3-9 平和な日常
本日もよろしくお願いします。
地球さんプレミアムフィギュア寄贈式典は、つつがなく終わり。
翌日から命子たちはまた学校へ通う。
朝、校門をくぐると、多くの女子たちが命子をターゲッティングする。
わきゃわきゃ、と前に出した手を動かしながら、女生徒たちが命子ににじり寄る。
命子は、んーっっっジャッキン! と腕でバッテンを作る。
わっしょいはなし。
しゅんである。
少女たちは、お祭り騒ぎに飢えていた。
「羊谷さん羊谷さん、これこれ!」
そんな中で駆け寄ってきたのは、修行部の部長さんである。
キリリとした先輩だ。
部長さんの手には、今日の朝刊が握られていた。
家から持ってきたのだ。部長さんの家の新聞は本日なしである。
朝刊の1面には、命子が総理に地球儀を渡している瞬間の写真が掲載されていた。
「おー、しゅごい」
「1面よ1面! 超凄いんだから!」
新聞を読む命子の周りで部長は手をブンブン振るう。
キリリ系女子なのに、とてもミーハーな反応だ。
わきゃわきゃと部長が手を動かす。
他の女生徒もわきゃわきゃと手を動かす。
命子はハッとして新聞から目を離すと、じりじりとにじり寄る女子たちに腕でバッテンを作ってみせた。
しゅんである。お神輿楽しいのに。
この日の朝刊の1面は全世界規模で、多くの新聞が同じ写真だった。
贈られた地球儀はレプリカとはいえ、それは裏事情。表向きの話題としては非常に大きかったのだ。
命子は何回か新聞の1面を飾るチャンスがあった。
けれど、そのいずれも政府によって新聞社に待ったが掛けられていた。
とはいえ、それは写真だけの話で、命子たちがやったことの説明自体は当然1面を飾っていた。
写真付きで1面を飾ったのは今回が初めてだ。
新聞なんてテレ番くらいしか見ない命子だが、中々に嬉しいものであった。
この新聞には、緑光星宝勲章が各国連名の下で贈られた新時代初の勲章であることも書かれていた。命子は知らなかったが、式典のあとに記者会見があったのだ。そこで話された内容が掲載されている形だ。
「よぉーし! それじゃあ羊谷さんの代わりに、君をお神輿だ!」
「にゃにおーっ!」
よほどお神輿したいのか、わーと女子たちが集まり、生贄の女子がわっしょいされて運ばれていく。
生贄女子はチア部のポンポンをノリノリで振っていた。
「恐ろしい学園に通ってしまったぜ」
命子はその様子を見送りながら、ドン引きした。
「め、命子さん命子さーん!」
そんな声に振り返ってみると、ささらが校門の陰でこそこそしていた。
「どうしたのささら」
「わっしょいはありませんの?」
「うん。ダメって言ったら、関係ない子が生贄になって運ばれてった」
「恐ろしい学園に通ってしまいましたわね」
「それ、私も呟いた」
「2人ともおはようございマース!」
校門でルルも合流する。
3人で教室まで行くと、スマホがピロンと鳴った。
修行部のグループメールだ。
命子たちが新聞の1面に載ったぞ、と情報が書かれている。
命子に永世名誉部長という永遠の業を背負わせた風見女学園の『修行部』は、こういった情報を流す広報担当がいる。
特に彼女たちがまとめたお役立ち情報が人気だ。
修行後にお勧めのカフェの情報や、練習用の武器の可愛いデコり方、個人のタイプにあった制汗スプレー、はたまた修行場に来るイケメンのお兄さんの情報などを、部員の女の子たちはいち早くキャッチできるぞ!
女子高生は修行しててもキャッキャなのである。
修行部は、情報を交換し合い、地球さんの新たな理を研究し、実際に修行する。
アウトドア派からインドア派まで集う、そんな部活である。
風見女学園は、部活動の掛け持ちが可能なため、現在では恐ろしい部員数になっていた。
なにせこの部活は自分の生活のサイクルになんら変化をもたらさないので、入っていても支障がないのだ。
陸上部ならば走ったり跳んだりすることがそのまま部活動の理念に合致するし、文化部ならば誰かを癒すための文化的技術を取得してサポート要員になれる。
帰宅部だって、たまに修行したり、情報交換の場で得たことを実践したりできるのでお得。
そして、女子のSNS力により、日本全国の学校に修行部は広がりつつあった。
さて、その永世名誉部長は、今日も今日とて修行場に向かう。
この数日いくつかのジョブに就いてジョブスキルを確認して、命子は結局『修行者』になった。
このジョブは優秀だ。
魔力が豊富な命子にとっては【魔力放出】はそこまで魅力的ではないが、【イメージトレーニング】がとにかく有用に思えた。
無限鳥居で濃密な4日間を過ごした命子たちは、かなりのジョブスキルをスキル化できた。
【イメージトレーニング】はこれを疑似的に再現できる可能性があるのだ。
『修行者』をマスターしたあと、例えば、ヤマタノオロチ幻影体をイメージすれば、術理系のスキル化が早くなるのではないか、と命子は考えているのである。
他にも、命子が知らない魔物と戦っている動画を自衛隊から貰えば、【イメージトレーニング】で再現できるかもしれない。高度な予習みたいなものだ。戦闘者の視線で撮影しなければ上手くイメージできないかもしれないが、やってみる価値はある。
もしこれが可能ならば、今後魔物との戦闘映像は、非常に価値が高い動画になるだろう。
チュタヤでレンタルされるレベルだ。魔物写真がパッケージに描かれたDVDが並ぶのである。
さて、『修行者』についてはひとまず置いておいて。
命子の修行は、まず宿敵との戦いからスタートする。
原っぱに割座でポテンと座る幼女の前で、命子もまた割座で腰を下ろす。
この幼女との戦いは、すでに30戦30敗の吐きそうな戦績だ。
しかし、それも今日で終わりだ。
ピカピカーッと命子は大切に育てたオオバコの茎に最後の合成強化を掛けていく。
そうして数日かけて作り上げた本日の得物は、オオバコの茎『5/10』だ。オオバコの茎・大将軍である。
対する幼女は、ポケットから出したオオバコの茎。
これなら負けぬ。
命子は、子供と遊んであげている優しいお姉さんの笑顔を保ちつつ、内心でニヤリと笑った。
2人の得物が絡み合い、試合が始まる。
「のこったのこったー! えいえい!」
「ののったののったー! えいえい!」
「のこったのこったー! む、むむっ!」
「ののったののったー! えいえい!」
「のこ……んぇえええ!? ば、バカな……っ!」
「ひゃっふーまたかったぁ!」
命子はまた負けた。
な、なぜ『5/10』のオオバコ様が負けるのだ。
私はいったい何と戦っているんだ?
A、エナメル線。
命子は、また負けちゃったかぁ、などと幼女に花を持たせてあげる優しいお姉さんの笑顔を保ち、幼女の頭を撫でてから、ウォーミングアップに向かった。
またねぇ、と手を振るう幼女に、命子は恐怖した。
もはや『10/10』を作るしか幼女には勝てぬ!
強敵との戦いを終えた命子はウォーミングアップをしてから、ささらたちと共にサーベル老師の下でえいえいする。
右にシュッと動いて、えい!
バックステップして、えい!
『修行者』で幻影の敵と戦うのも良いが、老師に基礎を学ぶことも大切だ。
術理系スキルを持っているささらはメキメキと上達するが、命子は一つ一つ粗を直しながら反復練習する。
命子とささらの動きはやはり抜きん出ているものの、少年少女たちの動きも日増しに良くなっていく。それが若者の吸収力。
そんな若者の訓練風景は中々に綺麗なものだった。
安全ゴーグルをつけた子供たちが、まるでマスゲームのようにステップするのだ。始めて1か月も経っていないので、もちろんバラけこそあるが、十分に見れた動きと言えた。
そんな彼らの後方で、大人たちがヘロヘロになっている。
身体が出来上がっているので力強い動きこそできるが、途中で休憩を挟んだりする者が多い。
そういった人は、もうタバコやお酒やめようかな、みたいな遠い目で河原の流れを見つめるのだった。
修行場の休憩は、基本的に自由だ。
しかし、子供の中には大人が管理してあげなければずっと訓練している子もいる。周りが頑張っているのに、たとえヘロヘロになっても自分だけ休憩するのが後ろめたく感じてしまうのだ。
そういう子のために、各道場では適宜全体休憩が用意されていた。
休憩に入った命子は、ささらとクララ、それに妹と一緒に土手の階段の一番上に座って修行場を眺めた。
「私は何を作ってしまったんだろうか……」
「修行場ですわよ?」
「だな!」
良い感じに風が髪を撫でたので、意味深長なカッコいいセリフを呟いてみると、隣に座るささらが真面目に返してきた。
現在の青空修行道場は3キロほど。
サポート場では、主に木の棒の修復や裁縫の指南、カルマ相談、ケガの手当てなどが行われている。
野外で活動しているだけに、注意していてもやはりケガはあるのだ。
これが休日になると、豚汁の炊き出しなどが加わり、大いに盛り上がった。
武術道場や体作り道場は日増しに生徒が増し、指導してくれる人も増えていく。
そうかと思えば鬼ごっこをする場所や、普通に遊ぶだけの場所まである。
世の中何が役立つかなんてわからないし、年寄りが知っている昔の遊びを学んだ子供から優れたアイデアだって生まれることもあるかもしれない。
特に鬼ごっこのエリアは広く、逃げることに対してのノウハウが子供たちに教えられている。
土手の上では、連日のように各国のテレビクルーが取材に来ている。
修行せい、と煽られたはいいが、実際にどのような活動をすれば良いのか、多くの者が分からなかったのだ。
それが個人のことなら勝手にトレーニングすればいいので簡単だが、地域が一丸となって修行場を形成するとなると途端に意味が分からなくなったのだ。
そういったノウハウを、テレビクルーたちは取材に来ているわけである。
この修行場の土手には、上流から下流に向けて多くの花が咲き乱れている。
それはカルマが低い人たちが、スキル【花】で生やした物だ。
スキル【花】は、贖罪の気持ちを込めて使うと、ほんの少しずつカルマを回復させる効果があったのだ。それは0.1にも満たない微々たるものだが、どうしたら良いか分からない彼らにとって、小さな希望になっていた。今日も土手を走る風の中で贖罪の花々が揺れているのだった。
「あっ、今日も奴は頑張っておるな」
「ええ、いつも頑張ってますわね」
命子たちの視線の先では、1キロで帰る青年が棒術道場で棒を振るっていた。
大学生のお姉さんの叱咤はない。彼女もまた棒を振るっているからだ。
命子とささらは、最初期から修行に加わっていた青年やお姉さんに、軽く親しみを覚えていた。
「でも命子お姉さま。あのお兄さん、毎日来ていますよ。お仕事とか大丈夫なんでしょうか?」
「クララちゃん、それは二度と言ってはいけないよ。本人の前でも他の人の前でも。分かった?」
クララはコテンと首を傾げてから、頷いた。
「なぁに、奴が覚醒する時は近い」
覚醒という名の休暇終わりだ。
あるいは専業冒険者を目指しているのかもしれない。
「あの人ってさぁ、絶対あの大学生のお姉ちゃんが好きだよねぇ」
「あー、それ私も思いましたー」
「ねぇー!」
命子妹が女子らしい会話をぶっこんできて、クララが賛同する。
それに対して、命子とささらは顔を見合わせてから、揃って青年を見る。
「マジで?」
「そうだったんですの?」
「お姉ちゃんたち、女子高生なのに目が節穴かよ。見てれば分かるじゃん。チョーチラチラ見てるし。すぐ顔を赤くするし」
命子とささらは、小学生に目が節穴と言われた。
命子は腕組みした。
「ふっ。な、なんにしても、奴はやる時はやる男よ。私知ってんだ」
「そうですわね、出会った時とは見違えるような覇気を纏ってますもの」
「我らが見込んだ男だからね!」
「ですわね!」
二人は知ったような口を利いて、うんうんと頷いた。はぐらかしたとも言う。
妹とクララはすでに聞いておらず、2人でキャッキャしていた。
「メーコ、シャーラ!」
「あっルル。そっちも休憩?」
「ニャウ! ゲンジィの腰がマッハらしいデース」
「若いルルに対抗して、シャシャーってやるからぁ」
ささらがサッサッと階段を手で払い、ルルの座る場所を作ってあげる。
メルシシルー、と座るルルに、ささらはニコリと微笑んだ。
「ささらとルルはジョブスキルはどう?」
2人は、術理系と身体つき系のジョブスキルがスキル化されていない。
自衛隊でも、この2点はスキル化が遅いと判明している。
「まだですわね。ワタクシも一度『修行者』になろうかと悩み始めたところですわ」
「ワタシもデース。他のジョブでも、ちゃんとやればじゅちゅ、じゅ、術理系の経験値は入りそうに思うんデスよ」
「確かにそうだね」
ルルの言う通り、武術の下地がある者の術理系のジョブスキルはスキル化されやすいと、自衛隊が確認している。
現在、2人は術理系の恩恵で基礎は学べている。他のジョブに就いても、この基礎を忘れずに行えばちゃんと成長するのである。そうして、『修行者』を修めたあとに、また元のジョブに戻れば、きっと早く術理系を取得できると思われる。
身体つき系のジョブスキルはちょっとわからない。
「まあ、そういう風に悩むのも楽しみの一つじゃないかな」
命子がそうやって締め括ると、ささらとルルは2人で相談を始める。
「良いなぁ、お姉さまたちはジョブに就けて。私も早くダンジョンに入りたいです」
「私もー」
クララと妹が羨ましがった。
「クララちゃんのスキルは、【魔攻アップ 小】なんだよね?」
「はい、命子お姉さま。今だと全然役に立ちません」
【魔攻アップ 小】は、『見習い水魔法使い』などが所持しているジョブスキルだ。ダンジョンにまだ入れない時世を考えると、初期スキルの中では確かに外れスキルと言えた。
「萌々子ちゃんが羨ましいです」
「私のも外れスキルだと思うけどなぁ」
命子妹は、【剣装備時、物攻アップ 小】が初期スキルだった。
「私のよりもまだ使い道があります。ダンジョンで最初から活躍できそうですし。その後はそのまま剣士になっても良いし、魔導書士になっても役に立つし」
この手のスキルはネットでも最初は低評価だったが、魔導書士と組み合わされると強いんじゃないかという意見から、若干評価が上がったスキルだ。
「後々のことを言ったら、クララちゃんのスキルだって強いじゃん」
それはそうですけどー、と唇を尖らすクララ。
命子は、2組の女子がジョブ・スキルの相談をしているのが楽しかった。
早くみんなダンジョンに入れないかな、とまた強く想うようになる。
そうすれば、きっと世界はこんな会話で溢れるのだ。
どれそれのジョブは有用。
いやいや、あのジョブスキルが組み込まれているあのジョブこそ至高だよ。
みたいな。
そんな風な世の中に早く近づけるためにも、命子は今週末にイメージガールのお仕事をするのだ。
読んでくださりありがとうございます。
のんびり展開で申し訳ないところです。