14-4 大小龍姫祭
本日もよろしくお願いします。
風見町大小龍姫祭。
命子たちが旅に出る前の春。
この祭りを企画するにあたり、お祭り実行委員はどのくらい人がくるか想像がつかなかった。
いうて初開催の祭りである。風見町近隣だと厚木の鮎祭りや小田原の北条五代祭りが有名だが、そのくらいの人が来るのを前提に準備して、全然来なかったら目も当てられない。誰もがビビった。どうせ小さな町ですから、へへっ、と。卑屈か。
お祭り実行委員会の人たちは、商店街やダンジョン街の店々、市民団体に協力を仰いで屋台を開くぐらいで良いのではないかと、常識的な規模で話をまとめようとした。
そうした中で、一人の女性が意見した。
「今回の祭りの趣旨を今一度お考え下さい」
風見町が生んだ女傑の一人、笹笠さりさである。
風見町の町長を含むおっちゃんたちが、ささらママの意見に耳を傾ける。めっちゃいい女だが、めっちゃ目つきが怖い。ひゅんとする。
「風見町防衛戦で、我々は一致団結して戦いました。しかし、戦ったのは我々だけではありません。世界中から大地を震わせるほどの声援を頂きました。我々の戦う姿と貰った声援は熱となって続く各地の防衛戦にも受け継がれ、世界中を勇気づけました。全ての始まりは風見町だったのだと、世間の人々の記憶にまだ新しい。そんな中で開催された記念の祭りが小規模だったらどう思うでしょうか」
おっちゃんたちは、なんかお母さんに叱られた気分になってしゅんとした。
「おかあ、んんっ!」
不穏な言い間違いをしそうになった町長は咳払いで軌道修正。
おかあ、おかあ……おかしな……おかしなものですな! これでいこう。
「おかしなものですな。笹笠さんの娘さんたちに大きな勇気を貰ったというのに、半年でもう忘れてしまっていた」
町長は苦笑いした顔をキリッと引き締めた。
「皆さんも口には出しませんでしたが、十分に祭りが成功する世間の雰囲気は肌で感じているかと思います。ならば、あの日に貰った勇気を風見町の人々が忘れないためにも、そして声援をくださった周辺地域の方々への感謝のためにも、みなさん、開きましょう、それはもう盛大に」
幸いにして、風見町の財政は風見ダンジョンと青空修行道場のおかげで過去一である。
さらに、この後には風見町で伝説の古代巫女が復活するという意味不明なイベントもありつつ——時は過ぎ、お祭り当日。
おっちゃんたちが『小規模にしなくて本当に良かった』と冷や汗を掻くほどのやべえ数の来場客が来ることになった。
10月中頃にある体育祭の準備が進む中、お祭り当日がやってきた。
朝も早くから多くの屋台が準備を始める中、命子と萌々子も活動を始めていた。命子は高校へ、萌々子は中学校へ行くのだ。
風見町にある小中高校の校庭はイベント会場となっており、それぞれに屋台が出たり、催し物が行なわれたりする。2人共、その当日準備に向かうのだ。
すでに車の交通規制が始まっている町は、いつもと違う雰囲気。
そこら中で屋台が組まれ、コンプレッサーか何かのブンブンした音がそこかしこで聞こえる。
「こんな大規模で大丈夫かな」
萌々子が心配そうに言った。
「来場客1000人とかだったらバカウケだよね」
「お姉ちゃん、笑えないよ。私たちなんてグッズを500個も発注しちゃったんだから」
「サンプル持って帰ってきてね」
「だから絶対にやだって」
「みっちゃん、いいか、こっそり持ってくるんだぞ」
『やっ!』
「なに教えてるの! ダメだからね、光子」
『やぅー……やっ!』
萌々子はグッズを絶対に見せてくれなかった。
萌々子が所属するチームクララでは、グッズが販売される。ボタンを押すと女子中学生の勇ましいボイスがランダムで流れるイカれたキーホルダーが目玉商品。萌々子と光子の声も収録されている。
「まあ余れば視聴者さんプレゼントとか通販とか次のイベントに回すとかにすればいいんだよ。ウチの子たちもみんなそうしてるし」
「うーん、そうかも。おっと、じゃあまたあとでね!」
「気をつけてねー」
途中の分岐で萌々子と別れた命子は、精霊を頭に乗っけた人物を発見した。クラスメイトのナナコだ。
「ひゅーい!」
その声に気づいたナナコは振り返った。
「ゴミみたいな口笛だと思ったらやっぱり命子ちゃんだった」
「朝っぱらから言いすぎじゃない? そこまで言うならナナコちゃんやってみてよ。できなかったら今日から二つ名は口先のナナコだからね」
ナナコは口に指を添えて、『ぴゅーい!』と綺麗に吹いてみせた。
「はっ? 二つ名、技巧派のナナコかよ」
「まあね。中学の頃にお母さんにビンタされるくらい練習したから」
「夜に口笛吹くと幽霊が出るからねー」
「ウチはヘビって言われたけど」
「ヘビ如きでビンタされるとか修羅の家じゃん」
「いや、本当にヘビが来るならヤバいでしょ」
「は? ヘビ年になってもそんなこと言えんの?」
「ヘビ年はズルいじゃん。日本昔話なら絶対酷い目に遭うパターンだよ」
「こうしてそこは、ナナコ峠、と呼ばれるようになるのじゃった」
特に意味のない会話をしながら校門の前まで来ると、丁度向かい側からささらたちがやってきた。中央にささら、両側に金髪のルルと銀髪のメリス。
「ささらちゃんたちって、めっちゃ煌びやかで見てるだけで料金が発生するんじゃないかって心配になるよね」
「知ってた? あれ、私のパーティメンバーなんだぜ! ハッ、でも、ささらの後ろに陰の者がいる!」
「ああやって見ると紫蓮ちゃんも煌びやかな一員だわー。無口系退廃的美少女枠」
「紫蓮ちゃんは言うほど無口じゃないけどな。九官鳥よりよく喋るよ」
「それって命子ちゃんたちの前でだけでしょ。あたしと2人きりで部屋に閉じ込めてみ。あたしが黙ってたら1時間は喋んないから」
「陰キャをわかってないなー。陰キャは無言空間にいると無理して九官鳥みたいに喋り出すから」
「なんなの今日の九官鳥推し」
4人と合流し、学校の校門をくぐると、校庭ではすでに多くの学生や業者さんが活動していた。ただし、この学生は風見女学園の生徒だけではない。
風見女学園の校庭では、近隣の市町村の中学、高校、大学生による学生グルメ大会が開かれる予定なのだ。
風女から出店するのは料理部とその助っ人だけだが、イートスペースの準備などで生徒と教師が手伝いに出ていた。
ちなみに、萌々子の中学校の校庭は物品店のエリアで風女からもグッズ店を出す生徒がいる。小学校では風見町で取れた農産物の即売会が開かれる。
命子たちもさっそくイートスペースの設営に向かおうとして、道すがらの屋台で準備をしている人たちの中に見知った顔を見つけた。
「おっ、どこの野生のイケメンかと思ったら馬飼野の兄ちゃんじゃん。ちっすちっす!」
「あら、馬飼野さん。おはようございますわ」
命子たちがその人物にご挨拶した。
それはかつて命子やささらと一緒にランニングした馬飼野だった。出会った頃は1kmでゲロを吐いて帰っていた完全無欠の陰の者だったが、今ではすっかり逞しい青年になっていた。
尤も、青空修行道場で週に何回か顔を見ているので、命子たちにとっては別に珍しいキャラではなかった。
「おはよう、命子ちゃん、ささらちゃん、みんなも」
そう挨拶を返す馬飼野をひとまず置いておき、命子は一緒に屋台を準備している女性たちに挨拶した。
「あ、こんにちはー」
「命子ちゃん!? こ、こんにちは!」
「うそ! 馬飼野さんの知り合いだって言ってたけど、本当だったんだ!」
「うっわ、ルルメリやばいカワイイ! どひゃー、にゃんてした!」
と驚くわけで、命子とは初対面の女性たちだった。
はえーとする命子たちを見て、馬飼野は慌てた。
「今日は、ツバサさんとレンさんの大学のサークルの手伝いなんだよ。彼女たちはツバサさんの友達なんだ。ツバサさんたちはいま買い出し中」
「はーん、全部理解した。でも、兄ちゃん。陰の者がそんなウェイウェイした場所に居たら陰キャ死ぬ死ぬ病で死んじゃうぞ」
「俺が陰キャ死ぬ死ぬ病だったら命子ちゃんたちと出会ってから軽く100回は死んでるよ」
「おいおい、馬飼野の兄ちゃんも言うようになったもんだな!」
「朝っぱらから絡みのテンションが致死量なんだよな……」
「そりゃ女子高生は常在戦場だからね」
挨拶も済ませ、命子たちはその場を離れた。
後ろではきゃいきゃいした声で馬飼野が褒められていた。陰キャ死ぬ死ぬ病ではないらしい。
「普段通りに対応したけどさ、私、馬飼野の兄ちゃんがツバサさん以外の女の人と話していると、ドキンッてなるんだよね」
「わかりますわ。大丈夫でしょうか!? て不安になりますわ」
命子の言葉に、純情そうなささらも同意した。
「それにしてもツバサさんはワキが甘いんだよなぁ」
命子がそう言うと、ナナコが言った。
「あの人は甘いねー。ウチのお婆ちゃんも、彼氏とサイフの中身は友達に見せるなって言ってたし」
「ナナコちゃんのお婆ちゃんって昼ドラのヘビーユーザーだったりする?」
「DVDボックス買うくらいには」
そんな会話をしているとは知らず、命子たちを見る他校の生徒たちの目は憧れのアイドルを見るそれだった。男子生徒の中にはマンガのように菜箸をポトリと落としてしまう子も。
「やっとるね!」といつものように重役感を出して登場した命子だが、すぐにパイプ椅子や長テーブルの設営作業に組み込まれた。風女の2、3年に命子へ遠慮する者などいないのだ。
「どのくらい来るのかなぁ。紫蓮ちゃん知ってる?」
一緒に長テーブルを運ぶ紫蓮に問う。
命子たちは力持ちなので2枚重ねだ。
「ネットの書き込みを見た限りだといっぱい来ると思う。知らんけど」
「1万人くらい?」
「うーん、30万人くらい。知らんけど」
「それは言い過ぎでしょ。30万人って何人だと思ってるの?」
「わかんない」
「30万人っていうのは30万人なんだよ」
「はえー、賢い」
「そんなに人が来たら風見町が風見県になっちゃうよ」
「横浜に目をつけられる」
「おのれ県庁所在地め!」
横浜への風評被害をしながら命子たちが長テーブルの脚をパッチンと嵌めていると、イベントスペースを設営していた業者さんが作業を終え、簡易ステージと大型モニターが設置された。
「あれ、ささらママが呼んだんでしょ?」
「うむ、凄い」
「私なんてキャッキャしてただけなのに。なんて無力なんだ」
お祭り実行委員の笹笠夫妻は、キスミアへの旅の間もインターネットで方々とやりとりをして、企業や冒険者の招致をしていた。命子はその間、飛空艇の甲板で修行したり、お菓子を食べたりしていた。
途中で天空航路に入って音信不通になったが、逆にそれが功を奏したのか、ほとんどの企業や冒険者が参加を表明することになった。
そして、この大型モニターを使ったイベントは、風見女学園にとっても非常に意味が大きいものになりそうだった。
7時30分から9時まで働いて作業を終えた命子たちだが、これは前哨戦である。
一仕事を終えた命子たちは、校舎の中でお着替えを始めた。
本日はこれからパレードがあるのだ。
1年前はみんなの装備は揃っていなかったが、今ではそれぞれが色々なダンジョンに入って装備を手に入れている。それぞれが1年間の成長の証として、自分で手に入れた装備や素材を集めて仲間に作ってもらった装備を身にまとっていた。
なお、風見アーマーは非常時やまだ装備が整っていない1年生用に大切に保管されている。1年前はそういった備蓄がなかったのでとても大変だったのだから。
命子たちも紫蓮が進化してくれて強くなった装備を着て、パレードに挑むことになる。
着替えを終えて、パレードに参加する女子たちと一緒にぞろぞろと風見町文化会館へと向かった。
「なんか人多くない?」
「だから30万人は来るって我は言ってる」
「このままだと風見町がぎゅうぎゅうになっちゃうよ?」
「祭りなんてどこもそんなもの」
パレードと共に祭りも始まるのだが、すでに町には多くの人が来場し始めていた。
命子たちは裏門から出たので知らないが、風見女学園の校門前にも学生グルメや風女のファンで長蛇の列ができていたりする。
文化会館の集合場所へ入ると、馬場たちSPに守られたイヨとアリアが待っていた。
「おっす、イヨちゃん、アリアちゃん。馬場さんもお疲れ様です」
「命子様、おはようなのじゃ。目が回るような人の数じゃの!」
「まあね。私の予想だと30万人くらいは来ると思うよ」
「さ、30万人も来るのれすか!? ニッポンはスケールが違うのれすねー」
しれっとそう言ってアリアを驚かせる命子の顔を、紫蓮が覗き込んだ。
そんなイヨだが、マナ進化したことで龍角が生えている。
まるで最初から生えていたかのように似合っており、なんなら命子よりも似合っていた。これが龍神の巫女。
アリアは猫神の巫女なのでキスミアで暮らしているが、イヨとの修行のために転移装置を使ってちょいちょい日本に来ていた。当然、お祭りとなれば来ないわけがない。
「命子様命子様。我、あの人知っておるのじゃ」
「あー、赤い槍の人ね。冒険者じゃトップクラスの槍の名手だよ」
「あっちの人も知っておるのじゃ。すんごい刀捌きをするのじゃよ」
「大和撫死狐さんね。あの人もめっちゃ強いよね」
「うむ、みんなフォーチューブで有名なのじゃ!」
古代巫女の基準がインターネット動画になりつつある。
そんな有名人が来ているのも、ささらママの仕事の成果である。
とはいえ、基本的にパレードの主役は町の人たちである。青空修行道場のおっちゃんや主婦、中学生もたくさんいる。みんな1年前は自衛隊から貸し出されたダンジョン装備を着ていたが、今回は自分で手に入れた物を着用しての出陣。物干し竿で戦っていたおっちゃんたちも、今年は完璧に仕上がった肉体と装備だ。
「「「きゃーっ!」」」
唐突に風女の生徒たちから黄色い歓声が上がった。
「なんじゃ?」
「この女子女子した雰囲気、さてはヤツが来たな!」
命子はニヤリとしながらそちらを見る。
「みんな、元気そうね!」
女を惑わす魔性の女、修行部元部長がロングコートタイプの装備をはためかせて、多くの仲間たちと共に姿を現した。
今年の投稿はこれでおしまいです。
本年もお付き合いいただき、ありがとうございました。
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それでは皆様、良いお年を。