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3-0 修羅っ娘レポート

 よろしくお願いします。

 一夜明け、命子たちは、ロリっ娘迷宮自衛隊駐屯地に来ていた。

 今回のダンジョン探索で手に入れた物の引き渡しや、レポート作成のためだ。


 確かにダンジョンの雰囲気がよく分かる地球さんTVの動画はあるけれど、実際にダンジョンをクリアしたのはこの3人だ。

 探索中に注意していたことや、動画では語られなかった心情、考察もあるかもしれない。

 故の、質問会である。


 同伴するのは3人の両親と命子の妹、そしてささらママの連れてきた弁護士だ。部屋の隅で大人しく座っている。

 ただし、ささらママだけは、娘たちに不利なことが起こればすぐさま斬り捨てるような、キツイ眼つきをしていた。

 少し勝気な眼つきのささらが研ぎ澄まされれば、きっとこんな眼つきをするようになるのだろう。


 対する国から派遣されたメンバーは前回と同じ。

 命子たちを気遣って、女性が5人だ。


「命子君!」


「教授! ひしぃ!」


「無事で何よりだね! 良かった良かった!」


 再会するなり命子が教授に抱き着く。

 謎の絆がそこにあった。


 それを見た馬場は、犬の匂いがする友人に嫉妬の炎を燃やす。

 昨晩、私が再会した時はこんなこと起こらなかったのに! 犬か、犬の匂いが良いのか!?


 馬場は気づいていない。

 教授と馬場の決定的な違いを。再会の瞬間に腕を広げる。コツはそこにあった。


 前回と同様に、カメラを向けられた命子は、手櫛でせっせと髪を梳かした。

 ボケッとしているささらとルルに、「エネーチケーで放送するんだよ」とこそこそ教えてあげる。2人もハッとして髪を整えたり、ここに来て着替えた一般の服の襟首を整えたりした。ささらは、撮影と聞いてちょっとだけ緊張した素振り。

 しかし、本当にエネーチケーで放送されるのだろうか?


 後世で俗に『修羅っ娘レポート』と呼ばれるこの記録は、人類初のダンジョンクリアレポートとなる。


 さて、そんな質問会だが、予想以上に成果があった。


 命子が、手帳に色々書いていたからだ。

 地図情報はもちろん、命子、ルル、ささらの3人が選択可能なジョブ、武器防具の強化推移、敵の情報、隠し要素、などが書き込まれていたのだ。


 スマホで撮影した画像は、地球さんTVにより価値がなくなったと命子は思った。

 おのれ地球さんめ、である。


 しかし、価値は失われていなかった。

 地球さんTVはどういうわけか、如何なる手段を以てしても他のメディアに記録できなかったのだ。間接的にカメラで撮影しても、自分の家のパソコンの画面なのに映らないのだ。

 故に、多少価値は薄れても、魔物の研究資料を入手できたために大いに喜ばれた。


 さらに、地球さんTVが超ハイビジョン映像で動画を流しちゃったので、命子たちの撮影した物をネットに流す許可が下りた。これはロリッ娘迷宮で撮影した物も含まれる。ありがとう、地球さんめ。


 とはいえ、命子はSNSとかちょっとよく分からなかった。

 日々の生活で『なう』することとかあるかなと、命子には思えるのだ。『なう』するばかりがSNSではないのだが、命子的には『なう』なのだ。もうよく分からない。

 それを告げると、馬場から「じゃあ私が教えてあげる!」とぐいぐい来られた。馬場は、プイッター中毒者だった。炎上を何よりも恐れている。


 質問会も終わり。


 今度はダンジョンで取得した物の引き渡しになった。

 地球儀は、そのまま日本に寄贈だ。


「たぶん、後日、この3人の手で再度、お偉いさんの手に渡すことになると思うわ」


「マジですか」


「うん。よくオリンピック選手がメダルを見せて、国や市のお偉いさんと握手するでしょ? あれと似たようなものね。今回のことは世界史レベルのことだから、やる必要があるでしょうね。まあ、その時に使われるのはレプリカになると思うけど」


「はわぁ、そうですか……適当な敬語で大丈夫ですか? 不敬でコンクリートに詰められたりしない?」


「ふ、ふふっ、そんなことしないわよ」


「ちなみに、渡す人は誰ですか?」


「総理大臣かそれに近い立場の人以外ありえないわ。言ったでしょ、世界史レベルだって。これで風見町の町長に渡したら、世界各国に日本は正気かって思われるわ」


「フィギュアを渡すだけなのに、なんて大げさな」


「世界遺産レベルのフィギュアだけどね」


 書記官が、用意されていたケースに地球儀を入れると、外で待機していたエージェントに渡す。

 物が物だけに、エージェントは1人や2人ではない。10人近くいた。それだけ貴重品なのだ。 


 続いて、レシピだ。

 レシピは、国に一時お預けである。

 命子たちが持っていてもすぐに使えるわけではないし、なによりも、すでに自衛隊内には『見習い武器職人』や『見習い防具職人』がいるのだ。

 命子たちが徒に持っているよりも、彼らに装備を作らせたほうが、遥かにタメになるだろう。


 そして、これらのレシピは最終的に、誰にでも見てもらえるように寄贈されることになっている。

 寄贈する先が、命子の希望する冒険者ギルド的な組織になるかはわからないけれど。


 レシピの中には、『絆の指輪』も含まれているので、これを作れる人も紹介してもらえる手筈になった。とはいえ、まだレシピの内容を見てもいないので、しばし保留である。


 次にドロップだ。

 ドロップは、各一つずつサンプルとしてお買い上げだ。

 命子は【合成強化】を持っているため使い道は色々あるので、他は売らずに取っておいた。


 そんな中で、龍の皮や牙がちょっと問題だった。

 恐らく、現状では頭一つ抜きん出た武具ができるはずなのだが。

 自衛隊も欲しいし、命子たちも欲しかった。


 けれど、命子たちが次にダンジョンに入るのはまだまだ先になるだろうし、また突発的に入る事態になっても、その武具を装備して入るビジョンは全く浮かばない。実際、今回の探索でも神剣オルティナや魔導書の片方は家に置いてきたわけだし。


「うーん、じゃあこうしませんか。先に自衛隊が龍素材で装備を整えてください。で、私が潜れる段階になったら、きっと龍素材はたくさんあるでしょうし、それで私たちの分を無料で3セット作ってもらうんです。どうですか?」


 馬場は少し考え、頷いた。


「それでいきましょう」


 というわけで、龍素材も売却だ。

 後に無料で作ってもらう手筈になったうえに、龍の牙は2本しかなかったので1本お得になった。中々に美味しい話である。


「そういえば、自衛隊も妖精店を見つけたんですよね?」


「知ってるの?」


「はい。地球さんTVには映ってなかったかな。猫さんとの会話で教えてもらえました。誰も宿泊しない無粋な奴らだって評価されてました」


「えぇ? 地図もあるし、泊まる意味があまりないんだけど」


 風見ダンジョンは、ゲートで途中帰還が可能だ。さらに、一度踏み入れた階層には、次回から選択してワープすることができる。ただし、帰還してしまった場合はその階層からやり直しだ。

 故に、地図さえ完成していれば、宿泊する意味はほとんどない。


「泊まらない代わりに、滅茶苦茶繁盛していると思うわよ? だって、日本中のG・F級ダンジョンで集めたドロップ品があそこに集まってるし」


「凄い数の暴力」


「こんなの普通のお店だったら、仕入れも回らないでしょうし、ドロップの買い取りで店がつぶれそうなものだけど。まあ、そういう構造じゃないんでしょうね」


 命子は、自分の持つ1万ギニーを貸してあげようかな、と思っていたのだけれど、自衛隊のやっていることを聞くと、そんな気持ちも失せてしまった。これでは、大企業に100円貸すようなものだ。なんだか心温まる話みたいになってしまいそう。


 そう考える命子だが、実のところ1万ギニーは割とでかい。

 杵ウサギ一体倒して得られる物を売ると、魔石で20ギニー、毛皮で30ギニーなのだ。200体倒してやっと1万ギニーになる。

 そのうえG級の魔物のドロップは価値が下がるため、より多くの敵を倒す必要がある。

 いくら自衛隊が組織でギニーを稼いでいても、全員がダンジョンに集中しているわけではない。現状での1万ギニーは、決して大企業の100円なんて価値ではないのである。


 そんな風に命子と馬場が話していると、おずおずとルルが手を挙げた。


「ルル、どうしたの?」


「あ、あの、フニィ……ババ殿、ワタシ、わ、ワタクシの1万ギニーを使って、キスミアの人に防具を買ってあげてほしいデスわよ」


 それを聞いた命子は、ハッとさせられた。

 これらの物品は、全て日本にあるダンジョンで手に入れられた物だが、その所有権は個々人にある。

 きっと、ルルは自分の取り分をキスミアに贈りたかったのではないだろうか。


 遠慮がちに言うルル。

 ちなみに、ルルは『殿』が凄い敬称だと思っている。さらに、ささらの言葉遣いが凄い敬語だとも思っていた。


 命子とささらは、顔を見合わせて、頷き合った。


「ワタクシの1万ギニーもキスミアの人のために使ってください」


「私も同じく」


 ささらと命子は妖精カードから、1万ギニーを引き出す。

 ちなみに、これを引き出すのに、魔力を1使う。魔石ケースと同じだ。

 20枚の金貨が、ルルの手に渡った。


「う、ぁ、シャーラ、メーコ……メルシシルー! ありがとうデース!」


 それを見つめるルルは、眦に涙を溜めて2人に笑顔を向けた。


 馬場はうっと目を細めた。

 カルマが認識できる前から社会で働いていた馬場には、その光景が眩しすぎた。

 老齢の鉱夫みたいに、その光をしまってくれと言いたかった。


「わ、分かりました。貴女たちのお金ですし、それは可能でしょう。キスミアと話し合い、どんな物が欲しいか決めたいと思います」


「ニャウ! あっ、は、ハイ。ありがとうございマスデスわ!」


 正式な場所なので、ルルは言葉を改めてお礼を言った。

 命子とささらが、そんなルルに向けて微笑んだ。


「あと、龍の皮や牙でできた武具もキスミアに一式渡せませんか?」


 龍の皮はかなりでかいので、上衣ならば3着は作れそうだ。

 牙は2本しかないので、微妙ではあるが。


「う、うーん、それはちょっと難しいと思うわ。製作に成功すれば最新鋭の武具になると思うし。日本もダンジョンをクリアして、自分たちの身は守らないとならないからね。ルルちゃんの取り分を送るって言うのなら話は変わるけれど」


「確かにそれはそうですね」


「メーコ、龍の装備はニッポンさんが使えばいいデスよ。初級装備を送ってもらえるだけで充分デス」


 馬場はうっと目を細めた。

 凄い聖属性。


 助けを求めるように同僚の書記官たちに目を向けると、一生懸命に調書を書いていた。いや、書いているふりをしていた。

 彼女たちもこの聖属性を喰らいたくなかった。


 最後に、回復薬系だ。


「回復薬を政府に渡すって言ったのは、良い機転だったわ。個人が背負えることじゃないしね」


 命子はこれも政府に全部ぶん投げた。


 地球さんの大告知により人々は魔力を得たわけだが、実を言えば、病床にあった人々の身体が少しだけ快方に向かっていた。魔力でパッシブスキルが発動するように、魔力は生命維持にも作用したのだ。

 決して完治ではなく、そのままずっと快方に向かうわけでもなかったが、病床にある者にしばしの猶予ができた。


 この降って湧いた奇跡の時間に、多くの人が動き出している。

 さらなるファンタジーの奇跡を求めて。


 その一つが回復薬だ。

 ファンタジーな娯楽の溢れる現代社会で生きていれば、当然行きつく思考であった。


 回復薬はそんな人たちの希望である。

 回復には対価として魔力をかなり消費すると予想できるが、それを理解してでも欲しい人は多くいるだろう。


 命子が有り余る魔力と回復チートを持っていたり、生産チートがあるならば、いくらでも手助けするが、実際に手にいれたのは、低級・中級の回復薬と状態異常回復薬が合わせて30個にすら満たない数だ。

 どう考えても対応できなかった。


 故に、政府の組織力へ任せたのだ。

『見習い防具職人』などのジョブがある以上は、『錬金術士』系や『調合士』系だってあるだろう。

 そういった人たちを量産するための足掛かりになると思って。

 あるいは、研究所で成分を分析して、科学的に複製できるようになるかもしれないし。


 とはいえ、自衛隊も妖精店を見つけているので、サンプルとしての価値は低かった。

 命子たちは持っていれば誰かにあげてしまいそうだし、それをやれば噂が噂を呼ぶ。

 故にこれは、自衛以外の意味はあまりなかった。


「どうか役立ててくださいね」


「任されたわ」




 ここで一先ず話を切り、親御さんも含めて質問タイムになった。

 ささらママが早速手を挙げた。


「今回の件で我々の娘、特に命子さんはとても有名になってしまいました。恐らく、マスコミなどが押しかけてくることが予想できますが、政府はどのように対応してくださるのでしょうか?」


 その質問に馬場は一つ頷いて理解を示した。


「政府の対応としては、命子さん並びにささらさん、ルルさんへのマスコミの接触の禁止を申し渡すつもりです。これは海外のメディアも同じです。ただし、先ほど挙げた地球儀寄贈式などの場面ではカメラに映ってもらうことになります。しかし、これらのことは3人がアイドルになりたいというのならば、撤回します。3人はどうしたいですか?」


 命子は、アイドルになった自分を、ほわほわーんと想像した。


 歌って踊る冒険者アイドルだ。

 パーティは、命子、ささら、ルル、カメラマン、音響さん、照明さん。

 完全にダンジョンを舐めている。

 それはきっと冒険ではない。


 そうして、ダンジョンから帰ると、バラエティ番組などに出るのだ。

 きっと凄く疲れちゃう。


 昔だったら、アイドルになれると言われたらすごく悩んだだろうけれど、今は修行してダンジョンにガンガン入りたい。撮影するなら自分たちですれば良い。


「私はアイドルにはならなくて良いかな」


「ワタクシも興味がありませんわ」


「ワタシもあんまりデス。2人と一緒に強くなるほうが楽しそうデス!」


 3人の意思を確認した馬場は、笑って頷いた。


「それでは、マスコミにはそのように伝えます。まあ3人がネット上で活動したら、それだけで十分だと思うわよ」


 馬場は親御さん向きの口調をやめて、命子たちへにっこりと微笑む。ネット推しが凄い。


 他にご質問は、という問いに、またしてもささらママが手を挙げた。

 他は借りてきた猫。


「命子さんのスキル【合成強化】は、素人目に見てもとても有用なスキルに思えます。これは様々な国から勧誘などが来そうに思えるのですが、実際のところどうなんでしょうか?」


 その質問に、命子パパがはわっとした。

 確かに、命子パパの目から見ても【合成強化】はヤバかった。秘密結社に娘が狙われちゃう!

 しかし、ご安心。


【合成強化】は、すでに取得方法が解明されているスキルだ。


『見習い武器職人』などの職人系のジョブは【〇〇合成強化】という限定的な合成強化を持っている。このスキルを何度も使用すると、ジョブに『見習い合成強化士』が出現するのだ。

 このジョブに就けば、限定的ではない【合成強化】が取得できるのである。


 ちなみに、同じような方法で【水魔法】も発見されている。

『見習い魔導書士』の【魔導書解放】で疑似的に魔法を使うと、『見習い水魔法使い』が出現するのである。


「これはすでに各国に情報提供していることなので、【合成強化】を目当てに狙われる心配はありません」


 馬場はそう説明した。


 他にいくつか質問があり、質問タイムは終わる。

 質問は全部ささらママが行い、命子たち3人も含めて完全に置物と化していた。




 さて、ここからは褒賞金タイムだ。

 置物化していた命子に活力が宿った。


 今回、明確に売りに出されるのはドロップ各一つと龍の素材、そして情報だが、回復薬も買い取りになった。

 回復薬はすでに妖精店で発見されているため、サンプル提供としての価値はない。そういうわけで買い取りになる。

 これにレシピ貸出と地球儀寄贈によるブーストが入る。寄贈したけど色を付けろや、ということだ。


 この中でも地図の価値がとにかく高い。

 難易度変化型ダンジョンは、言い換えれば、昼の間にセーフティゾーンを探す時間制限ダンジョンだ。セーフティゾーンが示された地図があるとないでは、生存率が大きく変わってくるのだ。


 ちなみに、今回の件は山岳遭難ではなく、ダンジョンにまつわる事件の一つとして処理されているので、山岳救助料金などは発生していない。 


 命子は300万円くらいいけると確信していた。

 1人100万円だ。


「それでは今回の買い取り金額についてですが、こちらが見積書になります」


 命子や親御さんに見積書が渡された。

 命子の手にある見積書をささらとルルが覗き込み、驚きに目を見開く。

 一方、命子は見積書の見方が全然分からなかった。ルルでさえ分かっているのに。


 こ、これ、どこの金額が偉いヤツ?

 とりあえず、2人に合わせて、にぱぁっとしておく。


「申し訳ありません。よろしいですか?」


 ささらママが挙手する。

 馬場は、引き攣りそうな頬を必死で抑えて、頷いた。


「まずは、命子さん、ルルさん、ささら、貴女たちはこの金額を一回で貰いたいですか?」


 ささらとルルは、フルフルと首を振るった。

 少し怖い金額だったのだ。


 命子も少し遅れて、フルフル首を振るった。

 そうしながらチラッチラッと見積書を見るが、依然分からぬ。


「御両家のみなさんはいかがでしょう」


 その質問に、両家の親はフルフルと首を振る。

 これはいかんレベルの金額であった。


 命子たちの報酬は、政治家たちがかなり大盤振る舞いした。

 地球さんTVを見せられたあとでは、それも止む無しである。


 その金額たるや、知らない親族が増えるなどというレベルだ。

 カルマで犯罪が激減した世の中とはいえ、群がられないとも限らない。

 政府に相談すれば解決してくれるだろうが、ないに越したことはない。


 両家の答えに、ささらママは一つ頷くと、馬場に向き直った。


「我々はこの値段で文句はありませんが、ダンジョンでの活躍でこれほどの価格を提示すると、ダンジョン開放後に一獲千金を狙う者の屍があとを絶たなくなると危惧します。まだ世界が変わって間もない時期にそれはあまりに軽率かと思います。それに、そうなれば命子さんの言っていた、人が死なないように強くなるという理念に反しませんか?」


 馬場とささらママの間で顔を行ったり来たりしていた命子は、う、うむ! と頷いた。

 人死はいかん。そんなことがあればダンジョン開放がやっぱりやめますってなってしまう。


 その質問に馬場は、しばし考えた。


 これが人類が長年積み重ねてきた分野での大金の収入ならば分かる。例えば野球選手が年俸何億も貰うような話だ。何故これなら分かるかと言えば、彼らの努力は多くの人に理解ができるからだ。


 しかし、地球が変わってまだ1か月経っていないのである。


 そこに来て、たった一回の探索で莫大な富を得た少女が3人。

 彼女たちのプロフィールを調べれば、1か月前にどれほど弱かったかなんてすぐに分かる。

 それに対して、カルマもプラスで筋肉モリモリな我々はどうか?


 ハッキリ言って、予想がつかない事態になりかねない。

 ダンジョンの開放がどのように実現するかまだ分からないが、現実的にあり得る未来となるだろう。

 それはカルマがどちらに傾いていようとも。


「ひ、低くしても良いというお話でしょうか……?」


「いえ、そうは言っていません。この金額で結構です。しかし、形を変えてはいかがかという提案です」


「と、おっしゃいますと?」


 命子は再び顔をささらママと馬場へ交互に移す作業に取り掛かる。

 完全に蚊帳の外。

 それは全員が同じであった。


「まず、1人1000万円をいただきます。あくまでこの冒険で彼女たちが得た報酬はこれだけです」


「は、はい?」


「そして、残りは文化功労賞のような年金のつく報酬にするのです。恐らく、そうすれば人々の欲望を抑えつつ、命子さんの理念に反しない形で娘たちの行いに見合うものになるのではないですか?」


「な、なるほど」


「文化功労賞は例えです。先ほど、地球儀の寄贈式典をすると仰いましたね? その際には各国の要人が出席されるかと思います。ならばそれにふさわしい世界各国の連名の賞を作ってしまえばよろしい。人と人が争う時代が終わった新時代の幕開けとして」


 命子は、う、うむ! と頷いた。

 人と人が争う時代はもう終わったのだ。

 これからの世の中はダンジョンなのだ。


「もし各国が賛同しないのならば、日本政府だけで賞を贈ればいいと思いますよ」


 馬場は、コクリと頷いた。

 これは手に負えない案件だと上司に連絡することにした。


 馬場は上司から、世界各国を巻き込んだら賞の年金額が凄いことになっちゃうと思うけど、と言われた。十分にあり得そうだった。たぶん、先ほどの見積もりを軽く超す。


 一方で、一回の冒険の成果で目に見える形で莫大な金を与える危険性も理解できる。

 それを成したのが15歳の女の子たちともなれば、危うさは相当なものだろう。


 それが中々手に入らない功労賞に置き換えられたならば、なるほど話は少し変わってくる。

 功労賞とは狙って取れるものじゃない。努力の果てに、多くの人々の称賛を得られた人物が受賞されるものだ。

 命子たちのやったことは多くの受賞者のように長い年月をかけたものではないけれど、結果を見れば世界に凄まじく貢献した。

 さらに、この案は、今後こういった物が発見された時に秘匿されにくくするという側面もある。


 上司はすぐさま政府上層部に伺いを立て、この案は承諾される。


 とりあえず、よく分からんけれど、命子たちは1000万円をゲットした。

 親たちはそんな大金を持たせたくないので、銀行に預けられた後に月にちょっとずつ引き落とせる形にした。


 月にどれくらい欲しい?

 という質問に、命子は「いち……に、2万円!」と勇気を出して答えた。


 許可された。

 命子の月のお小遣いが5倍に跳ね上がった歴史的な瞬間である。


 そんな命子の姿を同席していた弁護士がクイッと眼鏡を上げて、頷く。

 終始、完全に空気であった。

 しかし契約の場にいれば心強い、そんな存在なのだ。

 読んでくださりありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
キスミアはダンジョン派遣隊を送れないほどの小国なのかな NATOやEUのような組織に加入していない孤立した国家てこと?
全世界に寄贈すると宣言した地球儀強奪しにきたりしたら物凄いカルマブチ込まれそう
[一言] 褒賞金の金額はおそらく9桁か10桁(つまり億か十億くらい)だったと推測。 実際の地球儀の価値は換算不能なくらい価値が高い。
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