閑話 命子の知り合いたち
本日よりまた投稿を再開します。
本日は2話投稿です。次の投稿は、22時ちょい過ぎになります。
青空修行道場から帰る意識高い系女子小学生・金子蔵良の足取りは、悲しげだった。
夕暮れ時の道を歩くその姿は、まるで公園で男子に苛められた幼女のように儚げだ。
トボトボである。
しゅんである。
慕っていた命子お姉さまとささらお姉さまが、帰ってこないのだ。
その腰に下げている聖剣ブリュンヒルデ(100均の工作用の棒)の柄部分には、命子から貰ったよく分からないキャラのキーホルダーがくっついてる。
青空修行道場で一緒に工作をして、つけたのだ。
大工の棟梁だったご隠居のおじいちゃんに教えてもらいながら、角取りをしてニスを塗って、そうして命子と一緒に作り上げた聖剣なのだ。
付き合いはまだ3週間程度のものだけど、命子はそんな風に一緒に遊んでくれた優しいお姉さんだったのだ。
道路に伸びるトボトボした影の動きに合わせて、キーホルダーがフラフラ揺れる。
グシグシと零れ落ちそうな涙を拭い、またトボトボと歩く。
そうしていつの間にか家に辿り着く。
クララは、土地をそこそこ持っている田舎のプチ名士の家の子だ。
生垣に囲まれたお庭には母屋とは別に、農作機をしまう倉庫や蔵なんかも建っている。
そんな家がこの地域にはたくさんあった。
クララはそんな庭先から風見の山を見上げる。
風見山の桜のお社。
春になると新緑の山の中にそこだけ桜の花が咲き乱れ、麓の町からもその様子がよく見える。
今、命子たちはあそこにいるのだという。
「どうか命子お姉さまとささらお姉さまを返してください」
クララは、そうやって山へ向かって頭を下げた。
それは地球さんへのお願いか、昔から信仰される日本の神様へ向けたものか。
クララ自身にも分からないけれど、そんな風にお願いせずにはいられなかった。
夕日が風見山の背に消えるころ、クララは家の中に入った。
家に入ると、農作業を終えた父や祖父がビールを片手に居間でくつろいでいた。
世界の理が変わっても、変わらない人たち。
小学生のクララには、なぜ熱くなれないのか不思議でしょうがなかった。
これが、遠く海の向こうの国で怪獣が出た、というのなら話は分かる。
クララだって不安には思うけれど、子供の自分には何もできないと考えて、日々の暮らしを変えなかっただろう。
しかし、全世界がファンタジー化したのだ。
それはステータスとして、自分の身にも降りかかっている。
すぐ近くにはダンジョンが現れ、明日にでも町は大変なことになるかもしれない。
これで熱くなれずに、いつ魂を燃やすのか。
情けない家族の姿に、クララはトボトボしながら自分の部屋に行こうと階段に足を掛けた。
その瞬間。
『ご、ご覧ください! 行方不明だった少女3名が黄金の光の中から現れました!』
クララはふすまをぶち破らん勢いで開き、テレビの前を占領した。
そこには、あの日、人々が混乱する中で己の存在を日本中に知らしめた、クララのヒーローの姿が映し出されていた。
テレビの中の命子が、ハッとしてリュックサックを放り捨てると、名乗りを上げる。
『魔導書士・羊谷命子!』
「にゃーああああああ!」
クララはテレビの前で手をブンブン振るった。
『ニンジャー! ナッガーレ・ルル!』
「ひゅわぁあああああ!」
クララはルルが誰だか分からなかったけれど、大興奮で手を振るう。
『み、みなら、ゴホン! 騎士・笹笠ささら!』
「ひゃみゃぁああああ!」
ささらは波長があうお姉さまだったので、クララは大好きだった。
やはり腕をブンブン振るう。
一人一人がポージングを決め、命子が天まで届けとばかりに宣言する。
『我ら、3人! 死闘の果てに封じられし古の龍を打ち倒し、妖魔蔓延る無限鳥居のダンジョンを攻略せりっ!』
『ニンニーン!』
『で、ですわ!』
バシーン! と決まった3人のキメポーズを。
「はわーっ」
クララは目をキラキラさせて、見つめ続ける。
その輝いた目からは、涙がポロポロと流れ落ちた。
その後、地球さんの告知が入り、命子の言葉に嘘偽りがないと判明される。
ひと時命子たちは居なくなるも、まだ何か凄いことが起こるんじゃないかとクララは特等席をどかない。
そしてその勘は的中し、再び命子たちが登場した。
その頃になると、クララの家族たちも世界的な出来事だと察し、両親、祖父母、兄、姉もテレビを見つめる。特等席からどかないクララの頭を避ける形で。
同じ町に住む少女が恐るべき成果を上げたことに、家族は驚愕し、クララの瞳が一層輝きを増す。
その後始まった大演説。
命子の覇気がテレビから発せられると、クララの家族たちはひぅっと情けない声を出す。
しかし、一番近くでそれを受け止めたクララは、ギンッと目に力を入れてその覇気を全身で受け止めた。
「修行せい……」
クララは、小さく頷く。
その瞳には、龍の威圧を跳ねのけた小さな英雄と同じ色の炎が宿っていた。
時を同じくして、サーベル老師が、修行場でクララと共に修練する少年少女が、ご隠居のじいちゃんばあちゃんが、1キロで帰る兄ちゃんや女子大生のお姉さんが、命子の大演説を見ることになる。
年寄りは、眩しい光に目を細め、小さなリーダーの無事を喜び。
少年少女たちは、命子の放ったオーラに若き魂を燃え上がらせ。
大学生のお姉さんたちは、命子の修行がとても本気だったことに今更ながら気づいて、やる気を漲らせ。
1キロで帰る兄ちゃんは、命子の覇気で一気に涙目になるも、ここで目を逸らしたらダメだと目に力を入れる。
そして、サーベル老師は、命子の啖呵に豪快に笑った。
「てぇへんだてぇへんだ!」
命子たちの通う風見女学園の生徒たちもまた、命子の帰還の瞬間から見ていた者が多数いた。
しかし、女子高生だけに、17時半ばにテレビの前になんていない娘もまた多数いた。そんな娘たちのために、目撃した娘たちはルインのグループチャットで発信しまくる。
結果的にはその後に地球さんが世界に告知してしまったので誰もが知ることになるが、それはそれだ。
そうしてある者はテレビで、ある者はスマホで、命子の大演説を見ることになる。
確かに世界はファンタジーに変わった。
しかし、初期スキルにばらつきがあるために、それを実感できた人間はそれほど多くはなかった。
武技系や魔法系を得られず、【〇〇装備時、物攻アップ 小】などが手に入った子なんて特にそうだ。
あーぁ、と残念に思っていたのだ。
しかし、命子は実際に魔法の片鱗を見せ、『こんなものカルマさえプラスなら、誰でもできるようになる』と、驚くほどのことではないのだと、言ったのだ。
ここに至って、ようやっと、本当に世界がファンタジーに変わったのだと理解できた。
修行せい。
きっと努力の先で、自分の物語がファンタジーに染まっていく。
ギャルギャルするのは楽しい。
しかし、そこにファンタジーが加わったら、自分たちはどうなっちゃう?
きっともっともっと楽しくなる。
それはそう、物語のヒロインみたいな人生になるに違いない。
こうしちゃいられねえとばかりに、少女たちはわきゃわきゃと動き出した。
「あーっはっはっはっはっ!」
ここでもまた一人、命子の啖呵に大笑いする人物がいた。
白衣を纏った目の下のクマが酷い女、教授だ。
年の離れた友人が無事に帰ってきた嬉しさも冷めやらぬうちに、その友人が全世界に啖呵を切った。
修行しろ、自分や大切な者の命は自分で守れ。
そう吠えたのだ。
これがそこらの少女が街頭で告げた言葉なら、きっと教授は、そのアプローチではダメだな、と苦笑いしただろう。
しかし、ダンジョンをクリアしたと地球さんに明言され、さらにダンジョンから恐ろしいほどの価値を宿した物品を持って帰ったファンタジー最前線の少女の言葉ならどうだろう。
しかも、劇場型の演説を威風堂々やってみせたのだ。
あぁ、こんなに痛快なことはない。
しかも全世界で、その少女の本当の願いを知っているのは、おそらく自分だけと来たものだ。
『ねぇ教授、もうそろそろダンジョン開放の動きはありました?』
それはこの場所でのお話で何回も聞いたセリフだ。
その都度、教授は首を横に振ったものだ。
世界中に地球儀などをどうするか告げた後に、命子が少し考え事をしたのを教授はしっかりと見ていた。
その瞬間、命子は今ダンジョンから帰ってきたばかりなのに、もう次の心配をしていたのだろう。
そうして待っているだけでは次がいつになるか分からないから、自分からこじ開けに来た。
そんな小さな英雄の思惑を、自分だけが知っている。
くだらないことだが、教授は久しく忘れていた優越感のようなものを覚えた。
「はー笑った笑った。やっぱり君は逸材だよ、命子君。さぁて君はどんな冒険をしてきたのかな?」
教授は、ウキウキしながら地球さんTVの時間を待った。
そうして、命子の知り合いの下にも地球さんTVのお時間がやってくる。
読んでくださりありがとうございます!
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