3-2 一揆も起こせる青空修行道場
ちょっと早い投稿です。
本日もよろしくお願いします!
放課後になると、命子たちはその足で青空修行道場に向かった。
『命子たち』とあるが、その数は100を超えていた。もはや中隊規模である。
この娘たちは、多くが修行部の部員である。
普通の部でも中々ない部員数だが、そうなったのは風見女学園が部活動の掛け持ちが自由だからであった。
修行部は、修行することが活動だ。
運動部はそれそのものが肉体の修練、文化部はそれそのものが精神の修練なのだ。だから修行部の活動と合致しているのである。詭弁である。
よくわからん部活だが、学校からは創部の許可が下りた。
命子が永世名誉部長になっている部活を否定するのが怖かった。日和ったのだ。
そして、そんな部活に入部する女子は瞬く間に集まった。
地球さんTVで見せた命子たちの4日間は、夢と現実の狭間で生きる少女たちの心に炎を宿らしたのだ。
誰だって、物語の主人公になりたい。
たった一度の人生を、どこにでも転がっている量産型の人生にしたい若者なんていやしない。
現実がひっくり返り、ファンタジーが顕現した今、そんな夢みたいなものが手の届くところまでやってきているはずなのだ。
この波に乗らないでか。
部の活動もなんかふわふわして緩いし。
その中には、命子が数日前に青空修行道場にぶち込んだ悪っ娘たちもいる。
超だりぃ、とか言いながらも、みんな真面目に頑張っていたのだ。
ギャルギャルした彼女たちは、様々な人に触れて、少しずつ変わってきていた。
馬鹿馬鹿しくてダサくて青臭い。
そんな修行の場に、少しだけ愛着が出てきてしまったのだ。ムカつくことに。
だから、ついでに修行部にも参加したのである。
命子たちが老師と出会った頃、青空修行道場は、まだまだ小規模な団体だった。
奥行40メートルほどの河川敷の広場を上流から下流へ50メートルくらい使って、みんなで回避術を学んだり、剣のお稽古をしたりしたのだ。
それは次第に膨れ上がり、命子が最後に見た時は上流から下流へ150メートルほどまで使っていた。
しかし、命子が居なかった4日……昨日を入れて5日の間で恐ろしいことになっていた。
修行者がそこら中にいるのだ。
距離にして、川上から川下へ2キロ。
修行者の数はとてもではないが把握しきれない。
命子たちが使っていた場所から1キロほど上流は、草がかなり茂っていたはずだが、そこも綺麗に刈り取られ、使用されていた。
修行者の中には、命子たちの出会った老師の他に、近所の道場主が指導者として加わっているようだった。全員が一線を退いていそうな高齢者だ。
「なんなん、この集団。一揆の前触れ?」
「メーコ、おまいうデスよ?」
「ルルさんはワタクシの知らない日本語をよく知ってますわね?」
「『おまいう』は有名なニッポン語デスよ? パパが言ってマシた」
「パパとは一度お話ししたほうが良いかもしれないね」
そんなことを話しながら命子たちが訪れると、意識高い系女子小学生・金子蔵良が駆け寄ってきた。
「命子お姉さまー! ささらお姉さまー!」
「おーっ、クララちゃん!」
駆け寄るクララは、走り出しながらポロポロ泣き出し、命子に飛びつく。
「ふぁあああんあんあんあん!」
声を上げて泣く年下の女の子。
命子はそんなクララの頭をよしよしと撫でた。自分の顔の隣で。
年下なのに、すでに身長が命子と一緒なのである。
「心配かけたね。ごめんね」
そうしている間にも、交流のあった少女たちが命子たちの下へ集まってくる。
青空修行道場ができたばかりの頃から参加していた子たちは、クララのようにワンワン泣いて、命子たちの帰還を喜んだ。
そんな中には、命子の妹もいる。山で泣いたがこれは別腹であった。
その泣き声は女子高生たちの間に飛び火していく。
もらい泣きの連鎖だ。
その中心にいる命子とささら、そしてルルもまたベンベン泣き始めた。
そんな様子を青空修行道場がどういうものか日本のお茶の間へ、いや世界のお茶の間へ届けるために来ていた日本や世界各国の報道陣が見ていた。
彼らは決して命子たち3人を映さない。
それは、日本政府から固く禁止されていたからだ。
マスコミの煩わしさを知っている大人たちは、命子たちの人生が変な方向へ曲がらないように配慮してくれたのである。世界のために行動した結果それでは、あまりにも不憫だから。
そして、彼ら自身も自分たちの職業の恐ろしさをよく理解しているため、小さな英雄たちの冒険のエピローグをカメラに収めるのを止めた。滅茶苦茶撮りたいが、大人として格好つけたかった。
みんなで一頻り泣いたあと。
「命子お姉さま、ささらお姉さま、そちらはルルお姉さまですね。みなさま、ご無事で何よりでした! お姉さまたちがおっきい化け物を倒した動画を見ました。感動でした! さすが命子お姉さまです!」
「う、うん! ま、まーね。まーねっ!」
命子お姉さまは、小学生に褒められて良い気持ちになった。
「ちょっと、クララちゃん。私のお姉ちゃんなんだけど」
「あっ、妹よ!」
命子は妹が来てテンションが上がった。
「お姉ちゃん、お疲れ。お母さんも来てるよ」
妹の言葉に周囲を探すと、サポート場所で今の感動シーンを見てベンベン泣いている母の姿があった。その隣にいるルルママもベンベン泣いている。ささらママもいるが、彼女は空が凄く好きなようだった。
いや、よく見れば多くの大人が空を見つめていた。青空修行道場から見える空は美しいのだ。
大人は涙腺が雑魚だな、と命子が思っていると、サーベル老師がやってきた。
「あっ、老師!」
「おかえり、命子嬢ちゃん。ささら嬢ちゃん。そっちの嬢ちゃんは一緒に冒険した娘じゃな。お主もおかえり」
「老師、ただいま戻りました。老師のご指導のおかげで無事に帰ることができましたわ」
老師の挨拶に、ささらが深く頭を下げる。
命子もそれに倣って頭を下げた。
「ほっほっほっ。わしの教えた技術で若者の命が救われたのなら、武術家としてこれほど嬉しいことはない」
そう言って笑う老師は、命子たちの後ろにいる軍勢に視線を移す。
「今日はお主らも忙しそうだからの。明日、わしの下へ来るが良い。まあ今日くらいゆっくりせいよ」
老師はそう言って、去っていった。
そんな老師の後ろ姿を見つめる女子高生たちの中で、中二病を患っている娘たちが、うずうずする。
師匠のいる人生が凄くカッコ良く感じるのだ。
これは命子も同じだった。
だから、命子は老師を『老師』と呼ぶのである。先生じゃないのだ。
「さて。クララちゃん。ちょっと見ないうちに凄いことになっているけど、これシステムはどうなってんの?」
以前までの青空修行道場は、仲間に入れてぇ、と言えば簡単に参加できた。
しかし、今はどうだろう。
2キロって。
もはや修行していないグループが混じっていても分からない。ただスポーツをしている可能性だって十分にある。
よくぞ聞いてくださいました! とクララは答えた。
命子は引き連れてきた学校の女子たちに、クララの話を聞くように言う。
「前と一緒で、自分の学びたい場所に行って、仲間に入れてもらえば良いんです。一日置きに変えても問題ありません。サーベルを教えているのは我らが老師です。他に剣道と古武術と棒術があります。武術系は、老師と命子お姉さまが話し合った通り、回避術を重点的に教える指導です。攻撃の方法はちょっとだけですね。攻撃もガンガン習いたい人は、各道場が経営する町の道場に通ってみてください。
他にも、生産系やお食事を作っているところもあります、サポートのところですね。身体の作り方を教えている場所もあります」
「空手や柔道は無いんだね」
先輩女子が尋ねた。
尤もな質問だ。しかし、命子たち3人には理由が分かった。
「空手や柔道は、己の身体を武器にしますから、ちょっと魔物相手には難易度が高いと判断したみたいです。魔物は攻撃力が凄く高いみたいですし、達人ならともかく子供に接近させるわけにはいきませんからね」
クララの説明に、命子は頷いた。
「うん、それは正解だと思うよ。たぶんダンジョンジョブにはパンチや投げ主体のジョブもあると思うけど、素人には凄くハードルが高いはずだよ。回避術を学ぶには良いかもしれないけど……まあ空手も柔道もやったことないから分からないな」
「はい。空手道場の先生もそう言ってました。ですから、体づくりの方法を教えてくださってます」
「へぇ、そういう協力をしてくれてるんだ。ありがたいね」
「はい! そして、それらの位置関係をまとめたのがこちらです!」
クララはそう言って、A4サイズの紙をみんなに配った。
定規で引いたマス目の中に、可愛らしい文字でどこで何を教えているのか書かれている。色ペン多用の挙句にカラー印刷だ。金がかかってる。
「これ、どうしたの?」
「一昨日、命子お姉さまが帰ってきて、昨日にどかんと人が増えたんです。だからサポートのおじいちゃんたちと作りました!」
ガチ過ぎる。
命子は、クララの組織運営力に軽くビビった。
「そっか、凄いねクララちゃんは」
命子が褒めるとクララは、えへへ、ともじもじした。
「あっと、もうそろそろ戻らないと。あ、最後に、初めて来た人はサポートの場所がありますから、そこでお話を聞けます。それでは失礼しますね!」
クララはそう言って土手を降りていった。
それを追って、待てぇ、と妹も走っていく。
妹が途中で転び、クララに世話を焼かれて一緒に手を繋いで走っていく。
「え、えーっと、そういうわけで、この組織はこのように自由に技術を学ぶ場になっています。怪我のないように、各々の修行に励んでください」
「あ、あの、質問いいですか?」
ちょっと気が弱そうな女の子が手を挙げた。
「どうぞ」
「武術は学ばないとダメでしょうか? お料理や武器のお手入れなんかをサポートしたいです」
「とても良いことです。それも立派な修行です。そういう子はサポートをする所に行きましょう。ほら、あそこです」
命子が指さした先では、お年寄りや主婦、運動が得意そうではない子たちが何やら活動している。
例えば。
お年寄りの指導の下で、子供たちが棒の角取りをしたりニスを塗ったり、女の子に防災頭巾の縫い方を教わったり。
近場の水道から水を得て、粉末飲料で大量にジュースを作っていたり。
またある中学生は、パソコンを使ってお年寄りたちと何かしていたり。
さらに、派出所の警察官と一緒にボードに貼り出された風見町のマップを見て、何やら議論している集団もいる。
複雑になりすぎているので、インフォメーションもある。
そんな彼らに、マスコミがインタビューしている風景もあった。
「……」
なんか凄いことになってんな、と命子はビビった。
命子が知っているのは、大工の元棟梁の工作教室とおばちゃんたちのジュースや豚汁提供だけだったのだが。
「ゴホン。ただ、少しだけでも逃げるためのノウハウを教えてもらったほうが良いかなって、私は思います」
「は、はい、分かりました。少しずついろいろやってみます」
「はい! 私も質問いいですか?」
今度は元気な子が手を挙げた。
命子は、どうぞ、と促す。
「私は人見知りなんですが、どうしたら良いですか!」
全然人見知りっぽくないハキハキした言葉だった。
しかし、ハキハキした返事ができる人見知りも世の中には結構いるのだ。そういう子は得てして、礼儀正しくしなくては、とかなり勇気を振り絞っている。
「それじゃあ、不安な人は今日一日、私たちと一緒に行動しましょう。それでどんな感じなのか慣れてみると良いと思います」
「分かりました!」
「それでは、解散。私たちと一緒に来る人は、ウォーミングアップ広場というのがあるので、そこでみんなで準備運動をしましょう」
すでに青空修行道場に参加して慣れている子は、この時点で散っていく。
おぅじっちゃん、生きてるか、などと言って、数日前に連れてきた悪っ娘がサポート場に行くのが命子には印象的だった。あの子はきっと大丈夫だろう、と命子は思った。
命子は、土手の上を移動しながら、2キロにも及ぶ修行場を眺める。
みんな棒とか持ってるし、やはり何度見ても軽く一揆が起こせる集団である。
我ながら恐ろしい集団の種を植えてしまったものだと、命子は改めてビビるのだった。
命子はまだ知らない。
この炎が世界中に広がっていることを。
その様子は、翌朝の地域のほのぼの系ニュースで見ることになる。
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