1-3裏 その頃地上では
本日5話目です。
よろしくお願いします。
《とあるニートの部屋》
唐突に意味分からない電波を受信したその男は歓喜した。
今日この瞬間に、自分は生まれ変わるのだと。
苦労はするかもしれない。
けれど、そこには仲間(美少女たち)がいて、最後には自分は最強になる。
もちろん、厄介事は面倒くさいので勘弁だ。得た力は秘匿する。まあ最終的にはバレてしまうだろうが、その頃には手の付けられない化け物になっているだろうから問題なかろう。
そんな己の英雄譚に想いを馳せ、ステータスを呼び起こす。
────
出尾地 茂武
32歳
ジョブ なし
カルマ -12533
レベル 0
魔力量 7
・スキル
【花】
・称号
【忘八者】
────
はっ? であった。
なんだこのステータスは。
圧倒的な雑魚臭。
というか、自分のスキルは【花】なのか?
試しにそのスキルを使ってみれば、部屋の中に小さな白い花が一輪だけ現れた。雑草に紛れてよく咲いている花だ。
「な、なんだよ、これ?」
どうして?
どうしてどうして?
出尾地とてカルマくらいは知っている。
むしろそういう単語ばかり知っている。
生まれてこの方、カルマが貯まるようなことをした覚えはない。
むしろ自分をこうした世の中こそ、業が深いのではないか。
これはもうクレーム案件だ。
しかし、部屋の中で見えない誰かにいくら訴えようとも、静寂が返ってくるばかり。
傅かれるのに飽いた神は、俺みたいなタメ口の奴に興味を示すのではないのか?
出尾地は悪態を吐き、ステータスとにらめっこする。
すると、新たな発見をした。
カルマに対して深く考えると、なんと減算の履歴が出てくるではないか。
そこには。
年老いた両親への横暴な態度及び暴力、女児への恫喝、匿名性を利用してのネットへの誹謗中傷の書き込み、ネットゲームでの村八分、等々。
陰湿な罪の履歴が列挙されていた。
一つ一つのカルマの減算値は酷いものが少なかったが、この男はそれを日常的にやっていた。
それが積もり積もって、この数値となっていた。
「チッ、めんどうくせぇ。しかし、ふふっ」
宗教に疎い日本人である彼は、これを重大事と受け止めなかった。
いつの日かこの数値は裏返り、凄まじいチートを得るに違いないと妄想する。今は後の英雄が苦汁を舐める物語の冒頭部分なのだと。
差しあたってはとりあえず、プライベートダンジョンでも探しに行くか。
しかし、宗教関係者はこの事態を重く受け止めていた。
というか、大パニックだった。
なお、プライベートダンジョンなどという都合の良いものは発見できなかった。
《とある宗教組織》
その男は、謎の声を聞き終えてから部下を呼びつけ、この下らん悪戯をした者に制裁を加えろと命じた。
この建物内に痕跡が残っているはずだし、すぐに見つかるだろう。
制裁と言っても殺すわけではなく、普通に逮捕してもらうだけだが。
しかし、部下の顔色は優れない。
命令を聞けばすぐに下がるのが常なのに、部下はカタカタと震え、ジッと床を見つめている。
「どうした、早くいきなさい」
怪訝に思いつつ、そう告げると部下の男は口を開いた。
「さ、さきほどの声は、ぜ、全世界に同時に告げられています。そして、カルマについても本当のことでした。念じれば、己の能力やカルマについて知ることができます」
コイツは何を言っているんだ、と男は眉を顰めるも、尋常ならざるその態度に、念のために自分も能力を知りたいと念じてみた。
すると。
─────
ニィド・トデナィ
81歳
ジョブ なし
カルマ -99135
レベル 0
魔力量 7
・スキル
【花】
・称号
【大罪人】
─────
「なっ!?」
あっさりと眼前に現れた自分のステータスに、男は驚愕する。
「ここ、こここれはどういう……っ!?」
慌てふためく男に、部下は言う。
「わ、私にもわかりません。しかし、脳内に浮かんだ各項目を深く考えれば、ある程度の詳細を閲覧できます。神は私の罪を……ぐ、う、あ、ぁああ……神よ……っ」
説明の途中で部下の男は部屋を泣きながら去ってしまった。
凄まじい無礼であったが、部下の男にはもはやそんなことを気にしていられる余裕などなかった。
男もまた、それを咎めることも忘れ、己の眼前に浮かぶ恐るべき数字に注視する。
すると、なぜそんな数値に至ったのかという詳細が浮かんできた。
男のカルマが異常に低い、まさに奈落とも言うべき数値の理由は至極簡単な話だった。
神に仕えた者は、カルマ値を上げるためのイベントが盛りだくさんだ。
これは男の清貧なる少年期を見れば一目瞭然だった。爆発的にカルマが上がっているのだ。
善行を重ね、一時期は数値もプラス1万に達していた。
しかし、組織内で位が上がり、己にいつの間にか宿っていた権力という力を認識したあたりから、雲行きが怪しくなってくる。
神に仕えた者が悪行を働いた場合、カルマ値の減算は2倍になっていた。
急転直下であった。
自分の名を騙って極悪非道の限りを尽くした者を許す賢王はいない。
それは神であっても同じであった。
神の名を騙って己の欲望を満たし続けてきたその男は、あっという間に凄まじい業を背負っていたのだ。それは称号にも表れていた。
「ふ、ふざけるな……っ!」
男は、謎の声の主を悪魔とし、世界に宣言することに決めた。
組織を裏から牛耳るほどまでの権力を手に入れた男は、こんなことを認められるはずがなかったのだ。
そもそもこの組織は仏教組織ではないのだし!
しかし、それが実行に移されることはなかった。
組織の上層部が集まる会議の場にて、男は冥府から伸びたような無数の手に絡めとられ、黒く干乾びて死んでしまったのだ。
その事件を皮切りに、組織は創始者の教えをもう一度学び直す時を迎えるのだった。
一方で、政治家たちの動きはまた違った。
すでに人生の佳境とも言うべき年齢の者が多い政界だけに、彼らもまた一番に注目したのはカルマだった。
謎の声は、こう言った。
『神様が作ったカルマ式ステータスシステムを———』と。
つまりは神様がいる可能性が非常に高い。
というか、全世界の人間にステータスなんていう物を閲覧できるようにする時点で、超常なる存在がいるとしか思えない。
『神様』と『カルマ』は、死後が近い彼らにとってヤバすぎるタッグだった。
カルマなのに仏じゃないのはよく分からないが、神仏という言葉もあるわけだし、危険なことには変わりない。
多少賄賂を貰おうとも、うっかりな発言をしようとも、善く人を導いたあるいはその努力をしてきた政治家は普通にプラスであった。むしろ、一般人よりもプラスが多い者もいた。
闇の深い国のこの業界では、賄賂を貰わなくては自分もしくは家族が世界や社会から消される場面が多々あるので、貰いたくなくても貰う必要があったのだ。
しかし、そうではなく必要以上の利権を貪るだけの政治家は、莫大なカルマでその魂を汚していた。
暴力組織と繋がって殺人の命令を下していた者など、暗黒オーラを宿せるんじゃないかと思えるレベルでカルマが低かった。
よしんば輪廻転生ならば、まあいいのだ。
今世の罪は来世の自分に全部ぶん投げれば良いのだから。
しかし、もしもカルマが天国と地獄を分けるための数値だったら……
死後の心配など、馬鹿馬鹿しい話ではあるけれど、この数値が意味するところが判明するのは何年後になるのか。それから慌てては全てが遅すぎる。
政治家たちの動きは恐ろしく早かった。
カルマについて検証しろと、どの国の政府もイの一番でそう命令を下した。
それは日本も同じであった。
兵器が全部土に変わっちゃったけど、これからの世界はラブ&ピースなのだ!
みんな必死だった。
カルマ調査と並行して、日本政府がまず動いたのは、ダンジョンの封鎖とスキルの試し打ちの禁止だった。
漫画大国だけあって、『地球にダンジョンができてファンタジー化したら自分ならどう動くか』という無駄とも言えるシミュレーションを趣味で行なっていた大臣がいたのだ。
絶対に民間人がダンジョンに入って大惨事が起きると予見した彼が、総理に提言したのである。
ネットやテレビ放送だけではなく、放送車両や自治体のスピーカー放送を駆使して、絶対にダンジョンに入らないことと、スキルの試し打ちをしないことを国民にお願いした。
あらゆる地区で警察官と自衛官が呼びかけ、事故を防ぐために懸命に働いた。
これにより、日本での被害は軽微なものとなる。
迅速に封鎖された日本のダンジョンは、24箇所。まだまだあるかもしれないが、通報はない。
そんな24箇所の内の1つに、命子の落ちたダンジョンも含まれていた。
日本政府は他国政府にもダンジョン封鎖の必要性を緊急連絡して説き、他国政府もまたそれを一つの指針として賛同する。
これによって連鎖的にダンジョン封鎖網が敷かれることになったが、それに先んじてダンジョンに入ってしまった者も多く現れた。
好奇心や功名心に魅せられて、ダンジョン付近で目についた武器になりそうな長物を手にしてダンジョンに入っていく。家の近所にダンジョンができた者などは、自分の家から選りすぐった武器で身を固める。
シュメリカ国のとあるフォーチューバーは、家の敷地内にダンジョンができた。
これ幸いとばかりに、シュメリカ人らしいがっちりした体躯をバットやバール、包丁で武装して、チョコレートバー片手にダンジョンに入った。迷彩服こそ着ているが、その姿は武蔵坊弁慶のようだった。
ダンジョンで待ち構えていたのは、黒い鉄球を身体のそばに浮かせた中型犬であった。
猛然と襲いかかってくる犬に、男は汚いスラングを口にしながら全力でバットを振り下ろす。
当たれば普通の犬ならば致命打になりそうな一撃を、されど犬はお構いなしで突っ込んでくる。
バットが犬の頭を打ち付けると同時に、男の脇腹にも浮遊していた鉄球が横合いからめり込んでくる。
その一撃で、男の巨体が2メートルほど離れていたダンジョンの壁に叩きつけられる。
肺から空気が漏れ出て、何が起こったのか判然としないうちに、次なる衝撃が男を襲った。
犬の前足が太ももに当たった瞬間、恐ろしいまでの痛みが走る。
しかし、その痛みを凌駕する激痛がもう片足に走った。
なんと、噛みつかれた足が一瞬で食いちぎられたのだ。
ダンジョンに絶叫が響き渡るが、それもすぐに消えることになった。
この日、全世界で、この男と同じような末路を辿る者が何十人も現れることとなる。
読んでくださりありがとうございます。
あと22時30分前後に次話を投稿します。