3-7 予定が出来た
本日もよろしくお願いします。
「新しいジョブにしたよ」
命子は屋上の一角で、ささらとルルとお弁当を食べながらそんな風に切り出した。
昨今では、学校内での命子人気も落ち着き始めていた。
とはいえ、有名人が友達というのは凄いことなので、命子のルイングループはとんでもないことになっているのだが。
学校内でもかなり話しかけられるので、こうやってささらやルルとお話しする時は場所を選ぶことになっている。
特に、ダンジョンに関わることは1を話せば10まで聞きたがるので、注意が必要だ。
「今度はなんのジョブに就いたんですの?」
「シュギョーシャデス!」
ルルがビシッと命子を指さす。
「なぜわかったし」
えー意外っ、みたいな反応を期待していたのだが。
昨晩、命子は『冒険者』から『修行者』に変更した。
一般系のジョブである『修行者』にしたのには、ちょっとした理由があった。
2人が目を輝かせて、詰め寄ってくる。
その顔にはジョブスキルがどんなだったのか知りたいと書かれていた。
2人は完全にジョブやらスキルやらがある日常に適応していた。
「ジョブスキルはねぇ……」
命子は2人にジョブスキルを教えていく。
『修行者』に就くことで覚えたジョブスキルはこうだった。
【スタミナアップ 極小】
【魔力放出】
【イメージトレーニング】
「ふむふむ。スタミナアップは分かりますが、他のはなんなんですの?」
「これが中々面白くてね。【魔力放出】は魔力をひたすら無駄に放出できるんだ」
「え!? それワタクシも欲しいですわ!」
ささらが目を見開いて命子に詰め寄った。
それほどまでに、この【魔力放出】は有用だった。
理由は2つある。
1つは、危険なく魔力が鍛えられる点だ。ささらのように、スラッシュソードしか魔力を放出する術がない場合、魔力を消費する場所を選ぶ。
もう1つは、魔力が1点からでも鍛えられる点である。
世の中の人は、地球さんのレベルアップを祝福していない人が多い。多くの人が最大魔力量10を切っているのだ。
これでダンジョン系ジョブに就くと、パッシブスキルのせいで魔力が枯渇してしまうのである。
その点、『修行者』は、パッシブスキルが【スタミナアップ 極小】しかないので、魔力減算は1点のみ。初期スキルがパッシブ系でも、合計で2点分の魔力があれば鍛えることが十分に可能なのだ。そして、レベルアップでも魔力が1点増えるため、容易にこの条件はクリアできた。
実を言えば、このジョブは自衛隊のデータベースの中にあった。
だから命子がわざわざ就く必要はなかったのだが、このジョブには、命子の欲求を発散してくれるスキルがあったのだ。
「【イメージトレーニング】はなんデス?」
それがそう、今ルルが尋ねてきた【イメージトレーニング】であった。
「これが凄く面白くてね。今まで出会った敵をかなり正確にイメージして戦闘訓練ができるんだ」
「ボクシングのシャドーみたいなものデスか?」
「うーん、ボクシング選手の視点になったことないから分からないよ。もしかして、あの人たち適当にパンチしているだけかも」
「それもそうデスね」
「へぇ、あの人たち、適当にパンチしてたんですのね」
3人は、ボクサーをディスった。
たぶん、彼らは対戦相手を凄く正確にイメージしているはずだ。
「ただし、戦った敵でも知らない攻撃方法まではイメージできないね」
例えば、バネ風船だ。
命子はアイツがどうやって攻撃してくるのか、実のところ知らなかった。
「ちょっとやってみるよ。敵は市松人形」
命子はお弁当をしまって立ち上がると、【イメージトレーニング】を発動した。
このスキルは魔力を1使用する。
命子の目には、迫りくる市松人形の姿がしっかりと見えていた。
一方、ささらとルルの目には何も見えない。
命子が構える。
「「えっ?」」
2人が驚きの声を上げた。
命子は何故か徒手空拳の構えだったのだ。
イメージトレーニングなんだから、自分の武器もイメージすれば良いのに。
しかも、命子の拳の握り方がなんか変だった。
拳が握りこめていないうえに、手首が反っている。ド素人以前の構えであった。
2人の脳裏に、無限鳥居で防御力を検証した時の命子のパンチがフラッシュバックした。これはグネるわけだ。
「シュシューッ!」
あとで拳の握り方を教えなくては、と考える2人の前で、命子VS透明市松の戦闘が始まった。
先手を取った命子が、シュシューッして威嚇。
それに構わずどんどん近づく市松に、命子は本番のシュシューッをした。
ここで、ささらとルルにも、市松の姿が見えた。
達人のシャドーは第三者にも相手が見えるというが、命子の場合は徒手空拳がザコ過ぎて市松ならこう動くであろうというのが、想像できてしまったのだ。
ワンツーパンチを容易に躱した市松が、命子の懐に入り込んで斬撃を浴びせる。
「うぁあああ!」
命子が身体を押さえながらガクリと膝をついた。
シンとする3人。
命子はコクリと頷き、立ち上がった。
「市松ごときに負けちゃった」
そう言った命子だが、しかし、その顔は晴れやかだった。
疑似的とはいえ、敵と戦うのが凄く楽しい。
ダンジョンに入れない鬱憤をこのスキルは慰めてくれるのだ。
今後もちょいちょいお世話になる可能性はある。
良い汗かいたぜ、みたいな命子とは対照的に、ささらとルルは難しい顔だ。
「命子さん。ちょっと……」
「メーコ、手が変デスよ」
この後、命子は生まれて初めて拳はグーにするだけじゃダメなんだと知った。
シュシューッ、シュッ、シュシューッうなぁああああ!
学校が終わり、今日も青空修行道場に通う。
その道中、命子は、【イメージトレーニング】を使って、歩きながら何かと戦いまくっている。
超楽しかった。このスキルがあれば、ゲームとかいらないんじゃないかな、と思えるくらい楽しい。
それに、【イメージトレーニング】をスキル化したほうが、術理系のジョブスキルが早くスキル化されるような気もする。命子は真剣に『修行者』をマスターしてみようかな、と検討し始めていた。
そんな命子の姿は、見る人が見れば、それがちゃんとした武術であると分かるのだが、素人から見れば、なにやら大はしゃぎしているロリッ娘でしかなかった。
さて、今日の河川敷には、馬場の姿があった。
土手の上から修行者たちの姿を見下ろす馬場は、同じく土手の上からやってくる女子高生の恐るべき軍勢にドン引きした。
しかも、その先頭には、わちゃわちゃと狂乱しているロリッ娘がいる。
たくさんの女子高生に酷いこと言われたらどうしよう。
29歳の馬場は、びくびくしながら狂乱命子に声を掛けた。
「こんにちは、命子ちゃん」
「あ、馬場さん! ズブシューッ!」
シャドー市松人形を丁度ぶっ殺した命子の元気な声に、馬場は癒しを得る。ズブシューはちょっとわからないが女子高生はそういう生き物で華麗にスルーだ。
馬場は命子だけでなく、ささらとルルも呼び止めた。2人とも挨拶を交わす。
3人と別れて修行場に溶け込んでいく女子高生たちの姿を見つめ、馬場が言った。
「命子ちゃんは国家転覆とか考えてる?」
「考えてませんけど、軽く一揆は起こせる集団だなって、この前思いました」
「命子一揆ね。絶対歴史書に載るわよ」
「ダンジョン入れろ、わっしょいわっしょい! って感じですかね」
「やめてね?」
「しないですよ。ド素人が指導者の引率なしでダンジョンに潜ったら、いっぱい死にそうですもん。その旗頭にはなりたくないですね」
命子はそこら辺のことはちゃんと理解していた。
いや、ダンジョンを見てきた命子だからこそか。
バネ風船なら長い物を持ってひたすらぶっ叩きまくれば、いずれ倒せるだろう。
しかし、魔本が危なすぎる。水弾を顔面に喰らえばとんでもないことになってしまう。
その点、指導者がいれば、魔本の水弾ごときなんともないはずだ。
「そうね。ダンジョン開放は指導者の充実なくしてありえないわ。指導者も育成し始めているから、気長に待っててね」
気長にかぁ、と思いながら命子は頷いた。
もういっそ、地球儀をプレゼントした特権で入れてもらおうかな、なんてことも。
「それで、今日はどうしたんですか?」
「それそれ。命子ちゃんたち3人のさ、今月と来月のスケジュールを教えてくれないかしら」
命子たち3人は顔を見合わせた。
「ほら、地球儀の寄贈式のお話ししたでしょ? あれを済ませちゃいたいのよ」
「あー、その件ですか」
「本物はすでに設置したわ。東京にね。今、国連で観測チームが組まれて、世界各国にダンジョンの場所を教えているわ。未発見のダンジョンは、想定よりもずっと多そうね」
「あ、はい。それは教授に聞きましたね。昨日ラーメン食べに行ったんですよ」
「アイツと仲良しすぎじゃない!?」
馬場は犬臭い友人に恐怖した。
いったい、あの女のどこにそんな魅力が隠されているのだろうか。
やはり、何かしらのキャラ付けが必要なのだろうか。
一方、ささらとルルも、命子とラーメン食べに行きたいな、と軽くジェラジェラする。
「ゴホン。で、その地球儀のレプリカの寄贈式をちょちょいとね」
「やる場所はどこですか?」
「東京のでっかいホール」
命子はほわほわーんと想像した。
きっと、合唱コンクールをする場所みたいな感じだろうな、と。
「分かりました。それじゃあ、2人ともいつにする?」
「おっと、スケジュールはこっちがある程度合わせるけど、1泊2日になるからね。1日目は簡単なリハーサル、2日目に本番。良いホテルでお泊りできるわよ」
「この私がスイートルームに泊まる日が来るとは……」
スイートとは決して言っていないが、スイートになるだろう。
というわけで、命子たちは明日からほぼいつでもオッケーだと告げた。
悲しきかな特に用事の無い女子高生たち。
ゴールデンウィーク前に遠足があるくらい。
もちろん年間を通せばいくらでも用事はあるのだ。
ただ、こういうイベントと天秤にかけると、その用事がそこまで重大かという話になってしまう。
「親御さんとも話はするけど、大体のことはこっちが準備するから、安心して良いわ」
とりあえず、この件は追って連絡するということになる。
「そういえば、キスミアに防具を贈る話はどうなってますか?」
命子が話題を振ると、ルルがぴょんと少しジャンプして、真剣に耳を傾ける。
「その件なら話はまとまったわ。日本も貴女たちの分に上乗せして、武具を贈ることになったわね」
「あ、あう……ニッポンさんのお金なのに、わがまま言っちゃってしゅみまセン」
日本が上乗せしてくれたということにルルは恐縮してしまった。
馬場は、そんなルルの手を握って、笑った。
「大丈夫よ。貴女のおかげで、日本はキスミアととても仲良くなれたの。だからアナタは誇りに思えば良いのよ」
「ニャ、ハ、ハイ!」
その後、どんな武具を求めてきたか簡単に教えてもらい、ルルはそれを熱心に聞いた。
そうして、とりあえず馬場の公的な用事は終わった。
しかし、馬場的にはここからが本番だった。
「そういえば、命子ちゃん、プイッター見たわよ」
「え、そ、そうですか? えへへ」
最近命子はプイッターを始めた。
クラスの子も同じようなのをやってるし、馬場もすんごい勧めてくるし、始めてみたのだ。
無限鳥居から出た後に始めた命子のプイッターの自己紹介がこちら。
―――――
《【画像】指貫手袋で顔半分を隠している命子の立ち姿、魔導書付き》
闇羊★迷子
@######
普段は女子高生をしている。
しかしてその正体は、数奇なる運命の下に集いし、龍滅者の1人。
ここは、色々な発見をメモ・発信していく場所の予定。
返信はできないかもです。
121フォロー中 3300万フォロワー
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たった数日で、凄まじいフォロワー数になっていた。
そして、まだまだ増殖中。
その初めての投稿がこちら。
―――――
プイッター始めました。なう。
《魔導書が魔法を宿している画像》
『良きかな』3000万以上
―――――
馬場もこのプイートを見た。
ふふふっ、と初々しいプイートにご祝儀で『良きかな』を押してあげたのだ。
その時はまだ、『良きかな』も1万くらいだった。さすがねぇ、などと馬場も思ったものだ。
しかし、その数日後には恐るべき数のご祝儀『良きかな』が集まっていた。一か月後にはどうなっているのか見当もつかない。
その後のプイートにも、命子は『修行なう』などと入れて、『良きかな』を掻っ攫っていく。
世で言うところのクソプイートだ。
しかし、凄い勢いで『良きかな』が入っていく。
馬場は危機感を覚えた。
いや、別に嫉妬しているわけではないのだ。
『良きかな』の魅力は計り知れない。
コイツのせいで潰れてしまったり、バカな行動をする子だっているのだ。
ここは大人として、しっかりと教育しておくべきだろう。
決して、自分のフォロワー数が【闇羊★迷子】様の足元にも及ばないことに嫉妬しているわけではないのだ!
「いーい? 命子ちゃん、君は君らしくあれば良いんだからね。決して、数字や他の人に踊らされてはダメよ? 世の中には、『良きかな』を得たくてアホなことする人がいるでしょ? ああいうことはしちゃダメだからね?」
「あ、はい。プイッターは投稿するだけして、あとは基本的に放置ですから」
「ひぅっ!?」
これが強者のセリフ。
馬場は、足がガクガクし始めた。
なお、命子のプイッターは、今日に至るまで命子の独断と偏見により、適当にダンジョンの風景が貼られまくっている。
「ルルのプイッターのほうが凄いんですよ」
「ワタシのはキスミア語なんデス! メーコたちとダンジョンに入ってから、見てくれる人がとってもとっても増えたんデス!」
ルルのプイッターは外国語版だ。
キスミア語は使用者数の少ない言語だが、欧米人にとって習得する分においては日本語よりも容易だった。
そのフォロワー数は、1億を超える。
もはや馬場のスカ〇ターがぶっ壊れるレベルだった。そんな人数がフォロワーになったら、馬場は仕事を辞めて、フォーチューバーになる自信があった。
「さ、ささらちゃんはやってないのよね?」
「わ、ワタクシは、プイッターはちょっと。何を書けばいいか分からないですし」
ささらはもじもじしながら言った。
「適当にそこら辺の草を撮影して、『草なう』って書いとけばいいんだよ。そうすれば『良きかな』500万はいくんじゃない?」
「そうなんですの?」
「んなわけないでしょう……っ!」
馬場は地面をぶっ叩いた。やい、地球さんの構えである。
「ささらちゃん、信じちゃダメよ。ううん、ささらちゃんならたぶん500万くらい本当に行くかもしれないけれど、常人は無理だから」
ささらは、やっぱりよく分からない世界ですわ、と静かに頷いた。
馬場は立ち上がり、膝についた土を払う。
そうして、命子に注意しようと口を開きかけて、止めた。
ファンがいるのだから、あまりクソプイートしちゃダメよ、と言おうとしたのだ。
けれど、もしかしたらそういう不思議ちゃんなプイートをファンは求めているかもしれない。女子高生だった日々がずいぶん昔のことになってしまった自分では表現できない『羊谷命子ワールド』に、自分が口を出してはいけない気がしたのだ。
馬場は、自分のプイッターを見てくれる5000人のフォロワーたちを大切にしようと思った。
「ネットと言えば。最近、ささらママが修行場のサポートの人たちを誘って、ダンジョンやらスキルやらの攻略サイトを作り始めたみたいです。私のお母さんとルルママも手伝っているんですよ」
「なんなのその組織力。笹笠さんのところに人を送って、まずい情報が書かれてないかチェックさせてもらわなくちゃ」
馬場はメモした。
そのメモする手が止まり、馬場は3人の顔を見る。
お仕事の話がもう一つあったことを思い出したのだ。
「話が戻るけど、ダンジョンを開放する話」
先ほどは気長に待ってと言われたが、命子は期待に目を輝かせた。
馬場は苦笑いして、続ける。
「もうダンジョン開放の流れは止まらないわ。お偉いさん方も色々やってるし。そこでね、命子ちゃんたちにイメージガールをやらないかってお話が来ているの」
「もしかして割とすぐ開放するってことですか?」
「ちょっと違うわね。こうやって動いていますよ、って国民にアピールするためにイメージガールを出すのよ。そうやってガス抜きするわけ」
なるほどなぁ、と命子は頷いた。
確かに命子も、イメージガールが採用されたら、着々と進んでいるんだなって気持ちになる。
「イメージガールやってみない?」
「忙しいですか?」
「芸能人になるわけじゃないし、割いてもらう時間はそんな多くないわね。直近で3日くらい、その後に何かイベントあればまた追加でお仕事って感じかな? 追加のお仕事は断れる場合も多いと思うわ」
「ふむふむ」
命子たちは顔を見合わせる。
命子とルルが真っ先に。ささらは、もじもじしてから、こくりと頷く。
「やります」
「ありがとう! いやー、良かったわ。これで全くダンジョンに関係ないアイドルがイメージガールになったら、はぁってなっちゃうからね。アイドルの子も可哀想だもの」
世界中を激震させた初ダンジョンクリア者の美少女3人を差し置いて、イメージガールをする女の子。どう考えても辛い。
それがたとえダンジョンに入っている女性自衛官でも同じだろう。
「じゃあ、この件も親御さんを交えて後日もう一度話すから、覚えておいてね」
こうして、命子たちはいくつかの用事ができるのだった。
読んでくださりありがとうございます。
地上は話が進まない……っ。