4-15 プール
本日もよろしくお願いします。
「ユネルゴー!」
「「「ユネルゴー!」」」
修行部部長の掛け声に、多くの女子たちが呼応する。
施設の入場口前で天に向かって手を突き上げるさまは、控えめに言ってアゲアゲだった。
本日は修行をお休みにして、夏の思い出作りにトライである。
受験勉強で受けた精神的負荷を癒したい修行部部長の発案だ。
参加者は風見女子の生徒が主だが、修行場を通して仲良くなった中学生や小学生もチラホラいる。
他にも引率者という名目で、大学生のお姉さんやお兄さんもいたりする。
女子大生や女子高生が多く参加するというだけあり、お兄さんたちのやる気は凄まじい。
命子たちは、萌々子とクララ、さらにそのお友達を引率している。
なお誘ったけれど紫蓮は不参加。一昨日家に帰ったばかりなので、さすがに控えたようだ。
場所は風見町から電車で30分ほどの場所にある巨大複合施設、箱野ユネルゴだ。
温水プール、温泉、野外プールと水遊びに特化した施設である。宿泊もできるが、本日は日帰りだ。
施設前での儀式を終えた一行は、入場料を払い、男女で分かれてお着替えだ。
小学生たちがお姉さんたちの姿を、はわー、と見つめたり、反対に大学生や高校生は恥ずかしがりながら着替える年下の子たちを生暖かい目で見つめたり。
総評して、女子更衣室はキャッキャしていた。
そんな中で、命子は黙々と着替える。
周りを見てしまえば悲しくなる。それはささらたちと付き合う中で学んだことだ。
萌々子はまだ希望を捨てていないのか、はわー組だ。
お前はこっちサイドなんだよ、と命子は涙が出そうだった。
そうして着替え終わり、プールへ出ると。
「「「おーっ!」」」
先に着替えを済ませて待っていた男子たちが歓声を上げる。
それはそうだろう。参加しているのは女子が圧倒的に多いのだから。
ぞろぞろやってくる自分と同じグループの女子たちの麗しき姿に、テンションが上がらないはずがない。ハーレム系の主人公になったんじゃないだろうか、そんな錯覚さえ過る。
「「「お、おー……」」」
しかし、その歓声はどんどん小さくなる。
引き気味、とも言える。
女子の人数が多すぎるのだ。数における戦力差が開きすぎている。
下手なことをするとボコられるんじゃないかという錯覚が過り始める。
そんな中で特に注目を集めているのは、やはりささらとルルだ。
ささらは、あまり露出したくないのでタンキニだ。
黒地に花柄の大人っぽい印象のものである。
ルルは、バンドゥビキニだ。
白い肌をブルーの布が隠している。おヘソフルオープンのオラオラ仕様である。
2人とも胸が大きく、腰はくびれ、さらに足が長いものだから、一緒に来た男子どころか他の客からも注目されている。修行の影響で全身がキュッと引き締まっているのも要因の一つだろう。
ささらはタンキニなので分かりづらいが、ルルはオラオラなので凄い。
他の女子高生や中学生たちも結構大胆な水着を着ており、非常に華やかだ。
小学生も胸元にフリルがついたビキニタイプを着ている子が多く、お洒落さんだ。
命子も胸元にフリルがついたビキニである。恐らく混ざればパッと見では年上だと分からないだろう。おのれぇ……っ!
「それではみなさん。集合時間は16時です。はしゃいでケガなどないように、楽しく遊びましょう! あと、知らない人に声を掛けられてもひょいひょいついていかないように気を付けましょう!」
修行部部長がみんなに言う。
周りの客は、あの集団が一つのグループなのかよ、と驚いた顔。
自由行動となり、命子たちは仲間内で仲良く遊ぶことにする。
命子、ささら、ルル、妹とその友達、そして修行部部長と他数名だ。
「それじゃあ準備運動をしましょう!」
命子はお姉ちゃんなので、うずうずする小学生を制止してちゃんと準備運動させる。
準備運動が終わると、早速プールへゴーだ。
「「「わーっ!」」」
わらわらと小学生たちがプールに入っていき、ぬるーい、とキャッキャする。温水プールなのだ。
この時期だと屋外プールも開放されているのだが、日焼け止めを塗るのが面倒なので屋内プールの利用者は多い。
命子とささらもプールに入った。
「おー、25度!」
「はー気持ち良いですわ。このくらいが丁度良いですわね」
「学校のプールは冷たすぎだよねぇ」
そんな風にささらとお話ししながら水に慣れる命子の下へ、部長がやってきた。
「ふひゃー! ひゃひゃーい! うぇいうぇーい!」
「ど、どうした部長!?」
プールに入るなり、部長が大はしゃぎし始めた。
サムライガールみたいなキリリとした顔立ちの先輩なのに。
ちなみに、ホルターネックのビキニだ。
「どうしたもこうしたもないのよ。夏期講習が毎日毎日……怯える!」
地球さんがレベルアップしても、現状で魔物が地上に出てきているわけでもないので、人々の生活はそう変わらずに継続中だ。それは受験勉強も同じだ。
部長は、受験勉強と修行を両立させていた。
というよりも、運動するのが適度に気分転換になったのだ。
前までの部長だったらそんな体力はなかったけれど、スタミナが増えたことでそれを可能にしていた。
とはいえ、せっかくの夏休みが夏期講習で消えていくのは、空恐ろしいものがあった。
「そうか、辛かったな。まあ一杯飲めよ」
命子は手でプールの水を掬い、部長に差し出した。
「おーっとっと、これはすみませんね。そーい!」
手を引っ叩かれた。
「羊谷さん、今日は遊ぶわよ!」
「全力ですね」
「全力よ!」
ジャボーンと部長は水に潜り、わちゃわちゃ手足を動かした。これが全力の遊びらしい。溺れているようにしか見えない。
「シャーラァ、メーコォ……」
部長を相手していた2人に、ルルが声を掛ける。
ルルはプールサイドでうろうろしている。
運動が非常に得意なルルだったが、泳げなかった。
キスミアには海がなく、川の水も冷たいため、昔から泳ぐことがあまり盛んではなかったためだ。
ルルもまさか自分がここまで泳げないとは思っていなかったようで、夏休み前に行った水泳の時間にはあっぷあっぷとしてしまった。
「ルルさん、ゆっくり入っていらっしゃいな」
「ニャウ……」
夏っ! と言わんばかりの格好をしているのに、ビクビクしながらプールに入るルル。
「じゃあ今日はルルさんが泳げるようになるために修行ですわね」
「ニャウ。ビート板は卒業デス」
そんな2人の背後で、命子はチャポンと水に潜った。
命子も決して泳ぎが上手なわけではないが、昔から水は恐れない子だった。
水の中で目を開けて、すいーっと2人の近くに忍び寄る。
チャポンと顔を出して、2人の顔を見上げる。
特に何も思いつかないまま、またチャポンと潜水した。
ルルが水に慣れていないので、過激なことはできないという理性が働いてしまったのだ。
はたから見れば謎の行動だが、箸が転がっても笑える年頃のささらとルルはキャッキャと笑う。
命子はまたすいーっと水の中を移動して、見知った水着を見つけた。
部長だ。
受験勉強のストレスでキャッキャに飢えているらしいので、命子はそのお手伝いをすることにした。
こしょこしょこしょと、脇腹をくすぐる。
ビックリして身体を捩る部長に満足した命子は、チャポンと顔を出した。
顔に付着した水を拭って、どうどう、ビックリした? と笑顔を向けてみれば、そこにいたのは全く知らない人だった。
「あーわわわ、まま、間違えました。ごめんなさい!」
命子はチャポンと潜水して逃げた。
そして、今度こそ部長の下へ行く。
「ちょっと部長!」
「ふにゃにゃにゃにゃ!?」
「ストレスがたまり過ぎて人語を忘れてる!?」
先ほどの女性のように脇腹を擽ったわけではないのに、謎の反応を返す部長。
勉強疲れで可哀想だけど、命子だって怒っているのだ。
「紛らわしい水着着ないでください! 知らない人にこちょこちょしちゃったじゃないですか!」
「酷いイチャモン!? そんなに似てたの?」
「はい。たぶん一緒のヤツ」
「えーそんなぁ!?」
多くの女子は他人と服装がダブりたくない生き物だ。
特別な服装である水着ならなおのことである。
「命子お姉さま! あれあれ! あれに一緒に乗りましょう!」
イチャモンをつける命子の下へ、クララや萌々子たちがやってきた。
小学生たちが指さすのは、ウォータースライダーだ。
屋内なので超巨大というわけではないが、この場に来てすぐに注目できる程度には大きな滑り台であった。
命子も水に身体が慣れたら挑戦したいと思っていたものである。
「おー、行きましょう! ほらみんな、ぼさっとしてないで!」
「部長のやる気が凄い件」
小学生たちを引っ張って、部長がわーいとウォータースライダーへ行く。
命子ではないものの他のお姉さんに遊んでもらえる小学生たちは、嬉しそうである。
キャーキャーッと可愛らしい声を上げながら、浮き輪に乗ってウォータースライダーを滑走してくる女子たち。ポロリはない。
命子はクララのリクエストで、一緒の浮き輪に乗って滑走だ。やはりポロリはない。
流れるプールや波のプールで浮き輪に乗って遊んだり、ウォータースライダーをおかわりしたり、ちょっと通ぶって温泉ゾーンでまったりしてみたり。
女子が多いだけあって、ナンパされる子もチラホラいた。
すぐさま一緒に来ていたボディーガードなお兄さんたちが、わらわらと登場して撃退していく。
そんな中には、ささらやルルの姿もあった。
ナンパする側も、クソ可愛い子がいる程度の認識で、有名人とは思っていなかった。
しかし、ささらたちは軽い威圧を放出できるまでになっているため、回れ右したり、おトイレの場所を教えてもらって退散することになる。ナンパ未遂であった。
一方、命子はナンパされなかった。
ちゃんとお断りの文句も考えていたのに、されなかった。
別にロリッ娘だからではない。
男性が近寄ろうものなら、クララや小学生たちが、死にたいと思えるほどの冷ややかな眼つきで、見つめ続けるからであった。
水着姿の成熟してない女の子たちと揉め事を起こせば、下手しなくても事案である。
そんなこんなで、楽しい時間は瞬く間に過ぎていった。
「じゃーねー!」
「バイバーイ!」
「お姉ちゃんまたねぇ!」
風見駅で降りる小学生たちが、今日遊んでくれたお姉さんたちにお別れする。未だ電車に乗っているお姉さんたちは風見女学園に別の市から通っている子たちだ。
電車の中から笑顔で手を振る女子高生たち。
彼女たちは、小学生と遊ぶなんて修行場に通い始める前は考えもしなかった。
女子高生は同年代の友達や彼氏と一緒にいるのが当たり前だと思っていたのだ。
けれど、素敵素敵と小学生たちから尊敬の眼差しで見つめられるのは、これが中々どうして気持ち良かった。
本当は君たちと同じでまだまだガキなのよ、という心境を隠して、女子高生たちは素敵なお姉ちゃんたらんと頑張った。
女子高生たちは気づいていない。
自分たちも楽しみつつも、小学生たちに危険がないようにしっかりと引率していた彼女たちは、下手な社会人よりもずっと大人であったと。
そんな女の子たちは大学生のお兄さんたちの目には実に魅力的に映った。水着補正も加わってマシマシでズドンだ。本気になっちゃう。
とまあ、そんなラブストーリーが両者間で成立するかは分からないが。
風見駅で降りた風見町組は、改札を出て解散となった。
ここでもやはり近所の小学生を送っていってあげる女子高生や中学生がおり、絆が育まれていく。
命子たちもまた、萌々子や近所の子を連れて帰路についたのだが。
「ハッ!? 今日はスベザンの新刊が出る日だ!」
本屋の前で、命子は重大なことを思い出してしまった。
というわけで、ぞろぞろと本屋に入っていく。
この本屋は、駅やカプセルホテルから近いので、密かに大繁盛している本屋だった。
「いらっしゃいま……せぇー」
変な挨拶をする店員に、女子たちが一斉に顔を向ける。
「あーっ! 馬飼野の兄ちゃん!」
それは命子の修行の最初期から一緒に修行している、1キロで帰る兄ちゃんだった。
兄ちゃんは気まずげな苦笑いをしつつ、片手を上げて挨拶する。
もう一度言うが、ここはカプセルホテルからも近い。
つまり、命子のことを知っている人が多数来店している。
命子と遭遇できる確率は高いと専ら噂の風見町。なにせ地元なので。
賑やかになりにくい本屋という空間に、ざわつきが広がる。
えっあれ、命子ちゃんじゃね?
っていうか、命子ちゃんから親し気に挨拶されるあの男は誰だ?
そんな風に、中々の注目度だった。
「なになに。兄ちゃん、ここで働いてんの?」
「う、うん、そうだけど。命子ちゃん、俺、仕事中だから。ちょっと勘弁して。い、いらっしゃいませー」
「おーっと、お仕事の邪魔しちゃ悪いね。じゃあ頑張ってね」
「ああ、またね」
そうして命子は少し離れた場所まで行き、ささらと共に腕を組み、レジを打つ兄ちゃんを見つめて、うんうんと頷く。
「本屋さんで働くとは。やはり我らが見込んだ男だね」
「そうですわね。修行とお仕事を両立してさすがですわ」
「ヤツの棒捌きは最近鋭くなってきてるデスよ」
2人の下にルルも加わって、3人でうんうんと頷く。
「あの人、ちゃんとお仕事してるんですね。偉いです」
修行道場の創設メンバーであるクララやその友達もまた、兄ちゃんの働きぶりにうんうんと頷いた。
JSからJKまで、たくさんの女の子にうんうんと頷かれる謎の店員が爆誕した。
「お、お姉ちゃん、ここエッチな本のコーナーだよ!」
「ハッ、やばい! 逮捕されちゃう!」
萌々子の焦った声に、命子たちは慌てて漫画コーナーへ移動した。
なお、ルルがささらの目をササッと隠していた。
読んでくださりありがとうございます。
【連絡】次の1回はお休みさせていただきます。次回の更新は、火曜日になります。申し訳ありませんが、よろしくお願いします。