4-12 帰還後作業とお寿司
本日もよろしくお願いします。
帰還ゲートの渦に入った命子たちは、見覚えのある広場に出てきた。
周りを防御壁で囲われたダンジョンの入り口がある広場だ。
もう時刻は19時を回っているのに、依然として入場者で活気づいている。
すでに冒険者特別デイは終わっているので、顔ぶれはレベル教育を受ける人たちがメインだ。
帰還者が帰ってくる場所はポールと綱で入場者側と区切られており、命子たちはその場所の一画に出現した。
帰還したそばから係の人に誘導されて、来た時とは別の出口から防御壁の外へ行くことになる。
帰還者が出てくるゾーンに人が溜まりすぎると、帰ってくる人がダンジョン内の赤い渦の中で待機状態にさせられてしまうためだ。
入る人も多ければ、帰ってくる人も多い。
忙しなく人が動くので、命子たちが帰ってきても大騒ぎにはならなかった。なので、ダンジョンから帰還した際のいつもの名乗りはない。
とはいえ、同じタイミングで帰ってきたレベル教育の中高生が、命子たちにかなり興味津々な様子であった。
ダンジョンから帰ってきた人の行く場所は2通りだ。
レベル教育を受けた人は、指導員と共に近くにある自衛隊の大天幕へ。ここで貸し出された装備を返却したり、アンケートを受けたりする。そうして解散だ。
ちゃんとした建物でないのは、まだ工事段階だからである。
冒険者たちもまた、大天幕へ行くことになる。
これは買取や武具の所持申請などができる場所だ。
悲しいかな、建物を造るには時間が足りなさすぎなのである。
とはいえ、この天幕も非常に立派なものだし、目下建物は建造中となっている。
さて、命子たちは冒険者なので、そっちの天幕に移動する。
煌々とライトが点いた天幕の中に入ると、命子が予想していたよりも空いていた。
命子が想像していた買取所は、物語にある冒険者ギルドのように、忙しい時間だと長蛇の列ができるようなそんなイメージだった。
けれどそんなことはなかった。
なぜなら、冒険者の数がまだ少ないうえに、各々が入るダンジョンは日本各地にバラけ、さらに帰ってくる時間もまちまちだからだ。査定員も多く、処理が速いのも要因の一つだろう。
入口付近にある整理券発券機に冒険者カードを入れる。
吐き出された整理券を手にして、パイプ椅子に座って待機する。
天幕内は、少し変わった造りだ。
査定場所が天幕の布に面した場所に9つ設置されており、各場所が目隠しで区切られている。
コの字型に査定場所は設置されており、命子たちが座る待機場所は天幕の中央付近だ。
「査定している時に大騒ぎになるんだぜ」
命子はひそひそと紫蓮に言った。
「テンプレ。そのあと協会長が来る」
「スキンヘッドなオッサンな」
「もしかしたら妖艶系かも」
「女性ならロリ系かもしれないよ」
自分が読んだラノベのテンプレを当てはめて、この後の展開を妄想する2人。
最後の命子の妄想に、紫蓮はツッコミを入れそうになった口にグッと力を入れた。どのようなツッコミを入れようとしたかは秘密だ。
これはあくまで妄想だ。
今回の命子たちは別に凄い発見はしていないので。
命子たちの隣ではささらとルルが、スマホを弄っていた。
2人は自分たちがダンジョンに潜っている間のニュースを閲覧していた。
スマホを弄る冒険者は他にも多くいた。ダンジョンはネットに繋がらないので、プチ浦島太郎状態になるからだ。
「どうやら死人は出ていないみたいですわね」
ここ2日の冒険者にまつわる事件を調べていたささらが、命子に教えてあげた。
「おー、それは良かった。ケガ人は?」
「全国で、昨日までの時点で帰還するレベルのケガ人は4名らしいですわ。低級回復薬で治ったそうですわね。帰還した後に、裂傷や打撲がある人はそこそこいるみたいですわ」
冒険者協会には当然医務室があり、回復薬も常備されている。他にも見回りの自衛隊が持っているので、ピンチの時に出会えれば即座に投与してもらえる。
もちろん無料ではない。
「へぇ、みんな優秀だね」
「飛び技さえ注意してれば、難しくない」
「シレンの言う通りデス。あとは6層以降の魔物の組み合わせデスね。歌カエルみたいなのと魔本がタッグを組むと危ないデス」
各々がそんな風に意見を言う。
そんなことをしていると、命子たちの番になった。
指定された仕切りの中に入ると、そこにはパイプ机が3列くっついて置かれており、職員が3人待機していた。
全員女性だ。リュックから素材を出す都合、男性に見られたくない物も入っているため、女性冒険者には女性職員がつく場合が多い。
お疲れさまです、と童顔のお姉さんが挨拶をするので、命子たちも元気に、はい、と答えた。こういう時になんて返せばいいか分からなかったので、元気さでカバーだ。
「初めてということなので、まずは流れを説明しますね」
「お願いします」
なぜ初めてと分かったのか命子たちは少し不思議だったが、整理券発券機に冒険者カードを入れたことで活動履歴が出ているだけだった。
お姉さんの説明によれば。
ここでは、まず全ての素材と入手した武具をカウントされる。
そこから、売りたい物と引き取りたい物を申告して、選別する。
売りたい物は、後日、競りに掛けられる。
この競りは、『その日出品された同じ素材の合計金額』で配当が変わる。1個単位から出品することもできるが、当然、受け取れる金額は最低値となる。
なお、冒険者業で得た所得は、ちゃんと確定申告をしなくてはならない。
また、この段階で報酬の受け取り方法も決める。
・後日、全員で受け取りにくる。
・パーティメンバー各人の口座へ均等に配分。
・会社を設立した場合、会社の口座に振り込み。
このいずれかだ。
命子たちは、各人の口座に均等に配分を選んだ。
引き取りたい物がある場合は、証明書を貰う。
この証明書にはナンバーが書かれており、これを使用し、ネットを通して、引き取った物をどうしたのか冒険者協会に通知する義務がある。
譲渡や売却も、取引をする双方がこのナンバーを使用して、冒険者協会を疑似的に仲介させる必要がある。
少し面倒くさい決まりだが、未知の素材がガンガン出てくるのがダンジョンなわけで、有事の際に物がどこに流れてしまったのか分からなくなるのを、政府は恐れているのである。
一方、武器類の一般人への譲渡については、これ以上に面倒な手続きがある。
銃刀法が根付いた国だけに、この点は厳しかった。
手に入れたパーティメンバーがそのまま使う分には、その場で武器所持証を発行してもらえるくらいに簡単な手続きで済む。
防具類も手続きはあるものの、こっちはサインと譲渡する人の名前だけだ。これは後日ネットで登録することもできるほどに緩い。
「こちらがカウントの結果になります」
パイプ机の上に置かれたカゴの中に、命子たちの戦利品が種類ごとに入っている。
命子たちは、それらのカウントの結果が記載された紙を受け取った。
命子たちの戦利品は、レアドロップと3日目のドロップだけだ。
素材のほうは半分以上を合成強化の素材にしてしまった。
残った素材は、4人の家族の服を強化するために残しておいた。
相性の問題もあるけれど1人当たり40個程度はあるので、そこそこ強化できるはずだ。
また今回の探索でのレアドロップは、水の魔導書1冊、歌カエル人形2個、タツシャボン人形1個だ。
歌カエル人形は、水をあげるとケロケロと歌う。
この歌声には虫よけ効果があるので、虫嫌い必見の人形だ。
タツシャボン人形は、お腹を押すと口からシャボン玉が出る。シャボン玉に効果はない。
さて、結果は、全ての敵に共通してドロップするだけに、魔石が特に多い。
3日目分だけだが、482個もあった。
素材のほうは数も種類もバラバラだ。
ちなみに、魔石は現状で価値の区別ができていない。
G級とF級の魔物では明確に大きさが違うが、同じ等級だと大きさが変わらない。ボスは例外的に大きい。
現状では、大きさで区分されている。
しかし、妖精店で売った場合、同じ等級でも魔物の種類で価値が違うので、場合によっては妖精店で売却したほうが良い。
別に命子たちも紫蓮も何かを売る必要などなかったのだが、せっかくなので魔石を200個出品することにした。
残りの282個は、【武具お手入れ】用といずれ妖精店に売るために取っておく。魔石ケースに入れておけば邪魔にはならない。
書類にサインして、4人が冒険者カードをカードリーダーに押し当てる。
これであとは競りの結果が数日後に口座に振り込まれることになる。
残った素材は各々が引き取り証明書を貰う。
風見ダンジョンのドロップ品目が並ぶパソコン画面に、アイテムの数量を打ち込んでいく。
結構面倒くさい作業をさせているんじゃないかと、命子は心配になった。
一方、紫蓮は水の魔導書の所持許可証を発行してもらい、さらに『見習い工作道具セット』の取り扱い冊子も貰っていた。
歌カエル人形は、ささらとルルが。タツシャボン人形は命子が貰った。
「ふへー、結構大変なんデスね」
ルルの独り言に、童顔お姉さんが笑った。
「決まった品目しかないですし、そこまでではないですよ。みなさん、今のところ持ち帰れる数量も限度がありますしね」
G級ダンジョンの敵はバラエティ豊かというわけではない。
品目数もレアドロップ合わせて30程度だ。
妖精店の品を合わせると相当な品目数になるが、あそこの品を大量に持ち込む者はそうそう現れないのでやはりそんなに大変でもない。
「今だと魔石はどのくらいのお金になるんデスか?」
「魔石は10個か5個単位で取引されるんですが、今朝行われた競りで魔石は1つ1050円でしたね。素材のほうが高額になりやすいです。製薬会社がこぞって買っていくので、フサポヨのマリモと根菜マンの根菜は高額になってるようですね」
「おー。魔石が1個1050円デスか……」
命子たちは200個売ったわけで、同じ結果なら21万円もの値になる計算だ。
ルルは、忍者刀での一振りが1050円な気分になった。
魔石1個1050円、10個セットで10500円なわけだが、企業からしたらはした金だ。
しかし、ダンジョンアイテムといっても青天井の値段がつくというわけではない。
というのも、この競りが始まるずっと前に、すでに国がある程度の数を無料で提供しているからだ。この段階でギブアップしている企業は割と多いのである。
現在魔石を買っているのは、おかわりしている企業や研究者が多い。
とはいえ、研究に用いる魔石はそんなに早く消費されるわけではないため、値段は下落していくと思われる。尤も、凄まじい発見があれば高騰するだろうが。
一方、素材のほうは、国が無償で提供できるほどの数がなかったため、ほとんどの企業や研究者にとっては、これからが旬だ。
どこの企業もこぞって買い付けに来ている。
ちなみに、この買い付けする人も資格を持っていなければならない。試験が冒険者免許より難しいとネットで言われている。
買取所でやることを終え、命子たちは大天幕を後にする。
次に向かうのは、防御壁表門に併設されている冒険者協会の建物だ。
イメージガールをしたあとに、ここに武器ケースを預けていたのである。
本来は、別の場所にある武器ケース用のロッカーに預ける。
すっかり帰り支度を済ませて、命子たちはダンジョン区画から出た。
区画を出ると、カプセルホテルやお食事処などが並ぶ通りに出る。
以前からあるお店も健在で、そんな中には命子もよく行く本屋さんがあったりする。
20時になろうという時間だが、通りは賑わっていた。
翌日に控えた冒険にテンションが上がる若者たちが、ネットで出会ったパーティメンバーと親睦会に繰り出したり、レベル教育に参加するオジサンが時間通りにカプセルホテルから旅立ったりと、ダンジョンを中心に回る世界がそこにあった。
ぐっすり眠る町・風見町も今では一部眠らない町になっているのである。
「この後どうするぅ?」
命子が尋ねると、ささらはキョトンと首を傾げた。
「え、家に帰るんですのよね?」
「チッチッチッ。甘いな。冒険者は冒険が終わると、宴会をするものなのさ!」
「まあ!」
パチンと手を叩いて、ささらが笑った。超楽しそうと顔に書いてある。
各々が帰ってきたこととご飯を食べてから帰る旨をスマホで家族に伝え、命子たちは適当なお店に入った。昔からここにある回転寿司屋さんだ。
「ルルさんルルさん、レールをお寿司が走ってますわ」
「シャーラは、初めてデス? ワタシはこの前家族で来マシた!」
昨今の回転寿司は回転していないこともしばしばある。
珍しそうに見るささらが言うように、注文するとレールの上をお皿に乗ったお寿司が走ってくるのだ。
「ああやって自然の風を浴びせることで、風味を増強させているんだよ」
「ほへー、職人の知恵ですわね」
ニッコリと笑って知識を披露する命子に、ささらは感心しながら騙された。
テーブル席に座り、タッチパネルを操作し始める。
「みんなとりあえず生でいい?」
「我、生コーラ」
「ワタシは生オレンジジュースいっちょう入りマース!」
「な、ナマですの? 飲み物ですわよね? それはどういう?」
みんなが注文する中で、ささらが狼狽えた。
「駆けつけの一杯は、とりあえず『生なんとか』なんだよ」
「へぇ、そうだったんですのね。ワタクシったら知らないことが多くて恥ずかしいですわ」
「大丈夫、そのままの君で良いんだよ!」
命子のホラを信じるささらは、もじもじしながら己の世間知らずさを恥じた。
そろそろ誰か命子を止めるべきだろう。
「そ、それでは、お寿司ですし、ワタクシは生お茶でお願いいたしますわ」
「生お茶はセルフサービスになっております。ここっ、ハイドン!」
命子はテーブルにあるセルフのお茶セットで、お茶を淹れてあげた。
「まあ、そうなってるんですのね。あら、ありがとうございますわ」
命子たちの頼んだドリンクもすぐに到着した。ちなみに命子もコーラだ。
「それでは、第一回の探索お疲れさまでした!」
「お疲れ様でした」
「お疲れ様デース!」
「お疲れ様ですわ!」
コップを軽く当て、乾杯する。
ささらのコップだけやたらと渋い色合いだ。
「それじゃあガンガン頼みましょう! ダンジョンで肉ばっかりだったからね」
命子たちがお寿司屋さんを選んだのは、まさにそれが理由だった。
おかずはカラコロニワトリの肉やヘビ、カエル肉ばっかりだったので、自然と肉類のお店は除外されたのだ。
タッチパネル奉行になった命子は、えっとえっとと忙しなく操作していく。
第一陣のお寿司がやってくると、ルルとささらがキャッキャした。
「電車みたいですわ!」
「シャーラシャーラ、早く取ってくださいデス! 逃げちゃいマスよ!」
「ハッ!? そんなサバイバルなお店なんですのね!」
「ヤキニクコウシャクなのデス!」
「いや、寿司屋かな」
逃げる前にお寿司を捕獲する。
ルルの頼んだサーモンだ。
ルルはみんなの分が一通りやってくるまでニコニコしながら待った。
そうして寿司がやってくるとささらがせっせと捕獲する。
いただきまーす! と寿司パーティが始まった。
命子は、お寿司ならなんでも食べる。特にアジとツブガイが好き。
あと、カニやボタンエビの頭のみそ汁がすんごい好きである。
紫蓮は、白身と青魚が好きだった。特にタイとエンガワ。
逆に、赤身は別にといった感じ。別に嫌いではないのだが。
かんぴょう巻きだけは嫌いだった。
ルルは、サーモンが大好物だ。色々な種類のサーモン寿司をひたすらおかわりしている。
ささらもなんでも食べるタイプだ。特に好きなのはネギトロ。
回転寿司に来たことがないというささらの口に合うか心配だったが、とても美味しそうに食べた。
かつては全員そこまで食べる子ではなかったのだが、運動を多くするようになってからモリモリ食べるようになった。
あっ、これ美味しそう。
卵焼き食べる人ー。
むむっ、季節限定だって。
やっぱり定番は外せない。
ここ、うどんが美味しいんだよー。
さっきのアレが超美味しかった、おかわりぃ!
そんなこんなで、どんどんお皿が重なっていく。
羊谷家で来るときは精々5000円やそこらなのに、1万円を超えた。
なお、命子は軽い反省会でもしようかな、などと考えていたけれど、タッチパネル奉行が忙しすぎてそれどころじゃなかった。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、大変励みになっています。
誤字報告もとても助かっています。ありがとうございます。