1-1裏 もう一人の羊谷命子
本日もよろしくお願いします。
有鴨紫蓮は、蔵の中で発見した自分だけの秘密基地で、パチパチと手を叩いていた。
謎の声が言うには、これから世界はファンタジーに満たされるらしい。
それが本当のことかドッキリなのか分からないけれど、本当のことだったらこれほどめでたいことはない。紫蓮はとりあえずお祝いしたのだ。
『それでは、地球さんの新たなステージをお楽しみください! まったねぇー!』
紫蓮に祝福されたことを喜ぶような楽し気な様子で、謎の声は告知を終えた。
これから忙しくなる、とふんすと気合を入れた紫蓮だったが。
「ぴゃ」
次の瞬間、光に包まれた。
そうして光が収まり気が付けば、そこには全石造りの廊下が延びていた。
「我、選ばれた?」
コテンと首を傾げつつ、紫蓮の身体はそわそわする。
そわそわはやがて限界値に達して、ズンドコと踊りだす。無表情に見えるが、唇が嬉し気にムニムニ動いていた。
「いけない。魔物が出る」
紫蓮はハタとして踊りを止めた。
すぐにステータスを表示してみる。
――――
有鴨紫蓮
14歳
ジョブ なし
カルマ +1001
レベル 0
魔力量 19
・スキル
【生産魔法】
・称号
『地球さんを祝福した者』
――――
「我、選ばれてない?」
どういうシステムになっているかよく分からないが、スキルが完全に戦闘向きではない。生産ってモロに書いてあるし。
しかし、今読んでいたラノベは、生産職なのに超強くなる物語だった。
はたして、このスキルはどうなんだろうか。
そんな風にスキルについて考えていると、紫蓮の脳にピシャゴーンと衝撃が走る。
「ぴゃ」
無表情な顔をほけーとさせているうちにインストールされたのは、【生産魔法】についての情報。
やはり、このスキルは生産職のスキルであった。
物を作るためのあらゆる工程でこのスキルを使用すると、魔力がどんどん減る代わりに普通に作るよりも強力な物になるらしい。
地上産の素材ではほぼ効果は発揮されず、ダンジョン産の物に使用するスキルである。
ただし、それでも普通に作成するだけでは高い効果は望めないようだった。
高い効果の物を作る方法は各生産職のジョブスキルに内蔵されているのだが、この時の紫蓮はそこまで分からなかった。ちなみに【生産魔法】は全ての見習い生産職に内蔵されたジョブスキルだ。
「しゅん……」
この結果を受けて、紫蓮はしょぼくれた。
闇魔法だったら良かったのに。
「我、死ぬかもしれない……」
俯く紫蓮だが、ぎゅーっと目を閉じてから、顔を上げる。
せっかく世界がファンタジーになったのに、死んでなるものか。
ここで死んだら、漫画の冒頭で主人公に全く関係ない場所で死ぬモブみたいじゃないか。そうしてモブが死んだ後に、緊張感のない主人公の日常場面が始まるのだ。そんなの我慢できない。
紫蓮は、カッコいいロングコートの裾をギュッと握り、通路の奥を見据えた。
死ぬものか!
この状況において頼みの綱は【生産魔法】だ。
紫蓮は持ち物を確認した。
・黒い七分袖、長ズボン、カッコいい黒いロングコート、編み上げブーツ。
・冥王の魔眼
・ペットボトル、チョコ
ロクな物がない。
そう思って紫蓮は泣きそうになるが、ごしごしと目を擦って今やるべきことを始める。
紫蓮はすぐにズボンを脱いだ。
暗黒の炎が燃える、お気に入りのスキニーパンツだ。
下着が露になったので、ロングコートの留め具をしっかりと止めて前を隠す。
紫蓮は【生産魔法】を使用する。
手の平に薄らと光が宿り、紫蓮は状況をしばし忘れてドキドキした。
スキニーパンツの片足をコブ結びで縛り、ペットボトルのお茶で濡らして、さらにきつくする。
その片足に冥王の魔眼を放り込み、先端から動かないようにまた縛った。
冥王の魔眼は、現世と魔界を繋ぐ神話級のアイテムだ。
紫蓮が中学2年生の夏休み、満月の晩にたまたま作り上げてしまった一品である。
素材は、蔵にあったよく分からない丸い石と絵具。
直径6センチくらいの球体なので、紫蓮の細足用のスキニーパンツの足先はパンパンになった。
ズボンの入り口をグルグル回して綱状にして、解けないようにそこでも一回結ぶ。
「完成」
即席ブラックジャックが出来上がった。
気づけば手からは【生産魔法】の光が消えており、ステータスでは魔力が0になっていた。
魔力が0になると気絶状態になる仕様だったら終わってた、と紫蓮はコクリと頷く。
なんにしても、【生産魔法】で作った武器。
地上産の素材ではほぼ効果を発揮しないという話だけど、やらないよりは強くなっていると思っておく。
紫蓮は早速スキニーパンツをぶん回した。
冥王の魔眼の重みにより、ただのスキニーパンツなのに風を切ってブンブンと鳴る。
しかし、この手の武器を使ったことない紫蓮は、この後どうすれば良いか分からない。剣や二刀流、ガンカタなら分かるのに。
脛にでも当たったら嫌なので、ゆっくりと停止させる。
「お前は煉獄冥王鞭」
片側と真ん中を持って、ブゥーン!
片側と真ん中を持って、ブゥーン!
イケる。
紫蓮は確信した。
石造りのダンジョンは、前後に道が延びている。
直感に従い、最初に向いていたほうへ向けて歩き出す。
すぐに丁字路にぶつかり、右へ行ってみる。
L字に曲がった先をそっと覗くと、そこには宝箱がぽつんと置いてあった。
「ぴゃわ! 我、選ばれたかも!」
ててぇーっと走り出し、宝箱の前に立つ。
これ、貰ってもいいのかな、とキョロキョロ周りを見回してから、紫蓮はコクリと頷いた。
蓋を開けると、中には片目と頬の半分ほどを覆う仮面が入っていた。
紫蓮は、ぴゃわぁー、と仮面を手に取る。
「ハッ、吸血鬼になるかも」
しかし、1層目でそんなぶっ壊れた呪い装備が登場するとも思えない。
ドキドキしながら、紫蓮は顔に装着してみる。
留め具もないのに、仮面はすっと吸い付いた。
すぐに犬歯を触るけれど、特に変わった様子はない。身体にも異変はない。
というか、無さ過ぎる。ステータスも特に変わっていない。
「極滅火炎球。出ぬ。ファイアボール。出ぬ。火よ。水よ。風よ。土よ。ぜぇあ! 出ぬ」
試しに魔法を唱えてみるが、何も起こらない。
「普通の装備?」
現状ではなにも分からないので、とりあえずこの件は放置するほかない。
探索を続けようと思った紫蓮は、ふと宝箱に目を向けた。
持ち運ぶことは無理そうだが、解体できないものか。そうすれば、木片がちょっとした武器になりそうなのだけど。
しかし、そんなに上手くはいかなかった。
まず持ち上がらないし、足で蹴ってもビクともしない。
なんとなく中に入ってみると、凄く落ち着いた。部屋に欲しいくらいだ。
「ハッ。時間泥棒」
紫蓮は宝箱から抜け出して、煉獄冥王鞭を両手で構え、探索を再開する。
先ほどの丁字路まで戻り、新しい道へ向かう。
角でこそっと先を見ると、そこには70センチくらいの木人形がいた。
デッサン人形を大きくしたようなフォルムだが、腕だけが身長に対して長い。40センチくらいはある。
そんな木人形のキレッキレな目と紫蓮の目がばっちり合う。
「ぴゃ」
紫蓮はハッとしてすぐに顔を隠し、あわあわする。
すぐに来た道を引き返し、様子を窺った。
しばらくすると、角から木人形が紫蓮の後を追いかけて現れた。
しかし、その動きがどうにもおかしい。
まるで雲の上を移動しているようにふわふわとした動きで、さらに移動が遅い。
「だ、ダークネスアロー! 炎よ! ま、マジックボール! だ、ダメだぁ……」
ピンチにより覚醒したかもしれないので魔法を唱えるけれど、何も起こらない。
その間にも木人形はふわふわと近づいてくるので、近づかれただけ後ろに逃げる。
「わ、我……あうぅう……」
どうするか考える紫蓮。
敵はそんなに強そうではない。
そして手には煉獄冥王鞭。
「や、やったる」
できるだけ煉獄冥王鞭を長く持ち、気合を入れる。
後退しながらフワフワする動きのタイミングを必死で計り。
「や、やぁっ!」
思い切りぶん回した。
冥王の魔眼が入っている箇所が木人形の首にクリーンヒットする。
ビキッという音を奏でながら、木人形は真横に吹っ飛んだ。
「やったか!?」
紫蓮の口から無意識にフラグが飛び出てしまったけれど、気づかない。心の底からそう期待したのだ。
しかし、木人形は死んでいない。
まさに糸が切れた人形と言わんばかりの姿で倒れていた木人形は、また糸で吊るされたような動きでふわりと動き始める。
「うぅうう……や、やぁっ!」
紫蓮はまた煉獄冥王鞭を振り回す。
その攻撃もまた木人形は避ける素振りも見せずにヒットして、床に転がった。
紫蓮は混乱した。
まるで相手の攻撃パターンが分からないのだ。
認めたくないが、自分の攻撃は素人丸出し。
攻撃力はあるだろう。大人だってまともに喰らえば首の骨がおかしくなりそうなほど、最初の一撃は勢いをつけて当てたのだから。
けれど、避けようと思えば簡単に避けられるだろうし、なんならスキニーパンツを手で掴んでもいい。
そういった行動を一切取らずに、ただ近づいてくるだけ。
それがあまりに不気味だった。
防御力がえげつないのだし、攻撃力も同じかもしれない。
絶対に近づいてはダメだと認識して、紫蓮は戦いに集中した。
もし、無理だと思ったら一目散に逃げる。それだけをしっかり意識した。
それから何回も煉獄冥王鞭をヒットさせる。
途中で冥王の魔眼を固定している結び目が気になり、少し離れてギュッギュッと締め直したりして、戦闘を続けた。
攻撃する中で、コイツがどういう攻撃をしてくるのかも朧気に分かった。
木人形は、抱き着いて何かしてくる敵に違いない。
70センチの身長なのに40センチほどもある長い腕。それを何度か紫蓮のロングコートへ伸ばしてきたことがあったのだ。
やはり絶対に近づかせてはダメだと紫蓮は再認識する。
それからまた何回もヒットさせ、ついに木人形を倒した。
「わ、わ、わ、我、勝った!」
ぴょーんぴょーんとジャンプして喜ぶ紫蓮は、ハタとする。
ここはダンジョンだ。油断はできない。
光となって消えた木人形の後には、丸い綺麗な石と木人形の腕が一本落ちていた。40センチの腕だ。
紫蓮は2つを拾い上げ、【生産魔法】を使用しながら、スキニーパンツの足の中に入れる。
今のスキニーパンツの中身は。
片結び、冥王の魔眼、片結び、腕、といった感じだ。腕の終わりくらいで股部分に到達する。紫蓮が握るもう片足部分は未だ何も入っていない。
合体を終えた煉獄魔王鞭を振り回す。
ビュオンと音が鳴った。
「強くなった」
紫蓮はコクリと頷いた。
気になるのは、スキニーパンツの強度。
丈夫な生地だが、こんな使い方は想定されているはずもない。
これが破けたら、ダンジョン内でマラソンするしかない。
「はっ、そうだ。レベル……ぴゃわ!」
紫蓮はステータスを確認すると、レベルが1に上がっていた。
ギュッギュと手のひらを握ると、なんだか凄い力が宿った気がしないでもなくもなかった。
「運命は動き出した」
紫蓮はダンジョンを歩き出した。
このダンジョンの敵は、木人形と惰眠ケモだった。
惰眠ケモは、ウサギとネコとオタマジャクシを足して3で割ったような愛らしい見た目の魔物だ。
100%寝ている敵で、紫蓮はわざわざ起こすのも怖いので全部スルーした。ちなみに惰眠ケモは紫蓮が命名。
この後、紫蓮はこのダンジョンに繰り返し入ることになるが、一度たりともコイツとは戦わなかった。
紫蓮はネトゲで、眠っている敵を起こしてフルボッコにされた経験があったのだ。
寝ている敵は起こしちゃいけない。少なくとも勝てると確信できるまで。
紫蓮は地図を描けるものがなかったので勘だけで探索を続け、幸運にも2時間という速さでゲートに辿り着く。地図を描いていれば、マップ完成度は3割にも満たなかっただろう。
2時間の探索の間で煉獄冥王鞭は破け、紫蓮は新しい武器を作る。
木人形は腕や足を落としたので、ジャケットの紐などで連結して棍のようにしたのだ。
それでなんとか敵を倒してきたけれど、やっぱり自分には決定的に準備が足りないと理解している紫蓮は、帰ることを望む。
しかし、目の前には青と赤のゲート。これと言って案内板はない。
「赤は止まれ」
紫蓮は迷わず赤に入った。
結果、いつもの秘密基地に出現した。
「ダンジョン……」
近くの床でクリーム色に輝く渦を見て、紫蓮はそわそわした。
怖かったけれど、今までの人生で一番楽しかった。
自分の持てる物で武器を作り、極限の集中力で敵を倒す。
倒した敵のドロップで武器を強化し、さらに敵を倒す。
まさに非日常。
自分の人生が量産型ではない一品ものの物語になっている確かな実感があった。
「どうしよう。母に言う?」
問題はこのダンジョン。
報告するべきか、せざるべきか。
そんなことを考えながらソファに座ると、バサリとラノベが落ちた。
生産職で最強になる物語だ。
その物語は関係ないのだが、ラノベというジャンルが紫蓮の頭の中で一つの単語をペカーッと光らせる。
プライベートダンジョン。
「甘美」
……クリアするまで黙ってよう。
自分がもっと強くなったら、家族を入れるのも良いかもしれない。
紫蓮は、口をムニムニして口角を上げた。
今、運命の歯車が回り始めたと。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、大変励みになります。
誤字報告も助かっています。ありがとうございます。