14-11 ハイパー100m走実況
本日もよろしくお願いします。
毎度遅くなってしまい申し訳ありません。
『第一種目、ハイパー100m走に出場する選手は、赤い旗が立つ集合場所までお集まりください。繰り返します——』
実行委員会の人がそんな放送をする。
開会式から戻ってきた命子は、風女の実況席に修行部の部長と一緒に座っていた。
その前には広報部のカメラマンさん。GOサインが出されて、生配信スタート。
「こんにちは、実況のコンちゃんです。修行部の部長さんです」
「こんにちは、命子ちゃんです。解説に駆り出された修行部の平生徒です」
「命子ちゃんは平生徒じゃないよ。永世名誉部長だよ。創部の時にそう決まって、修行部に証文が飾ってあるじゃん」
「ハッ、そういえばサザエの身の部分の役職だった!」
「あー、サザエの肝は苦くてヤダよねー。身の部分だけ食べたいのわかるわー。……え、ていうことは私ってサザエの肝の部分の役職なの!?」
命子は美味しいところだけ食べられる永世名誉部長なのである。
そんなふうに緩いトークから始まった生配信だが、女子高生は何をしても可愛いのでバカ受けである。
「それではさっそく種目の解説をしたいと思います」
「ハイパーってついてますよね。100mの時点で以前の私ならげんなりする種目です」
「あー、昔の命子ちゃんは運動神経が虫ケラみたいな印象あるー」
「そこまで言っちゃう? ドッジボールで最後まで生き残る子の西神奈川ランキングで8年連続10位内に入ってる実力者だよ?」
「それ、8年間当てるまでもないクソザコだったんだよ」
「それが今じゃこんなだからね、人は変わるもんだな!」
「というわけで、そんなクソザコも修羅修羅すれば良い感じに仕上がっちゃう新時代。ハイパー100mのハイパーは新時代の恩恵を受けてバチバチに仕上げてきた女子たちのハイパーです。ご覧ください。みんなめっちゃ可愛いです!」
「どの子もアイドルかってくらい可愛いですね。G・I・R・Lと書いてハイパーって読む感じです」
「おっと、あれはルルちゃんです。凄い注目を集めていますね。腕組みをして余裕の表情です」
「あれはニャゴゴゴゴゴッて心の中で思ってますね。闘気を噴出させるイメージで」
「それ本当? 適当なこと言ってない?」
「間違えててもニャムチュッチュを上げとけばいいので楽なもんです」
「そんなルルちゃんは別格として、命子ちゃんの注目する選手は誰でしょうか?」
「やっぱり2年のえっちゃんですね。最近はレベル18にまでなったようですが、レベル10の段階で私よりも速く走っていましたから、今大会で上位の速さになるでしょう。あっ、あれです、なんか玄人っぽくピョンピョンして体を解している子」
「たしかに玄人っぽい!」
「でも、どこの学校にも走るのが好きな子っていると思うんです。それは今日集まっている他の4校も同じで。その子たちが走力に特化させたかはわかりませんが、もし、えっちゃんのように諦めずに走り続けている子がいたなら、決して油断はできないかと思います」
「なるほど、ありがとうございます。カンペが出たので、競技のルール説明をしたいと思います」
「女子だからついお喋りが弾んじゃうよね! グミ食べる?」
「食わねえよ。さて、今大会の種目の多くは順位点と特別点によって所属する学校に得点が入っていきます。順位点はそのまま1位が多く、5位が低い感じです。特別点は各種目で定められている記録を超えた場合に、1位と同じだけの点数が入るルールです。このため、1位相当の点数を5校ともがゲットする場合もあるかもしれません。しかし、順位点と特別点の双方を同時に貰うことはできません。これは、凄いタイムを出したのにルルちゃんのようなバケモンと同じ組だったら可哀そうだから定められたルールですね」
「まったくあいつはな!」
「お前ら全員だよ! また、一部の種目を除いて、新人の部である1年生とそれ以外の2、3年生の部で分かれています。これは高校生の方がダンジョン関連の規制が優遇されていたため、1年生とは1年分の差が生じているからです。全学年で協力して行なう種目もありますが、それはその時に説明しましょう。それでは、命子ちゃん、グミを食べてないでスキルについてのルールをどうぞ」
「その前にちょっと見て見て。2つのグミを前歯で半分ずつ食べるじゃん? その嚙み口同士を合体させると、ほら、第3のグミが生成されるんだよ。2-2が1になるお得な食べ方なんだ」
「マジじゃん! 命子ちゃん天才かよ!? 特許取った?」
「ううん、みんなにもやってほしいから取ってない」
「そっか。じゃあとりあえず、ルール説明して」
「はいはい。えーっと、アクティブで発動するスキルは禁止ですね。例えば忍者系が覚えられる【高速移動】なんかはいきなりトップスピードに入れるので禁止されています。ですが、常時発動するパッシブスキルは覚醒スキルも含めて使用可能です。例えば、【敏捷アップ】なんかが該当しますね」
「ありがとうございます。逆に言えば、走力強化系のスキルが覚醒している子あるいはマナ進化している子だけがハイパー100m走に出場しているとも言えますね」
「そうですね。しかし、スキル覚醒だけでも走力特化ならマナ進化者を超える可能性もあるので頑張ってください。あ、準備が整ったみたい!」
「選手がスタートラインまで入場してきました。各高校の応援席のキャッキャも一段と熱を帯びた様子です」
「ファンファーレは? ファンファーレはなし?」
「馬じゃねえんだぞ。さあ、案内の放送が入り、いよいよ競技開始です!」
「ファンファーレは次回の大会に期待です!」
というわけで、命子たちが視聴者を飽きさせずに場を繋ぎ、ハイパー100m走が始まった。
陸上の素人が多く出場しているが、クラウチングスタート用の器具であるスターティングブロックが使用されている。これは同じ場所で新時代の超人たちがスタートの踏み込みを続けると、トラックが抉れるからだ。
まずは1年生。
中学3年の1年間と高校に入学してからの半年間を頑張ってきたので、全員が走力強化系のスキル覚醒者だ。少数だがマナ進化者も見られる。各々がお気に入りのダンジョン装備を纏い、足や体に紫の炎を宿しながらスタートの構えを取る姿は、のっけから超人体育祭の様相を呈していた。
パンッとスタートの音が鳴り、1年生が走り始める。
「「「頑張れぇ!」」」
「「「いけーっ!」」」
会場中から飛び交う声援を受け、5校の1年生たちがトラックを凄い速度で走る。
コンちゃんと命子がマイクに向かって実況する。
「六花橋の五月花選手、足が長くて綺麗! 凄く羨ましい!」
「私だって脱げばあのくらい長いし」
「脱いでも足は伸びねえよ!? しかし、他の学校も負けていない! 風女のユウナちゃんが伸びるが、六花橋も同じだけ伸びていく! そんなことを言っているうちにゴール! 実況が追い付かないほど速いそのタイムは驚異の8秒21! 最初っから旧時代の世界記録を塗り替えた! そう、この体育祭はハイパー女子高生たちの祭典なのです!」
これには会場も大盛り上がり。
尤も、新時代の世界記録はもっと速いのだが。
そして、その世界記録にかなり近い人物がこの中に数人混じっている。
「さて、1位の六花橋には5点が入り、2位の風女も特別点のラインである8秒50を切っていたため特別点制度で5点をゲット、3位以下は3点、2点、1点ずつ入った形になりました。どの学校も頑張ってください! 風女、頑張れーっ!」
「コンちゃん部長、本音本音!」
1年生はだいたい8秒台から9秒後半の範囲でゴールしていく。そんな中で、風女ではない生徒で2名が7秒を切るぶっちぎりの記録を出し、命子たちも感心した。全体的に、中学で陸上をやっていた生徒が速い傾向にあるようだ。
やはり風女が抜きんでて優位ということはなく、どんどん数字を変えていく得点表はほぼフラット。
「うーん、これ、探索の癖が出ている子が多いですね」
命子が解説っぽいことを言う。
「ほう、それはどういうことでしょうか?」
そう言うコンちゃんも実力者なので見切っているが、実況なので話を合わせた。
「陸上走りの子と冒険者走りの子がいるんです。陸上走りは私が説明するまでもないと思いますが、冒険者走りは武器やリュックを意識した走り方になるんです」
「当然、陸上走りの方が速いわけですね?」
「まあそうなりますね。視聴者の皆さんもちょっとそのあたりを注目して見ると面白いかもしれません」
そして、2年、3年混合の100m走が始まった。
こちらにも紫の炎を灯す生徒は大勢いるが、本当にヤバいのは灯さない生徒。そういった生徒は代わりに髪の毛が燐光を発して魔力を練り込んでいる。つまり、マナ進化者だった。
「さあ、風女の最初の走者は私のパーティメンバーのミクノンです。視聴者の皆さんにはドSメイドでお馴染みですね」
「ミクノン先輩はメイドの姿をしていますが、ジョブ構成は忍者系です。この前、修行部の事務室に入った時にメイドさんが【天井貼り付き】をしていた時は、さすがの私も風女の将来が心配になった次第です」
「こ、コラ、乙女の園の秘密を言っちゃダメでしょ! あーとっとっとっ、さあ、2、3年生混合の部の注目の第一走……スタートしました! ミクノン頑張れぇーっ!」
「ふぉおお、メイド衣装なのに他の追随を許さぬ快走! アニメかよ!」
「ミクノンが堂々の1位! スピードを散らすためにスカートを広げてひらりと一回転、カーテシーで気取った様子のドSメイドのタイムは驚異の5秒98! アイツ、澄ました顔しているけど絶対嬉しいんだぜ」
「こ、コンちゃん部長、調子に乗ってるとお仕置きされちゃうよ!」
その後も走者が続き、6秒前半から7秒半ばまでの記録がバンバン出る。各学校が誇るスピード系女子が集まっているだけあって、8秒台は一人もいない。ちなみに、特別点は6秒50を切ると貰える。
時代の最先端を爆走しただけあり、風女の2、3年生は強い。ハイパー100m走が終わりに近づく頃には、5校の中で一歩リードしていた。
しかし、他の4校もさすがに関東最強の一角を担う女子高だけあり、油断をすればすぐに逆転される得点圏内にいる。
そして、命子が注目しているえっちゃんが出てきた。
「さあ、びっくり箱のような100m走も残るはあと2組です」
「あ、えっちゃんだ!」
「命子ちゃんが注目する選手ですね。この前バズったので視聴者さんも応援している方が多いことでしょう。対する4校は、おっと全員がマナ進化勢だ。これはさすがに不利か?」
「ううん、えっちゃんは極ぶりってヤツだからね。ヤツの速さは尋常じゃないよ」
「期待しましょう! さあ、スタート前の緊張の時間。一同静止のポーズから……走者一斉に飛び出しました! はえーっ!」
コンちゃんが興奮するように、えっちゃんは物凄い速さ。その後ろ姿を見るマナ進化勢は驚きつつもギラリと瞳を光らせて後を追う。
えっちゃんは紫の炎を背後に伸ばしながら、綺麗なフォームでゴールを突き抜ける。
「もはや実況している暇なんてありません! だって4秒55でゴールしちゃってるんだから! これには文部科学省と冒険者協会の研究員も大興奮です。あれ、命子ちゃん、どうしたの?」
「えっちゃんは入学して最初の能力測定の時に、私やささら、ルルに完膚なきまでに負けて挫けそうになったんだよ。その時から私はえっちゃんを応援していたんだ。それがいま強豪高校のマナ進化勢に勝って1位になったから、うんうんって後方腕組みなの」
「そんなエピソードが……。これぞ青春ですね!」
「まあね。あとでコーラグミをあげるとしよう」
「というわけで、今のレースの得点は全員に特別点が送られて揃って5点。えっちゃんは滅茶苦茶頑張りましたが相手も凄く強かった!」
「さて、コンちゃん部長。えっちゃんの快走の後にはついにアイツの出番です」
「いよいよですね。ハイパー100m走の大トリを務めるのは、キスミアが生んだ金髪碧眼スレンダーネコミミNINJA女子高生、ルルちゃんです!」
「萌え属性のレギュレーション違反だよね」
「それに対する4校は全員マナ進化者を当ててきていますね。情報通の視聴者さんなら4名とも知っていることでしょう。ドSメイドの調べによると、風女の大トリにはルルちゃんかメリスちゃんが出てくると各校共に予想していたようですね」
「そうなんですか?」
「はい。それなのにエース級をぶつけてきたのは、ひとえに女子高生冒険者の頂点と勝負をしたいからのようです。ちなみにえっちゃんと走った子たちも同じですね」
「その意気やよし!」
「さあ、そんなことを言っている間に5人の準備が整いました。前傾の姿勢でゴールを睨む姿はまさにハンター、女豹のよう!」
「こちとら本場のネコミミ娘やぞ!」
「鳴った、って、はえーっ! ルルちゃん滅茶苦茶速い! 一言感想を口にする間に50m! つまり信じられないことにすでにゴールしています! 記録は3秒98! チーターと追いかけっこしても勝てるレベルです!」
「これには風女の生徒のドヤ顔も深まりますね!」
「ゴールした5人の選手たちが握手をして健闘を讃え合っています。もはやここまで速く走れると相手との勝負よりもいかに気持ち良く走っているかなんでしょう」
「みんな風みたいに走ってるからね」
「整列して各陣営に帰る選手たちに観客席からも惜しみない拍手が送られています。視聴者の皆さんもぜひ選手たちの健闘を讃えてあげてください」
「あ、コンちゃん部長。上位記録が出たよ!」
大型ビジョンに表示された記録は1年生の部と2、3年生混合の部で分かれている。
それぞれ1位から8位までが発表され、1年生では7秒を切った三条が原の生徒が1位、同じく7秒を切った聖姫森が2位、そこから8秒台前半の生徒たちが8位まで名を連ねる。
「7秒を切った子は命子ちゃんの言う、走るのが好きな子なのかな?」
「どうなんでしょうね。でも、来年には今日のルルの記録を抜かしてほしいところですね」
「いいですね、それ。ワクワクします」
混合の部では1位にルル、2位にえっちゃん、3位から8位は全員ルルやえっちゃんと走った生徒たちだった。えっちゃんと僅差の子もいる。
「やっぱりルルちゃん、世界トップクラスの実力者というのは伊達ではありません」
「ヤツもニャーニャーしているだけじゃないですからね。日々修行しているので、そう簡単には追い付かせません」
「とても頼もしい言葉を頂いたところで、私ことコンちゃんは第3種目の集合に向かいたいと思います。みんな、応援してな! 第2種目の実況は私の代わりに広報部のアヤチンがお送りします」
「コンちゃん部長、頑張ってください! 修行部の頭なんだから!」
「ふっ、私の実力をとくと見るがよいぞ!」
G・I・R・Lと書いてハイパーと読む女子高生たちの祭典はまだ始まったばかり。
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