4-8 見張りの夜
本日もよろしくお願いします。
シンとしたダンジョンの片隅で、命子と紫蓮は見張りについた。
見張りは2人1組、4時間ずつだ。
1人2時間ずつ見張りをして全員が6時間ずつ眠る案も考えたのだが、両側の通路から魔物が同時に来たら困るし、そもそも見張りという女子高生にとって縁のない仕事をするわけなので、2人1組にしたのだ。
前半に紫蓮が見張り役なのは、そちらのほうが辛くなさそうだからだ。現状で爆裂眠いというのなら拷問だろうけれど、あと4時間くらいは起きていられた。
命子がペアなのも、紫蓮が一番なついているからだ。
見張りは、お尻が痛くないように空気を入れて膨らませるクッションを敷いている。その上で、壁に寄り掛かって楽な姿勢。
このエアクッションは中々に良い物で、空気を抜くとぺったんこになる。テントの中の寝る人も敷布団タイプの物を使っていた。
何が起こるか分からないので、抜け出しづらい寝袋は使わない。
冒険者の見張りと言えば焚火みたいなイメージがあるけれど、このダンジョンにおいて火を焚く意味がまるでなかったので、テントが張られている以外は普通のダンジョンの風景そのままだ。
自然の中にあれば賑やかな音もあろうものだけど、ダンジョンの中は基本的に無音だ。
静かにすれば、耳鳴りがしそうなほどの静寂に包まれてしまう。
その静寂を嫌って、命子と紫蓮は隣同士で座った。
お互いの衣擦れの音や呼吸音が、静かなダンジョンの中でとても落ち着くのだ。
命子は、ステンレス製のコップに口をつける。
ミルクティが優しく舌を湿らせる。
「やっぱり粉ジュースは当たりだったね」
命子たちはこの探索に、水で溶ける粉末のジュースの素をたくさん持ってきた。
ミルクティ、レモネード、スポーツドリンク、アップルティ、ブドウジュース。
水は魔力が続く限りいくらでも生成できるので、味を楽しめる粉末製品を持ってきたわけだ。
ただ、お湯を沸かす道具は荷物になるので持ってきておらず、ホットはなし。熱湯などは何かの折に使うかもしれないし、ここら辺もうまい具合に解決する術を得たいと命子たちは思った。
命子はミルクティ、紫蓮はブドウジュースをチビチビ飲む。
「我の母が子供だった頃は、メロンソーダ味の粉末をそのまま食べたんだって」
「それ漫画で見た。ヤバいクスリやってる人みたいにストローで吸うヤツでしょ?」
「みんな爽やかな笑顔って違いはあるけど、ソレで合ってる」
少し離れた場所に建つテントの中に聞こえないように、小さな声でお喋りする。
ぶっちゃけ暇だった。
G級の魔物の多くは、積極的に移動しない。
じっとしていれば15分くらい敵が来ないのは当たり前。30分来ないことだってざらにある。
なら何かステータスアップになるようなことをすればいい、と思うところだが今日に限ってそれは無理だった。
紫蓮の装備のために、10層にある妖精店で素材や魔石は全部売りたいので、防具作成の練習などはできない。合成強化もできない。
新たなジョブを出現させたいけれど、大きな音が出ることはしたくないので、あまり動くわけにもいかない。
適当に【魔力放出】して、魔力を成長させるくらいしかできることがないのだ。
命子が魔力を20くらい放出していると、紫蓮がポツリと言った。
「みんな強い」
「紫蓮ちゃんも強いよ」
「我もそこそこ強いのは分かる。けど、3人のほうがもっと強い」
「まあ、そりゃヤバい経験したからね」
「龍?」
「それもあるけど、そこに行くまでも。あの経験のおかげで、色んなジョブスキルがスキル化されたからね。ジョブマスターにもなって、結果的に紫蓮ちゃんよりも多くのスキルの恩恵を受けているわけさ」
「うん」
「紫蓮ちゃんだって、割とギリギリの戦いしてたんじゃない?」
「どうだろ。2日目にジョブを発見してから、割と余裕だった」
「1日目に発見しなかったんだね」
「我、運よく2時間くらいで出られたから。ジョブの開放条件が満たせなかった」
「最初なんのジョブついたの?」
「最初は『見習い武器職人』」
「で、そういう武器を作ったのか」
「うん」
紫蓮のお話に、命子は耳を傾けた。
命子は、人の冒険譚を聞くのが好きだった。
今までは、教授や藤堂や他の自衛官のお話くらいしか聞く機会がなかったけれど、これからは色々な人が冒険譚を得る。それを自分の口で語るかもしれないし、文字にしたり、動画配信するかもしれない。
きっと、冒険者兼作家や、冒険者兼フォーチューバーなんて人たちが増えることだろう。
良い時代になったものだ。
命子は、愛に殉ずる人みたいに思った。
それから、どうやって最初の敵を倒したか、という話になってお互いに語り合った。
自分ではやらなかった、できなかった、考え付かなかった方法で敵を倒していることに、お互いに感心し合う。
命子は、あの時お世話になったミニハサミを今でもお守りに持っている。
そのお守りを取り出し、人差し指に引っかけてクルンと回す。そして、刃先を通路の奥へ向けた。特に意味はない。こういう仕草がカッコいいと思う年頃なのである。
満足してミニハサミを仕舞う命子。なぜ出したかは謎。
そういう意味不明な行動に理解のある紫蓮は、特にツッコんだりしない。
その代わりに紫蓮は、お話を続けた。
「人間は、毎秒どのくらいの確率で死亡抽選してるか考えたことある?」
「え、唐突な怪談?」
「そういうわけじゃない」
「そっか。うーん、ないけど」
「我は、ある。小学校の頃に確率の授業をしてから、考えるようになった」
「新しい知識でなんでそんなこと考えちゃうの? もうちょっとこう……明日、子犬と出会える確率とか考えてよ」
「当時の我は、オムニバス形式のオカルトミステリーホラー漫画にハマってた」
「小学生からエリート過ぎる件」
現代社会に生きる命子もまた早い時分に中二病を発病させたので、人のことは言えないのだが。
「死亡抽選は、シーンごとに確率が変わる。ベッドで横になっていれば1兆分の1くらい。外に出たら500億分の1くらい。まあ全部適当な数字だけど」
「目まぐるしく変わる超低確率抽選にヒットしなかった人間が明日の朝日を拝めると」
「そう。例えば、交差点で左折する車を右から追い越す車がいるの、見たことある?」
「うん、あるよ」
「そういうのを見ると、このことをよく思い出す。あの車の周辺だけ死亡抽選が一時的に高確率になってるんじゃないかって」
「黄色い信号を強引に渡ったりな」
「そう。とはいえ、やっぱり分母は凄く大きな数字なんだろうけど」
ふむふむ、と命子は頷く。
それから先ほどまでしていた自分たちの最初の戦闘の話を結び付けた。
「つまり私たちが最初に魔物と戦闘した時は、死亡抽選がスーパーホットだったってこと?」
「うん。きっと超高確率だった。あの瞬間だけ、きっと毎秒100分の1くらいで死亡抽選してた」
「100秒経過時に約63%死んでる計算か。良いセンかも」
最初の戦闘で半ばステゴロで戦い、足を打たれた痛みに耐えて攻撃し続けた命子。
初めて使う即席ブラックジャックで、割と攻撃射程が広い木人形と根気強く戦った紫蓮。
その数値は命子たちが適当に言っているものだし、今更答え合わせなんてできないことだけれど、そう大きく間違えてはいないのではないかと2人は思った。
命子は、足の痛みによってバネ風船をリリースしたら、そのまま殴殺されたかもしれない。
紫蓮は、敵が簡単にノックバックをすることで気が強くなり、オラオラ攻めたら絞め殺されたかもしれない。
「ダンジョンに潜り続けたら、またそんな危ない死亡抽選は訪れるかも。例えば、龍滅戦とか」
紫蓮はそう言いながら立ち上がり、魔導書を浮かせる。
命子は座りながら通路の奥からこちらに向かってくる敵を見つめた。
龍滅戦という言葉が普通に広まっていて、ちょっぴり嬉しい命子である。
「このご時世、何が正解なのかなんて分からないよ。ダンジョンに入って無茶して強くなった奴だけが生き残るかもしれないし、ダンジョンの外で大人しくしてた人が結局一番安全な人生かもしれない」
「うん」
「分からないことだらけなら、楽しいほうに乗っかったほうが良いじゃん。まあ、地上のほうが安全だって立証されても、結局はダンジョンに入るけどね」
「羊谷命子ならそう言うと思った。我も同じ考え」
紫蓮は笑いこそしないけれど、どこか楽し気な声色であった。
「紫蓮ちゃん。死亡抽選をより低確率にできる裏技知ってる?」
「知らない」
「簡単だよ。信頼できる仲間と一緒に強くなればいいのさ。そうすれば1人でいる時よりもずっと低確率になるんだよ。だから私は龍滅戦で生き残れた。これからは、紫蓮ちゃんもそんな仲間だよ。仲良くしてね?」
「……うん」
良い感じのセリフを言ったと自賛する命子は、紫蓮を見上げる。
その後ろ姿からはどんな表情になっているか分からなかったけれど、耳が赤く染まっていた。
ポイントゲットだぜ、と命子は好感度アップを確信した。
紫蓮は魔導書に水弾を灯らせ、射出する。
15メートルほどまで近づいていたタツシャボンを狙った水弾は、しかし外れた。30メートルほど飛び、床に落ちる。
「紫蓮ちゃん。魔法は外れてもなるべく壁にヒットするように撃たなくちゃダメだぞ」
「そ、そうだった。ごめんなさい」
魔法はフレンドリーファイアが普通に有効だ。
戦闘中の味方に対しては注意を払えても、他が疎かになると危険である。曲がり角から来た人に当たる可能性があるのだ。だから、できる限り、角度に気をつけて撃ったほうがいい。
これがちゃんと戦闘してるなら曲がり角から来た人も注意ができるけれど、今みたいに静かな場合は水弾が飛んでくると音から判断できないのだ。
紫蓮もそれは分かっていたけれど、嬉しいことを言われて頭から抜け落ちてしまっていた。浮かれポンチだったのである。
紫蓮はポジショニングを調整して、再び水弾を放つ。
今度は見事に命中した。敵との距離は10メートルを切ったくらいだ。
『見習い魔導書士』になったばかりの紫蓮だが、装備しているのが無限鳥居で鍛えまくったほうの水の魔導書だったので、一撃でタツシャボンは沈んだ。
ちなみに、手に入れたばかりの水の魔導書の水弾では3発は必要らしい。ダンジョン情報によると、なんでもタツシャボンは水属性に対して耐性を持っているのだとか。
ドロップしたタツシャボンのシッポを拾い、紫蓮が戻ってきた。
タツシャボンのシッポは、20センチくらいで付け根が割と太い。
ただ、ウサシッポのような装備品ではない。
「ドラゴニュート」
しかし、紫蓮はお尻に手でくっつけて命子に見せた。
「うむ。萌えだね!」
「10層を越えたら作ろうかな」
紫蓮は尻尾を見つめながら、構想を練り始めた。
そんなこんなで4時間が経ち。
「さて、そろそろ奴らを起こそうかな。おーっと、紫蓮ちゃんはここで待ってて。ここは私が行くから」
「うん」
素直な紫蓮に命子はホッとした。
14歳にはまだ早い映像かもしれない。
いつでも飛び出せるように、基本的にテントの入口は布が垂れているだけにしている。
その布に手を掛け、ゴクリと命子は喉を鳴らした。
命子は、ささらとルルがお付き合いしてるんじゃないかと疑っていた。身体の前面を洗いっこするし、いつも一緒にいるし。
別にそれならそれで良いのだ。
命子自身も、ささらかルルなら余裕でチューできる。そこらのよく知らん男子とかより、よほど素敵なチューになるだろう。
そんなだから、言ってくれれば普通に祝福もできる。
が、実際に2人がチューしてたら、命子ははわはわする。ビックリしちゃう。心の準備というのはやはり必要なのだ。
となれば、遠くから起こすのが一番だろう。
けれど、あまり大きな声で起こすのも近所迷惑だ。時計では深夜だし。
そうなるともう、残念ながら中を覗くしかないじゃない……っ!
ドキドキ。
ドキドキ。
「こ、交代だよー」
などと起こす気が疑問視される声色で、そっと覗いてみると。
「ちけぇっ!?」
テントの入り口の形に切り取られた光の中、向かい合わせですやすや眠る美少女2人の姿がそこにあった。二人の長い髪が背中側の床に広がる様はまるで翼のよう。
あーわわわわわ、と命子は手を右往左往させる。
そして、一先ず答えが出た。
「い、いやいや、狭いテントだし。なっ!」
遮光と別パーティからの視線遮断のためだけのテントだ。そう大きい物ではない。
必然的に、一緒に寝る人とは近くになっちゃう。
命子は自分に言い聞かせるように、なっ、と笑った。にぱぁ。
「ふ、2人とも交代の時間だよ!」
「んにぇ……? んー……」
命子の声に薄ら目を開けたルルは、またすやーと眠りに落ちる。
ささらはささらで、なぅー、などと言いながら、足やら腕やらをルルに絡める。
そして何がどうなったのか、おでこがそっと触れ合い、すやすや継続。
もはや寝息がお互いの唇に直で吹きかかっている。寝息がお互いの体内でループしている疑惑発生だ。
「……」
命子は、腕組みし片手で顎を撫でた。
ふむ、ふむふむふむ……ん、んー……う、うむうむ。
「まるでどうしたら良いのか解らぬ。イン・ザ・ラビリンス。ダンジョンだけに、なっ!」
「もしや2人は……?」
「ひょえ、し、紫蓮ちゃん!? ちょ、ダダ、ダメだって!」
いつの間にかやってきていた紫蓮が、眠る2人を見て言った。
相変わらずの無表情だが、どこかワクワクしたオーラが出ている。
「大丈夫。我、アニメでこういうのも見てきた」
「ほっほう、なら安心だね! さすが日本だぜ!」
「『ネムヒメ』のオープニングPVの最後の絵がこんなだった」
「それっ、私も百合アニメのPVにありそうって思ってた!」
2人が言っているのは、絵師が気合を入れて描き上げた超美麗百合絵である。天使調。
わいわいキャッキャしていると、ルルがむくっと起き上がった。
目をくしくしと擦り、ふわふわと気泡でも出そうな寝ぼけ眼で命子たちを見る。
「にゃえ……んあ……こ、交代……デス?」
コテンと首を傾げるルル。
命子と紫蓮は、そんなルルの青い瞳を見ずに、その腹部に視線を向けた。
ささらの腕ががっちり絡みついている。
ルルの装備は少し大胆なくノ一衣装なので、なんか凄く退廃的な感じになっていた。
「う、うむ。交代の時間だよ」
「ニャウ。シャーラ、シャーラ、起きて。交代デスよ」
「んむーん……」
ささらはルルの腹部にギューと抱き着き、光を嫌うようにルルの腰に顔を埋める。
「モー、シャーラ、起きるデス」
寝起きの悪いささらの腕を解き、ルルはささらを背後から抱きしめ、ユッサユッサした。
命子も以前喰らったキスミア流の寝起きの悪い子の起こし方だ。
「じゃ、じゃあ、起きるまで私たちはもうちょっと見張ってるね。ほら、紫蓮ちゃん、行くよ」
「うん」
ささらをユサユサするルルと別れ、命子たちは見張りを続けた。
「何も言うな」
「何も言うつもりはない」
命子の言葉に、紫蓮はコクリと頷いた。
「ささらはね、寝起きが悪いんだよ」
「意外」
「ヤツはポンコツなところがあるからね」
「あれ、もしかして我が一番しっかりしてる?」
「紫蓮ちゃんは冗談ばっかり。私がいる限りそれはないよ」
「あっ、カラコロニワトリ」
「最後の仕事だ!」
命子は嬉々として走り出して、倒して帰ってきた。
その頃にはルルに手を引かれて、ささらが起きてきた。
亜麻色の綺麗な髪の毛がボサッとしている様は、これでもかと寝起きしていた。
「じゃあ、ささらとルル、先におトイレ行っておいで」
「女の子はおトイレに行かない」
「ハッ、そうだった!」
紫蓮の指摘に命子は慌てて手で口を塞ぎ……15分後、色々と支度をしてからテントに潜り込む。
遮光しすぎない程度の暗さの中、命子はワクワクした。
「甘い匂いがするぜ」
「羊谷命子、我らもチューする?」
「……しないが。っていうか、ヤツらがしてるのは私の妄想だ」
「全ては謎の中……」
「ラビリンスなんだよ。ダンジョンだけに、なっ!」
「それ好きなの?」
「よーし、寝るぞぉー!」
「寝るのも仕事」
「それな!」
命子と紫蓮は、背中合わせで寝た。
「ふぁー。うっ……失礼いたしましたわ」
中途半端に寝たささらは、口を小さく開けてあくびをした。謝罪はあくびに対してだ。
それが伝染して、ルルも口を押さえてあくびをする。
「眠いデスね。ダンジョンのキャンプは大変デス」
「4人だとやっぱり負担が大きいですわね」
「ニャウ。6人とか他のパーティがいる状況のほうが楽そうデス」
「でも、他のパーティの見張りはあてにしないほうが良いですわ。寝てしまうかもしれませんもの」
「それ漫画でよくあるヤツデス。シャーラもだんだん分かってきたデスね」
「ふふっ、ルルさんと命子さんがあれだけ漫画本を大量に貸してくだされば、当然ですわ」
話しながら、ささらはジュースを作り、2人で喉を湿らす。
ささらはレモネード。
ルルはアップルティ。
「やっぱり、魔法があるのは便利ですわね」
このジュースを入れるために出した水は、ささら自身が魔導書の魔法で生成した水だ。
今までこういうことは全部命子に任せていたけれど、どれか一つの属性くらい魔法が使えたほうが良いように思えた。
「便利なのはやっぱり【魔導書解放】デス。【水魔法】とかだと、一種類しか使えないデス」
【魔導書解放】の利点は、魔導書さえあれば様々な属性を使えることだ。
一方【属性系魔法】の利点は、魔導書での魔法より威力が高いことにある。杖で増強されるとさらに強くなる。
他にもこの2つにはそれぞれにない利点がいくつかある。
「まあなんにしても、ワタクシたちがG級でスキル化するのはもう無理ですわね」
「強くなりすぎちゃったデス」
『術理系』や『成長促進系』以外は、ヌルゲーではスキル化しづらい。
この2系統は、武術の練習や筋トレ等でどうにかなるのだ。
一方、他の戦闘スキルは、戦闘の質に左右されやすくなっている。
水分を補給した2人は、軽く運動を始める。
このまま座っていたら眠さが押し寄せてくるので、眠気払いの体操だ。
うるさくはできないので、ごく簡単な運動である。
お互いの背中を合わせて背筋伸ばしをしたり、背中を押して開脚前屈したり。
2人とも、開脚前屈はペターッと床につく。
柔軟でない武術家はいないという格言があるように、青空修行道場の先生たちは全員が身体の柔らかさの大切さを門下生に教え込んだ。
これにより、修行道場の女子たちの多くがくねくねだ。男子はまだまだの人も多い。
ある程度身体が温まってくると、眠気もどこかへ行った。
この間に敵が1体現れ、退治した。
2人は、先ほどの命子たちのようにエアクッションに座って、壁に背中を預けて見張りをする。
「これからは、親から離れ、こうしてお泊りしながら冒険するのが日常になるんですわね。変な感じですわ」
「ニャウ。変だけど、楽しい世界になったデス」
「ふふ、そうですわね」
命子たちのように話は弾まず、けれど居心地の良い時間が流れる。
たまに出てくる敵を倒し、また同じ場所に座り、ルルの故郷の話を聞いたりして時間が過ぎていく。
不意に静寂が訪れ、ささらは通路の奥を見つめて言った。
「あの時、命子さんに声を掛けず、ルルさんとも仲良くならなかったら、きっとこんな楽しい人生ではなかったって思いますわ」
「シャーラがメーコと修行を始めなかったら、きっとワタシはここにいないし、世界だって全然違ったデス」
「そうでしょうか?」
コテンと首を傾げるささらに、ルルは確信に満ちた瞳で言った。
「ニャウ。無限鳥居はクリアされてないデスし、キスミアはダンジョン体験を始めてないデスし、ニッポンもまだジエータイしかダンジョンに入ってないデス。もしかしたら、ワタシとメーコは無限鳥居に落ちたかもしれないデスけど、きっと死んでマシタ」
「そんなのは嫌ですわ」
「今がこうなってるんだから、バンジーオッケーデス。シレン風に言うなら『宿命』デース」
「ふふっ、そうですわね。素敵な宿命ですわ」
んふふぅと無邪気に笑うルルに向け、ささらは目を細めて笑った。
またゆったりとした時間が流れ始める。
それは中二病ペアでは出せない、穏やかな時間であった。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、大変励みになっています。
誤字報告もとても助かってます。ありがとうございます。