14-19 模範演武
遅れて申し訳ありません。
本日もよろしくお願いします。
午前中に各競技場で行われた種目が終わり、命子たちは再び新国立競技場に戻ってきた。
現在は昼休憩。
この日も別のお弁当をレビューしてスポンサーさんにゴマをすりつつ、女子高生たちはご飯をモグモグ。
今日の命子は別の競技場に行っていたので、実況席の解説役はルルとメリスだった。実況のコンちゃん部長はにゃーにゃーコンビを御すために四苦八苦している。
「話には聞いてたけど、なかなか立派なアスレチックコースだね」
命子が遠い方の直線コースにあるアスレチックコースに感心して言うと、ナナコが教えてくれた。
「DRAGON東京大会以降に、冒険者の競い方の一例としてアスレチック需要が増えたんだって。だから、半日で設置できるああいう簡易コースがイベントで人気なんだってさ」
「へえ、ナナコちゃんよく知ってんね」
「まあね、あたしのリスナーさんがこの前言ってた。実際に午前中の競技は凄い盛り上がりだったよ」
「へえ、あとでアーカイブ見なくちゃ」
「命子さん、あのアスレチックブロックは、ウチの1年生にいる八代さんのお父様が社長をしている八代スポーツの提供ですのよ」
ささらが追加で教えてくれた。
命子とナナコは揃って「へえ!」と驚いた。
「あっ、本当だ。よく見ればブロックにYASHIROって書いてある」
すると、後ろの席で食べていた天邪鬼っ子のヒナタが話に入ってきた。
「イベント貸し出しなんだろうけど、そういうのに手を出して失敗とか怖くないのかね。ほら、いまの人の能力上昇って読めないしさ。来年には使い物にならなくなるかもしれないだろ?」
「うーん、そんなことはないと思うよ。能力開発はみんなが一斉にやってるわけじゃないからね。いまの私たちには数年で物足りなくなると思うけど、新しく中学生や高校生になる人の実力は当分フラットになるはずだし、全人類が能力開発をせずに最初からあのコースを簡単に思う日が来るのは、きっと何世代か先じゃないかな?」
「うーん、それもそうか」
「まあ普通に失敗する可能性もあると思うけど、企業なんてそんなもんなんじゃない? 知らんけど」
かつて命子たちが天狗から聞いた話によれば、これから生まれてくる次の世代の子供はあまり親の能力の影響を受けないが、世代を重ねるごとに最初からマナ進化した状態の子供が生まれるようになるのだとか。天狗つまりジョカ人や、天空航路で出会ったクジャム人のミツメなどが、そういった種族なのだろうと言われている。
逆に言えば、数世代先までのスタート地点はみんな同じであり、高校生くらいが能力を披露する機会の提供はある程度の需要が見込めることになる。つまり、イベントへの仮設アスレチック設営事業は、ある程度の勝算がありそうだと命子は思った。
「はーあ、賢い系女子高生の話をして疲れちゃった」
「完全にそのセリフは馬鹿だけどな」
というわけで、長めのお昼休憩を終えて午後の部。
午後は閉会式と帰路があるので、種目は2つだけ。
お昼が明けて最初に行なわれるのは、模範演武。
集団演武と少し似ているが、5から11人でより実戦的な演武を行なう。
注意点として、演武の構成を全員一致させること。競技場という広いスペースで行なわれるため、全員の武器と動きを一致させることで迫力を生み出しつつ、どんな技術を使っているのかわかりやすくする目的がある。
各学校で2組まで出場でき、それぞれ3分の演武時間がある。なお、この種目は得点種目ではない。
「模範演武の最初の組は三条が原のチーム『鬼槍ギャルピ』!」
「ネーミングセンスがメーコ並みにヤバイデス!」
「槍を使うギャルってわかるでゴザルな」
コンちゃん部長に代わり、実況席では実況の女子アヤチンが、そのまま解説席に居座っているルルやメリスと掛け合いする。
「三条が原は短槍と斧を使う人が多いって有名ですからね。風女にもいい刺激になるでしょう」
「ニャウ。風女はメーコやシャーラの影響でサーベル使いが多いデスからね」
「拙者は小太刀二刀流が一番良いと思うでゴザル」
「ニャウ。短刀や短剣二刀流こそが戦の花デス」
「忍者スタイルもカッコいいですけど、戦の花とまではいかないですね」
「「にゃんだとーっ!」」
「あ、あ、あ、良いにお……あ、あ、柔らかい……っ!」
生意気を言った実況のアヤチンは、猫に制裁を加えられてだらしない顔をした。
鬼槍ギャルピのメンバーは見た目ギャルが7人、見た目は清楚だけどやっぱりギャルが4人。ダンジョン装備も沖縄ダンジョン遠征で手にいれた肌露出多めのもの。
彼女たちがダンジョンに入り、修行する理由はそれぞれだが、主に、金、名誉、イケメン、美容、楽しさ、流行に乗るといった人間らしいもの。とはいえ、こんな場所に立っているのでその練度は高い。
テレビ局のドローンカメラが撮影する中、模範演武は大太鼓の音と共に行なわれる。
なお、この日のために一般高校である風女と三条が原は、スポンサーから大太鼓を練習用として借りていた。
4つの大太鼓が一斉にドンッと音を鳴らし、マイクによって競技場中に重低音を届ける。ちなみに太鼓係は巫女服を着たギャルである。
その音に合わせて薄着ギャルたちが短槍をぶん回し、「せやーっ!」と気合を合わせる。
ドンッ!
槍を地面に突き立て真上に鋭い飛び蹴りを放ち。
ドンッ!
空中で身をひるがえし、地上に向けて鋭い刺突。着地と同時に一時静止。
ドンッ!
音と共に静止から解放されて、「はーっ!」と気合の声と共に4mもの踏み込みをみせて突きを放つ。
全員が動きを合わせて演武を行ない、観客席の遠目から見ても迫力は十分。
2分10秒からは太鼓の連打と共に短槍と蹴りの大乱舞が始まり、2分45秒でピタリと締め。
残心からギャルらしい笑顔に変わると、会場は大きな拍手に包まれた。
:やっば、途中で見入ったわ。
:むほほからひゅんのジェットコースター。
:見た目ギャルだけど学校の精鋭だけあるな。凄いわ。
:これもう旧時代ならナンパしてきた不良を瞬殺できるだろwww
:短槍メインで蹴りがサブなのか。普通に勉強になるわ。
:絶対俺よりも強い(確信)
:このイベントで三条が原のファンになりました。
:こういうのうちの国の学校でもやってほしい(英語)
:すげぇ、有名冒険者が同時視聴で解説生配信してくれてる。めっちゃだらしない顔して草生やされてるけど。
:あれ? テレビから良い匂いがしてきた……?
その練度と華やかさに、視聴者さんも思わずにニッコリ。
三条が原としても、ファンが増え、合同体育祭に参加したかいもあったというもの。
最初の演武が終わり、他の学校も続々と模範演武を披露していく。
各学校はそれぞれ2チームずつ。
三条が原は薄着ギャルによる、短槍チームと二丁斧チーム。
六花橋は白い衣装の騎士団女子による、剣盾チームと短槍盾チーム。
聖姫森は姫武者衣装の清楚女子やキリリ女子による、日本刀チームと薙刀チーム。
黒泉は黒い衣装の清楚女子による、ルルリスペクト二刀流チームと剣盾チーム。
風女は無限鳥居の和装で統一された杖魔導書チーム。
どのチームも完成度が高く、メンバー数も最大の11人とは限らず、本当の精鋭のみを集めた数だ。もちろん11人チームもいる。
意外にも風女以外の4校が魔導書を使っていないのは、武術として完成できなかったと各陣営が判断してのことだった。そんな中で風女だけは自信を持って魔導書を使い、その練度は他の学校からすると学ぶことが多かった。
:マジでこれは有料級の技集だろ。
:聖姫森の配信にサムライの技の質問を送りたいけど答えてくれるかなぁ。
:風女の魔導書の使い方は一線を画すな。やっぱ命子ちゃんが師匠をやってるからかな。
:クソッ、技を見たいのに可愛すぎて集中できない……っ!
:はー、早く高校生になりたい! 絶対三条が原に入る!
:これを得点種目にしなかったのは正解だな。甲乙つけがたい。
:やっぱ有名だけあって六花騎士団の盾術は凄いな。
:魔導書チームに命子ちゃんは出なかったのか。見たかったな。
そして、最後は風女の剣士チーム。チーム名は『百花繚乱』。
メンバーは9名。その代表はささらだった。
「なんでコンちゃん部長を差し置いてわたくしが……」
「世界最高峰の剣士の1人なんだから仕方ないでしょうが! あたしがやったら物が飛んで来るよ!」
「そ、そんなことはありませんわよ」
「ほら、行くよ!」
「はい。精一杯やりますわ」
選ばれた他の8人もコンちゃん部長を含めて精鋭中の精鋭剣士。それぞれが自分のパーティのメインアタッカーを務めるような子だ。
全員がこの日のために揃えた大正ロマン風袴衣装で統一し、華やかさもバッチリ。今日のささらは盾を持っておらず、他の子に合わせてサーベル1本だ。
入場した9人は、ささらだけ前方に出し、他の8人はその後ろで横一列に5m間隔で並ぶ。ささらが嫌がった理由はこれである。
9人は位置につくと、その場に座った。つま先を立てた形の正座である。全員がブーツなので普通の正座はキツいのだ。
そんなささらの瞳に、聖姫森の陣営が映り込んだ。
その中でかつてのクラスメイトである水無月の姿があった。
とても真剣な目でささらを見ており、ささらは口角を上げて少し微笑むと瞼を閉じた。他の8人も同じように瞼を閉じ、会場に静寂が訪れる。
「すぅー、ふぅー」
ささらは深呼吸して緊張の虫を追い払う。
大太鼓がドンドンと音を鳴らし、次第にそれは加速し始める。その音を聞くささらたちの集中力が増していく。太鼓の連打が最高潮に達した時、ひと際大きな音が鳴り、再びの静寂。
そして、模範演武が始まった。
ドンッ!
「「「はっ!」」」
大太鼓の音と共に、全員が開眼し、つま先立ての姿勢から一瞬にして立ち上がる。その右手にはすでにサーベルが握られており、横薙ぎに振るわれた後だった。
芝生を剣風が撫で、その正面にいる聖姫森と黒泉の生徒や父兄席にいる観客は息を呑む。
かつての武術は対人を想定して作られたものだった。しかし、新時代は魔物を想定した武術が必要になった。
命子たちは、小さな魔物や飛行する魔物を退治するにはどうすればいいか、サーベル老師の下で真剣に研究した。当然、ささらもそうだし、それに触発された風女も同じだった。むしろ魔導書で戦える命子よりも、ささらやルルたちの方が熱心にその技を磨いている。
今回の模範演武では基本はもちろんのこと、ささらたちが編み出した対魔の術理が多く含まれていた。
小さな魔物を想定し、地を這うように姿勢を屈めた踏み込みから繰り出される斬撃。
トラックほど大きなボスを想定し、サイドステップと分類して良いかわからないほどの横移動と共に引かれる横一文字の剣閃。
芝生に尻餅をつかせたような剣風を巻き起こす回転薙ぎ払い。
続けざまに鳴った太鼓の音で、まるで敵の背後に回り込むように移動して袈裟斬り。
飛ぶように踏み込みながら体を捻り、対空を想定して真上に放たれる斬撃。着地と同時に片膝立ちになり、サーベルは刺突の構え。そこから放たれる凄まじい刺突。
模範演武は流れるような演武ではない。
対空状態以外は技と技の間に静止が行なわれ、ささらの長い髪がふわりと背中に落ちるくらいのタイミングで太鼓の音が鳴り、次の技が繰り出される。
「す、凄い……っ」
水無月はその演武を見て思わず言葉を漏らす。
とても大人しく、ちょっと近寄りがたい雰囲気を出していた中学生の頃のささら。
卒業してすぐに地球さんがレベルアップし、さらにそれからすぐに水無月の耳にもささらの活躍は入ってきていた。
そしていま、ささらは世界最高峰の剣士として名を馳せ、自分たちにその技を披露している。水無月はそれにとても感動していた。
「あんなものじゃありませんわよ」
隣に座るサムライジョブの先輩が真剣な顔で言う。
しかし、それっきり言葉はない。風女の剣技をひとつも見逃すまいと無駄な会話を嫌ったのだ。お嬢様たちもしっかり修羅なのである。
先輩が言うように、ささらはこんなものじゃない。
後ろで共に演武するチームメイトと同レベルの演武をしているのだ。そうでなければ、剣速や踏み込みの速さなど、動きがバラバラになってしまうからだ。
しかし、主役はささらだけではない。後ろの8人もまた素晴らしい練度だった。まるで分身したように9人が同じ型をなぞっていく。
気楽な視聴者ですらコメントの書き込みができないほど美しい演武が続き、大太鼓は次第にテンポを速めていく。それでも一瞬一瞬に静止が織り交ぜられ、それが妙な美しさを演出している。
「「「やーっ!」」」
気合と共に最後の斬撃を終え、9人は最初と同じ位置で剣を納め、つま先を立てた正座の姿勢に戻った。それを以て、チーム百花繚乱の演武は終了した。
会場からドッと息を吐きだす音が聞こえ、すぐに万雷の拍手に変わった。
「こ、これは我が校のことながら凄いの一言ですね」
実況席でアヤチンが嬉しそうに笑いながら言う。アヤチンは広報部隊なので、新しいファンががっぽがっぽとウキウキである。
その両隣にいるルルとメリスは後方腕組みでうむぅ。
「今日のためにシャーラもいっぱい練習したでゴザルからな」
「ニャウ。ヤツはポンコツなところがあるデスからね。間違っちゃうんじゃないかってハラハラしたデス」
「そうですね。ささらちゃんだけじゃなく、コンちゃん部長も夜遅くまで練習していました。ヤツもポンコツですから」
「でもまあ、きっと他の学校も同じでゴザルよ」
「それはそうですね。間違えちゃうのは恥ずかしいですし。視聴者さんも、弛まぬ努力を重ねた選手たちに改めて祝福の拍手をお願いします」
そんな解説をしている間に、ささらたちは拍手に包まれながら退場を始めた。
そんなささらは席から立ち上がって拍手をしてくれている水無月を見上げた。
ささらは目を細めて笑い、深々とお辞儀をした。
その姿を見た水無月は、同じ時間を過ごしたあの頃にもっと話せば良かったと後悔しつつ、多くの仲間に恵まれ、努力を重ねてきたささらへ夢中で拍手を送るのだった。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、大変励みになっています。
誤字報告も助かっています、ありがとうございます。