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14-12 お姫様抱っことボール斬り

本日もよろしくお願いします。


「第3種目に出場するコンちゃん部長に代わりまして、ここからは広報部のアヤがお送りします。さて、命子ちゃん、第2種目は救助走ですね」


「過酷な競技です。旧時代の女子高生でこれができる人はどれほどいたのか」


「まさに新時代ならではと言っていいでしょう。それではルール説明をさせていただきます」


 第2種目の救助走は1年生の後輩と2、3年生の先輩が2人1組で行なう競技だ。

 1年生が先輩を背負って50mを走り、そこで先輩と交代。先輩は1年生をお姫様抱っこして残りの50mを走るという、体育祭らしく女子と女子がイチャコラするバラエティ競技である!

 人ひとりを抱えて走るわけで、実際のところはバラエティとは言えないガチのパワー競技なのだが。


「あっ! さっそくナナコちゃんだ!」


「第1走者は命子ちゃんのクラスメイトのナナコちゃんですね。精霊のルナちゃんと一緒にやっているルナナチャンネルは視聴者さんもよく知っていることでしょう。ペアとなるのは1年生のサンちゃんです」


「サンちゃんは入学したての頃にナナコちゃんからリボンタイを直してもらったことがあるんですよ。それをきっかけに仲良くなったみたいです」


「えーっ、なにその激熱イベント! 1年生が憧れるシチュエーションじゃないですか!」


「逆に先輩もやってみたいシチュエーションかもしれませんね」


「わかりますぅ! すっごくやってみたい! リボンタイ曲がってる子いないですかね!?」


「どうでしょうね」


 命子の極秘情報に百合でご飯が食べられる系女子のアヤチン先輩は食いついた。

 しかし、命子は極秘中の極秘は言わないであげた。ナナコは素敵な先輩を演じるために、サンちゃんの曲がっていないリボンタイを直してあげたのである!


 そんなこととは知らずに、サンちゃんは素敵なお姉様を背負ってスタート地点に立っていた。


「サンちゃん、頑張ろうね!」


「はい、ナナコお姉様!」


 周りの1年生も大体そんな感じ。一緒に冒険して優しくしてくれる憧れの先輩を背負い、自分たちの絆が一番なのだと燃えている。


「……ひっくぐすぅ!」


 唐突にサンちゃんが泣き出した。


「どどどどどどうしたの、サンちゃん!?」


「お姉様がケガしちゃったシチュエーションを想像しちゃって……」


 それを聞いた他のレーンの女子たちもハッとして、じわぁと涙ぐんだ。

 ダンジョンでの冒険は危険がつきもの。この救助走とはつまりそういう時を想定したものなのだ。


「絶対お姉様を死なせません……っ!」


「全然瀕死じゃないんですけど!?」


 その時であった。

 サンちゃんの体中から紫の炎が燃え上がったのだ。


「か、覚醒しとる!」


 サンちゃんはまだ一部のスキルしか覚醒していない子だった。それがナナコの命を想って、体の多くの部位を覚醒させるに至った。


 スタート音と共に、ナナコを背負ったサンちゃんが走り出す。


 お姉様を死なせてなるものかと、他の子たちも負けていない。むしろ残酷なことに、サンちゃんと一緒に走る1年生たちは最初からいい感じの部位が覚醒している子たちだった。いま多くのスキルが覚醒したサンちゃんよりもその実力は上。


 50m走ったところには交代エリアがあり、そこで選手を交代。

 死なせないっ、と決意に燃えていた女子たちはすぐに気持ちを切り替えて、ワクワクしながら先輩を降ろす。それはそれ、これはこれなのだ。

 この交代をいかに速やかに行なうかもタイムに影響するため、先輩は素早く1年生を抱きかかえる。


「せ、先輩、ご、ごめんなさい!」


 せっかく大覚醒したのに最後にピットインしたサンちゃん。


「大丈夫、よく頑張ったね!」


 わずかに遅れる形でスタートを切ったナナコは、髪の毛を輝かせる。

 命子とつるみ、精霊を手に入れ、熱い青春を繰り広げてきたナナコもまた夏の終わりにマナ進化を終えていた。


 頭にのっけたルナが馬に鞭入れするようにナナコの頭を叩く。

 そんなナナコの真剣な顔を見上げるサンちゃんは顔を真っ赤にしてぽえー。あの春の日にリボンタイを直してくれた優しい顔は、お姉様の数ある表情の一つでしかなかったのだ……。

 優しい顔ではなく真実はミーハーな顔だったわけだが、それを知る人物はナナコの他に1人しかいないのでセーフ!


 命子たちの修羅っぷりを間近で見てきたナナコは小市民面をしているが、その背中を追いかけて努力を重ねてきた。

 その努力が生み出した力が、多少の不利を跳ねのけて4校の先輩勢を抜き去って、タッチ差で1着をもぎ取った。


 ゴールにある大型マットにサンちゃん共々倒れ込み、ナナコはぜーぜーと肩で息をする。アチアチな体で覆い被さられてそんな吐息を耳元で聞くサンちゃんはドッキドキ。それは他の高校の1年生も同じである。

 お姫様抱っこをして50mを全力で走るというのは、さしものスーパーガールたちにもきついのだ。そして、それが危ない雰囲気を作り出す。


「この種目を作って、あそこにマットを敷いた人は天才だと思うんですよ」


 百合マイスターのアヤチン先輩も納得のフィニッシュシーンである。

 次走のためにマットから退く選手たち。


「負けちゃった、ごめん」


「……っ」


 そんなふうに情けなさを噛みしめる先輩もいるが、後輩は言葉が出ず、真っ赤な顔でプルプルと首を横に振る。順位なんてどうでもいいのである!


「いやぁ、どのペアも絆が深まっている感じですね! 今日は美味しいご飯が食べられそうです!」


「体育祭らしい楽しい競技ですね」


 これには視聴者もニッコリである。




 第3種目はフィールドエリアで行なわれる新時代ならではの競技、ボール斬り。

 半径1mのエリアの中で構えた選手に向かって12機のピッチングマシーンが時速150kmの速球を順番に射出し、その球を選手が斬撃武器で斬り裂く競技だ。打撃で破壊するのはNG。

 12機のマシーンの射出間隔は0.3秒でプログラムされており、これをノータイムで2セット24球行なう競技だ。得点は撃破数の割る5の端数切捨てで稼ぐが、パーフェクトのみ5点となる。

 なお、第3種目からはフィールド競技とトラック競技が同時進行で行なわれ、フィールド競技の方が一種目の時間が長い傾向にある。


 選手を扇形に囲うバックネットからの映像が大型ビジョンに映し出される。昭和のシゴキの如きやべえ映像だが、機械式の投擲物の威力が滅茶苦茶低くなっているので当たっても大したダメージではない。


 新人枠である1年生の最高記録は20個で最低記録は13個である。

 逆に言えばミスった分だけ体に当たっているわけだが、新時代の剣士少女たちはボールが当たっても目をつぶらない。


「命子ちゃん、どう見ますか?」


 アヤチン先輩が命子に尋ねる。


「移動できるエリアが直径2mの円ですからね。足運びがなかなか難しいのかなと思います。どの選手も基本は足を動かさず、対応に迫られた時に足を動かすといった戦術を取っているみたいですね」


「命子ちゃんならどうです?」


「魔導書が使えるのなら余裕です。サーベル1本だと二十数個なんじゃないですかね。知らんけど」


「命子ちゃんの場合は回避タイプですからね」


「そうですね。回避なら30個を一気に投げられても躱せますよ。前に似たことを検証でやりましたし。1年前の私でそれだし、いまならできる女子高生はかなり多いんじゃないですかね」


「そうですね。回避だけならウチの子でもできる子はたくさんいそうですね。ですが、斬るとなるとやはり難しそうです。引き続き、各選手がどう料理するか注目しましょう」


 そんなことを話していると、また1年生がチャレンジ。


『スリー、ツー、ワン、ゼロ』


 機械音声のカウントダウンが終わると速球が順次打ち出されていく。

 小太刀の少女でネコミミをつけているため、影響されている人物が透けて見える。それがお嬢様学校の六花橋の生徒だってんだから世も末である。いや、金持ちなパパは『ウチの娘のケモミミは世界一』と思っているかもしれない。

 にゃんのポーズでビシッと決める若干ロリが入ったネコミミお嬢様の記録は23個。ロリっ子だが強者である。


「「おーっ!」」


 これには命子とアヤチン先輩も感心の声。


「望月唯奈さんの記録は惜しくも23個! 端数切り捨てで4点。現在、最高得点は4点でタイになりますが、撃破数で見ると最高数ですね」


「やっぱり二刀流に有利な競技ではありますね。とはいえ、二刀流は考えながら腕を動かさなければならないので、匠の技が光る武術でもあります。使いこなした望月さんは大変にお見事でした。あっ、次は環奈ちゃんだ!」


「お次は風女の1年生、犬田環奈ちゃんですね。笑顔が可愛いワンちゃんみたいな子です」


「紫蓮ちゃんのクラスメイトですね。よく一緒にいて、お菓子をモグモグしてます」


「使う武器は本種目で初となる二丁斧。斬撃面積が少ないこの種目ではかなり不利な武器ですね」


「でも、この種目に出るからにはその不利をひっくり返してくれるかもしれませんよ。一緒に冒険している先輩たちもちゃんと適性を見てくれているはずですしね」


「確かに命子ちゃんの言う通りです。なお、犬田環奈ちゃんは他にも団体演武で双剣を担当しているのでどうぞ応援のほどをよろしくお願いします」




「はー、緊張すんなー」


 犬田は大舞台に立ってドキドキしていた。

 大型ビジョンを見れば、そんな自分を横から撮影する姿が映っている。犬田はカメラを確認するとチャームポイントの犬歯をチラつかせてニコパ。


「環奈さーん、頑張ってぇ!」


「環奈さーん、頑張ってくださーい!」


 最近よくお喋りする雷雲寺とキャルメが口元に両手を添えて応援してくれている姿が。2人の間では紫蓮が手を上げて見ている旨を伝えるリアクション。


「「「うおぉーっ、環奈ぁあああ!」」」


 クラスメイト達のさらに上の席からは、犬田の父と三人の兄たちが大声で応援してくれていた。

 犬田の実家は東北である。神奈川にある風女に通うために風見町から数駅離れた町でマンション暮らしをしている。

 滅茶苦茶心配されながらも送り出してくれた家族に凄い学校で頑張っているのだと教えてあげるために、犬田はふんすぅと気合を入れて相棒である二丁の手斧を腰から抜いた。


 旺盛な好奇心が溢れて具現化したような大きな瞳としなやかな四肢に紫の炎が灯る。


『スリー、ツー、ワン、ゼロ』


 ピッチングマシーンから速球が飛んでくる。

 炎を宿したその瞳は1球目を下から上に刃で切り裂き、2球目をもう片方の手斧で同じように切り裂く。


 かつて命子は瞳が覚醒した際に、教授からボール地獄の刑に処された。だが、命子はアホほど飛んできたボールの動きを瞬時に見切り、その全てを回避してみせた。

 同じように瞳を覚醒させている犬田は一瞬にしてボールの動きを見切り続ける。


 しかし、犬田が当時の命子と違うのは斧戦士として強い点である。


 10球目を切り裂いた際に次なる斬撃が難しくなったと見学する実力者たちは思ったが、犬田は冷静に柄から手を離して手首をクンッと動かした。柄頭から伸びた紐が手首の動きに合わせて手斧を高速で回転させ、11球目を真っ二つに切り払う。柄を掴み直すと同時に続く12球目も切り捨てて体勢を整えると、それから全ての球を撃破してみせた。


 犬田は二丁の手斧から手を離して手首でクルンと回すと、逆手に柄を持って腰に収めた。


「きゃーっ! 環奈さーん! すごーい!」


「やったーっ!」


 雷雲寺とキャルメが我がことのように喜んでくれて、その真ん中では紫蓮が親指を立てていた。クラスメイトに向かって犬田は犬歯をチラつかせてニコパと笑ってVサイン。

 それを自分に笑いかけたのだと勘違いした2階席の父と兄たちは、犬田が小さかった頃の姿を脳内にフラッシュバックさせて感涙した。大げさである。


 そんな家族の姿を見た犬田は、これで少しは頑張ってるところを知ってもらえたかなと、満足して笑みを深めた。


 結局24個撃破の犬田が1年生では一番で終わり、続く2、3年生混合の部の大トリにはコンちゃん部長が出てきた。


「ボールの回収が終わりました。さあ、ボール斬りの大トリは我らがコンちゃん部長です!」


「めっちゃ緊張しとる」


 命子は指を差して笑った。


「やはり看板を背負っていますからね。2、3年生の部ではパーフェクト撃破も多かったのも緊張の原因かもしれません」


 そう、2、3年生は高速で飛んでくる24個のボールを全て斬り伏せる生徒がかなりの数いた。22個未満という成績もなく、各高校の得点は4点か5点しか並んでいない。

 こうなった理由は、女子にも剣が人気の武器だからだ。そんな女子高生剣士の中のトップ層が参加しているので、結果は凡ミス待ちみたいな状況になっていた。


「部長はどうでしょうか?」


「うーん、コンちゃん部長は剣士タイプ魔導書使いですからね。見切りは十分、剣技はどうかといった感じで注目すると良いかもしれません」


 コンちゃん部長は、昨年に元部長と共に冒険をしていた精鋭だ。

 最初は杖術を使っていたが、対応力を広げるために剣を始めた。自分の身を守るために全校生徒魔法少女計画をしている風女の2、3年生は、そんなふうに最初に杖から入った生徒が多いのだ。


 フィールドに立つコンちゃんは、プレッシャーと戦っていた。

 風女の看板を背負っている自分がミスれば、きっとみんなもがっかりしてしまう。


「コンちゃん! 楽しみなさい!」


 たくさんの声援に混じって、そんな声が聞こえた。

 そちらに顔を向ければ、OGの観客席に立って声を張り上げる石音元部長の姿が。

 そこから視線を下げれば、ドSメイドがガラにもなく校旗を一生懸命振っていた。


「楽しめか。そうだよ、縁先輩はあたしにそれを求めて修行部を任せたんだから」


 修行部を背負う人は楽しまなくちゃダメなのだ。


「緊張は終わり。時代を楽しめ。コンちゃん」


 そう呟いて口角を上げたコンちゃんは瞳と髪を煌めかせる。それは時代を駆ける少女の証であるマナ進化者の輝き。

 それを見た石音元部長と命子は揃ってうむぅと頷いた。


 カウントダウンの終わりと共に高速で飛んでくるボールを斬る、斬る、斬る。


 切り裂いて生まれた破片が飛来するボールの姿を遮る。

 だが、新時代の青春を人一倍楽しんできたコンちゃんに死角はない。

 かつて命子が多くのボールの軌道を一瞬で見切ったように、隠れて飛んできたボールはコンちゃんが振るう刃に吸い込まれて両断される。それすらも通過点でしかなく、さらに斬る、斬る、斬る!


 最後の1球まで余すことなく真っ二つにしてみせたコンちゃんは、サーベルを払って静かに鞘へと納めた。


 すると、風女のエリアから大歓声が上がった。

 仲間たちが喜んでくれる姿を見たコンちゃんは目を細めた。


「ああ、楽しいです。縁先輩、命子ちゃん」


 見事パーフェクト撃破を遂げたコンちゃんは、いつもの陽気な笑顔で体を傾け、ビシッとダブルピースを決めるのだった。


読んでくださりありがとうございます。


ブクマ、評価、感想大変励みになっています。

誤字報告も助かっています、ありがとうございます。

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>「お次は風女の1年生、犬田環奈ちゃんですね。笑顔が可愛いワンちゃんみたいな子です」  犬田環奈。  いぬだかんな……これは……。  「まあ、犬だかんなぁ」とか言われてイジリ倒される定番のネタであろ…
救命走が実践と観客受けを両立してて、考案者のガチッぷりが透けて見えるw 持ち手に紐! その発想はなかった。 最終的にファンタジーで偶に見る武器ファンネルが見れるか!?
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