純に後衛魔法特化であったり、状態異常を持っていたり。
いや、現実の地球でも同じであろう。
踏めば潰れる小さなカエルでも、その身に凄まじい毒を宿したりするし。
ものが蛇だし、命子は毒があると決めて掛かることにした。
「ううぅ、ここが私の墓場か……っ」
迷路で四方が草むらとか卑怯だ。蛇が隠れるところがいっぱい過ぎる。
命子はここにきて、死を間近に感じ始めた。
今倒した蛇は、蛇の皮を落とした。
倒した蛇と同じ皮なのか、1メートルはある帯状だ。
命子はそれでハイソックスを強化した。
今までカテゴリー外の素材で強化していたので、服系の装備は低レベルのままだったのだが、蛇の皮は服系の素材に高い強化を施した。
『ハイソックス 35/100』
命子はその数値を見て、推測した。
ミニハサミに初めてバネを合成した時は、『25/100』になった。
ハイソックスは元々『5/100』で、それに蛇の皮を合成すると『35/100』になった。
「2層の敵のアイテムのほうが強化値が高いのかな?」
他の要因も考えられる。
ミニハサミとバネが『良』で、ハイソックスと蛇の皮が『最良』の可能性だ。
命子は首を振るった。
この危機的状況で検証することでもないな、と。
命子は、パーカーのフードを被っておくことにした。
蛇が木の上から落ちてくる、なんて話を聞いたことがあったのだ。
2層目の天井は、床と同じで草が生い茂っている。何かしらのパワーで蛇が天井にいないとも限らない。
フードを被っていれば、服に入り込まれる心配は減少するだろう。
命子のフードは、ネムネムした羊の顔が描かれている。
自分の苗字に名前が入っている動物だけに、結構好きなのである。しかし、残念ながら本物の羊を見たことはなかったりする。
ほどなくして本当に落ちてきた。
「ひぇああああああああああ!」
幸い、その蛇は不器用だったのか、牙を立てられることはなかった。
命子の肩に尻尾を叩きつけ、蛇はそのまま地面に落ちた。
命子は悲鳴と共に飛びのいて、魔導書アタックを乱れ撃ちする。
壁に這いあがる蛇の姿を見つけた命子は、すぐさま魔導書アタックの軌道を変える。
光の粒になって消えた蛇を確認し、命子はへたりと座りこんだ。
「ひぅうううう、本当に天井から来るなよぅ……っ!」
万が一のつもりだったのに、フラグ回収が即行すぎる。
命子は目じりに溜まった涙を拭い、蛇のドロップを手に取った。
また蛇の皮だ。
今度はそれをパーカーに合成する。
『白いパーカー 37/100』
この37という強化値が本当にどれほどの効果があるのか。
蛇の牙を通さないだけの強度になっているのなら安心なのだが……それを試すのはリスクが大きすぎる。
それにしても、と命子は肩を摩る。
実は今の一撃は、そこそこ痛かった。ほんのちょっと当たったテイルアタックなのに、半開きのドアに肩をぶつけたくらいの衝撃があったのだ。頭や顎に当たっていたら、グラグラさせられただろう。
状態異常を持っていると思しき紙装甲の蛇ですらこれなのだ。根菜マンの攻撃はいったいどれほどの威力になるのか。
少し気が緩んでいたし、しっかりしよう。
命子は、ふんすと気合を入れた。
それから根菜マンを2匹、蛇を1匹倒し、命子は新たな敵と遭遇した。
ソイツは、まるで大きなマリモみたいな生物で、『私は植物ですよ』と言わんばかりにひっそりと佇んでいた。
実際に、様々な植物が入り乱れる森の中を歩いていたら、命子も気づかなかったかもしれない。
しかし、2層は背の低い迷宮雑草ばかりが生い茂る場所なので、丸いオブジェは非常に目立った。バスケットボールくらいの大きさはあるし。
命子は、そっと近寄り、魔導書アタックを敢行した。
怪しい者は殺すとばかりの先制攻撃だ。
命子の攻撃で化けの皮が剥がれたその魔物は、バスケットボールに緑色の毛が生えたような見た目だった。
擬態を解くと、身体を大きく伸縮してボヨンボヨンと弾んだ。
一見すれば弱そうであるが、バネ風船のジタバタパンチや蛇のテイルアタックですら命子には痛かった。
どういうダメージ算出が行われているか知らないが、ダンジョンの魔物の攻撃は舐めたらダメだ。
だから命子は問答無用で魔導書アタックを続けた。
しかし、魔導書アタックはソイツに効かなかった。
地面に身体を弾ませて跳ねる性質上、打撃に対して強い耐性があるのかもしれない。
とはいえ、滞空時にヒットするとふっ飛ばすことができるので、命子はその隙に逃げることにした。
ダンジョン行で初めての撤退。
「おのれ、フサポヨめ。次に会う時が貴様の命日だ」
悔しい思いをした命子は、捨て台詞を吐き捨てる。
なお、フサポヨは命子命名。
フサポヨとの戦いでその道が封鎖され、命子は仕方なく別の道を探索した。
すると、運のいいことに宝箱を発見した。
わーい、と命子は宝箱を開けた。
この少女、1層目で罠の可能性を考えて反省したのにすでに忘れている模様。
宝箱が発する魅了効果に命子は耐性がないのであった。
だって、まだ15歳だもの。色んな欲が芽生える季節なのだ。
幸いにして罠もなく。
「ふぉおおおおお、け、剣だぁ! か、カッコいい!」
なんと、宝箱の中には剣が入っていた。
「うへへへへっ、あっしにも運が向いてきましたね」
三文芝居を終えた命子は、早速、剣を鞘から抜き放った。
「ふ、ふぉおおおお!」
顔の前に真っすぐ立てた輝く刃。
15歳の少女のテンションはこれでもかと上がった。
分類はサーベルに近い。
ナックルガードから伸びた刀身は緩やかに湾曲しており、刃を煌めかせている。
なんにしても、これはデカイ。
ぶっちゃけ、ミニハサミで戦っていた自分は中々に狂気の沙汰だと思っていたのだ。
命子はとりあえず、記念撮影することにした。
宝箱にスマホを置き。
「命子、ウェイクアップ!」
片手剣を両手で頭上に掲げて、キメポーズ。
満足した。
というか、満足して早々に冷静にならなくてはダメなのである。
なにせ、ここはダンジョンなのだから。
読んでくださりありがとうございます。
10時ちょい過ぎに次話を投稿します。