3-10 イメージガール
本日もよろしくお願いします。
「良いね良いね! 可愛いよーっ! ささらちゃん、もうちょっと顔上げてみようか! わぁー、それ凄く良いよー!」
カメラマンが夢中で激写する中、命子たちはポージングを取りまくる。
ここは隣町にあるフォトスタジオ。
風見町のフォトスタジオはボロすぎたので、こちらになった。
そう、3人は今、イメージガールの撮影をしているのだ。
その恰好は、無限鳥居の和装だ。
一般人へのダンジョン開放に向けたこのイメージガール戦略において、衣装はこの装備以外にあり得なかった。
なお、ウサミミやタヌキミミはついていない。あれは見る人を選ぶ。
この撮影に伴い、この前の式典同様に、3人とも薄らお化粧をしている。
カメラ映りはお化粧で大きく変わるのだ。
「はぁー、3人とも超可愛いわねぇ」
とは馬場の言。
もはや馬場は、担当官というよりも命子たちの専属マネージャーみたいになっていた。
馬場の言う通り、化粧をしたことで3人は花の精もかくやと言わんばかりの可愛らしさであった。
素材の良さと若さ、そしてプロの化粧技術がコラボした結果であった。
そんな中で、スタイリストの女性は首を傾げていた。
このスタイリストは、この業界ではかなり有名な人だった。
そんな彼女の指先が、なにか普通の娘とは肌の質感が違うように感じたのだ。
その原因は、レベルアップによる肉体限界やトレーニング効率の上昇に起因していた。
お肌に良い物を食べ、美顔石鹸で顔を洗い、化粧水をつける。さらによく笑うことで顔筋肉が鍛えられる。
このお肌トレーニングが、3人のお肌に現れてきていたのである。
この事実は今、各国でひっそりと研究されていた。
もしこの情報が洩れたなら、世の女性がダンジョン開放運動を起こしかねないので、あくまでひっそりと。
しかし、各国では女性軍人や女性警察官もダンジョンに入っているため、バレるのは時間の問題。そもそも男性だって顔が引き締まればカッコ良くなるものだし。どうする、偉い人たち!
とまあ、そんなバフ効果を引っ提げて、現在、命子たちは撮影に挑んでいるのである。
命子はカッコいいポーズの模索に必死だ。
これまでの人生で脳内に蓄積されたカッコいいポーズ集から良い感じのポーズを引っ張りだして、ずわーっとする。
今やっているのは、好きなゲームの超究極奥義のカットインポーズだ。この技に貴様らは耐えられるかな感が半端じゃない。ちなみにこれを使うのはラスボス。
ルルは撮影を全力で楽しんでいる。
忍者刀と小鎌の二刀流で、今にも連撃を始めそう。
楽しんではいるものの笑顔ではない、眉をキリッとした凛々しい顔だ。時と場合で表情を変えるその姿は、この中で一番プロっぽい。
そして、ささらはとにかく緊張していた。
山での生放送、帰還してのエネーチケーの収録と命子が言い張るレポート撮影、ついこの間の式典での生放送――そんな修羅場を潜り抜けてなお、ささらはカメラに慣れなかった。
別になにも気にしてませんわよ? みたいな顔をしているが、プロのカメラマンからすればバレバレだ。というか命子たちにもバレバレである。
さらに、ささらはカッコいいポーズの引き出しがすごく少なかった。
学校の机くらいだ。1つともいう。
顔の近くで剣を倒し突きの構えを取るポージングである。片手は刀身に添えて。
「ささら、緊張してる感じ?」
「え、してないですわよ? いやですわね、してるはずないじゃないですの、おほほほほっ。してないですわよ。おかしなことを言う命子さんですわね」
「そ、そう。でもね、ささら。誰にだって苦手なことはあるんだよ。カメラが苦手な子だって世の中にはいっぱいいるんだよ。だから全然恥ずかしくないんだよ」
命子はにっこり笑った。
とても良いセリフを言ったな、と命子は自画自賛だ。
しかし。
「へぇそうなんですのね。まあワタクシはカメラとかぜんぜんですわね」
プイッ。
ささらの見栄は剥がれない。
「嘘つけよ、こいつぅ! 白状せいやー」
「な、なんですのー!?」
命子はささらとキャッキャした。
正座させられたささらは、白状した。
「実は、ワタクシあまりカメラが得意ではないんですの」
「全然『実は』じゃないけどな。でも、地球さんTVで全世界に私たちの冒険が配信されても普通だったじゃん」
「撮られた後のことはどうでも良いんですの。撮られている最中がどうにも緊張してしまいますの」
「よく分からん生態だ。でも、私たちと写真撮る時は平気じゃん」
「それはだってお友達との思い出ですもの。楽しい成分のほうが多いですわ」
「素敵だね」
「でも、ちょっとは緊張してますのよ?」
「やっぱりよく分からん生態だ」
多くの場合は、撮られている最中も撮られた後の映像も、素人にとっては黒歴史になり得るものだと命子は思うのだ。おまいうである。
「まあ、ささらは綺麗だから、適当にサーベルを構えれば良いんじゃないかな? そんでキュって口を閉じてキリリッてしてれば、万事オッケーよ」
「綺麗だなんてそんな。んー、それでは、命子さんがポージングを指示してくださいな。ワタクシはそのポーズから動きませんから」
「ふむ、面白い」
「ワタシも考えマース!」
命子とルルが、ささらのポージングを考える。
そこにカメラマンと馬場も乱入して、4人でわいわいとささらでお人形遊びを始めた。
そうして出来上がったささらのポージングは、背中を向けて顔を横にし、斜め下に剣を払ったポージング。
その横でルルが、少し妖艶な立ち姿で短刀と忍者刀をそれぞれ逆手に持ってクロスさせる。
命子は2人の中央少し前で深く身体を沈め、サーベルを構える。魔導書には魔法が灯されている。袴のスリットから華奢な足がにょきっと出ているぞ。
「良いね良いね! カッコいいよぉー!」
カメラマンがカシャカシャと激写しまくる。
他に何通りもポーズを変えて撮影し、命子たちは写真撮影の大変さを思い知るのだった。
次の土曜日、命子たちはロリッ娘迷宮、正式には風見ダンジョンの自衛隊駐屯地に来ていた。
本日は命子たちが公式にイメージガールになる日だ。
しかし、命子的にはその後が大事だった。
なんと、イメージガールは就任式の後に、一般人の代表としてこの風見ダンジョンの1層を少し冒険することになっているのである。
「本日は陽気に恵まれ―――」
束ねたマイクに向かってお偉いさんの挨拶が始まり、やる気のないシャッター音がカシャカシャと響く。
「ダンジョンをクリアした者は、称号に『冒険者』というものが現れます。我々はそれに因んで、ダンジョンに入り活動する一般の方々を冒険者と呼称することに決定しました。この冒険者をどのように育成・指導するか、現在法案を作成している段階であります」
ちょっとカシャカシャの勢いが増す。
「ダンジョンは大変危険な場所です。あの日、ダンジョンをクリアして帰ってきた羊谷命子さんが仰ったように、指導者なくして入れば多くの者が命を落とすような場所です。現在は、法案作成に並行して、指導者を育成している段階でもあります。ですので今しばらくお待ちください。また、このプロジェクトは、キスミア国と協力して行なっております」
カシャカシャ音の勢いがかなり増す。
キスミアの件は、報道陣が初めて聞く内容だったのだ。
なんで日本とキスミアが協力しているのか。
別に仲が悪いというわけではなく、キスミアは相当にマイナーな国だからだ。
報道陣は、つい先日政府から発表されたことを思い出す。
ダンジョンから帰った3人は、そこで手に入れたダンジョン硬貨ギニーを、キスミアのために使ってほしいと申し出たらしい。
理由は単純に、キスミアが流ルルの故郷だったからだ。
これを受け、政府はキスミアに装備を贈ることになった。
3人が持ちかえった分だけではなく、日本が上乗せする形でだ。
これにより、日本とキスミア間で強い関係が生まれたのだと推察できた。
流ルルは、両国の懸け橋としてとても大きな存在になっていたのだ。
記者たちは熱心に話を聞くが、キスミアとの協力関係の話はこれで終わった。
「本日はこのプロジェクトのイメージガールの紹介と、イメージガールの方々による、風見ダンジョン一層の探索をしたいと思っております。それでは、みなさん、ご登場お願いします」
やっと命子たちの出番になった。
命子たちが登場すると、シャッター音が凄いことになった。
壇上で横一列に並び、命子たちはお辞儀する。
そうして、3人が一言ずつコメントしていった。
「羊谷命子です。この度、イメージガールをすることになりました。カッコいいポスターを作ったので、見ていってください」
命子は、これがスターの浴びるシャワーか、と眩し気にフラッシュの光を見つめた。
でもあんまり良いもんでもないな、とダンジョンから自分が遠ざかる気配を感じて、あまりマスコミには顔を出さなかろうと決める。
「流ルルデス! みんなが安全にダンジョンに入れますように祈ってマス!」
ルルは、ファッションの国が近くにあるだけに、こういう場面には少なくない憧れがあった。
でも、たまには良いかもしれないけれど、こういう道を目指す気にはなれなかった。
龍に立ち向かった命子の後ろ姿を見て、この娘についていこうと決めてしまったのだ。絶対にそっちのほうが楽しいから。
「しゃしゃ、さ、笹笠ささらにぇしゅ!」
盛大に噛んだささらは、顔をボンと真っ赤に染め、涙目になった。
帰りたいゲージが瞬時に沸点へ達し、盛大なカメラのフラッシュに感慨とかは一切湧き上がらない。
いっそのこと、声を上げて泣きたいくらいだった。
「ニャウ!」
ルルがすかさずささらのそばに駆け寄り、ニャンのポーズを取った。
命子はハッとして、同じくささらのそばでニャンのポーズを取った。
目がグルグルして混乱の極みに陥るささらもまた、無意識にニャンのポーズを取った。
そうして、ニャンニャンハンドをコツンとしあう。
「コレが女の子のカワイー気合の入れ方デース! ガッコの修行部で大流行中なーんデスよ!」
そう説明したルルは、フラッシュを浴びた。
ルルが言ったように、修行部……というか風見女学園では、ニャンハンドこっつんが流行っていた。
この発言は、修行部という謎の部活動が学生でない一般人に知れ渡った瞬間でもあった。
「それでは、私たちのポスターの登場です!」
これは命子の言うセリフではなかったが、ささらが気絶しそうだったため、強引に進めた。
さらに言えば、本当はもうちょっとトークが続く予定だった。
命子の勝手な進行により、命子たちの背後の幕が開く。
そこには、通常サイズの5倍ほど大きな命子たちのポスターが貼られていた。
おーっ、と歓声を上げる報道陣に、命子たちは繋いだ手を空に掲げてから、お辞儀する。
そうして、命子はカーテンの裾にいる馬場にアイコンタクトを送った。
『もう帰っていい?』
『もうちょっと、あとちょっとだから!』
『ささらがお漏らししかねない!』
『……ルルちゃんとささらちゃんは戻って良し』
『ふぇえええ!?』
馬場との高度なアイコンタクトの末、ささらとルルの退場が決まった。
ルルにささらを任せて、命子は1人壇上に残る。
チラリとカーテンの裾の奥を眺めれば、滅茶苦茶凹んでいるささらの背中にルルがピョーンと飛び乗っておんぶしていた。陽気な励まし方である。
お偉いさんのターンが始まり、命子は蒼穹を見上げた。
思いのほか面倒くさい役を買ってしまったと、軽く後悔であった。
しかし、この後にはダンジョンが待っている。
狩るぜぇ、バネ風船や魔本をぶっ殺しまくるぜぇ!
命子は後悔を跳ねのけて、ウキウキゲージを上げる作業に取り掛かるのだった。
読んでくださりありがとうございます。
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