3-5 教授とのお話
本日もよろしくお願いします。
冒険者は中々に強力なジョブだが、他のジョブのスキルも気になる。
しかし、ジョブは24時間経たなくては変更できない。
とりあえずは、ちょっとずつ調べていこうと命子は思った。
なお、冒険者のジョブスキルにある【武具お手入れ】が非常に有用だが、命子たちの武具はすでに自衛隊がケアしてくれていた。『見習い防具職人』などがこのスキルをもっているからだ。
こんなジョブスキルがあることから、冒険者というのは、1人で野山を探索するような、そんなスキル構成なのだろう。
さて、本日も学校が終わり、青空修行道場での修行を少し早めに切り上げ、命子は教授の下へ赴いた。
「教授、いっぱい発見があったよ」
「おーっ、どれどれ」
早速お話に耳を傾ける教授に、命子は嬉しくなる。
命子は、年の離れた教授との関係が心地良かった。
実を言えば、命子は過去や未来をタイムマシンの車で冒険する映画シリーズが好きだった。作中で魅せる年の離れた2人の不思議な友情が、命子の目にはとても魅力的に映ったのだ。
教授と仲良くなったのも、あるいはそのシリーズを模したごっこ遊びだったのかもしれない。
しかし、今では『もう君とは会えない』などと言われたら泣いちゃうくらい大切な関係になっていた。
命子は、ジョブマスターになったことや、冒険者になったことを報告する。
ジョブマスターになったのは命子が人類で初めてであった。
多くの自衛官がジョブスキルのスキル化に成功しているが、全てというのは命子が初だ。教授の考察では、強敵を倒したりそれに相当する何百体ものザコ敵討伐が必要なのだろうということである。
「なるほど。冒険者は中々に便利そうだね」
教授の下で改めてアイテムボックスの検証をしてみたが、教授は絶賛だ。
特に空間拡張という夢の技術に、凄く興味を示した。
「でも、昨日使ってなんか微妙だなって思いました」
命子は昨日の一件を話した。
「まあ君が1立方メートルもの荷物を持ち運ぶ機会はあまりなさそうだね。探索で一番嵩張る水だって魔導書から出るし、無限鳥居のようなダンジョンに潜らない限り荷物がオーバーすることもないしね」
そこなのだ。
普通のダンジョンは、1層ごとに帰ることができる。
入るとすれば誰かと一緒だろうし、ドロップだって手分けして持ち帰れてしまう。
「自衛隊ならいくらでも使い道はあるんだけどね。まあ命子君だって使い方によってはとても良いスキルだと思うよ」
「どうやって運用すれば良いんでしょうか?」
「君のいつも使っているリュックが倍の容量入るようになった、くらいに思えば非常に便利だろう? もしくはもっと小さなポーチをアイテムボックス化してもいい」
「まあそうですね。でも、十全に使いこなしてみたいです」
「おっ、欲張りだね。そうなると……このスキルは、内側からカバンに掛かる重さはそのままなんだよね?」
「はい、たぶん。私が担いで感じる重さは最大で20キロまでみたいですけど」
「それなら、まずはカバンの素材は、ダンジョン産の物を使うべきだな。ふむ……ちょっと防具製作部門にでも掛け合って、良い感じのバッグを作ってあげようか」
「え、いいんですか。それじゃあお願いします」
「なぁに、君には世話になってるからね。他にはそうだな、丈夫なケースで整理整頓すればどうかな?」
ふんふんと命子は教授の言うことをメモしていく。
上手に使いこなすためにも、命子は色々なアイデアを取り入れていく。
そうして一段落してペンを置いた。
「それにしてもバッグとかって作れるんですね?」
「うん。蛇や獣の皮が産出されるからね、それらを繋ぎ合わせて製作できるんだ。レシピがなくても自由に作れる代わりに、初級装備の一段下って性能になっているね。これは防具も武器も同じだよ」
「へぇ。それは『見習い防具職人』だから作れるんですか?」
「いや、道具さえあれば君にも作れるよ。ただ、ダンジョン産の素材を扱うから、道具もダンジョン産や【合成強化】で強くした物でなければすぐにダメになってしまう」
「なるほど」
命子は、無限鳥居でウサギの毛皮のマントを作ってみようかな、と思ったことがあったけれど、かなりの手間が必要だったことを今更ながら知った。
「『見習い防具職人』などは、より高度な武具を作れるようになるジョブだね。手先もどんどん器用になるし、レシピも読めるようになる。あとは武具の簡易鑑定やお手入れができたりね。これからダンジョンを探索するにあたって、かなり重要なジョブになるだろうね」
「生産職は重要ですからね」
一般人からもきっとお店を開く人が現れるに違いない。
いや、民間企業として成立するかもしれない。
そんなお話をしつつ、命子は今日ここを訪れた目的を果たすことにした。
それはずばり、自衛隊の知っているジョブ情報を教えてもらうことだ。
命子が一人で調べたら何日も掛かってしまうので、自衛隊の組織力を頼ったのだ。
教授にお願いすると、普通に見せてくれた。
国が発見しているジョブの中には、命子も就けるものが結構あり、それ以上に初めて見るジョブも大量にあった。やはり組織力は偉大だ。
「へえ、一般系のジョブにもジョブスキルがつくんですね」
「3つだけだがね」
自衛隊が把握している一般ジョブは、『自衛官』や『マッチョ自衛官』『警察官』『地域のおまわりさん』といったものである。
ダンジョンへは自衛官や警察官が主に入っているため、発見されているジョブに偏りがあるのだ。
他にも、ルルたちみたいに『天然さん』のような、その人物の『性質』を表したものもある。
検証のためにそういうジョブに就き、こうして記録に残っているようだ。
それによれば、『自衛官』は【スタミナアップ 極小】【メンタルアップ 極小】【筋力アップ 極小】のジョブスキルが得られるようだった。
魔力減少は合計で3点で済むし、割と良いラインナップだと命子は思った。
「極小系は、どれくらいでスキル化できるんですか?」
「今、私自身が『研究者』をやっているよ」
教授もまたダンジョンに入っている。
彼女の戦闘方法は、魔導書での攻撃だ。
さらに、初期スキルは【魔導書解放】と非常に良いスキルである。
『見習い魔導書士』をやるのならジョブに就けばいいのであまり有用ではないが、他のジョブに就く場合はこれほど良いスキルはあまりないだろう。
『見習い剣士』になれば、魔導書を1つ装備した魔法剣士ができるわけで。
さて、教授が現在就いている『研究者』は【忍耐力アップ 極小】【閃きアップ 極小】【知力アップ 極小】を覚えられるようだ。
「今、5日目だが、どれもまだスキル化はなされていないね」
「最下級っぽいスキルでも時間は掛かるんですね」
「だろうね。ポンポン取れたら、最下級スキルがどんどん取れてしまうからね。命子君みたいに濃密な戦闘をしたり、必死で勉強したりしなければ、やっぱりスキル化されないんだろう」
この『濃密な戦闘』というのがミソだった。
死線を潜り抜けてきた命子たちと同じように、D級ダンジョンで半死半生の思いで帰ってきた自衛隊の精鋭たちは、みな一気に多くのジョブスキルがスキル化したそうだ。
なお、彼らは、つい先日手に入るようになった中級回復薬で全快になっている。
逆にG級ダンジョンの敵をガンガン倒している自衛官は、やっと少しずつスキル化が始まった程度なのだとか。
「あっ、『英雄』がある!」
「やっぱり命子君も出たのかい?」
命子は肯定しつつも、情報に夢中だ。
教授は苦笑いして、しばし自分のことをする。
『英雄』は、たくさんの人から絶大な称賛を受けた者に現れるらしい。
なんでも10年ほど前に日本どころか一部海外でも称賛されたことのある有名な警察官が、このジョブを持っていたそうだ。
そのジョブスキルは、【〇〇アップ 小】が2つ【全能力アップ 極小】が1つ。前者は選択式の能力アップスキルだ。『全能力』は選択不可。
他の一般系ジョブの効果が極小系が多いようだし、かなり強化が見込めそうなジョブであった。
「だけど、なんか思っていたのと違うな。【発言力増大】とか【覇王のオーラ】みたいなスキルがありそうに思っていたんですけど」
「【覇王のオーラ】はともかく、今のところ、他者の思考に誘導を掛けるスキルは見つかっていないよ。命子君が戦った龍の咆哮が、もしかしたらそうかなって感じかな。対象に恐怖を与えるみたいなね」
「なるほど」
「生物をより良くするっていうシステムから少し外れるからだろう。そのスキルを手に入れた者の意のままになっちゃうからね。尤もそのうち出てくるかもしれないから、確実なことは言えないな」
ふんふん、と命子は頷いた。
命子はまたジョブデータを見つめる。
「あっ『見習い合成強化士』。へぇー、こんなジョブスキルなんですね」
「サポート特化だね」
『見習い合成強化士』は全く戦闘向きではないため、【合成強化】を覚えたら、ジョブマスターは目指さずに、多くの者が別のジョブにするだろうと教授は付け加えた。
そのスキル内訳がこれだ。
【合成強化】【合成強化時、魔力消費-1】
【合成強化値補正 極小】【適正物見極め】
【魔力上限アップ 小】【魔力回復速度アップ 極小】
【適正物見極め】は、合成した時に良い感じになる素材が分かるらしい。
【魔力上限アップ 小】は、鍛え抜いた後の魔力上限値が上がるらしい。
あとは全部そのままの意味だ。
命子には特に、魔力消費がマイナス1されるのが凄く魅力的に思えた。
とはいえ、肉体的にはほとんど強くならないのも問題である。
レベル15になり、魔力量は未だどんどん増えているし、【魔力上限アップ 小】の恩恵も少ないように思える。
その後も命子は自分の就けるジョブの情報をメモしていく。
中々に有意義であった。
「よしよし。ん?『見習いテイマー』なんてあるんですね」
メモが終わった命子は一覧にあるジョブに目を止めた。
「『見習いテイマー』は、警察官が発見したのさ。警察犬を連れてきてね、一緒にレベル上げを行なったのだけど、その際にね」
「へぇ。動物ってやっぱり強いですか?」
「我々が普段接するような動物は、弱い。たぶん人と共に行動しなくては、ダンジョンの攻略は難しいね」
「そうなんですか? でも人間は大人でも武器を持たなければ、猫にすら負けるって何かで聞いたことがありますよ」
こてんと首を傾げる命子に、教授は語って聞かせた。
「あながち間違いではないが、それは人間が猫の気迫に呑まれるからという部分があるだろう。死ぬ気の殺し合いなら、恐らく人が勝つさ。大ケガはするかもしれないけどね」
「なるほど」
「しかし、これが魔物となると話は変わってくる。命子君も知っての通り、魔物はひたすら攻撃力が高い。G級の魔物の攻撃ですらお腹に喰らえば大の大人でも血を吐くレベルだ。F級になれば内臓が酷く損傷する。これは動物にも平等に適用される。そして何より、魔物は痛がりはしても、死を恐れない」
あっ、と気づいた命子に、教授は頷く。
「君の考え通りだよ。動物は武器を持てないから、人間よりも遥かに攻撃を喰らいやすいんだよ。4足獣なら足が一本でも折れてしまえば終わりだ。
彼らは前足や顔面を殴打される前に敵を倒さなければならない。運の要素が高いんだよ。魔物の4体5体は倒せても、ダンジョンを抜け出すまで連戦するのは少しきついんだ」
「動物もスキルを得たんですよね。それでも難しいんですか?」
「パッシブスキルは強いね。【顎力アップ 小】や【腕力アップ 小】はかなり強い。けれど、アクティブ系のスキルは使いこなせていない印象だ。直感で使っているんだろうね、魔力の運用がとても下手なんだよ。中には魔力が空なのに一生懸命スキルを出そうとする子もいる始末さ」
「なにそれちょっと可愛いかも」
「ふふっ、そんなことを彼らに言ったら怒られちゃうよ。それともしゅんとするのかな」
「じゃあじゃあ、野生の動物はどうなんです? クマとか」
「野生の動物のことは私には分からないよ。警察犬を見た限りの話さ。これがサイやカバなど分厚い皮膚に覆われていたり、クマのように腕力が非常に強い動物なら強いだろうさ。重量もあるしね。カバなんて走っただけでも蹴散らしてしまいそうだ。
けれど、こういった動物もF級以上になると、やはり攻撃を喰らえば手ひどいダメージを受けるだろうね。E級になれば厳しいだろうな」
ふーんと命子は頷いた。
「ただ、警察犬も人と共に連携を取ればとても強くなるよ。最近では動物用の防具も仕入れたから、なおさら強いね。だから他の動物も同じことが言えるはずだよ」
「じゃあ、『見習いテイマー』は結構強いんですね」
「強い弱いは別にして、世界的に見て、物凄く重大な発見ではあったね」
「というと?」
「動物もスキルを得たのはさっき君の言った通りだ。ここで問題になったのが動物園や牧場のような施設だったんだ」
あっ、と命子は『見習いテイマー』が重大な発見と言われる理由を察した。
「不思議と逃げ出す素振りはなかったのだけど、危険度が増した動物園に人を入れるわけにもいかなかったのさ。一時は、毒殺しなくてはならないかもしれない、という話にすらなったそうだよ。人間は臆病だからね。そこに来て、『見習いテイマー』が発見されたわけだ」
なんでも『見習いテイマー』は、動物を数頭テイムできるのだそうだ。
動物園で飼育されている動物はこれに従ったらしい。
なぜ彼らが従ったのかまでは分からない。
『見習い』がとれた『テイマー』になれば、意思の疎通が強くできるようになるかもしれないので、その時を待つしかないようだ。
「実を言うとね、日本を含めた世界各国では、動物の飼育に関わる仕事をしている一般人に、秘密裏にダンジョンへ入ってもらっているんだよ」
「そうだったんですか?」
「うん、強くなった警察犬などを連れて『見習いテイマー』を取得してもらっているわけさ。動物園や牧場が崩壊したら、それこそ大惨事になってしまうからね」
「なるほど……それじゃあ、そのうち、冒険者だけじゃなく、地域に危ない動物が入ってこないように山の動物を説得する『テイマー』なんかが出てくるかもしれないですね」
命子はつい先日に見たツキノワグマのニュースを思い出した。
あの子は、もしかしたら人と一緒にダンジョンに入りたいと思っていたのかもしれない。
ハッ、お母さんの推測と同じだ!
命子はポヤポヤ系母の推理力に慄いた。
「良いところに気がつくね。自然との調和を守るテイマー系の職業の制定が今、進められているんだよ」
「ほほう。そんな中でさらにダンジョン開放まで急がされちゃって大変ですね」
「君が言うのかい? ふふっ。まあ現状では尻に火がつく勢いで働いたほうが良いだろうね」
命子と教授は、お茶をくいっと飲んで舌を滑らかにする。
「おっと、民間人を入れている話で思い出した。今回君が持ってきてくれたようなジョブの情報にも、懸賞金が出ることになりそうだよ」
「え、そうなんですか? でも、私、自衛隊の情報を相当ぶっこ抜いてますけど。それで相殺でも良いんですが」
「貰えるものは貰っておけばいいさ。元々、これは民間人協力者向けのものでね。国は、いろいろなジョブ情報などをいち早く集めたいわけさ」
「なるほど、それは良いですね。じゃあ飼育員さんたちの一般系ジョブは手に入りました?」
「いや、彼らのはまだだよ。彼らは『見習いテイマー』をやってもらわないと今はちょっと困るからね。でも、飼育員の他にも君の言うところのダンジョン指導員も育成し始めたからね。そういう人からちょっとずつ情報を得ているよ」
「へぇ。ダンジョンに入れて良いなぁ。早く指導員さんが充実すれば良いけど」
命子の言葉に、教授は目を細めて笑った。
読んでくださりありがとうございます。
説明回。
そして教授との話はまだ続く。