14-9 合同体育祭 開会式前
本日もよろしくお願いします。
「魔物ビスケット食べる人ー」
「あーっ、この前、あそこ行ったー」
「アネゴ先生ぇ、トイレー!」
「見て見て。布回避使ってみた動画バズッたー!」
「いま首都高入ったところー。えー、先輩たちまだ横浜青葉ー?」
「マッチョおじさんが出たー! どぅーんどぅーん、マッスゥどぅーん!」
「なにぃ! それならあたしは少年魔法使いの和泉君を守備表示にしてターンエンド! さあ、こいっ!」
「マッスゥどぅーん!」
「あーっ、和泉君の貞操バリアに致命的なダメージが!」
「「うへへへへへ」」
キャッキャキャッキャ!
女子は3人集まれば姦しいと先人は言ったが、1クラス分の女子が観光バスにぶち込まれたらそれはもう……っ!
そんな有様なので、一部ではDRAGONで活躍した冒険者たちのカードが想定外の使われ方をされている様子。イケメン気味な魔法少年のカードの上にマッスルなおじさんのカードを半分だけ乗せ、コスコスコスコス! ド阿呆である。
さて、本日の風見女学園は、土曜休日なのに学校全体で大移動中。そう、今日は待ちに待った合同体育祭当日なのだ。
女子たちの格好は学校指定の運動着ではなく、ダンジョン装備もしくはそれに準ずるもの。高い防御力を誇るため、ケガの防止に繋がるのだ。
そんな女子の大騒ぎから離れて、窓縁にちょこんと指を引っかけ、バスの外を流れる風景に鋭い視線を向ける少女が1人。いつものあれである。
「闘教めっ! 対戦お願いします!」
『なんなん!』
命子は頭にイザナミを乗せ、見えてきたクソデカ摩天楼をキッと睨みつけた。
「皆の衆、見るのじゃー。でっかいのじゃー」
イヨがスマホを片手に命子の頭の上にむぎゅ。
場所を奪われたイザナミがピョンと飛び、イヨの頭に乗っかった。
「ここはウラノスに乗る前に一度通ったの。命子様、ここはもう東京かえ?」
「うん。闘いを教えると書いて闘教」
「はえー。さすが日本の中心、やはり修行の地なのじゃな。うーむ、それにしてもでっかいのじゃー」
嘘を教えるなとイヨのリスナーさんが笑う。
「あーっ! 部長だ!」
「どひゃー、ホントだ! すっごー!」
ふいに女子たちが騒ぎ出した。
「命子さん、イヨさん! 縁先輩ですわよ!」
「なのじゃ!?」
「なになに!?」
はしゃぐささらに煽られて、闘教と激戦を繰り広げていた命子はあせあせ。石音元部長がどうなっちゃったのか知るべく、みんなが見ているものを探す。
「わっ、クソでか部長!」
首都高を走る車を狙った大きな看板に、洗髪料ヴァルキュリアの広告が出ていた。ヴァルキュリアのロゴと共に、髪を背後になびかせた石音元部長の横顔がドン!
看板はどうやら3タイプあるようで、一緒にCMに出ていた星天玲緒奈の単独バージョンと、2人が揃ったバージョンも見つかった。
自分の学校の卒業生が東京の空を彩っていて、女子高生たちはとても喜んだ。
キャッキャしていると、気づけば目的地である新国立競技場に到着した。
女子たちはどこをどう通ったのか誰もわからない。前の席に座っていたアネゴ先生すらもわからない。首都高とは魔の道なのである。素人が手を出そうものなら、飢えと渇きと尿意で死ぬまで円環の理を彷徨い続けることになる。
新国立競技場には公式の駐車場がないので、選手用のバス乗降所で降りることになった。
停車したバスの窓からは、すでに下車して移動を開始している1年生たちの姿が見えた。1年生たちは巨大な競技場を見上げながら移動している。はえーと見上げるあまりに、列からふらふらと出てしまった子もいる。紫蓮のクラスメイトの娘である。キャルメがすぐに連れ戻して無事に生還。
アネゴ先生が言う。
「よーし、お前らー。これから外に出るが、そのまますぐに移動を始めるからふらふらとどこかへ行かないようにしろよ」
「行かないよー。ねーっ!」
「ねーっ! 子供じゃないんだから」
なんと信頼の置けない「ねーっ」か。しかし、それにツッコンでも仕方ない。十人十色の生徒と付き合う教師は、とりあえずやってみようの精神が必要なのだ。
命子たちは手荷物を入れた小さなカバンを持って、ぞろぞろと下車した。本日はお泊まりなので荷物はまだまだあるが、それはバスのトランクの中に置いていく。
「あーっ、ゆいゆーい!」
下車して3秒で列から離れ、別クラスの友達の下へ駆け寄る女子が現れた。アネゴ先生はそれに気づきつつもスルー。なんだかんだ付いてくるのを知っているのだ。
命子が下車すると、ささらが唐突に変なことを言った。
「命子さん。はい、バンザーイですわ」
「おっ、命子ちゃん東京進出記念? バンザーイ!」
命子がバンザイすると、ルルがシュババと犬の散歩用リードを腰にくくりつけた。
腰に結ばれた紐を見て、命子ははえーとした。
「では行きますわよ」
「キリキリ歩けーいデス!」
「なんたる仕打ち、なんたる仕打ち」
ささらが紐をクイクイと引っ張り、ルルがお尻をピシャリと叩き、命子はぴえんと鳴いて歩き出す。それを見たクラスメイトは指を差してピャーッと笑った。
「なんで命子ちゃんは罪人スタイルになってるの?」
クラスメイトのナナコがメリスに問うた。
「ニャーコは知らないでゴザルか? メーコはこういうところに来るとすぐに迷子になるでゴザル」
「えー、幼女かよ」
「少なくともネコの方がちゃんとしてるでゴザルね」
「ダンジョンではちゃんとしてるのに」
そんな命子の様子が、イヨの持つスマホによって白日の下に晒された。各地で都市伝説になっている命子ちゃん迷子事件の信ぴょう性が増していく。
さて、旧時代では少し評判のよろしくなかった新国立競技場だが、地球さんがレベルアップしてから、謎の寄付によって少しバージョンアップしていた。
どこの建築会社も政府の要請を受けてダンジョン周りの整備に駆り出されていたため、この競技場が改築されたのはつい最近のこと。イヨのスマホがお送りする生配信を見て、酷評されていたほど悪い競技場ではないなと思う人は多かった。むしろ凄く良い競技場だった。
新しくなった競技場の見どころのひとつに、旧時代のオリンピック選手の写真ギャラリーがあった。新時代になってパタリと見なくなった人もいれば、新時代の恩恵を受けて道を極めようと活躍する人もいる。
命子は、わぁ写真だーと脳みそを空っぽにして列から離れた。
「ステイですわ!」
「むぎゅ!」
ささらにリードを引っ張られ、命子は列に戻された。無念無念。
「もー、メーコは! ふらふらするなデス!」
「きゅーんきゅーん!」
「口答えするなんて生意気デス! んーっ!」
「こわたにえん!」
そんなこんなで通用ゲートを抜けると、秋の青空が広がる競技場に出た。
すでに到着していた1年生たちは競技場の大きさと観戦席の多さ、そして、選手を映すための大型ビジョンにあわあわしていた。そこにあとからやってきた2年生の先輩方も加わってわたわた。
「たかが体育祭でこんなところ使うのかよ」
ドン引きするのはクラスメイトのヒナタ。天邪鬼系常識人だ。
他の女子たちもゴクリと喉を鳴らして、激しく同意。陸上競技の頂上決戦が行なわれるような場所で、女子高生が騒いで良いものかと。
「みんな、なにを怖気づいてるデス!」
ルルがにゃんっと女子たちを一喝した。
「メーコはこんなところで一人で選手宣誓をするデスよ! それに比べたら、ぷぷっ、それに比べたら……ぷにゃー!」
ルルが命子を指さしてケタケタと笑った。
やれやれと命子は胸を張り、ビシッと手を上げて選手宣誓のポーズ。そんな命子はささらにお散歩ワンコプレイを強制されているので、まるで芸を披露する犬のよう。
これには委縮していた女子たちからドッと笑いが上がった。
時には犬にもピエロにもなれる。それが大英雄・羊谷命子。
観戦席には前乗りしていた先生によってクラスのプレートが貼られており、その案内に従って命子たちは自分たちのクラスの席に座った。
「なんかここって前の席との間がほとんどなくて、移動しにくかったみたいだよ。あたしのリスナーさんが言ってた」
「へえ!」
ナナコが自分のチャンネルで行なった雑談配信で得たマメ知識を披露した。
しかし、バージョンアップをした今ではそんなこともなく、結構広々としている。少し座席数を減らし、全体的に調整したらしい。
競技場を見回すと、各高校や父兄も続々と観客席に座り始めており、それに伴ってどんどん賑やかになっていった。合同体育祭に参加するのはお嬢様学校3つに一般女子高校2つだが、そこに落ち着きの差はあまりなく、どこもキャッキャしている。
2年生のクラスが全部揃って着席すると、アネゴ先生から説明が始まった。
女子たちは体育祭のパンフレットを眺めながら説明を聞く。
「8時50分から開会式だから、8時40分にはここに座っておくように。トイレはそれまでに済ませておけよ。入場時に役割がある者は8時30分にそこのスペースに集まるように。それと開会式が終わったら、すぐに第1種目と第2種目の整列が始まるから、種目参加者はこの場に戻って来ずに整列を始めるから注意しろよ」
「「「はーい!」」」
「あっちの上のエリアは父兄などチケットを持った人たちのエリアだ。そちらに行ってもかまわないが、観戦はこちらのエリアで行なうこと。あと、トイレも我々が使う場所は決まっているから、パンフレットの地図を見て確認しておくように」
「イヨちゃんはお母さんたちが来たらそっちね」
「わかったのじゃ!」
イヨは風女の生徒ではないので、本日は観客だ。本来はバスではなく親と一緒に来るべきだったのだろうが、特殊な存在なので学校に許可を貰った。イヨは命子たちの家族と一緒に旅をして仲が良いので、暇はしないだろう。
「さーて、8時40分か。あと30分もあるね。ちょっと探検しようぜ!」
冒険心に溢れた少女、それが羊谷命子なのである。
それに対してささらたちは呆れた顔をし、ナナコたちは『迷子になるわけだな』と納得した。
「あとで迷子になっても困るデス。今のうちにおトイレの場所だけ教えておくデス」
「まるで犬扱い。バカにしないでよね!」
「ほら、わーしゃわしゃわしゃっ!」
「きゅーんきゅーん!」
というわけで、命子におトイレを躾けるためにお散歩へと出発した。もちろんリード付き。命子は選手宣誓をするので、迷子にさせるわけにはいかないのだ。
建物内通路に入ると、紫蓮やキャルメとそのお友達を発見した。
「なに紫蓮ちゃんもおトイレの場所を躾けられてるところ?」
「羊谷命子と一緒にするな」
と紫蓮は言うが、その隣にいる八重歯っ子の犬田環奈はリードに繋がれた命子をちょっと羨ましそうに見た。
「あそこが風女用のおトイレみたいですよ」
キャルメがパンフレットを見て言った。
「メーコ、ここでゴザルよ。おトイレを出たら、あそこを曲がればいいだけでゴザルからね」
「わんわん、わふぅん! へっへっ、へっへっ!」
「おーよしよしよし!」
躾完了!
だが、トイレから出て言われた場所を曲がるまでに気になる物を発見したら、無事では済まない。命子は大抵そうやって迷子になる。とはいえ、観戦席を望める場所に出られさえすれば風女のエリアはすぐにわかるので、迷子になる可能性は低い建物と言える。
「笹笠さん?」
そんなことをしていると、ふいにささらの苗字を呼ぶ人が現れた。
命子たちがそちらへ向くと、そこには大人しそうな女子がいた。その恰好は白を基調とした陣羽織を羽織っている。
「水無月さん?」
ささらは驚きに目を広げた。
「あの、お久しぶりです」
「は、はい。お久しぶりですわ」
水無月と呼ばれた少女とささらはそんな挨拶をする。
命子たちはその他人行儀な様子に、『これ、特に親しくない知り合いだ』と感じ取った。同じコミュ障仲間の紫蓮などは我がことのように胃がキュッとした。
「いつも活躍、凄いなって見てます」
「あの……ありがとうございます。聖姫森の活躍も聞いていますわ」
ささらがそう言うと、水無月は陣羽織を見下ろして、儚げに微笑んだ。その陣羽織は聖姫森の修行部のシンボルなのだ。
聖姫森女学園なんて名前なのでいかにも聖女っぽいイメージが漂うが、この学校の修行部のコンセプトは姫武者である。あくまでも形のコンセプトなので、普通に騎士系や魔法使い系のジョブに就く子も多い。
そんな水無月だが、チラチラとささらが握る紐を見ていた。隣にはワンワン(大英雄)が繋がれている。その光景はほんのりとアブノーマル。
ワンワン(大英雄)は、ここでささらのペットのフリをしたらどうなっちゃうのだろうかと禁断の遊び中枢が刺激される。しかして、シリアスな匂いをビシバシと感じ取っている命子は大人しくステイ。「へっへっへっへ!」などと言って、ささらの評判を下げることはしない。
「あ、ごめんなさい。もう行かないと」
「はい。あの、今日は頑張りましょう」
「はい。笹笠さんの生の活躍、楽しみにしています」
水無月はそう言って綺麗なお辞儀をすると、去っていった。
命子たちはドッと息を吐いた。
「知り合いデス?」
「はい。小学校からの」
その割には他人行儀な会話。
ささらがコミュ障気味なところがあるのを知っている命子たちは、友達になり損ねた子なんだろうな、となんとなく思った。
「姫武者隊」
コミュ障危機が去った紫蓮が眠たげな眼で白い陣羽織の後ろ姿を見つめて、言った。
各高校の修行部は宣伝のために独自の名前を付けることが多い。六花橋の場合は六花騎士団、聖姫森女学園の場合は姫武者隊。なお、風女は魔法少女部隊を名乗っている。修行部の元祖なので凝った名前ではないが、非常に有名であった。
「あの陣羽織のカラーリングは音楽隊のものだったはず」
「さすシレ」
紫蓮はなんでも知っているのである。
「そういえば、水無月さんは中学の頃に吹奏楽部だったはずですわ」
ささらは懐かしそうに目を細め、水無月の後ろ姿を見送った。目つきがきつい子なので目を細めることで昼ドラの登場人物みたいな雰囲気になっているが、純粋に懐かしさに胸がいっぱいなだけ。
そんなささらにルルがおぶさった。
「なぁに黄昏てるデス! メーコのお散歩を続けるデスよ!」
「わんわん! きゅーんきゅーん!」
ルルの盛り上げに命子も乗っかる。そう、命子は時として犬にもピエロにもなれるのである!
仲間たちの気遣いにささらはクスクスと笑うと、命子のリードを優しく引っ張った。目つきがきついため、ドSのお嬢様による危険なお散歩みたいになっているが、これは仲間たちの美しき絆の風景なのである。
命子のおトイレの躾が終わったので、一行は父兄の観戦席に向かった。
そこにはすでに命子たちの親が来ていた。なお、ささらママの胃が大変なことになるので、ささらの優雅なお散歩スタイルは終了。
「使徒様」
「おっ、カリーナちゃんたちも見に来てくれたんだ!」
父兄エリアに入るとキャルメ団のカリーナが突撃してきた。カリーナを構ってあげつつ、親の下へ。
「お母さん、イヨちゃんをお願い」
「よろしくなのじゃ!」
「イヨちゃんこんにちは。まあまあイザナミちゃんもこんにちは」
『なんなーん!』
「イヨさん、こっちこっち!」
「萌々子殿は元気じゃの」
萌々子もクララたちと一緒に観戦に来てくれたので、イヨはそちらで楽しむようだ。人懐っこいカリーナも何故かその輪に加わり、中学生たちに可愛がられ始めた。
「あっ、部長だ!」
命子は少し離れた席に石音元部長たちOGがたくさんいるのを発見した。この体育祭の観戦はチケット制だが、彼女たちのチケットは別枠で用意されているのだ。そんなOGは在校生たちに群がられて、楽しそうにお話ししている。
「みんな、頑張るのよ。他の高校に目にもの見せてあげなさい!」
「「「はい!」」」
などと石音元部長は在校生を奮起させている。
「賑やかになってきたでゴザルね」
「うん、体育祭らしくなってきたね」
たくさんの人たちが見に来てくれて、命子たちはふんすと気合を入れた。
イヨを預けたので、命子たちは自分たちの席に戻った。
8時30分。アネゴ先生が言っていた時間前に着席。偉い!
開会式から観戦したいという父兄は多いようで、観客席はかなり埋まっている。当然、生徒たちもスタンバイを済ませていた。
いよいよ合同体育祭が始まろうとしていた。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、大変励みになっています。
誤字報告も助かっています、ありがとうございます。