4-3 活動予定書
本日もよろしくお願いします。
ダンジョン体験の第2期が始まってからの日々は、命子にとって実に楽しいものだった。
青空修行道場や学校で徐々にダンジョン体験に参加した人が増えていき、話題もジョブやスキルのことが増えていったのだ。
それに伴って相談に来る人が増えたけれど、命子は惜しみなくコツを教えていく。その代わりに、多くの人が一般系のジョブのスキルを教えてくれた。
一般系でも新ジョブなら国に報告すれば金一封貰えるよ、と教えてあげるとみんなすっ飛んでいく。
そうして微妙な顔で戻ってくる。そんなに大金ではないのだ。どれだけの数あるか分からない一般系のジョブに1万も2万も払っていたら恐ろしい金が飛んでいくので、当然と言えば当然だ。これが上位ジョブだとまた話は変わるのだが。
ちなみに、生徒たちはジョブ『女子高生』系をみんなで調べ上げていた。
『女子高生』系の3つのジョブスキルの中には、【女子道】というものが必ず入っていた。他2つは特殊だったり、能力アップ極小系だったりする。
【女子道】は術理系のスキルで、お化粧や美容方法、シェイプアップ術などの身体的な美を磨くための技術を学べる。
もちろんすぐさま達人にはなれないのだが、コツを掴むのが非常に上手くなる。
命長きよ咲き続け乙女と言わんばかりの、女子垂涎のスキルであった。
【女子道】は、ほぼ全ての女性や一部の男性にも得られるジョブが存在している。
しかし、生徒たちは話し合い、3か月間は普通のジョブに就こうという協定を作った。
これは後述する風見町の大人たちと同じ理由だ。
さて、ジョブを得た者は、命子やささらママが作った攻略サイトが勧めるように、まずは『修行者』になって魔力量を増やしていく。
この期間は劇的に強くなることはない。基礎の基礎を作っている段階だ。
魔力が30くらいになった者は、ジョブを変えていく。
多くが見習いの剣士系や棒術士、NINJAだ。
サポートをしたいと言っていた者も、まずは戦闘系ジョブに就く者が多かった。風見女学園の生徒たちも協定により、みんなが戦闘系ジョブに就いた。
ジョブをマスターしないまでも、『術理系』や『身体つき系』の恩恵を受けて、ある程度の武力が欲しかったのだ。
というのも、実際に敵と戦って危機感を強めたからである。
練習用と言われるダンジョンの最初の敵ですら、普通の木刀などでは大の大人が10発以上殴らないと倒せない。移動速度は遅く、攻撃する度にノックバックしてくれるものの、相手の攻撃を一回も受けてはいけないのは非常に恐ろしかった。
さらに、風見ダンジョンの1層には魔本がいる。
素人の彼らは、魔本が放つ水弾の速度に目を剥くことになった。当然、指導者が守ってくれたわけだが、命子が指導者が必要といった意味がようやく分かった気がした。
ちなみに、ダンジョン体験の時は『100/100』の頑丈なエプロンとヘルメットを着用する。キスミアと同じだ。今後人材が揃っていけば、さらに良い貸出防具になる予定だ。
そうやって元々危機意識が強かった風見町の青空修行道場の大人たちですら、この経験で強くならなければならないのだと真に悟るに至った。
危機意識の薄かった大人たちなどは、この経験により、ようやっと慌てることになった。
命子の父親も似たようなものだ。
父は命子や萌々子を娘に持っているので危機感は結構強かったが、劇的な世界の、家族の変化に心が追い付かず、どうすれば良いのか分からなくなってしまったタイプの人間だ。
このように新世界に適応できなかった者もまた、変化の時を迎え始めていた。
そんな父は、朝も早くから一生懸命起き出してトレーニングをし、夜会社から帰ってきては庭で木刀を振るう。
「いつっ!」
夜。
掌にできたマメが剥けて木刀を落とした命子父は、震えるその手を見つめ、やっちまった感に満たされた。
明日も仕事だ、こんな手でちゃんと仕事ができるのか。
しかし、父はジクジクと痛む手を、敢えて握り締め、そのまま目元をグシグシと拭った。
そうして、もう一度木刀を握ると、痛いのを我慢してまた木刀を振るい始めた。
その姿を3つの人影が見つめていた。
命子ママは、窓の陰からこっそりと。まるで、飛〇馬と言わんばかりに。
そして、命子と妹は、ベランダから見下ろす。
2人は腕組みしながら、うんうんと頷いた。
そうやって風見町の多くの者がレベルを得ると、反対に元気がなくなる者もいた。
カルママイナス者だ。
過去の行いが足に絡みつく。
それでふてくされた者も全国で多く見られたけれど、そうでない者もまた多くいた。
命子の学校に通う悪っ娘は、周りの子がジョブに就き始めたのを羨ましく思いながらも、歯を食いしばって己の心と戦うのだった。
彼女たちの咲かす【花】は、ただ静かに風の中でそよぎ続ける。
「ひゃっふーい!」
試験を受けてから2週間後、命子はピョーンとジャンプした。
すでに合格の通知は来ており、本日やってきたのは発行申請した冒険者免許だった。
一見するとドヤ顔にも思えるキリリとした命子の顔写真が貼られた冒険者免許だ。
IDナンバーは、0000000001。
プレミアムナンバーである。
これは、ささら、ルル、そしてルインで紫蓮と話し合い、命子が冒険者ID1番をゲットさせてもらったのだ。
ちなみに、ルルが2番、ささらが3番、紫蓮が4番になっている。
翌日、学校が終わると、命子は自分の家にささらとルルを招集した。
「これから活動予定書を作成します!」
「ニャウ!」
その宣言に、ささらは苦笑いし、ルルはパチパチと拍手した。
「ふふふっ、命子さんはせっかちさんですわね」
「何言ってんのさーんっ! この日のために頑張ってきたんだから!」
というわけで、3人はテーブルを囲んだ。
さて、『ダンジョン活動予定書』(以下、活動予定書)は、冒険者が事前に届け出なければならない書類だ。
少し面倒くさい決まりだが、登山でも計画書を出すのが望ましいと言われるくらいなので、普通に死に得る場所へ入る以上はこういった届け出はどうしても必要になった。
そして、活動予定書の内容があまりに無謀だった場合、不許可になる。
活動予定書は、スマホやパソコンの冒険者専用アプリ『ダンジョントラベラー』に登録すれば、割と簡単に作成と送信ができる。
役場で用紙を貰えば手書きも可能だ。
「いつにしますの?」
「ダンジョンが実際に冒険者へ開放されるのが夏休みに入って2日後だから、その日が良いな」
「じゃあセレモニーの後デスね?」
3人はカレンダーを見て、言った。
命子のお部屋の7月のカレンダーは、開放の日に花丸がついていた。夏休み開始日には何も印がないのに。
ダンジョン開放日が楽しみすぎなその姿勢は、クリスマスを指折り待つ幼女の如し。
さて、命子たちはその日、セレモニーをすることになっている。
冒険者にダンジョンが開放される記念のテープカットだ。
イメージガールのお仕事は、このテープカットとダンジョンから出た後のインタビューで一先ず終わりになる。
「2人はその日から2泊3日で、時間は空いてる?」
「ええ、空いてますわ」
「ニャウ、ワタシも空いてマース!」
じゃあその日から2泊3日な、と命子は頷いた。
「紫蓮さんはどういたしますの?」
「昨日電話して、一緒に入りたいって言ってたよ」
紫蓮は魔界に沈んでない辺りの東京の子なので、ちょっと手間が掛かるのだ。
命子たちはパソコンに向かい合い、活動予定書を記入し始める。
これは6つの必須記入事項がある。
『活動期間』『活動ダンジョンとその階層』『目的』『メンバー情報』『メンバーの装備』『ダンジョン入場の希望日時』の6つだ。
これに加え、命子たちは全員が18歳未満なので、親の同意が毎回必要になる。
3人で話し合いながら、パソコンに打ち込んでいく。
命子はワンフィンガータイピストなので、ブラインド・タッチャーささらが入力だ。テタタタタと高速で打ち込む様に命子が凄い凄いと喜び、ささらは、慣れですわ、などと口元を緩めた。
さて。
まずはなんと言っても風見ダンジョンだ。
あそこを制覇する。
――――
・活動期間
2泊3日『帰還、3日目18時~21時程度を予定』
・活動ダンジョン 風見ダンジョン
・活動階層 1層~16層
・目的
ダンジョンの攻略のため。素材収集、装備更新のため。
・メンバー情報
羊谷命子 冒険者ID1番 レベル15 カルマ値+1500以上
(ささら、ルル以下略)
有鴨紫蓮 冒険者ID4番 レベル6 カルマ値+1000以上
・メンバー装備
羊谷命子 (無限鳥居産の初級装備・以下略)
(ささら、ルル以下略)
有鴨紫蓮 手作りの半ダンジョン装備一式。短剣、頭部ダンジョン産装備。
・ダンジョン入場希望日時
第1希望 7月〇〇日土曜日 午前中
(第2希望以降 翌日からの午前中)
・特記事項
テント持参します。
5層、10層目で1泊ずつする予定です。
――――
このような感じで記載した。
さて、各項目は以下の通り。
――――
・活動期間は、かなり早く帰る分には何も問題ないが、予定帰還日時を大幅に過ぎると注意を受ける。車の運転と同じで、急ぐあまりに死にましたでは困るのでペナルティはないが、何度も連続すると厳重注意が入る。
・活動ダンジョンと階層は、申請した階層より深層には絶対に入ってはならない。これがバレた場合、結構重いペナルティを受ける。
・目的は適当だ。嘘を書く必要はないが、頭を悩ませる必要もない。
・メンバー情報は、基本的に冒険者IDで全て片付く。
IDを照合すれば、その人のランクが分かるのである程度の戦力が分かるのだ。
ただ、セーフティゾーンに宿泊するならカルマ値が物凄く重要になるので、記入したほうが良い。+1000以上で12時間泊まれるので、選択項目は余裕を持った+1500までしかない。
基本的にパーティメンバーが増減したり、メンバーが代わっていたりしてはならない。入る前にチェックされるので、入ることはできなくなる。メンバー変更手続きも『ダンジョントラベラー』で可能なので、それすらやらないなら入んな、ということである。
・メンバー装備は、非常に重要な情報だ。
これにより、深層に降りる許可判定が下りやすくなる。
また、記載した物よりも上質の装備ならば問題ないが、低質の装備を着て当日行くと、入場は不可となる。
・希望日時は、第4希望まで書くことができ、そのほうが受理されやすい。
命子たちは夏休みが始まる生徒の強味を最大限に生かして、セレモニーの後から連日で希望した。どれかは通るだろう。
・特記事項は、アピールポイントだ。
なお、無限鳥居のような難易度変化型ダンジョンは、一回目に限り特殊な手続きが必要になる。
――――
記入した項目をスクショして、各親と紫蓮へ送信する。
すると、すぐに紫蓮から電話が掛かってきた。
命子は、スマホが奏でるデフォルトの陽気な音楽に合わせて上半身だけ踊りながら、画面をよく確認する。
電話の取り方が未だに要確認なのである。通話拒否の赤い丸がやたら目立つから、早く取らなくちゃという焦りも手伝って、つい押しそうになるのだ。
「もしもし。こちらカオティック・デスアビス」
『もしもし。我、ファンタズム・ヴォイド・オメガ』
「ひゅーっオメガちゃんでしたか!」
『そういうお主はデスアビス』
「死の深淵だよ。それでそれで見てくれた? あんな感じでどう?」
『うん。我、凄く行きたい。それで我の母がお話ししたいって』
「マジかよ。え、えっと、じゃあ対応します。オメガちゃんのお母さん怖い人?」
『不思議ちゃん』
「どのくらい不思議な感じ?」
『車のギアのNをナチュラルだという女』
「まるでわからん喩だぞ、それ」
『しゅん。我の鉄板ネタだったのに』
「すまぬ。私はガソリンとエンジンの区別がついたのが中1なんだ」
「メーコ、それヤバいデスよ」
ツッコんできたルルの太ももをペシィッと打っているうちに、スマホの向こうで相手が代わった。
命子の前では、打たれたルルがテンションバカ高モードでささらの太ももにウニャウニャし始めた。テンションスイッチが分からない女の子である。
『もしもしー。お電話代わりました、紫蓮の母ですー』
「あ、こんにちは。羊谷命子です」
『はわー。テレビでクワッてやってた子と同じ声ですー』
「本人です」
『はわー、そうでしたー。それで紫蓮はご迷惑をお掛けしてませんかー?』
「いえ、大丈夫です」
『それなら良いんですがー。この子は、こっそりダンジョンを隠してたりして、もう困った子でしてー』
『母、母、はよして』
命子はこの電話は一生終わらないんじゃないかと思えてきた。
電話の向こうでも紫蓮が急かしている。
『もう、今はお母さんがお話ししてるんだからー。ごめんなさいねー、せっかちな子でー。それでー、ダンジョンに紫蓮を連れていってくださるというお話ですがー、ご迷惑ではありませんかー?』
「迷惑なんてとんでもないです。紫蓮ちゃんの強さはかなりのものなので、心強いです」
『はわー、紫蓮はそんなにー。紫蓮ちゃん、羊谷さんが凄く強かったって褒めてるよー』
『受話器をノーガードで周りと話しちゃダメ』
『はわー、そうだったー』
そんなお話をしてから、最終的に許可が下りた。
「ふぅ、素早さを吸い取られそうなママだったぜー」
電話を切り、命子は汗を拭った。
「20分もお話ししてましたわね」
「内容的には10分で終わりそうな感じだったかなー?」
「メーコ、素早さが吸い取られてマスよ!」
「はわー、なんつってなっ! すんごい可愛いお母さんだったよ。アニメ声だった」
「メーコのママも可愛いデス! シャーラのママは優しいデス!」
「うちのお母さんより、ルルママのほうが可愛いかな」
「そうですわね。ワタクシの母より、ルルさんのお母様のほうが優しいですわね」
「んふふぅ、ワタシのママはなんと36歳なんデース!」
というわけで、活動予定書を送信。
この送信と同時に、登録してある各親御さんのスマホなりパソコンなりに、同意するかどうかのお知らせが届く。
未成年者なので、とにかく面倒くさい。
そうして最終的に、審査が通った旨が命子たち4人のスマホに送られてきた。
日時は、土曜日のセレモニーが終わる9時30分、その直後だ。
優遇してもらえたようだった。
キーンコーンカーンコーンと学校のチャイムが鳴り、学校中の空気が変わった。
しかし、チャイムが鳴る=学校が終わる、という方程式は成り立たない。HRが終わった順に解散なのだ。
それなのに、チャイムが鳴った瞬間に空気が変わる不思議。
次第に各クラスで続々とHRが終わり出し、ついに命子たちのクラスも終わった。
「それじゃあ怪我などないように、2学期に元気な顔を見せてくれよ。解散!」
「「「わぁー!」」」
命子の担任のアネゴ先生の終了の言葉で、命子たちに夏休みが来た。
キャッキャした声がそこかしこで上がり、そんな中には満面の笑顔の命子の姿もあった。
今年の夏はダンジョン三昧の予感。
去年の夏は何をしたっけ。
そうだ、有明で迷子になったんだ。それしか思い出せない。
廊下では、上がり過ぎたテンションの果てに、わっしょいが始まっていた。
魅惑の夏が人を狂わせているのだ。
それにより、夏休みが始まろうってのにささらが若干ビビり始める。
命子だけじゃなく、多くの子たちにとって今年の夏は特別なものになりそうだった。
遊びの夏、恋の夏、部活の夏、受験の夏。
そんな今までの夏休みに、修行の夏、という1年前では理解不能なワードが組み込まれるのである。
命子は、教室の窓から白い雲が棚引く夏の風見町を見つめる。
マジ、セミがうるせぇ。
しかし、今だけはそれも許そう。
このセミの鳴き声こそ、夏休みが始まるファンファーレなのだから。
「夏が来た……っ!」
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、大変励みになっています。
誤字報告もとても助かっています。ありがとうございます。