14-13 風見町のベンガルトラ
本日もよろしくお願いします。
種目は進み、いよいよ命子が出る1つ目の競技になった。
命子が本日出る種目は『全学年魔導書リレー』である。
手を使わずに魔導書で新品の黒板消しを次の走者に運ぶという競技である。途中にはハードルもあり、とっても大変。やることはイロモノ競技っぽいが、魔導書を扱う人にはこの競技の繊細さがわかるだろう。
競技ルールで魔導書は2冊まで使用でき、当然、出場する選手はみんな魔導書を所持している。命子もスタメンの水と火の魔導書を所持しての参戦である。
「なんか文系っぽい子が多いね」
命子は剣書融合武術である命子スタイルを流行らせたが、やっぱり魔導書は後衛の武器である。命子もボス戦では滅多に前に出ないし。
世界的に見ても、後衛は大人しそうな子が多かった。もちろん主食が鉄アレイみたいなマッチョもいるが、傾向としては大人しそうな子が多い。
「命子ちゃん、頭にブーメランぶっ刺さってるよ」
そして、虫を見たらキャーキャーしそうな見た目の命子もその分類に入っていた。
一緒に出場する先輩がそう指摘する。
「ほえ? 私、風見町のベンガルトラと言われてるんだけど」
「なんでキョトン顔なのか。初めて聞いたんだけど」
そんな風見町のベンガルトラはちょっと類を見ないレベルで世界的に有名人なため、やはり注目の的だった。特に1年生の視線は熱い。
命子は俗物なのでそんな視線に気持ち良くなりつつ、強キャラぶって片目だけ開けて瞳をペカリ。
「ふむ、どの子の魔導書も育っておるわい」
「なんで片目なの?」
「ここで真なる龍の瞳を解放するわけにはいかないからね」
「命子ちゃんはトラだったり龍だったり忙しいね」
「龍虎相憐れむって言うからね」
「龍虎相博つだけどね。なにを同情しあうのか」
「強さによる孤独感を」
「えっ、ら、ライバルの二人にそんなことが……きっとトラが俺様ヘタレ受けなんだ……へへへ」
「幸せそうで何よりです」
そんな命子の細かい中二芸とその傍らでだらしない顔を晒す先輩は大型ビジョンに映されていたりする。
実際に知らない人が命子を見ればその姿は強者感がムンムンだ。どっかの機関のナンバー4とかやってそう。先輩の方は龍虎でBL妄想しているとは誰も思うまい。
そんなこんなで各組がスタートした。
この競技は7人1組で行なわれる400mリレーである。6人は50m、アンカーの1人だけ100mを走る花形である。
黒板消しを魔導書で挟みこみ、トラックを走る。
途中に1つだけあるハードルを跳ぶ際には各人の練度が顕著に表れる。息を吸うように跳べる子もいれば、慎重に跳ぶ子もいる。しかし、全員が共通して跳んだ後に魔導書を確認している。
とはいえ、みんな命子が動画投稿した魔導書講座を視聴してたくさん練習したのだろう、魔導書の操作力が良い感じに仕上がっていた。つまり、ここで出会った敵が強い理由の何割かは命子のせいである。
第1走者が次走者に黒板消しを受け渡していく。
この競技は手を使ってはいけないが、2つだけ使っていいポイントがある。黒板消しを落としてしまった時と、自分が走者になった時に魔導書へ挟み込む時だ。
挟み終わった選手から順番に走り始める。
その様子はワチャワチャとしていかにも体育祭っぽい。
「がんばえーっ!」
命子の声援を受けて、風女のアンカーが飛び出した。
アンカーを任されるだけあり、風女に限らずどの子も魔導書操作と身体能力がよく仕上がっている。シュババッと走り出し、アンカーだけ3つあるハードルをピョンピョンと飛び越えていく。
最後に箱の中に黒板消しを入れてゴール。
一着は風見女学園。風女は魔法少女化計画の延長で、魔導書が扱える子が多いのだ。これには観戦に来ているOGたちもうんうん。
各組が順調に終わり、いよいよ最終組である命子チームの番になった。
「命子ちゃん頑張ってね!」
「やれやれ6割の力でお相手しましょうか」
「全力出すんだよ!」
「負けちゃった時の予防線だよ!」
「姑息だぞ!」
「あの選手宣誓はなんだったの!」
「えーい、うるさいうるさい!」
アンカーの場所で交代になった友達とやいのやいのとしながら、命子はトラックに入る。
準備が整い第1走者がスタート。
この競技はどこに何年生を置いてもいいが、第1走者は大体が2、3年生だ。ここに1年生を置くと心を折られる可能性があるからである。
レースは風女が一着でリードしていよいよ第6走者。
命子はドッキンドッキンしながらその時を待った。
風女の第6走者は1年生。
コーナーの途中に配置されたハードルを飛び越えた時であった。
集中力が乱れ、黒板消しが落下した。
「はわわわ……!」
慌てて黒板消しを拾い、魔導書に挟みこむ。
その間にも他の学校がどんどん迫り、再スタートを切った頃にはリードはなくなり、最後尾を追いかける形になっていた。
「なんてこったい。なんてこったい! ハッ!?」
チラリと仲間たちの方を見ると、滅茶苦茶期待した視線が命子にぶっ刺さった。さらにチラリと観客席を見れば、命子を指さして笑っているルルがささらに頭を引っ叩かれていた。
「おのれぇ、全力を出す時が来たか」
とはいえ、スキルによるドーピングは不可な競技である。
「ご、ごめんなさい!」
「あとは任せて!」
命子は内心の焦りを隠して、風見町のベンガルトラとしてカッコイイ笑みを1年生に向けた。
命子はポイッと黒板消しを空中に投げ、空中で挟みこむ。
その時にはすでに前傾姿勢となり、挟み込むと同時にスタートを切った。その位置は5つの学校の最後尾。
これまで、どの選手も魔導書を自分の前方に配置して走っていた。見ることで正確にコントロールするためだ。
しかし、命子は自分の背後に配置。命子クラスになると魔導書の操作に目視など必要ないのだ。
上げ底ポックリでシュパパッと走ることで足の短さという不利をカバー。以前の命子なら99%引っかかっていたであろう高さのハードルもなんのその!
「命子さん頑張ってぇ!」
「メーコ、いけるでゴザルよーっ!」
「メーコ、末脚を使うデース!」
「命子様、今なのじゃーっ!」
「お姉ちゃーん!」「命子お姉様ーっ!」
観客席からささらや妹たちの声援が聞こえてくる。
かつては運動会の類でまったく期待されてこなかった命子。それが今ではアンカーを任され、多くの人から期待を込められて応援されている。それならば応えるしかないでしょう!
「ハッ!」
気合一番、ハードルをジャンプ!
このハードルこそが出遅れた命子が逆転する好機。魔導書操作力が世界一と噂される命子にとって、この程度の障害は障害にならず、勢いを殺さずに着地と同時にシュタタッと走る。
今日まで毎日続けてきた修行で手に入れた超パワーが命子の下半身を躍動させ、先行していたライバルたちをどんどん追い抜いていく。
ちっちゃいくせに足をグルグル回転させ、最後のハードルをピョーン!
シュタリと着地したタイミングは先頭を走っていた他校の生徒と同時だった。まるで振り下ろした剣を鋭く斬り返すように、命子の体がラストの直線を走り始める。
並走する女子はなにくそと食い下がるが、セカンドジョブを得てブイブイ言わせている命子にはさすがに敵わない。
魔導書が次第に命子の背後から前方へ移動し、一着でゴールすると同時に箱へ黒板消しをジャックイン!
わぁーっと歓声が上がる観客席に、命子はブイサインで応えた。余裕の表情だが内心では危なかったとドッキドキだ。
わらわらと他の選手たちが集まってきて、命子の前の走者だった1年生もやってきた。
「羊谷先輩、すみませんでした!」
「ううん、よく冷静にリカバリングしたよ。あそこで慌てたらあの後に走ることもできないからね。いろいろな敵と戦って度胸がついてる証拠だよ。よく頑張ったね」
「は、はい!」
命子が良い感じのことを言うと、感激した1年生は良かったねと友達からもみくちゃにされた。
そんな命子だが、これが運動会で1着を取るということかと少し感慨深く思いながら、いつも凄いなぁと見上げていた1着の旗を誇らしげに持つのだった。
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