14-17 2日目
遅くなってしまい、申し訳ありません。
本日もよろしくお願いします。
10月も半ば。過ぎ去った夏が忘れ物を取りに来たような蒸し暑い秋のこと、命子が家に帰るとリビングにコタツが出ていた。
「早くない?」
そうは言うが、さすがの命子もコタツ様とは敵対できないので、『今日なんて夏みたいに暑いのに』という言葉を呑み込んだ。
「とはいえ半年振りか。べ、別に会いたかったとかじゃないんだからね!」
命子は内に秘めたるツンデレを解放しつつ、コタツの中に足を入れた。コタツ様へのご機嫌取りだ。
しかし、いかにも足を入れたいと思わせるその佇まいは巧妙なる罠。足を入れた瞬間、謎のプニプニ触手が命子の体を締め上げ、コタツの中に引きずり込んだのである。
「ぬわーっ、なにごと!?」
コタツの中はすでにオレンジ色の光が唸るサウナ状態。それに、なんだかとっても良い香り。
「あちぃ……あちぃ……うぅ……」
顔を流れる汗を拭いたいが、体が動かぬ。
頬をくすぐる汗にうっとおしさがピークに達した瞬間、命子は世界の境界を唐突に越えた。
「う、うぅうう……う?」
体中に巻きつくふわふわ感。特に顔半分はふわっふわ。そんな感触を感じながら目を開けると、ルルとメリスがこちらを指さして笑っていた。
「なにを笑っとるか」
「まるでヘビに捕獲されたネズ公デス。そりゃ笑うデス」
「これで拙者たちの苦労がわかったでゴザルか?」
ヘビに巻きつかれたネズ公のように、命子はささらに四肢を絡まされて拘束されながら眠っていた。顔の半分なんておっぱいに埋まってぬっくぬくだ。
昨晩、ルルとメリスがこの部屋に来て、4人で泊まった。しかし、ベッドは2つ。そのチーム分けで命子とささらが一緒に寝ることになったのが、触手コタツの夢を見た原因だった。
「こんなのそのうち死人が出るよ。笹笠家に親戚の女の子が来たら、全力で一緒に寝るのを止めるんだぞ」
「シャーラは女子小学生の憧れデスからね」
「ですわ女子が急増してるらしいでゴザルよ」
「世も末デース!」
キャッキャキャッキャ!
命子は『それにしてもすげぇなこれ』と、おっぱいに埋まった頭をぐりぐりしておいた。ふわっふわである。
「それよりも早く助けて」
「仕方ないでゴザルなぁ」
「こちとらプロデスからね。任せるデス」
プロに救出された命子は蒸し蒸し人肌から解放され、夢とは違う秋の涼やかな気温にアチアチボディが心地良くクールダウン。
「ふぅ、ヒデェ目に遭ったぜ。こいつめ!」
命子はこれだけ騒いでいるのに未だにすやすやするささらの太ももを引っ叩いた。
朝シャンでびっしょりの汗を流してすっきりし、サイドテーブルに置いておいた龍角を頭につけて活動開始。
朝食バイキングをモリモリ食べると、2日目の体育祭に向けて行動を開始した。
「ありがとうございました!」
などと従業員さんへ元気にお礼を言う生徒たち。風女は気持ちの良い校風なのである。これには従業員さんもニッコリだ。
「それじゃあみんな、頑張ってね」
「命子さんも頑張ってくださいましね」
「ニャウ。メーコはほどほどにするデスよ」
「それはライバル次第かな。私の魔力がうずくような相手が出てきたら保証はできないかも」
命子は不敵に笑いながら瞳を光らせると、ペスンと指をこすった。減点1。
本日はお昼まで別々の競技場で競技が行われるので、命子は東京にある魔法射撃場へ。
魔法射撃場は大抵、海沿いか山の麓にあり、東京の場合は海沿いだ。
できたばかりの綺麗な建物の中に入り、風女の生徒たちは物珍しそうにキョロキョロ。
「わっ、見て。高校生以下の料金が1レーン30分2000円だって」
「的代も高いよ」
「風見町の魔法射撃場なんて30分で700円なのに……」
「これが東京……っ!」
料金表を見た女子たちは恐怖した。
日本において、魔法は好き勝手撃つわけにはいかないので行政に許可を得た射撃場があるのだが、当然使用料金が取られる。これは地域でかなりの差があり、当然、地方は安く、都市部は高い。
「こうやって修行場の確保が難しいから、地域格差が今後の問題になるだろうってニュースサイトでやってた」
「むっ、この解説は……誰だっ!」
命子がバッと振り返ると、別のバスでやってきた紫蓮が眠たげな眼でダブルピースしていた。紫蓮も魔法系の種目に出るのだ。
「都会の子の能力は低くなりがちで、地方の子の能力ばっかり上がってるってこの前ニュースサイトに書いてた。特に移動範囲が狭くなりがちな中学生が顕著だって」
「マジかよ。風見町の子供の能力は高いと思ってたけど、実は低かったのか……」
「風見町の中学生の能力はバカ高い」
「なるほど、都会でも例外はあるってことか。これが数字のマジック」
「決して田舎と認めない強靭な精神」
「風見町の中学生は命子ちゃんたちの影響で凄く頑張ってるからね」
などと紫蓮や友達と日本の未来について語らいながら、見学席に向かう。
「あれ。私たちの知ってる魔法射撃場と違うな」
「めっちゃ綺麗じゃん」
女子たちが騒めいた。
レーン自体は似たようなものだが、その周りがなんだか都会的。
風見町の魔法射撃場はゴルフの打ちっぱなしやバッティングセンターみたいな大衆味がある。見学席なんて各レーンの後ろにベンチがひとつずつあるだけだし、その代わりにUFOキャッチャーやアーケードゲームを完備している。
しかし、東京の魔法射撃場はちゃんとした見学席があり、スポーツ場のような印象。
「命子ちゃんが好きな狙撃のゲームがないよ!」
「ほんまや!」
命子は風見町の魔法射撃場に行くと、待ち時間に狙撃のアーケードゲームをして時間を潰していた。歩いている女性のハイヒールの支柱やおっちゃんが持つワイングラスなどを撃ち抜いてドヤドヤするのだ。なお、腕前は達人級である。
「これはどういうこと紫蓮ちゃん。なんでゲーセンがないのか説明して!」
「風見町が田舎で、東京が都会だから」
「QED……」
「本当は六花橋女学園が運営している魔法射撃場だから」
「え、そうなの?」
「うむ。六花橋女学園の魔法射撃場はこうやって学校から離れた場所にある。ちなみに、聖姫森は学校の敷地内に、黒泉は大学の方にある。三条が原は海沿いの町の高校だから魔法射撃場は普通にある」
「へえ。じゃあ使ってない時に一般に貸してるのかな」
「料金表があったし、たぶんそうだと思う。ちなみに、30分2千円は凄く安い。東京ならもっと取ってもおかしくない」
「これ以上高いってめっちゃ足元見てるじゃん」
「でも需要はある。銃の射撃場でスカッとしていた人がいたように、魔法を放ってスカッとしたい人は多い。それに都会だと運営費も高くなるし、料金が高くなるのも仕方ない」
「なるほどなぁ」
射撃フィールドを背後から見る位置にある見学席に着くと、他の学校も続々とやってきた。
見学席があるとはいえ、所詮は練習場にある見学席なので余裕はなく、ほぼ満席状態だ。必然的に他校の生徒と凄く近い。
風女は六花橋と三条が原に挟まれる形になり、すぐに別の高校の子とお喋りが始まった。
「むっ。紫蓮ちゃん、香ばしい子がいる」
「ブーメランが戻ってきてるが」
「しゅるるる、グサッ!」
「ぴゃっ、んーっ!」
今日は席が自由なので、命子は隣に座った紫蓮の脇腹に戻ってきたブーメランを突き刺した。
命子が話題にあげたのは、隣の座席エリアの中ほどにいる三条が原女子高の生徒だった。
黒と白のローブを纏い、頭には目玉がついた魔女帽子を目深に被り、髑髏の杖を持っている。
「あれは暗黒堂ソアラ。我が知る限り、三条が原で一番の魔法の使い手」
そんなことを話していると、件の人物が魔女帽子のツバに入った切れ込みの隙間から、瞳を光らせて命子を見た。
こいつぁ完全無欠だと命子は思いつつ、負けじと【龍眼】を光らせる。
「だろうね。あの子の魔法の練度は相当だよ」
ソアラはツバを指貫き手袋で下に降ろして目を隠すと、もう片手で持っている杖でトンッと床を叩いた。すると、杖の先端についた髑髏が顎をカタカタと鳴らしながら、暗い眼窩に紫色の炎を灯す。
「「ふぉおおお」」
命子と紫蓮は感心した。
命子たちのデータベースにあんなふうに髑髏が笑う機能がついた杖はない。オーダーメイドか自分で作ったか。紫色の炎自体は杖の効果ではない。魔力を操って炎に見立てている。
ソアラはまたツバの切れ込みからチラッと覗き込み、命子たちの反応を見て、「む、むふぅ!」と興奮した。
「みんな頑張ってるんだな。オチオチしてられないね」
「うむ」
命子たちに限らず、女子たちはそうやって面白そうな子を探しつつ、競技開始を待った。
魔法射撃場は、銃社会であったシュメリカが考案した装置を使っている。
上にボールを射出する装置が一定間隔ごとに稼働し、射撃者はそのボールを打ち落とすことになる。装置の手前には分厚い土塀が盛られており、ボールはその土塀からポンッと出てくるように見える。
こんな装置になっているのには、地上産の物が魔法攻撃に極めて弱いのが原因だ。銃射撃で行なうような的だと、的を支える支柱や留め具がすぐに破損して費用がかかりすぎるのである。だから、クレー射撃のように、射撃行為が装置に影響を及ぼさない仕組みが必要だったのだ。
そんな装置を使う魔法射撃だが、競技性は地味である。
派手にしようと思えば合体魔法などでかなり派手にもできるが、それをする場合は大きな破壊を伴うのでできない。とはいえ、体育祭なんて本来はそこまで派手なものではないので、これでも十分だろう。
部門は、魔法使い部門、魔導書使い部門、複合部門の3つ。
学校ごとにそれぞれの競技に15人ずつ参加するため、合計で45人が参戦だ。
魔法使い部門は、魔導書を使わずに魔法射撃を行なう。
魔導書使い部門は、魔導書を使って魔法射撃を行なう。これには命子が出る。
複合部門は、両方を使って射撃を行なう。これには紫蓮が出る。
そんなわけで、いよいよ競技が始まった。
杖を持った選手が射撃場に入場し、各レーンに立つ。
一斉に競技を行なうわけではなく、奇数レーンと偶数レーンで交互に行なう。
「なんか弓道の大会みたいだね」
「言いたいことはわかるけど見たことはない」
「私もない。ただのイメージ」
この地味な競技に命子はそんな印象を覚えた。
土塀の向こうでボールがポンと出てきて、魔法使い女子がすかさず魔法を放って撃ち落とす。
このボール射出装置だが、±5°の範囲で左右に傾いてランダム性が生まれる。
1年生は射出したそばから次の魔法を構築し、次のボールが出てきたら即座に照準を微調整して射出する。競技自体はとても地味だが、ボールが見えている時間なんて2秒もないのでやってる本人はとても大変。
結局、最初の1年生は10球中4球ヒットしてフィニッシュ。それがそのまま点数になる。
1年生は思い通りの結果にならなかったのか、ちょっとしょんぼりしながら退場した。そのあともピリリとした空気の中で粛々と競技が進んでいく。
「これ私たちは楽しいけど、一般人は楽しいのかな?」
「オリンピックの射撃なんかも毎回盛り上がってるし、魔法射撃は体験したことのある日本人も多くいるから楽しいんじゃない?」
実際のところ、視聴者は結構楽しんでいた。
紫蓮が言うように、魔法射撃は日本人もかなりの人が体験しているため自分の記録を持っている人も多く、凄いとかまだまだとか感想が出るのである。とはいえ、マニアックな部分はあった。
本日は3カ所で競技が行われていた。
魔法射撃場と国立競技場、競技プールである。
視聴者に人気があるのは水泳系種目と陸上競技だ。やはり、盛り上がりどころがわかりやすいからだろう。特に国立競技場はメイン会場だけあり、観客の賑わいも相まって視聴者人気も高い。
プールではジェットエンジンでも付いているのかと思うような選手が登場し、女子高生の水着姿を目当てに見ていた視聴者層の度肝を抜く。
三条が原女子高は旧時代から水泳部が非常に強く、その影響もあって、水泳競技の1位記録は全て彼女たちだった。1位以外では他の高校の子の名前も出てくる。
国立競技場の方では、一夜明け、片側の直線コースにパルクール用の障害物が設置されていた。1日目はトラック全体やフィールドを普段通りに使える種目が集中しており、2日目には準備が必要な障害物やギミックがある競技になっているわけだ。
そして、さっそくメリスがそのコースを使用する競技に出走しようとしていた。
発走の合図と共に、色とりどりの衣装を纏った選手たちがコースを走り始める。身軽さ勝負の種目だけあって、みんな軽業系ジョブに就いている様子。
その様子を背後から見るメリスは、一緒に並ぶ友達とお喋りする。
「くのいち装備が多いでゴザルな」
「可愛いし動きやすいからねぇ。あーしも今日、くのいちにするか迷ったんだー」
などと答えるギャルは、チューブトップにショートジャケット、そしてショートパンツ。ピッカピカなへそ出しルックなわけだが、シュッとしたくびれにはイレズミが入っていた。
「ところで、ユユちゃん。タトゥーいれたでゴザルか?」
「えー、まさか。これはシール。タトゥーなんて入れたら1種類しか楽しめないじゃん。あーしはその日の気分で付け替えたい派なの」
「合理的でゴザル」
「っしょ? それにファンタジーなんだしぃ、魔法のタトゥーなんて出てきたら困っちゃうじゃん?」
「それもそうでゴザルな」
メリスは「ギャルでゴザルなぁ」と内心で思った。近くでお行儀よく自分の番を待っているお嬢様学校の生徒たちも「ギャルです!」と内心でメリスとシンクロする。
「次、あーしの番だ。負けないぞー」
「頑張るでゴザルよ」
「任せといてよ」
ピストルの音が鳴り、ユユちゃんがシュバーッと走り出す。
助走がついた状態で迎える最初の障害物は2mという女子にとってはかなり高いブロック。しかし、この種目に出るような子が、「はわわ、うんしょ」と鈍臭く登ることはない。
助走とジャンプと腕力を駆使して、一瞬で登ってしまう。
ギャルなユユちゃんだが、その運動能力は高い。
ジャンプしてブロックに手をかけると、まるで羽が生えているかのような身軽な動きをして、ブロックの上で長い足を大きく開いた開脚側転。ショートパンツで。
さっきまで1年生たちが出走していたので、その尋常ならざる体捌きを見た観戦者たちは本番が来たのだと興奮のギアを一段階あげた。
それからも跳躍、受け身、前宙、側転と技を決め、障害物を越えていく。
しかし、そんなレースも後半に差し掛かろうという時に、ユユちゃんにトラブルが発生した。
隣のレーンでユユちゃんと1位を競っていた六花橋の子が1mほどのブロックから転落したのである!
ダンジョン防具を着ているので大したダメージにはならないが、かなり派手な転び方だ。
丁度次なるブロックの上で倒立状態になっていたユユちゃん。そのまま肘を曲げて倒立を崩し、受け身を取るつもりだったのだが、予定を変更。腕をササッと入れ替えてピョンと手前に飛び降りると、転んじゃった子の下に駆け寄った。
「大丈夫?」
転んじゃった子は慌てた。六花橋は主催者側の高校なので、他校の生徒の記録に泥を塗るようなことがあってはならないという考えがあるのだ。お嬢様学校だけあって、生徒たちにはそういった高潔な精神があった。
「は、はい。防具をつけているのでこのくらい大丈夫です。……それよりもせっかくの素晴らしい記録が出そうだったのに、私のせいで申し訳ありません」
その視線の先には、他の高校の生徒たちが通り過ぎていく姿があった。
「あはは、いいよ、そんなの」
「でも、今日までたくさん頑張って、今日もたくさんの人が応援してくれているのに……」
「あーしがいっぱい頑張ったのは、あーしとあーしのダチが知ってるからいいんだ」
「ひょ……ひょわ……」
「続けられそ?」
「は、はい!」
その返事を聞いたユユちゃんは笑顔で手を差し出し、お嬢様は慌てて手を重ねる。貴族令嬢がやるような指の第二関節くらいまでを添えた慎ましやかな手の置き方だ。
しかし、修羅な風女女子の辞書にそんな手の置き方は存在しない。ガシッと手を掴み、立たせてあげる。
「あ……っ」
こんなに荒々しくて力強いの知らないっ!
「じゃあ、ここから2人で競争ね。負けないぞー!」
「え、あ、あ……は、はい!」
こんなに天真爛漫なの知らないっ! お嬢様の脳みそは知らないことだらけ。
他のレーンの生徒はとっくにゴールして、ギャルとお嬢様による4位、5位のビリ争い。
しかし、1位を競い合っていただけあって2人の技は素晴らしく、ゴールした時にはたくさんの拍手で迎えられた。
ユユちゃんは4位でも誇らしげ。
そんなユユちゃんを見て、転んじゃった子ははわー。
そんな事件を大型ディスプレイで見ていたメリスや後続の風女生徒たちは驚愕していた。
「ユユちゃんに全部持っていかれたでゴザル!」
「おのれギャル子めぇ!」
ギャルに全部持っていかれた。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、大変励みになっています。
誤字報告も助かっています、ありがとうございます。