14-18 魔法射撃
毎度遅れてすみません。
本日もよろしくお願いします。
「やっぱり2、3年生は上手いね」
「この体育祭に数合わせはない。各種目に出る人は各学校のその道のエキスパート」
「まあそうね」
命子と紫蓮は通常の魔法で的をバンバンと撃ち抜く生徒たちを見て、感心した。
ピリリとした空気の射撃場で、2、3年生が魔法射撃を行なう。
彼女たちは各学校の魔法におけるエース級。全員が10球中、8から10ヒットさせる凄腕だ。それはつまり、命子が修行せいしてからこの1年半の間に、高校生たちは魔法の腕をしっかり磨いた証拠でもあった。
この種目は魔眼系と龍脈強化の発動が許可されている。深い集中状態になると勝手に発動しちゃう子がいるからだ。命子のように慣れたら発動を制御できるが、マナ進化したばかりだとそうもいかないのである。だから、魔法射撃する選手たちの姿は派手な場合がままあった。
その様子は各学校の公式チャンネルで生配信されている。
:すげぇ射撃精度だな。ウチのパーティに欲しいくらい。いや、やっぱりパーティが崩壊しそうだからダメだな。可愛すぎる。
:やっぱ風女は魔法の名門になったんだなって。
:うわ、また10球ヒットだ。えっぐ。
:こんなに大人しそうな子が凄腕魔法アタッカーとか脳がバグるわ。
:可愛いのに強いなんてもう魔法少女のアニメじゃん。
:俺の魔法射撃の最高点は10球中4球なんですけど。
:魔力の波動でスカートがひらひらして集中できねえ……っ!
:使ってるのがボール系だけだからな。刃系の魔法も使えるはずだし、マジで超強い。
1年生の競技の際には自分と比べてそこまで変わらないと思っていた視聴者だが、エース級の記録を見て唸った。一部には、ひらひらするスカートのせいで集中できない人もいるようだが。
しかし、女子高生も気軽にやってのけているわけではない。深く深く集中し、終わった時には大して動いていないのに額に汗を浮かべている。
ヒット数がそのまま学校の総合点に加算されていくわけだが、全ての選手が射撃を終えると一番点数を稼いだのは風女だった。
「よし、それじゃあ行ってくるね」
「うむ。頑張って」
命子は同じ競技に出場する子たちと一緒に集合場所へ急いだ。
命子が出るのは魔導書魔法による射撃だ。集合場所に行くと、当然、全員が魔導書を持っていた。多くの子の魔導書が大切に使い込まれており、持ち主の魔力とよく馴染んでいるのがわかる。
「羊谷さん。今日はよろしくお願いします」
そう言ってきたのは、六花橋の生徒さん。
女子高生なのにお姉さん味が凄い。共学にいたら告白件数がえげつないことになりそうだな、なんて俗なことを考えながら、「こちらこそよろしくお願いします」と礼儀正しく返した。
この人物は命子も知っており、六花騎士団の頂点である京極総長のパーティメンバーの高橋スバルさんだった。当然、凄腕の魔導書使いであり、家も超お金持ち。マナ進化もしており、ささらがゲットしたのと同じ種族スキル『淑女』も所持しているお嬢様ガチ勢である。
選手たちの準備が整い、各レーンに1年生が入っていく。
魔導書使いの構えは千差万別。
ジョブのマスター状況で浮かべられる魔導書の数は変わるが、全員が3冊浮かべている。この競技はあくまでも浮かべた魔導書での射撃精度を競う競技なので、魔導書を手に持って使う子はいない。
この魔導書の配置に人それぞれの癖があり、それによって戦闘スタイルがなんとなくわかる……と、魔導書使いの第一人者である命子は、以前、修行系動画で説明したことがあった。この動画を見た世の中の魔導書使いたちは大いに反応し、魔導書使いの構えの研究は一気に加速した。
例えば、1年生に多いのはリボルバーと世の中で名付けられたもの。体の前に魔導書を円形に配置して浮かべて発射する、命中力を高めた魔法頼りの構えである。
魔導書はオート照準機能などついていないため、目線に近いほど命中力が高まるのだ。
一方、この構えのデメリットは、自分の前に魔導書を浮かべているので、術者本人が何らかの攻撃を行なえない点と、魔法の軌道が読みやすい点である。
リボルバーを採用している1年は、目線と同じ高さに浮かぶ魔導書から魔法を発射すると、すでに魔法待機状態の別の魔導書を目線と同じ高さに移動させる。そして、最初の魔導書にまた魔法を宿し始める。それを3つの魔導書でぐるぐると繰り返す。その様子は構えの名称のように、まるでリボルバーが回っているようだった。
魔導書魔法は普通の魔法射撃よりも難しい。
だから、1年生のヒット数は2ヒットから7ヒットの間であった。指導者として命子がいるだけあって、風女の1年生の得点が高い。
「1年生はどうですか?」
静かな声で高橋さんが問うてきた。
後方腕組み勢の命子は、強者同士の会話に挑戦した。
「魔導書と敵の位置関係を把握できていない子が多いですね。魔導書を使う人の動画をいろいろと見てきましたが、これは接近戦を嫌う人の魔導書の使い方です」
「やはりそうですか」
「合成強化していない魔導書を持たせて、防具をつけた人と魔導書アタックだけを使わせて模擬戦をすれば改善されますよ。魔導書アタックが上手く決まるようになれば、魔導書士ならそれで空間把握能力がどんどん向上します」
「剣書融合の構えを経由した子はやはり多角的に魔導書を操れますからね」
「はい」
中二病な命子はサーベルと魔導書アタックで戦うのが好きだったためダンジョンで自然とそんな戦い方をしていたが、そのおかげもあって空間把握能力が非常に高い。
「そろそろ我々の出番ですね。それではまた」
「はい。お互いに頑張りましょう」
強者同士の会話を終えた命子は、なんだか凄いアスリートになった気分。
続いて2、3年生の競技が始まった。
2、3年生になると、リボルバーを採用している生徒はいなかった。
魔導書の構えというのは要するに、自分が見えていない場所にある魔導書から放たれる魔法の命中精度に自信があるかどうかである。
自信があれば目線の高さに配置する意味なんてほぼない。いろいろな角度から魔法を放てるのが魔導書士の強みなのだから。前方に魔導書を配置するのは魔法合成で大魔法を行使する時くらいだが、それはリボルバーとまったく意味合いが違う。
2、3年生の記録は6ヒットから9ヒット。やはり魔導書魔法は難しいのだ。
9ヒットは命子と話した高橋さんや風女の3年生の記録だ。集中して魔眼が光り、魔力の波動をバサバサさせた素晴らしい中二病的演技であった。
:スバル様最強!
:ばぶー、だー、だー、キャキャキャ!
:魔導書で9ヒットってヤバすぎるな。俺の最高記録なんて7ヒットだぞ。
:あと一つだったのに惜しい!
:魔道図書館のトップ層並の精度じゃん。ヤバすぎる。
:ママァ、ママァ、あー、あー、キャッキャ!
:スバル様も加藤さん(※風女の生徒)も悔しそうだな。
:ボールが出てくる間隔が短すぎると思うの。
:この子たちって、ベストの記録なら10ヒットも出してるんだろうな。
難しい競技なので、視聴者さんも白熱気味。
なお、高橋さんは母性的なのでヤバいファンが多い。
そして、パーフェクトが出ないまま、大トリで命子の番となった。
「有鴨さん。命子ちゃんはどうかな?」
観客席で、紫蓮が隣の子からそう問われた。
「あれはパーフェクトを取って、『あれ、私、なんかやっちゃいましたか』をやろうとしている顔」
「クッソウザくて草」
「うむ。やめさせる」
紫蓮が殺気をギンッと送ると、命子がハッとして振り返る。紫蓮はすかさずパパパッとハンドサインを送った。
命子はマジかよと仰け反った。しかし、ウザいと思われるのはいけないので、仕方なく別のムーブを取ることにした。命子はちゃんと世論を反映するのである。
会場はわずかな騒めきの後に、すぐに静かになった。
魔導書以外は丸腰な命子は、腰からすらりとサーベルを抜く。エアサーベルである。そして、魔導書を頭上高くに1冊、左前方に1冊、背後に1冊で構えた。剣書融合の構え、いわゆる命子スタイルである。
水、火、土の魔導書がそれぞれ魔法待機状態になると、ボールの射出までのカウントダウンが始まった。それがゼロになると、土壁の向こうからボールがポンと飛び出てくる。
命子は慌てずに、1つずつボールを落としていく。
1つ魔法を放ったら即座にその魔導書に魔法を構築し始め、その間に他の魔導書に待機中の魔法を使っていく。魔導書の魔法の連打というのは、こうやってローテーションで行なうものだ。
命子の様子を見ている他の選手たちは息を呑んだ。
この競技で、配置した魔導書をその場から動かす選手はリボルバー使いを抜かして1人もいなかった。実際の戦闘ではないので、動かす意味がまるでないのだから。
だが、命子は全ての魔導書を縦横無尽に動かしながら、正確にボールを撃ち落としていく。
しかも、そんな集中状態にも関わらず、命子は龍脈強化や魔眼すらも発動していなかった。
人類で初めて魔導書を手にした少女にして世界最高の魔導書使い。
その肩書に偽りはなく、その腕前は他の追随を許さない。
10球目を水弾が呑み込み、結果はパーフェクト。
:凄すぎる……。
:っぱ命子ちゃんよ!
:ていうか、龍脈強化や魔眼すらも発動してないじゃん。
:これもう殿堂枠を作った方がいいだろwww
:命子ちゃんには何が見えとるんや……。
:ニュータイプか何かかな?
:魔道図書館のトップだって魔導書固定で10ヒットだったんだが。
:エンドレスモードがあったら無限に当てそうだなwww
世間の人たちが大騒ぎするがそのコメントを射撃場にいる命子が見えるはずもなく、その代わりに歓声と拍手が命子を包んだ。
あれ、私なにかしちゃいましたかムーブを紫蓮から禁じられた命子は、その拍手に対して、ここで初めて龍眼を発動する。そして、目元で横ピースをバチコン!
:かわええwww
:っぱ命子ちゃんよ!
:命子ちゃん最強! 命子ちゃん最カワ!
:龍眼(宴会芸)
というわけで、命子がパーフェクトで魔導書射撃が終わった。
競技を終えた命子は、なぜか六花橋の応援席に座っていた。
隣には高橋さん。一緒に次の種目を観戦しませんか、と誘われてお邪魔したのである。
次の種目は魔導書魔法と一般魔法の融合型の競技で、こういう戦い方は超魔法型と呼ばれている。この種目には紫蓮が出る。
紫蓮は観客席で高橋さんと一緒にいる命子を見て、「また友達増やしてる」とちょっとジェラシー。命子は陽キャなのである。
そんな紫蓮は、自分に向けられた視線に気づいた。
そこには三条が原の暗黒堂ソアラがジッと紫蓮を見つめていた。紫蓮もその視線から目を逸らさない。みょんみょんみょんと電波を交信しあう中二病陰キャたちの姿に、周りの生徒たちはゴクリとした。
暗黒堂ソアラがカツンッと杖で床を叩いた。
先端についた髑髏がカチカチと歯を鳴らし、目や口から紫の炎を吐き出す。その姿はまるで暗黒魔導士のよう。
紫蓮も負けじとムンッとした。
すると紫蓮の武具から炎のエフェクトが噴き出し、まるで炎系のジト目美少女妖怪のようになった。
やりおる……。
小手調べを行なった2人は、内心でお互いを認めた。が、ベースが陰キャなので特に会話はない。
「紫蓮ちゃん。あの子って暗黒堂ソアラでしょ? どうだった?」
挨拶を終えた紫蓮に、一緒に出場する子が尋ねた。
「やりおる」
「それは見りゃわかるよ。なんかこう具体的に」
「たぶん、この会場で羊谷命子の次に魔法が巧み」
「えーっ、紫蓮ちゃんよりも?」
「我も魔法は使うけど、基本は薙刀使いだし」
「やっぱり中二病は魔法関連が強いってことか……」
「良い世の中になった」
競技が始まった。
第三種目は魔導書魔法と通常魔法を使うので2つのレーンを使い、左右のレーンから10球ずつの合計で20球が出てくる。ボールが出てくる間隔も短くなっており、魔導書魔法と通常魔法どちらかだけでは装填速度の問題で対応できない設定になっている。なお、この種目はヒット数÷2が得点になる。
1年生はかなり苦戦しており、記録は6ヒットから12ヒットの間で幅が広い。プラス10球チャンスが増えたように見えるが、これを冷静に撃ち落とすのは非常に難しい。
:超面白そうwww
:俺の通ってる射撃場でもこれやらないかな。
:これ難しいんだよなぁ。俺がやった時は10ヒットだった。
:絶対スカッとするじゃんこんなの。
:自衛隊運営の射撃場にあるんだよな。富士演習場でやったわ。
:魔導書魔法がヒットしてない印象かな?
:がんばえーっ!
:ていうか、超魔法型は火力がエグイなwww
:やっぱり1年生の構えは前方ファンネルが多いな。
視聴者さんは必死になって射撃しまくる1年生の様子にキャッキャ。
だが、冷静になって見れば、1人の少女から短時間で20発の魔法が発射されているわけで、凄まじい破壊力というのが窺える。
ただ、どっちつかずになっており、命中率は悪い。どちらかというと杖や手から発動する魔法ばかりがヒットしている印象だ。
「ひうぅううう!」
風女の1年生が涙目で帰ってきた。記録は10ヒット。
「もうちょっといけると思いましたー」
「ドンマイ」
「有鴨さん、仇は取ってくださいね!」
と敵討ちを依頼されてしまった仕事人紫蓮は、1年生のトリとして出場。命子のパーティメンバーだが、魔法の達人ではないので全ての選手の大トリではない。
しかし、第2のマナ進化を終えている紫蓮である。その腕前は高校生の最上位。
:もう紫蓮ちゃんか!?
:大トリじゃないんだ!
:ワクワク!
:これはパーフェクトあるか!?
:このあとの2、3年生にプレッシャーかけるのやめいwww
:杖を持たないってことは手魔法か?
射撃スペースに立った紫蓮は、集中モードに入った。魔眼が輝き、長い黒髪が輝き出す。
1年生は本人が魔法も使うのでリボルバーの構えにはなっていないが、可能な限り魔導書を視線の近くに置いている選手が多かった。
それに対して、紫蓮の魔導書の構えは左右に2冊に頭上に1冊。さらに杖は持たず、片手に水弾を、もう片手に火弾を灯す。
5つの魔法を待機させ、目やら髪やらピカピカな紫蓮はまるでジト目美少女魔王のよう。視聴者さんからは『これは勝てない系のボスwww』や『こんなのがダンジョンボスで出てきたら天狗クラスを疑うわ』と評価された。
この両手魔法は発祥があやふやな技術だ。魔法初心者では行なえず、少なくともスキル覚醒以上の練度が必要になる。中二病患者の紫蓮は当然使える。
「有鴨さんはさすがですね」
「紫蓮ちゃんはああやってピカピカしたり炎を纏ったりするのが大好きですからね。そういうのを実現するための努力は惜しみません」
「な、なるほど。楽しんで技術を磨いているわけですね」
観客席では高橋さんの感心に対して、命子がそんな答えを返した。
カウントがゼロになり、右のレーンからボールがぴょんと飛び出した。
それに対して紫蓮は魔導書魔法で対応。
最初の1球目は慌てずに対応できるため魔導書魔法で撃ち落とす。1年生のほとんどが取った戦法であり、紫蓮も同様だ。確実に1ヒット、必要なことである。
続いて、前の2つの競技よりも早いタイミングで、左のレーンからボールが飛び出す。紫蓮は即座に片手の魔法でそれを撃ち落とす。
ジト目の中で光る魔眼が飛び出すボールの動きを瞬時に見切り、10球目まではパーフェクト。
しかし、後半戦が問題だ。どこかで2セットだけ左右から同時にボールが出るのである。だから、待機中の魔法をどのように放つかが重要になった。
:12球までパーフェクト!
:さすシレ!
:これは魔王!
:このままイケーッ!
白熱する視聴者さんに反して会場は集中を乱さないためにシンとしているが、全員が固唾を呑んでいた。
13、14球目が同時に出てきた瞬間、紫蓮はギラリと瞳を光らせ、2つのボールを同時に撃ち落とす。さらに達成感を味わった瞬間を狙うように出てくる15球目も魔導書魔法で撃ち抜いた。
:凄すんぎwww
:変な笑いが出てきたwww
:これで薙刀使いとか嘘だろ?
「あ……」
次のボールが射出された瞬間、命子が小さく呟いた。
その瞳がこれからボールに起こることを見切ったのだ。
9割方消滅した15球目のわずかな残骸が空中を舞って、続いて同時に出てきた16、17球目の片方に当たった。
紫蓮が残骸によってボールの動きが変わると気づいた時にはすでに魔法は放たれており、魔法はボールに当たらずに初めてのミス。
紫蓮はジト目をちょっとだけピクリとさせるが、慌てずにそれ以降の全てのボールを撃ち抜いた。
結果は19ヒット。
:天才か?
:いまの破片に当たったのか?
:惜しすぎるぅうううう!
:なんかボールの軌道が変わらなかった?
:もしかして六花橋やったか?
:どんな集中力やねんwww
:破片が当たるとか運が悪すぎるよぉおおお!
:2、3年生へのプレッシャーやばそうwww
視聴者さんには、ミスの原因を見切れた人とわからなかった人がいる様子。
他のユーザーのコメントに対してコメントするのは、あまり行儀の良くない文化である。だから、ミスの原因はプイッターなどで詳しく解説されていた。
「むぅ……無念」
命子と一緒にパーフェクトクリアを目指していた紫蓮は、ちょっぴりしょんぼり。しかして、2、3年生からは称賛の眼差しで迎えられた。
「レーンには魔物が棲んでいる……か」
後方腕組み勢の命子は、神妙な顔で言った。
隣でそれを聞く高橋さんはゴクリとした。お嬢様に中二病の相手は早かった。
続いて始まった2、3年生の記録は12ヒットから19ヒットの間だった。紫蓮とタイ記録の19ヒットも3名出ており、各学校のトップ層の練度の高さが窺える。あるいは、前の2つの種目に出ていればパーフェクトだった生徒もいただろう。
そして、最後の選手は例の暗黒堂ソアラであった。命子やルルのような意図的なトリではなく、普通にそうなっただけのようだ。
魔導書の配置は紫蓮と変わらないが、持っているのは髑髏の杖。魔女の帽子から伸びた黒髪の裾が煌めき、瞳が光る。会場中が息を呑む素晴らしい中二病っぷりだ。
「上手い……」
始まった演技を見て、命子の隣で高橋さんが目を瞠って呟く。
命子も内心でかなり感心していた。
杖での射撃能力は高く、魔法の再装填速度も速い。それでいて魔導書の制御能力も高い。
去年の今頃、風見女学園の生徒たちは風見町防衛戦で魔法少女部隊の活躍を世に知らしめたが、その裏側で目立たずとも腕を磨いていた人たちはいた。DRAGON東京大会や武器フェス、そしてこの体育祭で、命子はそんな努力を感じられる人たちにたくさん出会った。
いかにも魔法とか好きそうな見た目の暗黒堂ソアラもそんな1人だったのだろう。
かつての自分がそうであったように、命子には目をキラキラさせて神秘の世界に夢中になる彼女の姿が容易に想像できた。そして、生まれ変わった闇の使徒たる自分にふさわしい芸名を頑張って考える姿も容易に想像できた。たぶんサインも持ってるはず。
最後の20球目を撃ち抜き、暗黒堂ソアラはパーフェクトを達成した。
命子はうむと頷き、「見事っ!」と何様ムーブ。隣に座る高橋さんも会場のみんなと一緒に称賛の拍手を送っている。
競技を終えると、三条が原のギャルっぽい女子が紫蓮に近づいてきた。
「有鴨さん。ちょっと良い?」
「ぴゃ」
紫蓮は人見知りを発動した。
そんな紫蓮は、ギャルの後ろから魔女帽子のツバが見えているのに気づいた。
「この子が握手したいんだって。してあげてくれる? ほら」
「あ、あ……」
前に出されたのは暗黒堂ソアラ。
もじもじしながら帽子のツバの切れ目からチラッと見て、髑髏の杖を床にコツン。髑髏から紫の炎が出た。さっきからこれをやっているが、どうやらこれが彼女のコミュニケーションカードのようだった。
「凄くカッコイイ杖」
「う、うむ。自分で作った」
「魔法、見事だった」
「有鴨さんも見事だった」
闇系女子は見事という言葉を使いがち。
「良い試合だった」
「うむ、良い試合だった」
紫蓮が右手を出すと、暗黒堂ソアラは右手をゴシゴシとローブで擦ってから握手した。2つの手は共鳴するようにプルプルと震えている。2人とも陰キャだった。
その様子を見ているギャルは、どんな会話だよ、と思った。
タイプは違っていても仲良しなようで、暗黒堂ソアラはキャッキャと話しかけるギャルと一緒に帰っていった。
高橋さんとお別れし、命子が自分の席に戻ると紫蓮が帰ってきた。
「負けた」
「惜しかったね、紫蓮ちゃん」
「うむ。あそこでしっかりと芯を狙ってボールを消し飛ばさなかったのが失敗の素」
破片を残してしまったから次のボールの軌道が変わったわけで、そうしてしまったのは自分の未熟さのせいだと紫蓮は反省した。
とはいえ、紫蓮は近接、魔法、生産といろいろなことをしている子だ。それでこれだけの記録を出せるのだから、命子はとても尊敬していた。
「暗黒堂さんみたいに、世の中には私たちの知らない凄い子がいるんだろうね」
「うむ。世界中の人が研鑽を積んでいる。我らもボヤボヤしていられない」
この体育祭ではそんな子をたくさん発見し、命子たちはもちろんのこと他の生徒たちにもとても刺激になっていた。
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誤字報告も助かっています、ありがとうございます。