4-4 テープカットとダンジョン突入
本日もよろしくお願いします。
シュッ、シュシュー、ギュッギュッ、パチンッ!
朝も早くから無限鳥居産の防具を装着していく音が、命子の自室で静かに鳴る。
白い狩衣に、スリットがドギツイ赤い袴。足には長い足袋。頭にはタヌキミミだ。
そう、今日は待ちに待ったダンジョン開放の日。
それは同時に、命子が冒険者としてデビューする日だ。
カーテンの向こうの灼熱の世界では、朝の到来と共に始まった生活の音に紛れ込んで、セミ共が気合の入った声で鳴いている。
しかし、気合の入り様は命子も負けていない。衣服を着る音は静かなれど、その一つ一つが気合に満ち溢れているのだ。特に長足袋を太ももで留めたパチン音。
陰陽師風衣装を装備した命子は、姿見の前でポーズした。
顔の前に手を置き、鏡の中の自分をやや俯き加減で見つめる。黒目が上になったことで、必然的に三白眼になる。命子的に、これがカッコいい顔なのだった。
「時は満ちた。さあ宴の時間だ!」
「おねえちゃぁ……」
クワッと決め台詞を言ったところでドアが開き、パタンと閉まった。
命子は、指で鉄砲を作ると鏡に映った自分にBANと発砲した。
控室に命子とささらとルル、そしてその母親たちが待機する。父親は入れない空間である。
控室のテレビでは、今日の開放セレモニーの後にダンジョンへ潜る冒険者たちにインタビューをする報道陣の姿があった。つまりはすぐ近くで行われていることだ。
『今回のアタックの目標は、魔導書を全員分得ることです。5人いるのでちょっと大変かもしれませんが、頑張ります!』
『敵は水の球を飛ばすと聞きましたが、大丈夫なんでしょうか?』
『バッティングセンターなどを利用してしっかりと訓練を積んできたので、躱せるはずです。命子ちゃんや国が作ったサイトに載っている魔本の攻略法も訓練に盛り込みましたので、現状で考えると万全かと思います』
『頼もしいですね。是非頑張ってください!』
『はい!』
インタビューを受けている人たちは、ダンジョン体験の時と同じように、全員がエプロンとヘルメットを着けていた。
これはダンジョンアタックするパーティへ最初の内、無償で貸し出される地上産の『100/100』装備である。
これから冒険者が素材をたくさん持ち帰るようになれば、こんなサービスをしなくても入る前からある程度装備を整えられるだろう。
さらに、ここにいる冒険者はレベル2になって1か月は訓練する期間があったため、かなり余裕を持って探索できるだろう。
そんな中継を見ながら娘と母親でグループに分かれてキャッキャしていると、コンコンとドアがノックされる。
やってきたのは紫蓮とその母親だった。
「今日はよろしくお願いしますー」
紫蓮ママが母親や命子たちに挨拶する。
紫蓮もそれに倣って、ペコリと挨拶した。
早速紫蓮ママは母親陣に吸収され、命子たちは紫蓮の相手をする。
本日の紫蓮の恰好は、カッコいい黒いロングコートに編み上げのブーツ、顔には仮面。インナーは見えない。
「カプセルホテルどうだった?」
「全然カプセルしてなかった」
「宇宙船にでもありそうなこーんな形のじゃないの?」
「四角い部屋でお布団とベッド内蔵」
命子の中でカプセルホテルは、本当にカプセル状だった。
紫蓮たちは昨日から風見町に来ていた。
すでに事前挨拶も済んでいたので、紫蓮ママの溶け込みは早かった。
宿泊先は、ダンジョン周辺に続々と建ち始めた冒険者用のカプセルホテル。
紫蓮たちが泊まったのは女性専用の清潔でおしゃれなヤツだった。
G級ダンジョンは確実に人が入り続けるダンジョンだ。
今を生きている人がG級を卒業したとしても、これから生まれてくる子はいずれ潜り始める。
G級ダンジョンがある町は、いわば始まりの町なのだ。需要が途切れることはない。
風見町はその中でも、冒険者の聖地として町おこしすることに決めたようだった。
その第一弾として、風見ダンジョン周辺の地主に、冒険者用のカプセルホテルやらんか、という話が行ったのである。
色々なタイプのカプセルホテルが作られ、あるいは建設・改装中となっているが、共通して武器用の金庫がついている安心設計だ。
他にもお食事処や雑貨屋が増えた。もう少し時間が経てば、生産系のジョブに就いた人がお店を開くことだろう。
経済効果を狙っているのは風見町や他のG級ダンジョンの町だけではなく、その周辺の市町村も便乗している。
風見町の例で言えば、風見ダンジョンは駅から割と近いので、隣町の駅周辺にもカプセルホテルができたりしているのである。
またF級やE級ダンジョン周辺でも着々と準備が進められていた。
人が増えれば治安が悪くなるものだが、ダンジョンに入る者はカルマがプラスなので、あまりその心配はいらなかった。まあカルマがプラスでも性格が合わない奴はいるものだが、それを言い出したらキリがない。
紫蓮の話を聞いて、へー、私も泊まってみたーい、と地元民が羨ましがる。
まるで生まれ故郷の町にいるのに宿屋に泊まるゲームの勇者のよう。
「はわー、そうだったんですねー」
ふいに紫蓮ママの楽し気な声が命子たちの耳に届いた。
のんびりした人だな、と3人が自分の母親を見つめていることに気づいた紫蓮は、言った。
「我の母は5歳の時にボミ〇スを掛けられた」
「持続時間なっがいなぁ」
ボ〇オスってなんですの、と質問するささらに教えてあげてたりしていると、馬場がやってきた。
時刻は8時ちょっと前。
いよいよセレモニーが始まろうとしていた。
「ご来場の皆様、本日は暑い中、冒険者協会オープニングセレモニーにご臨席賜りまして、誠にありがとうございます。ワタクシは本日司会進行を務めさせていただきます――」
ジージッジッジッジ、とセミが鳴くお外で、司会のお姉さんのお話が始まる。
お姉さんが言う通り、試験や免許交付などの事前の活動はあったが、冒険者を統括する協会は本日から運営が始まる。
それと同時に、ダンジョンが冒険者に開放されるわけだ。
8時スタートという随分早いセレモニーだが、ダンジョン入場はかなりタイトな時間管理がなされているため仕方がなかった。
防衛砦の入り口は綺麗に飾りつけされており、その前にはリボンが張られたポールとレッドカーペット。
その前に壇があり、数人のオッチャンが挨拶や祝辞を述べていく。
一人一人の挨拶は短い。
暑いということもあるが、前述した通りダンジョン入場は時間が命だ。予定通りの時間にセレモニーを終える必要があった。来賓からすれば願ったり叶ったり。
そうしていよいよ命子たちの番になった。
命子、ささら、ルルの名前が呼ばれ、白い手袋とハサミを受け取って、テープの向こう側に立つ。
テープカットはこの3人だけで行われる。
テープカットは立ち順に決まりがあるため、大人の事情が発生したのだ。
3人のほうが絵にもなるし。
実際に記念撮影タイムになるとシャッターを切る音が尋常じゃない。
周りの冒険者どころか結構偉そうな来賓すらも夢中でスマホで撮影している始末。
司会のお姉さんはにこやかな顔で、終わらないんだけど、と思った。
「それではお願いします。どうぞー」
そんなお姉さんの合図と共に、左右で、ささらとルルがジョキンとハサミを入れる。
テープカットをただのイベントだと考えていた命子だが、白い手袋とハサミ、そして今から切ろうとしているリボンを見つめていると、万感の想いが押し寄せてきた。
約4か月前に初めてダンジョンに入り、それからそう時を待たずに2回目のダンジョンへ。
無限鳥居から帰った後には、次はいつ入れるか不安に駆られ、多くの人を煽ることにした。それがおよそ3か月前のことだ。
それからも、イメージガールやダンジョンの情報をネットで流したりして、早くダンジョンが開放できるように活動して。
それが今こうして、実を結ぼうとしている。
周りには、これから一緒に世界を賑わせていく民間の冒険者がいて。
今から自分は、その先陣を切り、胸を張ってダンジョンに入るのだ。
「ふふっ、あはははっ!」
堪えきれずに笑いながら、ジョキンと命子はリボンにハサミを入れた。
綺麗に切れたリボンとそれにくっついている花を持ち。
「んふーっ!」
命子は左右にいるささらとルルを順番に見やり、そして観客に笑いかけた。
「みんな、最高の冒険しようね!」
「「「うぉおおおおおおお!!!」」」
命子の一言により、身体を揺らすほどの歓声が巻き起こる。
万雷の拍手の中で見せる少女の笑顔と共に、極東の田舎町より大冒険者時代は本格的に始まるのだった。
「命子ちゃん、お疲れ様」
セレモニーが終わり、馬場に頭を撫でられる。
「ささらちゃんとルルちゃんも、お疲れ様」
2人も同じく頭を撫でられ、嬉しそうに笑った。
「ふふっ、馬場さん。全ては自分のためですよ。これからが始まりです」
「あははっ、命子ちゃんの性格もだんだん分かってきたわね。おっと移動を始めましょう」
これから命子たちはダンジョンに入るため、あまり話し込んでいる時間はない。
紫蓮と合流して、すぐに先ほどの控室に戻り、おトイレなどを済ませる。
そうして、金庫から武器を取り出し、装着していった。
「おー、紫蓮ちゃんの装備は意味不明だね」
武器ケースから取り出した紫蓮の武器を見て、命子は中二心がウズウズした。
紫蓮の武器は、木人形の手が鎖で連結された二節棍だ。ヌンチャクほど短くはない。
鎖部分のみ地上産である。
禍々しいペイントがされていて、かっこいい。
「これは血陣怨手」
「ほう。私の剣は神剣オルティナと魔剣ゼギアスだよ」
「神魔交わる時、アルケーへの道は示されるであろう」
「……それをどこで聞いたの?」
「答えはいずれ分かる。今はただ安息の中に在れ」
「ドックン!」
命子と紫蓮のごっこ遊びに、馬場はぞわぞわした。
そして、ふと昔書いたポエムをどうしたのか気になった。
捨てようと思って、けれど捨てられなくて……あ、あれ? どこに隠したんだっけ?
馬場が頭を抱える中、命子たちの準備は整った。
「馬場さん、どうしたの。頭痛いの?」
「い、いえ、大丈夫よ。過去が攻撃してきただけ」
「馬場さんも大変ですね」
「ふふっ、おまいうよ」
ニッコリ。
命子もほよーと首を傾げた。
「ほら、シャーラ! ババ殿も『おまいう』って言ってマス!」
「ほ、ホントですわね。でも国語辞典に載ってませんでしたわよ?」
「ソレはきっと古い辞典デスよ」
「えー、ホントですのー?」
控室はキャッキャと賑やかであった。
リュックサックを背負い、いざ出陣。
本日の荷物割りは、命子が一番多い。
『冒険者』になり【アイテムボックス】を使っているのが命子だけだからだ。
なんだかんだで、【アイテムボックス】は便利なスキルなので、コイツだけでもスキル化してしまいたいのだ。
【アイテムボックス】は教授がスキル化の方法を発見していた。
それによれば、4つの条件を満たさなければならないらしかった。
2つは基本条件、いわば熟練度。
・ダンジョン内での【アイテムボックス】の展開時間が累計250時間。
・収納したダンジョン産アイテムが累計50品目。
残り2つが特殊で、失敗をしなければならない。
・ある程度の量が入っている状態で、【アイテムボックス】を解除して、収納用品を破裂させる。
・収納用品を外部もしくは内部から破損させ、【アイテムボックス】を強制解除させる。
この4点を満たすと、スキル化されるのだとか。
【アイテムボックス】の実験に付き合わされた藤堂が、この2つの失敗を終えたあとにスキル化が成され、気づいたそうだ。
その後、基本条件も発見するに至る。
失敗しなくてはならないのは、『失敗するとどうなるか学ぶ』ことが熟練度になるのだろう。
失敗のほうは知ってしまえば実に簡単にクリアできる。
ビニールに毛布でも突っ込んで、【アイテムボックス】を解除すれば良いのだ。
外部・内部破損も同じである。
命子たちはすでにこの方法で、2つの失敗はクリアしていた。
問題は累計時間だが、これは頑張って消化するしかない。
そんなわけで命子は『冒険者』だが、ささらとルルは違う。
2人は、この冒険でやることがあるのだ。
とはいえ、命子以外の3人もちゃんと荷物を持っている。
さて、みんなでリュックを背負って移動。
G級ダンジョンの防衛砦は、着工からわずか4か月程度で作られたものだが、渦から敵が出てくるのなら迎え撃てると思われる。ただし、E級までなら。
命子たちがいるのは、外付けされた建物だ。管理棟である。
建物の出入口を出れば右手に大きなゲートがあり、いつでも防護シャッターが閉められるようになっている。
そのゲートの外、先ほどセレモニーをしていた場所ではすでに整列が始まっていた。
本日は、冒険者にダンジョンが開放される記念日なので、一般人のダンジョン体験はお休みとなっており、ここに並んでいるのはみんな冒険者である。
通常は、ダンジョン体験メインで、冒険者はそこそこの人数を入れることになる。月日が経てばダンジョン体験をする人数も落ち着くので、これは逆転するだろう。
各々が入る時間は30秒刻みで指定されており、滅茶苦茶にタイトと言えた。
こんな決まりがあるからこそ、周囲のカプセルホテルが潤うのである。前乗りしなければ遅刻するかもしれないから。
命子たちが『9時30分~10時』の列の先頭に行くと、おー、と後ろの人がどよめいた。
「さすが一番ッスか!」
後ろのお兄さんが話しかけてきた。
「はい。イメージガールなんぞやってましたので、優遇してもらえたのかもしれません」
「いやいや、当然ッスよ。命子ちゃんたちが色々活動してくれてなかったら、あと3か月はこんな風にならなかったと自分は思うッス!」
「そうですかね?」
「そうッスよ。実際に調整したのは役人かもしれませんけど、風を呼び込んだのは命子ちゃんたちッスからね」
「ははっ、そう言ってくれると頑張った甲斐があります。ところでお兄さんたちの今日の狙いは?」
ここでお話を切ると、記念に握手とか写真とか言われそうだったので、世間話に興じる。
中々に嬉しいことを言ってくれる兄ちゃんなので、それくらい応じたいけれど、一回やるとキリがないことになりそうなので、命子たちは注意している。
「自分たちはなんと言っても、まずは魔導書ッスね。ここに来てる連中の多くはそうだと思うッス」
「魔本の水弾は危ないですから気を付けてくださいね」
「はい、重々承知ッス。国のサイトで魔本との戦闘がVRで出てるんッスよ。それを見て、【イメトレ】で修行したッス。修行せいッス!」
「うむ! それなら安心ですね」
「ッス!」
あとは角におびき寄せて戦う方法などもあるので、不意のエンカウントじゃない限り、まあ大丈夫だろう。
舎弟兄ちゃんとそんな会話をしていると、9時になった。
係員の案内に従って、ゲートの中に入る。
中にはパソコンの乗った4つのカウンターがあり、入場したパーティ単位で順番にカウンターへ振り分けられていく。
「それでは4人の冒険者免許を提示してください」
さっき列に並んでいた段階で出しておくように指示があったので、スムーズに提出。
それをカードリーダーに押し当てていくと、次はお姉さんが各人の装備の鑑定に移る。鑑定系のスキル持ちだ。
命子たちには分からなかったが、ここは体装備と頭装備だけしかチェックしていない。G級ダンジョンならば、防具さえしっかりしていれば危険は少ないからだ。上級のダンジョンならば、もっと厳重に鑑定される。
「はい。パーティメンバー、装備、共に申請通りですね。この発券用紙を持って係員に従って待機してください。失くしたら入れませんよー」
お姉さんの脅しに、命子は発券用紙をしっかりと握った。
2分掛からない程度で鑑定が終わり、命子達は係員に従って、また最前列につく。
もう渦は目の前だ。
「命子さん、おあずけを喰らった犬みたいですわよ」
「ワンワン!」
「メーコはワンワンデスか?」
「わ、ワンワン!」
後ろの舎弟兄ちゃんたちが、やべぇッス、マジやべぇッス、とがやがやした。
9時28分になると、係員が列に並ぶ人に呼び掛ける。
「入場する際に、番号の用紙を提出してください!」
命子はシュバッと用紙を用意して、準備万端の構え。
9時30分になり、係員たちの激闘が始まる。
しかし、1番でダンジョンへ入るだけの命子には、彼らの戦いを見ることはない!
「それでは、良い冒険を!」
「はい! 頑張ってきます! よーし、行くぞみんな!」
「はいですわ!」
「ニャウ!」
「さあ狂乱の時!」
命子はパァッと顔に満開の花を咲かせて、気合を入れるみんなと一緒にクリーム色の渦に飛び込むのだった。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、大変励みになります。
誤字報告も助かっております。ありがとうございます。