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14-15 ファンタジア秋葉原ホテル

本日もよろしくお願いします。


 集団演武のあともいくつか競技を行ない、体育祭1日目が終わった。


 普通の体育祭も大体15時くらいに終わるので、そんなものだ。それよりも各高校の女生徒を無事にホテルへ送り届けることの方が主催者としては大切。


 1日目の競技に出ていない子も多い。命子の仲間だと、ささらやメリスがそうだ。2日目は午前中に各競技場へ分かれて専門的な種目を行なうが、2人もそれに出場して活躍することだろう。


 というわけで、命子たちは東京のホテルに移動した。


 3年生から順番にホテルの前のロータリーでバスから降りていく中、命子はバスの窓縁にちょこんと指をかけてクソデカホテルを見上げていた。


「お、おのれぇ、と、東京めぇ」


「怯えてるじゃん」


「な、なにを……っ! ま、まさかこれが恐怖……?」


 命子はわなわなした。

 話しかけたナナコは、よくもまあすぐにネタを披露するなと感心した。


「おっと、そろそろ配信始めなくちゃ」


「もう始めるの? 部屋に入ってからでいいじゃん」


「甘いなぁ、命子ちゃんは」


「そりゃ惑星グミからきたコーラグミ妖精の王女様ですから」


「私のターンなのにそういうのやめてね? いーい、こういうのは入り口から配信して一体感を味わう方が楽しいんだよ」


「ほう、配信者っぽい!」


「みんなぁ、私、配信始めるからねぇ」


 と周りに注意をしつつ、ナナコが生配信を始めた。すぐに出しゃばり女子がカットインしてピースして去っていく。


 さて、本日風女が泊まるのは、ファンタジア秋葉原ホテルという2棟ある滅茶苦茶大きなホテルだ。なんと客室数は2棟合わせて1800室を越えている。


 世界がファンタジーになってから作られたホテルではなく元からそういう名前なのだが、残念ながらそのネーミングとは裏腹に、ファンタジーでダメージを受けたホテルだった。

 というのも、以前は秋葉原観光の外国人客で連日賑わっていたが、航空機が飛べなくなった今では、外国人客の宿泊がしばらく見込めない状況になってしまったからだ。


 冒険者たちの入れる手ごろなダンジョンが周辺にないのも原因だろう。紫蓮の家に出現したG級ダンジョンは東京の田舎にあって地味に遠いし、もうひとつあるダンジョンは推定A級ダンジョンでまだ冒険者が入れるようなものではない。


 しかし、希望もある。

 秋葉原は時代と共にその在り方が移ろいやすい町だったが、今は冒険者アイドルとダンジョングッズの町に変わり始めていた。ファンタジーな文化を売り出していた過去のシンボルが本物のファンタジーを自然と呼び寄せて、町を彩り始めたのだ。もちろん、依然としてアニメやゲームの店もたくさんあり賑わっている。

 旧時代と比べて若者がかなりの金を稼ぐようになった昨今では、こういったショッピング街の人気は上がりつつあり、このホテルもその恩恵で前ほどではないが客はやってきていた。


 そんなファンタジア秋葉原ホテルだが、今回の体育祭では風女に宿泊先の提供という形でスポンサー協力をしていた。割引とかではなく、完全無料である。


 バスを降りるとすぐにピカピカに磨き上げられたガラス戸の自動ドアがあり、その前ではドアマンが綺麗なお辞儀をして女子高生一行を出迎えてくれていた。


 ペコリと会釈した命子はキリリッと顔を引き締めながら胸を張って入り口を潜る。その不自然さは完全に慣れてない子のそれである。ドアマンに迎えられるような経験を何度もしてきた命子だが、彼らの前をどういう顔で進めば良いか未だによくわからなかった。

 他の女子たちも命子と同じような反応で入り口を潜っていく。やはり慣れていない。


 そんな女子たちが通過する様子を広報部隊のカメラが激写する。女子高生がただホテルに入っていく顔を映しているだけなのに視聴率が取れる不思議。配信で見るのとは違う年相応の初々しさがたまらないのだろう。


 ナナコや広報部隊が撮影しているように、なんと、このホテルでは生徒たちの撮影が許可されていた。

 それこそがホテルのスポンサーとしての狙いである。風女の生徒たちのフォーチューブの動画は基本的にアーカイブとしてずっと残るため、体育祭というイベントでこういうホテルに泊まったのだと長期間に亘って宣伝し続けてくれるのだ。それも人気がある何十ものチャンネルで。それだけのチャンネルへ宣伝の依頼を頼んだら大変な金額になるわけで、宿泊費無料というのは決して善意からだけではなかった。


 そんなだから、従業員一同気合の入った対応だ。


「次は流とメモケット」


「ニャウ!」


「1412だから14階の12号室な。部屋に行ったら16時までエレベーターに乗るなよ」


 アネゴ先生に鍵を貰うと、生徒はエレベーターに向かう。複数のエレベーターはさっきから生徒をピストン輸送して大変忙しそう。

 そういう理由もあって、16時まで余計な階層にエレベーターを止めないように生徒に配慮させている。こいつらをフリーにさせたら違う階層の友達の部屋へすぐに行ってしまうので、エレベーターがいつまで経っても降りてこない。


「羊谷と笹笠はその隣の13だな」


「裏切りの数字にして十三日の金曜日!」


 命子に鍵を渡すアネゴ先生は、こいつは本当に適当に喋るなと思った。


 カギを貰った命子は、ルルたちが待ってくれているエレベーターへ向かう。

 エレベーターの中にはナナコもおり、精霊のルナがスマホを持って俯瞰の画角でお部屋まで視聴者さんをご案内中。必然的に、現在はエレベーターにぎゅうぎゅう詰めの女子たちの頭が映し出されていた。


:凄く良い匂いがしそう。

:これが天国か。

:俺もこのエレベーターに乗ったけど、パンパンなリュックを背負ったオタクのすし詰めだったぞ。


 などとコメント欄では世にも珍しい女子高生のすし詰めに感心する。ちなみに、このホテルは夏と冬にあるオタクの祭典の日に全室が埋まる。


 すでに凄い数が乗っており、ささらの次に命子が乗るとビービーッと鳴った。


『積載重量を超過しています』


 どよっ!

 こんなの初めて聞いた、とキャッキャ。


「ほう、これが秘孔使いの次兄の気持ちか。まだ乗れるスペースはあるのに……っ!」


 そこで命子の頭脳に電流走る。


「みんな、片足を上げて!」


「天才現るデス!」


「これが私たちの答えだ!」


 みんなでひょいと片足を上げる。


『ビービーッ。積載重量を超過しています』


 が、ダメ!

 いったいなぁぜ?


 そんな女子たちの目にツカツカと早歩きでやってくるちょっとキレ気味のアネゴ先生の姿が。命子とささらがはわっとして慌てて外に出た。


「ここは私たちに任せて先に行け!」


「くぅ、ダンチョーの想いでゴザル!」


「メーコ、シャーラ、必ず帰ってくるデスよ」


 命子は背中を向けながら親指を立てた。それは英雄の後ろ姿。

 そして、やってきたアネゴ先生に命子が言った。


「アイツらバカなんです。片足上げれば軽くなるとか言ってるんですよ」


「それメーコが言ったデス!」「アンタが言ったんでしょうが!」「こっちは視聴者さんが見てるんだぞ!」


 裏切る命子に罵声を浴びせながらエレベーターのドアが閉まった。

 ウイーンと上階へ上がるエレベーターの中は途端に静かになった。エレベーターの七不思議。

 しかし、誰かがプッと噴き出すとキャッキャと笑い出す。メリスのネコシッポがニュルンとお尻を撫でればひゃーんと悲鳴が上がり、またもやキャッキャ。これが女子ベーター!


 以降、教師がエレベーターの管理に立った。


 次の便で無事に命子とささらが上階に到着すると、そこら中で女子たちがキャッキャしていた。さすがにベッドをぶっ壊すといった炎上しそうな無法はしておらず、他の部屋に行き来しているだけ。


 ちなみに現在、このホテルには他の宿泊客もいるのだが、それはもう片方の棟に宿泊している。風女で一棟丸ごと貸し切られているため、基本的に顔を合わせることも迷惑をかけることもない。


 命子たちも自分の部屋に入ってみる。

 ダブルサイズのベッドが2つにソファテーブルの席、浴室、トイレとシンプルな造りだ。1泊2万円以下で泊まれる部屋なので、そんなものだろう。しかし、清掃が行き届いていて清潔感は抜群だ。


「良いお部屋じゃん」


「ええ、窓からの景色も素敵ですわ」


「せやろか? めっちゃ萌え萌えした景色なんだが」


 ここは秋葉原。ガラス窓の外は美少女の看板が萌え萌えしている。


 すると、トントントンとドアが激しくノックされた。

 ささらがドアを開けると、その隙間からニュルンとルルとメリスが入ってきて、すかさずベッド一番乗りを奪い取った。パイーンと跳ねてゴロゴロとシーツを乱すさまはまさにネコ。


「こらーっ、私の一番乗りを奪っちゃダメでしょーっ!」


「油断したメーコが悪いでゴザル!」


「焼肉定食デス!」


 もー、と命子は呆れつつ、仕方なくソファの一番乗りをして、事前に貰ったホテルの使い方のしおりを確認し始めた。


「外に出て良いんデス?」


 命子の頭に顎を乗せて、ルルが一緒にしおりを見る。


「ううん、ダメ。こんな時間からウチのヤツらを秋葉原に解き放ったら大変だもん」


「ケチデス。秋葉原でメーコの薄い本を探したいデス」


「さすがに売ってないわ。売ってないよな?」


「シャーラママに殺されるから売ってないでゴザルな」


 売ってるわけがない。


「でも、コミックスペースとホテルの温水プールと大浴場は使って良いんだって。大浴場は学年ごとに時間制だね」


「ナイトプールってヤツデスか。ニッポンさんのホテルは充実してるデス」


「パリピでウェイウェーイでゴザル」


「そのプールでの撮影予定がいくつか入っていますわね」


「たしかプール配信は抽選だったんだっけ。ナナコちゃんが落選したって嘆いてた」


「お風呂配信はないデス?」


「それはさすがにないですわよ」


 ささらがスマホを見て言う。

 仲間たちの配信予定表が一覧になっているのだ。視聴者の食い合いが起こるため、コラボ配信が非常に多い。プール配信などもあるが、基本的に雑談ばかりだ。とはいえ、今日は体育祭があったので雑談は楽しいものになるだろう。


 その中でも注目度が高いのは、別のホテルに泊まっている他の高校の生徒とのコラボである。他校とのコラボ配信のひとつには命子も出演することになっていた。


 とりあえず、今は特にやることがないので命子たちは同階のクラスメイトたちの下へ突撃することにした。




 精霊持ちのナナコは人気配信者だ。現状では精霊が滅茶苦茶貴重なので『精霊が本体』などと視聴者から弄られているが、ちゃんと本人も愛されている配信者である。


 ホテルの入り口からずっと続いている配信はいよいよお部屋チェックへ。


「お部屋で撮影する時は、ドアノブにこれを掛けるんだ」


 そんなふうに説明して見せたのは、『配信中』と書かれたカードであった。ドアノブに掛けられるようになっており、配信事故を防止する。

 それを見せてからいざ突入。


「おー、清潔感があってめっちゃ良いね!」


「ベッドも広くて柔らかいよー!」


 同室の子がさっそくベッドにダイブして弾みチェック。


「外の眺めはこんな感じ。リスナーさんが行ったことのあるお店も見えるかな?」


:俺たちの故郷。

:昔は週1で通ってたけど、最近は少なくなったな。

:最近は店がかなり変わったんだよ。ナナコちゃんが好きそうな店も結構あるよ。

:この前、防具屋に行って小手買った!

:この角度からだとどこがどの店かパッと見だとよくわからんな。


 視聴者さんは秋葉原の街並みを見てテンションが上昇中。


「ナナコ、浴衣がある!」


「ならば着替えねばなるまい」


 というわけでお着替えして、視聴者さんに浴衣姿をお披露目。普段と違うナナコや同室の友達の装いは非常に好評だ。


 その時である。

 トトトン、トトトン、トトトン、トンッ! とリズムを刻んでドアが鋭くノックされた。


「これ絶対に命子ちゃんだから」


:ウザガキ過ぎるwww

:命子ちゃんは偉業の派手さと実物の乖離が激しすぎるwww

:配信中の札の効力よ。


 ナナコが撮影中のスマホを持ち、精霊のルナと友達が扉を開ける。

 するとドアの前で命子が倒れていた。放送事故である。


「なんだこれ」


:なんだこれwww

:ほんまなんだこれwww

:ファンタジア秋葉原ホテルさん事故物件になってしまうwww


 命子の周りには廊下をちょろちょろしていた女子たちが集まっており、みんな腕組みをして難しい顔。


「争った形跡があるわ。これは他殺に違いない」


 女子の一人が命子の頭から取れた龍角を指さす。


「そんな、一体誰が!」


「ハッ、これを見て。ダイニングメッセージだわ」


「ダイイングメッセージだけどね」


「やめて! ちょっと言い間違えちゃっただけだし!」


「そんなことを言ってる場合じゃないデス!」


 ルルの鋭い注意が場にピリリとした緊張感を走らせる。


:なんだこれwww

:命子ちゃん笑っちゃってるじゃんwww

:これ台本とかあるのかな?


 倒れた命子の手元には、『犯人はナタナコタ』と書かれた謎の紙と赤ペン、そしてタヌキキャラのキーホルダーが置かれていた。


「メーコは一体なにを伝えたかったデス?」


「きっとタヌキに関係する人が犯人でゴザル」


「おのれぇ、タヌキめぇデス!」


「ま、待ってくださいですわ。この場には女子高生探偵と名高いナナコさんがいますわ」


「「にゃんと!」」


「とんでもない無茶ぶりだよ!」


 ささらから無茶ぶりが飛んできて、ナナコは怯えた。女子たちは顔を背けてぐふすぅ。

 そんなナナコから他の女子にスマホが引き継がれ、名探偵の推理を激写する。


 台本など当然なく、ナナコはえーいままよ、と命子の傍らに屈んだ。浴衣なので気を付けなくてはならない。


 そうして龍角を調べ、命子の首に手を添えて首を振り、ダイイングメッセージを調べ、紙をなぞった指をペロリと舐め、コクリと頷いた。


「難問だったけど、謎が解けたわ。ばっちゃんの名にかけて!」


「ばっちゃんの名前はなんデス?」


「ナツヨ」


「ナツヨの名をかけるでゴザルか。ただ事じゃないでゴザルな」


「それで犯人は誰なんですの?」


「私たちは大きな勘違いをしていたわ。タヌキのキーホルダーがタヌキキャラを示しているというのは大きなミステイク。タヌキ、そうつまり、このメッセージからタを抜けばいいのよ」


「なんだって!?」「さすが女子高生探偵デス!」

「頭の出来が違うわ」「ナナコすごーい!」

「これはIQ1万くらいあるかも」


 ナナコは称賛を浴びながら赤ペンを拾うと、『犯人はナタナコタ』からタを消した。


「ナナコ。犯人はそう……私だ!」


 キリッと宣言するナナコの頭にルナが乗り、スマホに向かってダブルピース。

 前に出した両手にタオルが被せられたナナコがニャンコ刑事に連行されていく後ろ姿が映され、スマホに『完』と書かれた紙がカットインして事件は終わった。


 無茶ぶりを喰らったナナコは解放された。

 羊谷命子殺人事件はあったものの、引き続きお部屋の案内が行なわれ、視聴者さんは大満足の時間を過ごすのだった。


「というわけでホテル案内でした! 次の配信は本日の20時から、今日私と一緒に競技に出たサンちゃんと」


「あたしと一緒に競技に出たチヨちゃんを呼んで」


「一緒に配信するのでぜひ見てねぇ!」


 ナナコと同室の友達、それから1年生2人を呼んで配信予定があった。

 20時くらいからは5校合わせてたくさんの配信があるのでどれだけ見てくれるか不明だが、そんな宣伝を入れて配信を終えた。


 ナナコが泊まった1409号室は、これ以降、数カ月先まで予約で埋まる謎に人気な部屋になるのだった。


読んでくださりありがとうございます。


【訂正】

ナナコが誑かした子の名前を間違えていました。

シノちゃんからサンちゃんに訂正します。

まだ名前を出していないと思ってました。混乱させてしまって申し訳ありません。

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― 新着の感想 ―
相変わらずキャイキャイしててほんわかしますねー…
よよよい、よよよい、よよよい、よい! めでてえな。 TV本放送から50年くらい経つけど、サーベル老師から聞いたのかなあ、伝七捕物帳。
「エレベーター:裏切りの命子」といい、命子殺人事件といい、面白すぎた。
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