14-14 集団演武
本日もよろしくお願いします。
お昼の時間になった。
学生のお昼ご飯は仕出し弁当である。
「命子ちゃん。お待ちかねのお昼ご飯のお時間です。提供は大手スーパーのマックスボリュームさんです」
「いろいろな大企業さんがスポンサーになってくれて凄いですね」
再びコンちゃん部長と実況席に座る命子たちの席の前には、お弁当がドン!
黒地に金の模様が施されたよくあるプラスチック容器には、マックスボリュームのロゴが入っていた。
「さあ、どんなお弁当でしょうか……はい、オープン!」
コンちゃんはぶっちゃけ仕出し弁当があまり好きではなかった。それなら同じ金額で好きな具のおにぎり一つとミニサラダでも買いたい。そういうタイプである。何でもモリモリ食べる命子だってその二択を迫られたら、自分で選べるおにぎりを選択するだろう。
しかし、それは表に出さず、陽気な声でお昼ご飯を実況する。
そんな2人がドキドキしながら仕出し弁当を開くと、そこには割と美味しそうなおかずが入っていた。
「「おーっ!」」
と上がった2人の声にはちょっとホッとした成分が含まれていた。
内容はご飯、カツ煮、ミニクリームシチュー、もやしとキャベツの中華炒め、ホウレンソウとベーコンの炒め物、福神漬け。
「みんなが好きなヤツばっかりですね」
クリームシチューが好きな命子もニコパである。
電子レンジがあればなおよしだが、普通に冷えた弁当である。
「こちらの商品は関東圏のマックスボリュームさんで来週から数量限定で発売されるようです」
コンちゃんが宣伝もしておき、お昼ご飯に突入!
カメラは実況席を離れ、女子高生のお昼ご飯の風景を激写しに移動を始めた。
そこかしこでモグモグする女子たちにもお弁当はなかなかの高評価。さまざまな制約の中で大量生産されるのが仕出し弁当なので、良い感じの評価を得たのは企業努力の賜物か。
そんなお昼ご飯の風景だが、生徒の席には空席が多かった。
この後の競技の準備に取り掛かっているのだ。
選手控室には女子がギューギュー詰めになってキャッキャしていた。
昼休憩が終わって始まる集団演武の選手たちである。
お昼ご飯が終わると、さっそく集団演武が始まった。
入場から演技を始めるなどといった難易度の高いパフォーマンスはさすがになく、選手たちが所定の位置についてから演技スタートだ。
トランペットの音と共に演武を始めたのは、黒泉女子。
集団演武のチームは、演武を舞う選手と楽器を演奏する人で構成されている。
黒泉の舞手は黒と赤のドレスを着ており、演奏者たちは黒と青のマーチングバンドの衣装にウエストポイント帽という出で立ち。
120名で行なわれる演武はかなりの迫力だ。
トランペット奏者たちと剣舞演者たちがそれぞれ背中合わせでくるりと回転しつつ、剣を振り、トランペットをスイングする様なんかとてもスタイリッシュ。
「ねえ、コンちゃん部長。完成度高くない?」
「た、高いですねぇ。で、でもウチの子たちだって負けてませんよ!」
集団演武は得点競技ではなく、応援合戦のような種目だ。
初めての試みなので芸術点をつける目安がないからだろう。次回以降はわからない。
集団演武はゲーム音楽を含めたクラシック1曲にアニソンを含めたJ-POP1曲の2曲を8分前後で演奏するわけだが、黒泉はこれらの楽曲をアレンジしつつ、その雰囲気を演武でよく表現できていた。
さらに、吹奏楽の演奏によって演武者はもちろんのこと、黒泉の生徒やその関係者にもバフ効果の赤いオーラが宿っている。
音楽と演武が同時に終わり、演技者たちが全員でビシッと決める。
観客席は一方向だけではないので、各方向を向いてフィニッシュする子の人数バランスもよく考えられている。
「ふぉおおお……カッコイイ」
命子のそんな小並な感想をかき消すほどの歓声が上がった。黒泉の関係者は当然のこと、風女や他校の生徒たちも相手の健闘を讃えて大きな拍手を送っているのだ。
歓声に包まれながら選手たちは小走りで退場し、続くチームは聖姫森。
所定の位置につく演武者の全員が武者鎧をモチーフにしたファンタジー衣装を、演奏者の方は巫女服をモチーフにした和装を身に纏っている。
演武者は薙刀や刀といった和風の武器を使い、演奏者はみんな雅楽器を使うようだ。
ぶぉおおおおん、シャリーン!
法螺貝と鈴の音と共に演武が始まった。
雅楽器の雅な音楽に合わせて演武者たちもゆったりとした演武を踊るが、それがあるところから曲調をアレンジしてポップなリズムを刻み始めた。
雅楽器演奏者たちは魔導書のスキル覚醒が済んでいるようで、背後には紫色の炎に包まれた魔導書を浮かべ、どこか妖しげな神秘性を演出していた。
命子がいる実況席から少し離れた一般生徒エリアでは、ささらがルルたちと一緒にその演武を見ていた。ささらの視線は先ほど再会した水無月に向けられていた。
水無月はささらが小学1年生の時に、友達になり損ねた子だった。
水無月が意地悪だったとかではなく原因はささらにあり、それ以来ささらは友達の作り方がわからなくなってしまった過去がある。
水無月は小中学校共に友達を得て現在に至るが、新時代となり、彼女がどんなふうに過ごしているかささらはたまに気になることがあった。尤も、それは水無月だけでなく、中学まで一緒に過ごしたクラスメイト全員に対する想いではあったが。
水無月が担当しているのは横笛の龍笛。
主旋律を奏でる笛なので、新時代に入ってからも頑張っているのだとささらにもわかった。
演奏者と心を通わせた証拠である赤いオーラが演武者たちに発生する様子を見て、ささらは嬉しそうに目を細める。自分の人生とすれ違ってしまった女の子だけど、誰かと青春を謳歌していて嬉しかったのだ。
ところが、そんなささらの体にもぽわりと赤いオーラが宿ったではないか。
その原因は1人しかいないだろう。
「良かったデスね?」
ルルがニパッと笑ってそう言った。
同じ学校で過ごし、時には同じクラスになり、同じ学校イベントで同じ物を見て。在学中にあまり話すことのなかった2人だが、水無月はささらに少なからず縁を感じていたのだろう。
ささらはルルに応えて、「はい」と笑った。
そんなささらたちがいる生徒エリアの上にある父兄の観客席では、クララたち中学生が大はしゃぎだった。
「すっごーい!」
「ねーっ!」
「あたし、こっちの方が好きかもしれない」
中学生は命子たちからチケットを貰って他の子供たちと一緒に招待されたのだ。
「聞いたことのない音色じゃが、なんだか懐かしい感じなのじゃ」
「日本人はこの音を聞くと懐かしくなるんですよ、きっと」
そうやってクララから教えてもらうイヨも子供たちと一緒に楽しんでいた。背が小さいので完全に溶け込んでいる。
「これ風女は大丈夫かなぁ」
萌々子はハラハラである。
最初の2組があまりにもガチであった。
「キャルメお姉ちゃんが頑張ったから大丈夫」
その場にはカリーナたちキャルメ団も一緒になって鑑賞していた。
自分たちも舞を踊り、楽器を演奏するので、集団演武は特に楽しそうに見ている。
続く三条が原と六花橋も他校と遜色なく上手い。
若干ギャル味の強い三条が原は少し煽情的な和装でピッチピチな若さを四肢に宿して舞い踊り、自分たちの持ち味を発揮する。
お嬢様学校の六花橋は騎士っぽさを目指している学校で、白と青でカラーリングされた皮鎧にマント、ミニスカート、ハイソックス、ブーツという清楚とカッコ良さを併せ持ったファンタジー衣装で演武する。
これには視聴者も大満足かつどんどん期待感は高まっていく。
この体育祭はSNSのトレンドをガンガン塗り替えているが、集団演武が始まるとやはりそれに関連したものに変わっていた。『ふともも』『絶対見えない』『腹筋』の中に『雅楽』がランキングに同居しているのは最高にカオス。それだけ聖姫森の演技が素晴らしかったとも言える。
期待感が高まっているのは視聴者だけでなく、会場中の人も同じだった。
一年前に、三頭龍と戦う命子たちのために屋上で演奏した吹奏楽部の雄姿をこの場の全員が見ているのだ。その姿に感動して吹奏楽部に入った学生は日本のみならず世界中にかなりの数がいた。世界的に、今年の中学や高校では吹奏楽部が過去一入部者が多かった。
それほどのブームを作りだしたため、伝説の演奏をした風女の吹奏楽部と演武が期待されちゃっているわけである。
不幸中の幸いなのは、控室にいる風女の生徒たちが他校の演武を見ていない点であろう。それを見たらピヨピヨした女子もいたことだろう。
「みんな楽しんできなさい!」
「「「おーっ!」」」
集団演武の担当となった先生が激励して送り出し、女子たちは気合を入れてフィールドに駆けだした。
芝のフィールドには全高校が共通して使うマーカーがいくつかあり、それを目印にして配置についていく。
その中にはフォーチューブで有名になった子も多数いるが、一番有名なのは紫蓮とキャルメであろう。夏休み前の事前推薦のあとに行なわれた後期推薦で出てもらうようにお願いが来たのだ。
紫蓮は杖術部隊のエース、キャルメは扇子部隊のエースである。
風女が選んだ音楽は前半にゲームクラシック。ジャパニーズRPGの名曲をアレンジしたものだ。
着ている衣装は市販の白と黒の二種類のロングコートを生産部隊がファンタジー衣装に仕上げたもの。魔狩人の黒衣を散々作った生産部隊なので、その仕上がりは市販ベースとは思えないものだ。
コートの中はミニスカートとロングブーツで、やはりそのあたり需要はしっかりと押さえている。
演技の構成は聖姫森と似て最初は原曲通りのテンポで始まり、演武者の「はっ!」という掛け声のあとに一気にテンポを上げていく。それと同時に演武者全員に赤いオーラが宿り、本領が発揮されていった。
さすがに時代の最先端を行く中二病な命子たちがいる学校だけあって、オーラの扱い方が非常に上手い。バフやスキル覚醒のオーラ、マナ進化者が本気を出す時の燐光が尾を引くという特性を演技に落とし込み、幻想的な世界を作り出している。
しかし、それは決してごまかしなどでなく、演武者たちの舞も見事だ。その振り付けは踊りの天才でもあるキャルメが作ったものだが、計算され尽くしていて観客席のどこから見ても美しい。
紫蓮とキャルメのコンビパートが始まった。
周りでは演武者と演奏者が幾何学模様と花模様に陣形を何度も変え、その中央で二人が踊る。
観客が見えないレベルで踊っては意味がないので、2人とも力を抑えた動きだ。しかし、それがしっかりとした武術であることは誰が見ても明らかで、すでに達人とも言えるその動きは美しさを内包していた。
周りで演技をしていた集団が中央に近づき複雑な花模様を作ると、紫蓮とキャルメのコンビパートは終わり、集団に混じり息を合わせて演武を続ける。
紫蓮とキャルメ以外の一年生も負けていない。
この一か月間、『踊り子』のジョブに変えて練習してきたため、身軽さや体のしなやかさ、リズム感、自分を美しく見せるテクニックと、いろいろな技術を一丁前のレベルにまで仕上げていた。
サーベル老師がジョブ『マイマー』を武術に融合させたことで一般系ジョブの有用性を世間に知らしめたが、『踊り子』もまた彼女たちにとても良い経験をさせていた。
ゲームクラシックから違和感なくアニソンへと移り変わり、それに合わせて演武の調子も変わっていく。
その演奏をしている吹奏楽部も凄い。
観衆の前で演奏するというのは演者にとって重要なことだが、フォーチューブで活動している彼女たちはそれを毎週のように行なっているため、恥ずかしい演奏は見せられないと、一年前とは比べ物にならないほど上達しているのだ。
後半ではダンス部の子たちの特別パートが用意されており、紫蓮たちと遜色ない見事な剣舞を踊ってみせる。
風女だけのことではないが、特別パートが用意されていない子もまた全員が主役であった。
自分の子供がこんな凄い演技をしていると知った親御さんは感涙だ。特に紫蓮のクラスメイトである犬田の父兄は酷い。
演奏の終了とピッタリと息を合わせて演武もカッコ良くキメッ!
参加した選手たちは額に汗を浮かべて達成感を味わっているが、それでピョンピョンしたりはしない。
集団演武のリーダーであるダンス部の部長が号令を出し、スタンディングオベーションをする観客席に向けて4回お辞儀をしてから、控室へと帰っていった。そんなふうに指揮を執ったダンス部の部長は、ちょっと涙ぐんでいた。
「ふぁああああ、緊張したぁ!」
「ウチら完璧じゃなかった!?」
控室に入るとさっきまでの勇ましさはどこに行ったのか、ピョンピョンだ。
「ぐすぅ!」
「あははっ、泣くなよぉぐすぅ」
「あんただってぇ!」
ダンス部の部長は部員と一緒に泣いてしまっている。新時代が始まる前にダンス部へ入部した部長にもいろいろな思い出があるのだ。多くの人が見てくれる大舞台で演技を終え、そんな思い出が溢れだしたのだ。
「超楽しかった!」
「ねーっ!」
そんな子たちがいる一方で、ダンスに目覚めた子もいる様子。
それはこの子たちだけではなく、演技を見た子供にも芽生えているかもしれない。いつの時代も女子高生は流行を作り出すのである。
「私たちもこういうのやりたかったわねぇ」
そう羨ましそうに言うのは、観客席にいるOG、石音縁である。
それは一緒に遊びに来たOGたちも一緒の感想のようだ。2、3年生には在学中はもちろん今も可愛がっている後輩がいるので、一緒に楽しみたかったという想いがあった。
「ねー、今日の雑談配信はきっと感想合戦だわ」
そう言ったOGの子は、今日の配信の話題はこれで持ちきりだろうなと思った。それほどまでにどの高校も素晴らしい演技をしていた。雑談配信はある程度のテーマを用意する場合が多いが、自分たちが作りだした時代の流れをみんなが楽しんでくれているかと思うと、そういった感想を見るのはとても楽しかった。
こうして、女子高生たちはまた世間の話題を掻っ攫うのだった。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、大変励みになっています。
誤字報告も助かっています、ありがとうございます。