3-12裏 メリス・メモケット
本日もよろしくお願いします。
キスミア国で一番ハイでヤングでナウな都市、ニャルムット。っていうか首都。
そんな都市の煉瓦造りの風情あるお家で、メリスは今日も今日とて動画を見ていた。
画面に映し出された龍を討伐する友人の姿に、メリスは目をキラキラさせる。
羊谷命子が龍の意表を突き、笹笠ささらが龍の右目を斬り飛ばす。
そうして親友の流ルルが痛みに吠え猛る龍の首を駆け上り、小鎌で目を抉りながら空中で華麗にジャンプを決める。
その瞬間のルルの姿に、メリスは堪らなく憧れた。
学校が終わり、近所の公園で修行をして、そうしてから家に帰ったメリスは毎日2回は地球さんTVで龍滅戦を観戦した。全部を見るにはちょっと尺が長すぎる。
これは何もメリスだけのことではなかった。
世界中でも、少女たちが龍と戦う十数分間の映像に、ファンはとても多い。
台本はなく、CGも使わず、すべてがアドリブ。地球さんがレベルアップしたことで拡張された人の可能性のみで戦う3人の姿は、カッコ良すぎたのだ。
けれど、メリスはその後に始まる命子たち3人の泣く姿が嫌いだった。
命子とささらのいる場所は、自分の席だったのに。
けれど、ルルに日本で良いお友達ができて、嬉しく思う自分もいる。
しゅんとしちゃうけれど、命子たちには感謝の念もあるのだ。
メリスは枕を抱えて、窓辺へ行くと、遠くに見えるキスミアの猫山を見つめる。産業革命以降の激動の世界情勢の中、他国からの進攻を幾度となく防いでくれたキスミアの守り神だ。
猫山は、香箱座りした猫を横から見たような形をした山だ。目の部分にはぽっかりと穴が開いており、お尻には尻尾もある。
「ルル……」
ルルの幸せを祈り、同時に自分も冒険したいと猫山に願う。
そんな日々が続き、その日もメリスは市民公園で修行をしていた。
この市民公園は、以前はカップルがシートを敷いて寝転がったり、男の子たちがボール遊びをしているような公園だった。
けれど、羊谷命子の大演説によって、かなり様変わりした。
いろいろな人が修行を目的にして、集い始めたのだ。
メリスは他国のことは分からないけれど、この国の人々のやる気が高いのは分かった。
その理由は、龍滅を成した3人の内の1人、ルルの故郷がこの地だったからだ。
さらに、自分たちが手に入れたダンジョン内のお金を、キスミアを守るために使ってくれと分けてくれた。
受け渡しが行われた映像は、日本の総理大臣とキスミアの首相が握手するシーンだったけれど、ルルたちの献身はしっかり報道された。
贈られた装備を身に着けたキスミア軍人たちは、誰も彼も誇らしげであった。
日本のアニメで見るようなコスプレチックな装備だが、キスミア人にはよく似合っていた。
15歳の少女にこんな贈り物をされて、これで滾らない奴はキスミアっ子じゃない。
ほどなくしてキスミアでもG級ダンジョンの10層で妖精店を見つけるが、ルルたちから受けた恩は忘れない。
そんな中でも、メリスはルルの親友だっただけあって、特に修行に熱心な子の1人だった。
キスミア女子の猫のようにしなやかな四肢が、躍動する。
両手に持った武器が、シャシャッ、シャシャッ、とカッコ良く動く。
絶対に強くなってやるぞ、とメリスの瞳に炎が燃えていた。
そんないつもの修行風景だったのだが、今日はこのすぐあと、大ニュースが飛び交うことになった。
初めにその情報をキャッチしたのは、サポート場の人たちだった。
彼らは修行場にいる人たちを、すぐに集合させる。
元々が勝手に集まってきた人たちだけに、集合なんて合図はなかったけれど、集まれ集まれ! と呼ばれて、わいわいと集合する。
そうしてメリスが聞いたのは、ダンジョン『体験』制度が始まるという知らせだった。
ダンジョン体験は、国民にダンジョンに入らせ、レベルアップしてもらうための制度だ。
キスミア政府が発表したことによれば、参加者のレベルを2まで上げる取り組みなのだとか。
参加者4人に対して、指導者が2人つく。
そうしてレベル2まで上がったら、来たるダンジョン一般開放まで修行して待っていてくれ、というものだ。
キスミアは小国だ。
国土は、日本の埼玉程度の面積しかない。
人口も相応に少なかった。
この条件は、国民にダンジョン体験をさせるのに問題が生じにくかった。
例えば、国土が広く、人口も多い国だと、長期間、国民にレベル差が生じてしまう。
これは1月や2月なんて期間ではなく、何十年単位で遅れる可能性がある。
大きな国は、そういったことの調整に非常に手こずっていた。
こういった問題が、キスミアはほぼ起こらないのである。
キスミアは、世界でもいち早くダンジョン深層への探索プロジェクトを精鋭数部隊を残して縮小した。
その分、国民のレベル上げのための土台を作ったのである。
これは日本と提携して行われたことだ。
日本はG、F、E級の探索を進め、その情報をキスミアへ提供する。
キスミアは、国民のレベルアップのノウハウや問題点を洗い出し、日本へ提供する。
ルルたちが提供した3万ギニーから、両国間でこんな協力関係が生まれたのだ。
のちに、2つの国から始まったこの同盟は他の国も合流し始め、そのシンボルマークは3枚の金貨が重なりあうデザインとなる。
そして、このダンジョン体験は、『レベル教育』と呼ばれるようになる。
ダンジョン体験は、プラスカルマの者だけが役所で申請用紙を貰え、応募できた。
メリスはすぐに応募して、第2陣の権利をゲットする。
2陣と言っても、1陣と2日しか変わらない。
ダンジョン体験は時間に物凄く厳しく、遅刻する可能性が低いG級ダンジョンに近い者から優先的に権利が手に入ったと後に知ることになる。
メリスは、政府が作ったサイトから、どういうことが行われるのか熟読して、その日を待った。
当日、メリスはふんすと気合を入れて、会場の大学へ向かった。
権利を獲得した者は、それぞれが割り当てられた時間に会場に行くことになる。
メリスは9時の組だ。これ以降3時間おきにそれぞれ講習があり、18時が最後の組となる。
500人を超える人が、各教室で説明を受ける。
キスミアにはG級ダンジョンが2つあるので、同じことが各地で行われている。
まだ始まったばかりの制度なので、下限年齢は14歳。上限年齢はなし。
少しずつ調整され、下限年齢はすぐにでも下がると思われる。
また、カルマがマイナスの者はとてもレベルが上がりにくいので、ひとまず慈善活動にGOだ!
教室での説明では、体験の流れ、自分たちが戦う敵の特徴や倒し方、ジョブシステムの説明、絶対やってはいけないこと等の注意点などを教わる。
敵の倒し方は、30分の講習映像としても流れ、非常に分かりやすい。
とはいえ、それらはサイトに掲載されていたことばかりだった。けれどメリスはしっかりお話を聞いた。
そして、最後にダンジョンに入る際は指導員の指示に従い、速やかに入場するように言われた。
これは特に念入りに言われたので、メリスはなにか理由があるのだろうと察する。
そうして、体験の準備が始まる。
メリスは、配られた丈夫な生地のエプロンとヘルメットを着けた。
これは羊谷命子が使用してとんでもなく有名になったスキル【合成強化】が施された地上産の装備だ。
地上産の装備は強くないというのは世間では常識になりつつあるが、【合成強化】を掛けることで、多少だが強くなる。
この装備だと、これから向かうダンジョンの敵の攻撃を万が一喰らっても死にはしない。凄く痛いが、死にはしない。
さらに、色々な武器が貸し出される。
どれもこれも、基本的に長い武器だ。メリスのようにNINJAを目指したい人としては、短い武器を使いたいところだが、魔物を倒すには長い武器のほうが安全だからこうなっている。
これらの武器には、中途半端に【合成強化】が施されているらしい。
マックスまで強化すると、強くなりすぎてしまうので中途半端なのだとか。
メリスは、木刀をゲットした。
すっかり装備を終えたメリスは、近くにいた娘を捕まえて、スマホで撮影してもらった。
その画像をルルにルインで送る。これからダンジョン入るよ、と。
『ミャー! メリス、頑張ってね!』
『すぐに追いつくかんね!』
『まっておるぞメリシロウ……それにしても、その装備、ダサいね』
『言うな! 強いられているんだ……っ!』
そんなやりとりをして、いざダンジョンへ!
しかし、ここからが慌ただしかった。
メリスのグループの4人は、全員が同年代の女の子だ。
そこに指導員のお姉さんが2人つく。
これはダンジョン内ではおトイレの問題があるために、異性を混ぜないように組まれているのだ。
このチームでひとまとまりになり、指導員の指示に従って、移動。
G級ダンジョンの入り口に向かう長い列の最後尾に並んだかと思えば、どんどん人がはけていく。
はけた分だけ、メリスたちの後ろに人が並んでいく。
ダンジョンの渦が見える場所までくると、どうしてこんなに速いのか理解できた。
時間に追われるようにしてダンジョンへ入らされているのだ。
渦の近くには、なにかを計測している研究チームがいた。その中には日本人もいる。彼らは入場者とパソコン画面を交互に見やって酷く真剣だった。
メリスからは分からなかったが、それは1組あたりがスムーズに入場できる時間が計測されていたのだ。
これが国としては、とんでもなく重要なことだった。
1日は24時間、1440分、86400秒しかない。
1組あたり1分消費すれば、1日にこのG級ダンジョンに入れる組は1440組。指導員2人を抜かして、5760人だけしかダンジョン体験ができない。
全員が速やかに行動してくれて30秒に短縮できれば、11520人がレベル上げを開始できる。キスミアの場合はG級ダンジョンが2つあるので、合計で23040人だ。
キスミアは人口が150万人程度しかいないので数か月で終わるが、協力関係にある日本は1億2千万人もいるので、このデータは方針を考えるためにとても価値のあるものになる。
ちなみに、最終的には、この人口からマイナスカルマ者を抜かして考えられる。
まだ試験段階のため18時に講習を受けた組で終わりだが、データ収集が終われば、そのデータを基にして1日に捌ける人数を算出し、24時間体制でレベル上げが開始される。
そうでもしなければ、最初と最後の人で、差が開きすぎてしまうのだ。
それを最小限に抑えるための実験が、このキスミアで行われているのである。
とまあ、メリスにはそんな事情は関係ないわけで。
とにもかくにも、指導員のいうことを聞いて、慌ただしく入場する。
まず初めにお姉さんが1人入り、事前に説明があった通り、4人は急いで渦の中に入っていく。そうして最後にもう1人のお姉さんが。
入場までの記録、24秒。
ダンジョンは6人までが1つのパーティとして同じ場所に落ちることができるので、ダンジョン体験ではこのような順番に入ることになっている。
ちなみに、もし当日欠員が出た場合は、猫をパーティーに入れたりする予定である。
「さて、ここがダンジョンよ」
お姉さんAが腕組みしながら言った。
入場前の慌ただしさはどこへやら、一息ついたようにゆったりだ。
メリスは、いきなり石作りの通路に出て、目をキラつかせた。
これから私の冒険が始まるのだと。
「事前に話があった通り、これから君たち4人で敵を倒してもらいます。私たちの指示をよく聞くように。わかりましたね」
お姉さんの言葉に、メリスたちはしっかりと返事をした。
指導員に守られるようにして、メリスたちはダンジョンを歩き始める。
すぐに、敵が現れた。
「にゃもー」
そう鳴いて登場したのは、体高30センチくらいの四本の足を持つナスだった。
「ホントにニャモロカだ……」
メリスは呟く。
ニャモロカはキスミアで有名なおとぎ話のキャラクターだった。
人間に食べられたくないナスが、猫のふりをして人を騙すお話である。最終的には知恵ある幼女に食われる。
このダンジョンの1層には、他にもポプラの木のような魔物が現れる。これもまたキスミアで有名な悪戯妖精の一種だ。
コイツは、砂を生成して目つぶしをしてくる。
「姿形はニャモロカを彷彿とさせるけれど、れっきとした魔物よ。まずは私と一緒に倒してみましょう」
お姉さんの指導の下で、戦闘体験が始まった。
ニャモロカは4本の足を使い、ぴょーんぴょーんと1メートルくらいの高さまでジャンプしながらやってくる。
事前の講習で、ニャモロカには移動用のジャンプと攻撃用のジャンプが存在し、攻撃用のジャンプ時は斜め下から腹部を目掛けて突っ込んでくると教わっている。
攻撃射程は1.5メートルほどで、その圏内で地面に着地した場合は次のジャンプが攻撃である可能性が非常に高くなる。この攻撃はかなり強く、エプロンが無ければアバラが折れるほどなのだとか。
その他にも、移動用のジャンプで敵にくっつき、足で殴ってくることもある。こちらは弱~中攻撃だ。引っ付かれた場所によって危険度が増す。
「いい? 移動用のジャンプをした瞬間に自分から相手に突っ込み、攻撃するの。無理をして攻撃ジャンプを発動させないようにね」
そう言って、お姉さんは素早く踏み込み、指導員用の少し変わった形状の武器でニャモロカを叩いた。
その一撃で、ニャモロカは壁に当たり、ポテンと落ちる。
「ニャモロカのジャンプ突進は、一度ジャンプして着地すると同時に踏ん張る必要があります。こうして地面に落としてしまうと、ジャンプ突進は使えません。けれど、近づきすぎるとくっつかれて前足で殴られます。注意して攻撃を加えましょう。それでは順番に、攻撃してみてください」
お姉さんの使う指導用の武器は、スイッチを押すとカシャンと先端がY字状に変形する。
それでニャモロカを地面に押さえ込み、安全性を確保した。
はわぁ、凄いパワーレベリング……と、慄くメリスのおんぶに抱っこな戦いが始まった。
「えい!」
「やあ!」
そんな掛け声と共に、順番に攻撃が加えられる。
対するニャモロカはお姉さんに封印されている。リンチである。
全員が3発ずつ殴りニャモロカは光になって消えた。
後に残ったのは、ナスだった。
「これであなたたちはレベル1になったはずです。ですが、レベルアップと同時に力が湧き上がることはありません。この先も油断せずに探索を続けましょう」
安全なダンジョン行は進む。
この体験は6時間のダンジョン滞在が予定されており、レベル上げとジョブシステムの開放を目的としている。
故に、ダンジョン内では色々な行動が推奨されていた。
例えば、スマホでの撮影やメモなどだ。これを行うことで、『見習い記録士』がジョブに出現しやすくなる。行なった頻度が低いと出現しない場合もある。
そうして2時間ほどが過ぎると、お姉さんは言った。
「さて、そろそろ敵を倒すのも慣れてきたかな?」
4人はコクリと頷いた。
敵を倒す分には慣れたけれど、戦闘にはたぶん慣れていない。なにせ、おんぶに抱っこだったし。
その後、1人ずつ戦闘することになる。
お姉さん2人が、戦闘をサポートしてくれる。
まずはメリスからやることになった。
自分から志願したのだ。
ルルは、強くなりたいと自分から積極的に行動した。
後追いの形になる自分が誰かの戦い方を見て、最初は上手くできなくても良いんだな、なんて心の平穏を得てどうする。
指導員さんのサポートを受けてもいい。とにかく、甘ったれた思考にだけはなってはダメなのだ。
今までお姉さんに教わったことをしっかりと守り、メリスはニャモロカと戦う。
メリスの初期スキルは、【魔力回復速度アップ 極小】とこの戦いで役に立つものではない。
精神を集中して、修行した通りにステップを踏んで攻撃を加える。
移動用ジャンプをしたら踏み込んで攻撃。
敵が弾かれれば少し詰め、また移動用ジャンプを待つ。
敵が弾かれずに近くに落ちたら、すぐにバックステップ。上手い人なら、ここで斬り上げたりもできるだろうけれど、メリスは基本を守った。
お姉さんが押さえつけてくれていた時とは、緊張がまるで違う。
攻撃をミスれば、その直後にニャモロカは踏ん張ってジャンプ突進を使ってくる。
それを使わせてしまえば、指導員さんが割り込んで終わりだ。
5発、6発と攻撃を加える。
メリスの体感で10分近く戦っていそうに思えたが、きっとそんなことはない。
ダンジョンでここまで歩いたよりも、この数分の戦闘のほうがずっと消耗した。
そうして、14発目にして、メリスはニャモロカを倒した。
「はぁーはぁー、やった……」
光となって消えていくニャモロカは、ナスと小さな魔石を落とす。
お姉さんがそれを拾い上げ、メリスに渡す。
「よく頑張ったわね」
「は、はい! 今日のご飯はお祝いの焼きナスです!」
うん、とお姉さんは笑顔で頷いた。
この体験で貰えるドロップは決まっていた。
そうでなければ、レアドロップの扱いに困るからだ。
ナスと魔石は貰えるものである。
メリスは、小さな魔石のほうをお守りとしてずっと取っておくことにした。
ダンジョン内で4時間を過ごし、それぞれがジョブに就ける条件の1つを満たす。
あとは赤いゲートを潜って地上に戻れば、ジョブチェンジができる。
体験で予定されている6時間の内の2時間は、様々なジョブを出現させるための活動時間だ。
早めにゲート付近までやってきた一行は、その場所で各々がジョブに関わりそうな行動を取り始める。
裁縫をする者、二刀流でシャシャーッとする者、持ってきたナイフを砥石で研ぐ者……
指導員さんもジョブ取得用の道具を持ってきており、4人に貸し出す。これもまたこの体験の一環であった。火を起こして、料理を作ってみたりもした。ナス焼きである。
時間が経つごとに、チラホラと別グループの人たちも集まってきて、ゲート付近は祭りの終わりを彷彿とさせる賑やかさがあった。
たまに敵が来ると、志願した人が指導員と共に倒す。
メリスもまたそんな一人だった。
そうして6時間が経ち、メリスの初めてのダンジョン行は終わった。
ダンジョンから出ると、猫山に太陽が沈む時間になっていた。
メリスは同じグループだった子たちとルイン交換して、別れる。
メリスは、キスミアの守護神・猫山を見つめた。
「絶対に追いついてみせるわよ、ルル。そしたら一緒に冒険するんだかんね」
初めて自分一人で倒した魔物の魔石を握りしめ、メリスは猫山に誓った。
山の中にぽっかり空いた猫の目を思わせる穴に太陽が重なり、黄金色に煌めく。
メリスの今日のご飯はぷりぷりに太ったナスだった。
美味いっ!
読んでくださりありがとうございます。
【連絡】申し訳ありませんが、3日お休みをいただきます。次回の投稿は10月10日の夜とさせていただきます。