3-3 修行本格始動
本日も早めの投稿です。
よろしくお願いします。
中途半端な気温なので生活のリズムが狂ってしまった……
朝のニュースを見て、命子は噴き出しそうになった。
SYUGYOUSEI
そんなローマ字が胸に書かれたTシャツを着た人々が、海を越えて、自主的に修行している光景がニュース番組で取り上げられていたのだ。
ちなみに、背中には『修行せい』とカッコいい行書体で書かれている。色は、赤、青、黄、緑、黒から選べるぞ。
場所はフェレンス。ルルの故郷キスミアの隣の国だ。
市民公園で、たくさんの人が短い木の棒を両手に逆手持ちして、シャシャッ、シャシャッとやっている。どう考えてもNINJAを見据えた修行である。その証拠に額には忍者のハチガネを巻いている。
命子は、『修行せい』と自分で言っときながら、そのTシャツが凄くカッコいいと思った。
牛乳を飲み込みながら、母にアレアレと指で教える。
「わぁーカッコいい。これ欲しい!」
「分かるわぁ。くれないかな、1着」
「えー、1着だとお母さんの分がないじゃない。2着にして?」
「私も欲しいから3着にしてよ」
欲しいといってもどこに言えば良いのか分からないのだが。
命子は黒Tシャツがめっちゃほしかった。
馬場さんに言えば取り寄せてくれるかな、などと考えながら、命子はもむもむとパンを食べた。
ちなみに父は20分くらい前に出勤した。
ピローン、とテロップが移動して、別のニュースに切り替わる。
『またもツキノワグマです』
そんな一言から始まったのは、ツキノワグマが山から下りてくるというニュースだった。
命子は無限鳥居に入る前にも、同じようなニュースを一度だけ見た覚えがあった。
映像ではツキノワグマが警察により追い払われている風景が流れている。
銃が無くなってしまった世の中なので、警察の腰にはダンジョン産らしき武器が携帯されていた。
ツキノワグマは大きな音に驚いて山に帰っていく。
山に入る前に、チラリとカメラを見つめ、うなだれるようにして山に入っていく。
命子にはそれがどこか悲しんでいるように見えた。
「最近めっちゃ動物が人間の近くに寄ってくるっていうよ。この前ちーちゃんが野良猫の集団ににゃーにゃー言われたって」
妹が少し世俗を離れていた命子にそんな風に教えてくれた。
「へぇ、人間を舐め腐り始めたのかな?」
「動物さんも仲間に入れてほしいんじゃないかしら?」
命子の意見と母の意見が真っ向から対立する。
命子は、うん、そっちのほうが女子力が高そうだな、と次回こういう話題が上がったらそう答えることにした。
今日も今日とて放課後は青空修行道場へ赴く。
すると、いつぞやの1キロで帰る青年を見かけた。
身体を作る道場で、命子と一緒に走っていた大学生のお姉さんに叱咤されながら、腕立てをしている。
「やはりアヤツは強くなるな。私の睨んだ通りだ」
「そうですわね。あの方は、目の輝きが違いましたから」
命子とささらが土手の上で腕を組み、うんうんと知ったような口を利いた。
青年は腕立て12回でギブアップした。
奴が強くなる日はいつになるのか。
命子たちの適当な発言はともかく、実際に青年の目の輝きは違っていた。
地球さんの大告知以前の全てを諦めてしまっている男の目ではなかったし、命子たちが出会った当初の、前を走る女子大生のお姉さんのお尻から必死で目を離そうとする男の目でもなかった。
今の彼は、目指すべき場所を見つけたような熱い炎を宿した漢の目であった。たまに女子大生のお姉さんのおっぱいはチラ見するが、そこが目指す場所ではないはずだ。たぶん。
昨日は命子たち自身も変わりすぎている青空修行道場に慣れるために、無難なことをして過ごしたが、今日からは違う。
各々が、強くなるために修行していくことになる。
まず、新参のルルは自分に合った道場を探すところからだ。
その前に、河原に向かって【見習いNINPO】の風の術で、河原にそよ風を送って、魔力を空にする。
そうしてから、ルルは古武術道場の門戸を叩いた。
この道場は、無手も武器も使う流派だ。
同じ青空修行道場内の棒術や剣術と被っている部分も多いが、構えや技がより破壊に特化していた。
戦国の世で生まれた技術だけに、物騒なのである。
とはいえ、道場主は現代を生きるじいちゃんだ。
スマホをテチテチして笑う少年少女たちに、殺しの技を伝承することはない。たぶん。
他の道場と同様に、倒すことよりも生き残ることを主眼において教えている。
「仲間に入れてクーダサーイ!」
そう門戸を叩いたルルに、道場主が殺気を飛ばす。
クワァッ!
にこぱぁーっ!
それはまるで柳の如し。
道場主の目には、己の放った殺気が笑顔の少女の身体をするりと抜けていくのが見えた。
地球さんTVで有名になったルルの下に、弟子たちがわらわらと集まり、嬉しそうにご挨拶をする。
そんな光景を見て、道場主はゴクリと喉を鳴らした。
この少女、計り知れぬ。
「あんねぇ、ゲン老師の弟子になると、みんなクワァッてやられるんだよー」
「クワァッて、ねぇー!?」
「ねぇー! なんだろうねぇ、あれ!」
ゲン老師の下でルルの修行が始まった。
ゲン老師は60年愛用し続けている指貫手袋をキュッと引き締めた。
これが運命か……っ。
ゲン老師はこじらせていた。
一方、ささらはサーベル道場だ。
ダンジョン探索には1にも2にも魔力が必要なので、ささらもまた魔力消費をしたかったのだが、無暗に破壊を伴うスキルを放つことを国がやめるようお願いしていたため、撃てなかった。
この禁止は、あくまでお願いだ。法的な拘束力は今のところない。
だから、河原に向かって放てばいいのだけれど、それを始めると子供たちも真似をする。
それを繰り返していると、子供たちが気軽に放つようになりそうで、大人たちは一先ず禁止に従った。
大人たちも魔力が非常に大切なものだというのは命子から聞いているし、抑制してばかりでもその威力が分からずに放ちそうで怖い。
何か上手い方法がないものか、課題になっていた。
ウォーミングアップを終えたささらは、サーベル老師の下へ行った。
「老師、改めてただいま戻りました。老師の教えのおかげで、こうして無事に帰ってくることができましたわ」
昨日は学校の子をたくさん引率していたので、老師への挨拶もそこそこになってしまった。
今日も新参の子がちょろちょろいるのだが、その子たちは昨日参加している子たちに任せた。
「うむ。ささら嬢ちゃんや、立派だったの。どれ、龍滅を成したその力を見せておくれ。そうじゃの、そこに立ってみなさい」
河原を背にしてささらを立たせた老師は、その対面に立った。
次の瞬間、ささらはハッとして身体を捻った。
しかし、何も起こっていない。
サーベル道場に通う少年少女たちが、ゴクリと喉を鳴らした。
いや、少年少女だけではない。ニートが、フリーターが、有休をとったオッサンが、刮目して見ている。
今、漫画の世界みたいな凄いことが起こっていると。
「か、髪が斬られましたわ」
冷や汗を掻きながら、ささらは、かすれた声で言った。
けれど、その髪は一本も斬られていない。
少年少女や童心を忘れていない大人たちが、キラキラした目でそんな2人のやりとりを見つめた。
「ほっほっほっ。女子の髪を切ってしまうとは申し訳ないことをしたの。が、今のを躱すとはまっこと見事なり。これからも精進せい」
「はい!」
殺気の察知。
道場に通う人々の中で、一つの目指すべきポイントが見えたのだった。
ささらのやりとりを離れた所から見ていた命子は、あれなんて漫画だろう、と思った。
「私も挨拶に行ったらやられるのかな? 絶対に喰らうじゃん。マジ勘弁だわ」
はぁーオチ担当オチ担当、などと言いながら、1本の草に合成強化を掛けまくる命子。
その近くには、8歳くらいの幼女が座っていた。
「よし、次は負けないぞ!」
「のぞむトロロだー!」
命子と幼女の持つオオバコの茎が真ん中で絡まる。
草相撲である。
すでに命子は4戦4敗。
もう後がない。いや、すでにコテンパンすぎて終わってる感はある。
しかし、命子には秘策があった。
命子の手に持つオオバコの茎は、『1/10』だ。
全く同じ種類の物を素材に使っているのに、地上産の物なので、命子の魔力を全て使ってもこの程度しか強化できなかった。
しかし、コイツはオオバコの茎業界で特攻隊長クラスであろう。実に大人げない。
対する幼女は、オオバコのもこもこした部分がない茎のみの物。一兵卒だ。
負けられない戦いが始まった。
「のこったのこった、えいえい!」
「ののったののった、えいえい!」
草相撲は腕力ではない。
命子の腕力を全開でやってしまえば、幼女のどちらかの手からオオバコの茎が離れてしまう。それはノーゲームだ。
命子は絶妙な力加減で茎を引っ張る。
「のこったのこった、えいえい!」
「ののったののった、えいえい!」
「あーッ!」
「またかったぁ!」
負けた。
そろそろお姉ちゃん行くね、と命子は少女の頭を撫でてから立ち上がった。
まったねぇ、と幼女に声を掛けられる命子の手は、ギュッと握り締められていた。
絶対なる信頼を置いていた【合成強化】が、敗北したのだ。おのれぇ幼女め!
命子は、ドロップ品をオオバコの茎に合成しようか本気で悩んだ。『10/10』のレジェンド級オオバコならば、絶対に勝てる。
しかし、命子は己の戦っているものの正体を知らなかった。
幼女は、硬いオオバコの茎の中に細いエナメル線を仕込む技術を実現させていたのである。さらに茎の外皮には切れないように少量のニスなどでコーティング済み。
そう、幼女のオオバコの茎は一兵卒の皮を被った化け物だったのだ。
オオバコの茎VSエナメル線の長き戦いが幕を開けた。
幼女にフルボッコにされた命子は、ささらと同様に、改めて老師に挨拶する。
「老師、昨日は気を使っていただいて申し訳ありません。改めて、無事に帰ってくることができました」
命子もささらも、老師に対してかなり真剣に接していた。
ささらは礼儀正しいので。
命子は、師匠がいるという人生がカッコいいと思う中二病なので。
「うむ。お主もよく頑張ったの。特に龍滅の折に見せたあの見切り。見事であったぞ」
「龍滅……老師、その言葉、頂いてもよろしいでしょうか?」
「お主は、ちょっと変わった子じゃの」
あ、あれは魔導書士の羊谷命子だ。
な、なに、あれが龍滅の一角の……!?
凄くカッコいい。
「それよりも見切りじゃ。見事であった」
「あ、はい。ここで学んだ回避術のおかげです」
「ほっほっほっ。そうかそうか。どれ、冒険の旅でどれほど強くなったか見せておくれ。そこに立ってみなさい」
きたかぁ。
命子はささらと同じように河原を背にして立った。
「め、明鏡止水だわ」
「知っているの、クララちゃん」
「うん、この戦い、どちらかが死ぬ」
「「「っっっ!」」」
クララの発言に、少年少女がゴクリと喉を鳴らした。
一緒に観戦していた大人たちは、説明役を咄嗟にできなかった自分たちを恥じた。
明鏡止水。
そう、その時、命子は明鏡止水していた。
目は半眼、身体は脱力の極み。
特に意味はない。漫画やアニメで見切りの極意に至った人がこんな感じだったので、やっているだけ。だが、思いの外しっくりくる。漫画はウソを言っていなかったのだ。
クララの発言は少しばかり間違っていた。
明鏡止水中な命子はさらさら攻撃をするつもりがないので、死ぬとしたら命子一択なのである。
対面3メートル先に立つ老師が、白い眉に隠れた瞳をクワッと見開く。
命子の身体がスッと横に動く。
ザンッ!
「う、腕が斬られました」
避けられなかった。
「ほっほっほっ、お主にその領域は早すぎるわ。しかし、殺気を察知するだけでも大したものよ。精進せいよ」
そんなやりとりを観戦者たちがキラキラした目で見つめる。
回避してみせたささらも凄いが、命子は斬られたにも拘らず尊敬を集めた。
命子に向けられたそれは、リアルさから来た尊敬だった。
片や回避できたが髪を切られ、片や避けられずに腕を斬り落とされる。
自分たちの遥か高みにいる3人のやりとりが、カッコ良くてたまらないのだ。
ここで学べば、そんなことができるようになるのだろうか。
挨拶代わりに殺気を飛ばされて、おいおいご挨拶だな、などとカッコいいことが言える日がくるのだろうか。期待感が否応なしに増していく。
というかサーベル老師が強すぎる。
一部の人たちは、世の中にはスポーツ格闘技の枠に収まらない達人が本当にいたのだと、唾を飲み込んだ。
「命子ちゃん今のマジ!?」
トボトボしながら近くに来た命子に、女子高生が尋ねる。
「うん。龍滅したからかな。殺気とかがなんとなくわかるようになってた」
命子は早速龍滅を使った。
こういう風にコツコツ使うのが、二つ名ゲットへ至る近道なのだ。
「命子ちゃんちっちゃいのにやべぇ!」
「ちっちゃくないけど。こんなのみんなもすぐに追いつけるよ。私だって1か月前はザコだったもの。きっとクララちゃんにすら喧嘩で負けるレベルだったよ。あとは、どこまで本気になるかじゃないかな? あと私はちっちゃくないけど」
本気……
自分は本気になっているだろうか。
女子高生たちが、己の内面に語り掛ける。
ちっちゃいことを気にしている命子の発言はドスルーだ。2回も言ったのに。
「さて、嬢ちゃんたちが帰ってきたことだしの、少しお話をしようかの」
老師がそう言って門下生たちに注目させた。
「お主らは、ダンジョンでの嬢ちゃんたちの戦いを見て、どう思ったかの。あー、龍ではなく、道中の戦いじゃ」
老師の質問に、女の子が答えた。
「凄くカッコ良かったです!」
「うむ、カッコ良かったの。では、どのように戦っていたかの?」
「魔法を使ったり、シュバババァってやったりしてました!」
「う、うむ。そんな感じだったの」
老師は、ちょっと埒が明かないな、と思って答えを言うことにした。
「嬢ちゃんたちの戦い方は、こうじゃ」
老師は、深く腰を落として斬撃を放つ。
様々な角度から攻撃を放つが、その全てが下方にいる敵を想定しているものだった。
門下生は、そうそうこんな感じだった、と頷く。
「一方、本来のサーベルでの戦いはこうじゃ」
老師は、戦闘方法を変え、しっかりと立って変幻自在の斬撃を披露する。
時には大きく踏み込んで下方を狙うが、それはオマケみたいなものだ。
それを見ていたクララが、ハッとした。
「戦い方が全然違います!」
一目瞭然だったが、こういう反応をされると嬉しいのは大人の常だ。老師も例外ではない。
老師はくるんと木の棒を回し、トンと切っ先で地面を突く。
命子は勉強になるわぁ、とクルン・トンを今度真似しようと思った。
「今、ワシが戦っていたのは人じゃ。そして嬢ちゃんの真似をした動きは、ウサギを想定した。そして、ウサギを想定した動きは全て本来のサーベル剣術にはない動きじゃ。ウサギなど銃や弓、あるいは罠で狩るのが普通じゃからの」
ふむふむ、と門下生たちは頷いた。
「これからの世界は多くの物が変わっていくじゃろう。そして、そんな変わり行く物の中には、武術も入っておる。武術は本来、人を制圧する術なのじゃ。人の身体を研究し尽くし、これに対応する。それが武術であった。ワシが知っている武術もこれじゃ。しかし、これから先の武術は、魔物を制圧する術に変わる。そう新たな武術が生まれるのじゃ」
「あ、新たな武術……」
ゴクリと門下生たちが喉を鳴らした。
大人たちも例外ではない。ウキウキである。
「お主らはその片鱗をすでに見ているはずじゃ。命子嬢ちゃんが使っていた、本と剣と魔法の融合武術。ああいったものがこれからの世にどんどん現れる」
命子は口をムニムニして綻ぶのを我慢した。
カッコ良さを求めて練習した魔導書と剣の融合武術が、なんか壮大な感じで肯定されて嬉しかったのだ。
「ワシのサーベル道場に限らず、他の武術を学ぶ際にもこのことを念頭において基礎を学ぶと良い。きわめて殺傷能力の高いウサギにどう対応するか、回避能力が高い人形にどう対応するか、あるいは自分の何倍も大きな龍にどう対応するか。もちろん、戦うだけではなく逃げる術として想像するのも良い。そういった技術が集まり、やがて対魔の術理へと昇華していくことじゃろう」
老師の話が終わり、門下生はどぉっと息を吐く。
新武術。
胸熱な話であった。
この話を境にして、青空修行道場では対魔の術理が話し合われるようになる。
剣を上から下へ振るっても、腕の可動範囲の都合上、剣の攻撃域は下方に対して驚くほど狭い範囲にしか届かない。
立っている人を斬るにはこれが基本の攻撃だったが、余裕で人の身体をぶっ壊す体高50センチ程度の魔物を斬るには不合理な斬撃だ。
必然的に、重心を深くした攻撃が多用されるわけだが、これを『型』とするにはどうすればいいか。
対魔の術理は新時代の武術の設問となり、世界中の武術家が考えるようになる。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、励みになってます。
誤字報告も大変に助かっております、ありがとうございます。