14-8 大小龍姫祭 終わり
遅くなりました。
本日もよろしくお願いします。
それからも大小龍姫祭ではイベントが続く。
しかしながら、命子たちのお役目は朝のパレードで終わっていた。さすがに、女子高生に何度も頼るのはアレなので。というわけで、命子たちは観客として祭りを見て回った。
「にゃっ、ゲン爺ちゃんとママデス!」
「むっ、弟子か」
「これ、なんのお店デス?」
とあるイベント会場では、青空修行道場で古武術を教えているゲン爺さんとルルママがお店を開いていた。
謎の店には10人くらいのお客さんが並び、その周りにはギャラリーが大勢いた。そんな中で、ゲン爺さんとルルママは袴道着姿で畳の上に正座している。
命子たちは回り込んで、お店の立て看板を見てみた。
『殺気屋さん ~1分500円 各種オプション100円~』
「秘密にしていると思ったら、なんてもの売ってるデース!」
ルルは母親がお店をやると知っていたが、内容は秘密にされていた。まさかこんな意味不明なお店を開いているとは思わなかった。ルルの驚愕にギャラリーは笑うが、相当な人気店の様子。
いまもまた男性のお客さんが600円を支払った。
「る、ルネットさんでお願いします」
「良かろうデース!」
指名式らしい。
「あの、オプションは踏み込みでお願いします」
頭のおかしいお店だがいかがわしいお店ではない。
「レベル確認が必要だが、いくつだね?」
「21です。ですから、強めでお願いします」
「まあ良かろう。武器は必要かね?」
「じゃあ木刀と盾を」
「木刀は振っちゃいかんよ」
「はい、承知しています」
返答を受け取ったゲン爺さんは木刀と盾を渡した。
いろいろルールがあるお店のようだ。
男性は勇者スタイルで構え、対峙するルルママは武器を持たずに無手のまま体を捻った抜刀の構え。
両者は向かい合い、殺気をギンッ!
ルルママの【猫眼】が金色に輝き、ネコミミの毛が逆立つ。ルルママは性癖の大渋滞だが、戦闘力はガチ勢なのである。
一方、こんな美女に殺気を浴びせられた経験なんてない男性は腕や首筋の産毛が総毛立ち、足をガクつかせながら、ありがとうございます! このお店のお客さんは、冒険者ガチ勢かドMガチ勢のどちらかなのだ。
その時、先ほど男性が注文したオプションが発動した。
ルルママが高速で踏み込み、男性から見て左斜め下方から殺気をギンッ!
死んだ!? と男性は思うも、そんなわけない。やっぱり生きていることに、たちまち生への実感が湧き上がってきた。生と死の振り子人形。それがドM。
1分が経ち、サービスの時間が終わった。
「あ、ありがとうございました!」
「うむぅ。ワタシの殺気を浴びてちゃんと立っているとは、お主もなかなかチュワモノデスな。頑張るデスよ、青年!」
「はい!」
男性はスマホで撮影してくれていた友達と一緒に興奮しながらギャラリーの中に混じった。きっと、休み明けの会社あるいは大学で、性癖がぐっちゃぐちゃにされたと自慢することだろう。
ルルママが得意気な顔をしながら命子たちの下へやってきた。
「どうデス?」
「アウトデスよー!」
ルルが恥ずかしがった。自分はにゃーにゃーと派手にやっているのに、母親がやると恥ずかしいらしい。
「でも、ルルママは有名人だし、きっとお客さんも喜ぶと我は思う」
「シレンは良いこと言うデスなー。ニャムチュッチュ食べるデスか?」
「それはいい」
肯定的な紫蓮の意見にルルママがうむうむと頷くと、ルルはむーっと膨れた。
そんなルルの意見はともかくとして、ガチ勢の生殺気を安全に受けられる優良店である。今もまたお客さんが500円とオプション料金を払っている。
しばらく殺気屋さんを見学して、命子たちは2人に別れを告げて次の見学へ向かう。
風見町の人がやっているお店は多く、見かけるたびに声をかけられた。先ほどの六花橋の生徒たちとも何度も遭遇し、『次に会う時は体育祭』のセリフがこの場においてはノーカンという取り決めが正しかったと証明された。
とあるイベント会場では、歓声が上がっていた。
さっそく命子たちも見に行くと、舞台の上でサーベル老師がちょうど大道芸を始める時であった。
使っているのは木刀。
その木刀が床に立った状態で動かなくなってしまったというストーリーの大道芸だった。
剣術家ということもあってその木刀を握って振るのだが、幻歩法なのか観客は木刀を振るったと確信するも、木刀は老師の傍らで立ったままピクリとも動いていない。
時には柄を持ってジャンプしながら振ったり、逆手に持って横切りしたりするが、やはり手には何もなく、木刀は立った状態のまま動かない。
「妖怪・木刀固定だ……」
「ニッチ過ぎる」
命子の冗談に紫蓮がちゃんとツッコンであげた。
「はえー、老師殿は凄い技を持っておるのじゃな」
「老師はああいうのが得意なんですわよ」
感心するイヨに、ささらが自慢げに言った。
最後に、老師は帽子を取ってお辞儀をし、その帽子を木刀の柄に乗せると、あれだけ動かなかった木刀があっさりと倒れた。
それを見た老師がおどけて見せると、拍手は一層と大きくなった。
多くの苦労をしてきた老師の楽しそうな姿を見て、命子たちは嬉しく思った。
祭りを見学しているとあっという間に時間は過ぎ、夜になった。
この後には魔法花火大会があり、それを以てお祭りは終わりになる予定。
命子たちは萌々子たちや友達と待ち合わせをしている河川敷に向かっていた。その道中ではお土産の屋台料理を買っていく。
町役場の近くを通ると、普通の屋台とは違う感じのテントが張られていた。町役場にある防災やイベントのためのテントだ。
「むむっ、チョーチョさんでゴザル」
「ほう、夜の蝶か。風情があるね」
「なに言ってるでゴザル。チョーチョさんでゴザルよ」
チョーチョさんこと町長がそのテントでフランクフルトを焼いていた。役所が出している屋台だけあって、非常に安い。町民への還元価格で出店しているのだろう。
「こんばんは」
「おや、これはこれは皆さん。いらっしゃい」
「町長さんがフランクフルトを焼いてるんですか?」
「ははは、町の皆さんが盛り上げてくれていますからね。私もフランクフルトの1本でも焼いて貢献しているんですよ」
「へえ! それじゃあ10本ください」
「毎度!」
町長は威勢良くお礼を言い、半分火が入ったフランクフルトを炭火で本焼きし始めた。
お金を払って待っている命子たちに、町長が言った。
「良い祭りですね」
「はい。とても楽しかったです」
「それは良かった。私も、小さな風見町でこれほど大きな祭りが開けるとは夢にも思いませんでした」
町長は、笑いながら通り過ぎていく人たちを眩しそうに見つめた。
「若い人が少しずつ去っていく町でしたが、今では多くの人が住みたいと言ってくれる町です」
町長は小さく笑いながらフランクフルトをパックに詰め、個包装ケチャップと共にビニールに入れた。
命子に商品を渡しながら、町長は言った。
「羊谷さん、笹笠さん、流さん、有鴨さん、メモケットさん、イヨ様。ありがとうございました」
ひとりひとりの名前を呼んだそのお礼は、フランクフルトのお礼ではないのだろう。命子には、いろいろな気持ちが籠ったものに感じられた。
これはしっかりと応えなければならないと、命子の脳内ハムスターがガラスカバーに守られた良い感じボタンを叩いた。
「きっと町のみんなが変わりたいと願ったからですよ」
ビニールを受け取った命子は、町長を真っすぐに見つめて言った。
「子供が何を言ったとしても、大人が変わりたいと思わなければ世の中は動きません。大人が頑張っても、子供が冷めていたら世の中に笑顔は生まれません。今日来た人たちが楽しそうに笑っているのは、町長さんが子供の戯言に真剣に耳を傾けて、方々を走り回ってくれたおかげです」
賑やかなお祭りの中にあって、命子と町長の周りだけは水を打ったように静かだった。
「町長さん。楽しいお祭りを開いてくれて、ありがとうございました」
町長がフランクフルトを買ってくれたお礼にいろいろな意味を持たせたように、命子もまた『お祭り』に意味を持たせた。
そうして、命子がお辞儀をすると、ささらたちも揃ってお辞儀した。
「それじゃあ町長さん。頑張ってください」
「あ、ああ。気を付けてくださいね」
去っていく命子たちの後ろ姿を見つめる町長の目は涙ぐんでいた。
一緒に命子の話を聞いていたお会計係の職員さんは、「あれが新時代を切り開いた麒麟児……」と興奮した。
「ついにチョーチョさんを泣かせたでゴザルか……」
「シッ、ちょっと自分でもビビったから。ここは颯爽と帰るんだよ」
命子たちは颯爽とその場を去るのだった。
河川敷に行くと、萌々子やクララたち中学生や、風女の友達が集まっていた。どこから持ってきたのかシートを敷き、その上に屋台料理を広げてモグモグしている。
みんなを照らすのは、夕方でも修行できるように命子たちが寄贈した電灯の光。
この電灯だって、お金は命子たちが出したが、実際に段取りをしてくれたのは役場の人たちだ。命子は町長にああ言ったが、実際にお世話になっていた。良い感じのことを言いたかったのは、ちょっとだけなのである。
命子がその中に混じると、中学生たちの精霊さんがさっそく集まって魔力を強奪し始めた。謎の人気。
その場にはアリアもおり、中学生たちと精霊を交えて交流していた。
「クララちゃん、どうだったの?」
「命子お姉様、完売しました!」
「おー、やんねー。ボイスキーホルダーはもうないの?」
「ありますよ」
「やめてーっ!」
クララからボイスキーホルダーを受け取った命子は、萌々子から妨害を受けつつもポチッと押した。
『羊谷萌々子、羊谷光子、見・参!』
『やーっ!』
セリフのあとにチュドーン、ビカビカビカーッと安っぽい効果音。
収録されている何十種類ものボイスがランダムで流れるのに、萌々子と光子のボイスを一発で引き当てた。
「これめっちゃ良いですやん! 全国民に配布しようぜ!」
萌々子は真っ赤になった顔を両手で隠した。
そんな萌々子の眼前で、光子がキーホルダーをポチッ。別の女子のカッコイイボイスが流れた。
「おかげさまで凄い人気だったんです。売り切れちゃったあとには、再販してほしいって要望をしてくれるお客さんがたくさんいました」
「凄いじゃん。じゃあ数か月で最新バージョンを作ってみれば?」
「はい。次はコンセプトを持たせようかなって考えています」
たくましい。
「クララちゃん、見て見てー」
そう言って話に混じってきたのは、石音元部長だった。洗髪料のお仕事関係を終え、合流したようだ。
石音元部長はスマホをクララに渡した。
「えーっ、縁お姉様ですぅ!」
「うそっ、ヴァルキュリアのCMだ!」
「見せて見せて!」
あっという間にクララの周りに女子団子が出来上がった。
この日の夜から動画サイトや地上波でCMが公開され始めており、それを見せたようだ。
「あちきもヴァルキュリア買うにゃ!」
そう宣言するネコ語尾女子はお日様っ子ユーザー。
しかし、ヴァルキュリアは翌日から一時的に店頭から姿を消すことになる。
グループごとにワキャワキャしていると、町内放送が流れた。
花火が始まるので、河川敷の電気を一時的に消すから注意するようにという内容だった。
5分ほどして電気が消え、さらに5分ほどすると魔法花火大会が始まった。
新時代は投擲や射出の類の威力が著しく弱くなった。これは打ち上げ花火も同じで、手ごたえはあるがまだ研究をしている段階であった。暴発したら大惨事なので、今回は普通の花火大会ではなく、魔法花火大会。
自衛隊の協力でラビットフライヤーが飛び、夜空に青や赤の光のラインを残す。一緒に搭乗している魔導書使いたちが魔導書を待機状態にしている光のラインだ。
魔導書から放たれるのは、水や火で作られた鳥や蝶。
それらは命子が以前DRAGONで見せたが、それを大人数でやることでひとつの航空ショーに仕上がっていた。
「変化の魔導書の複製も進んでるんだなぁ」
「我も欲しい」
「私は他の魔導書が欲しい」
観客がキャッキャと喜ぶ中で、命子と紫蓮はそんな感想。
火で作られた魔法はそのまま夜空に消え、水で作られた魔法は下流の指定エリアに水滴となって落ちていく。消失する時の儚さは花火のようであった。
瞳を光らせた命子は、大技が来ると見切る。
その予測は当たり、星空を背景に水龍や火龍が発動した。
「「「おーっ!」」」
青や赤の光は地上を照らし、観客の顔はみんな満足げだった。
「魔法花火か。ファンタジーだなぁ」
魔法への遊び心に、命子は素敵だなと思った。
こうして、風見町大小龍姫祭は多くの人に思い出を残して終わるのだった。
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