14-3 紫蓮の課外授業
本日もよろしくお願いします。
2学期初日の学校が終わると、すぐに部活動が始まった。
わいわいキャッキャと移動を始める1年生女子たちの足取りはちょっと浮ついている。その原因は言わずと知れた体育祭の件。
どの種目も1年生から3年生まで参加するので、1年生は好きな先輩と一緒の種目になるべく談合を画策しているのだ。
移動する女子たちの中には紫蓮たちの姿もあった。
紫蓮は雷雲寺と共に工作部へ、キャルメと犬田は集団演武の初回ミーティングへ、途中まで一緒に移動。
料理部の前まで来ると、人だかりがあった。
魔物カレー(中辛)という言葉が飛び交っている。あと少しだけ『気まぐれお新香サービス』という言葉も混じっている。
そんな女子たちが見ているのは、教室のドアの横にあるホワイトボード。そこにはギャル文字で書かれた本日のメニューと注文受付数。
「雷雲寺は料理部に注文したりするのかー?」
犬田が言った。
「はい、だいたい毎日注文してます。魔物カレーは凄く美味しいんですよ。でも私のオススメはチンジャオ魔物丼ですね」
「へー。今日なー、集団演武のミーティングなんだけど、注文するか連絡が来たんだー。とりあえず頼んでみた!」
「良いと思います。500円であそこまで美味しい料理はなかなか食べられないと思いますよ」
「へー、楽しみだなー!」
いつもは夜ご飯の注文を受けている料理部だが、魔物カレーはお昼ご飯の注文だった。すでに調理は始まっているようで、食欲をそそる匂いが教室の外まで香ってくる。
その後、ミーティングに参加した犬田とキャルメは、魔物カレーをウマウマした。
さて、紫蓮が雷雲寺と一緒に工作部に行くと、『第一視聴覚室まで来るように』とホワイトボードに大きく書置きがあった。
「今日の部活はミーティングなんでしょうか?」
「たぶん、羊谷命子たちが来てる」
「そうなんですか!?」
「うむ。氷の武具を見せる約束をしてた」
紫蓮たちが視聴覚室へ行くと、そこには生産部連合の部員たちが集まっていた。
料理部以外の生産部連合の部長たちも勢ぞろいしていて、その中心に命子たちがいた。女子女子した声ではしゃいでいる部長たちだが、彼女たちが見ているのはささらやルル、メリスの装備である。
「おっす、紫蓮ちゃん」
命子がそう声をかけると、さっそく生産部連合の部長たちが紫蓮を取り囲んだ。
「有鴨さん、待ってたわよ!」
「武器の進化ができるってマジ!?」
「見せて見せて!」
「肌ピカピカじゃん!」
「ぴゃ、ぴゃわー」
キャッキャである。
「紫蓮ちゃんは人見知りのクソザコだから囲むとストレスで死んじゃうよ」
「ぴゃわー。クソザコは言い過ぎ」
「じゃあ囲んでよし!」
「クソザコかもしれない」
紫蓮はクソザコに甘んじて、圧が低くなった。
「ほら、あなたたちも見ておきなさい。凄いわよ」
工作部の部長であるソラが、遠巻きに遠慮していた各部活の1年生たちを呼んで、ルルたちの武具の見学会に参加させた。
さすがに1年前からすでに頑張っている生徒たちばかりなので、すでにほとんどの子の目が覚醒状態になっている。紫色の炎を目に宿しながら、氷の武具を観察する。
「す、凄い力を宿していますね」
「遠慮せずに持ってみてください」
「良いんですか?」
「はい。色々な物に触れるのは、きっと職人として良いことでしょうから」
そういって触らせてくれるささら。
綺麗で強くておっぱいが大きい笹笠先輩に優しさが加われば、1年生の好感度ゲージもギュンギュンだ。
雷雲寺たちは、氷の盾や小手、小鎌を持たせてもらい、鑑定する。その体験は1年生たちの魂の養分になって成長を促している予感。
「うそっ、『防具職人』をマスターしました!」
「あたしもスキル化された!」
「ちょっとユミっち、目が覚醒してるよ!」
「え!?」
「あ、消えちゃった」
予感ではなく、実際に経験値が貯まった様子。
とはいえ、それは基礎あってのもの。この体験は最後の一押しをしたにすぎないだろう。
その様子を見た命子は、ふと思いついた。
「この中で魔導書を作っている子はいる?」
すると、十数人が手を上げた。
「じゃあ私の魔導書を見せてあげる。めっちゃ使い込んでる魔導書だから、なにかレベルアップするかもしれないよ」
「で、伝説の魔導書を!?」
「いいんですか!?」
命子の魔導書は伝説らしい。たしかに、初めて人類が手にした魔導書は命子の水の魔導書なので、その点で言えば伝説だろう。
命子はスクールバッグから魔導書用のケースを出し、気取った様子で留め具を外した。魔導書士は複数の魔導書を使うので、このケースもひとつで5冊入る本棚のような造りになっている。ぶっちゃけ岡持ちによく似ていた。
背表紙からでも迫力を感じるその光景に1年生たちは息を呑み、俗物な命子はツヤツヤした。
綺麗に並んだ魔導書の中から、命子は水の魔導書を取り出した。
「装備しても良いけど、危ないから激しくぶん回さないでね。あと破いたら私の拳が火を噴くから」
「メーコのクソザコパンチは自分への刑罰デス」
「やろうってのか!? シュシュシュシュッ!」
ルルの言葉にイキリ散らかす命子のパンチスタイルだが、最近では手首と手の甲がちゃんと真っ直ぐ。命子も学んでいるのだ。
1年生たちは魔導書を慎重な手つきで触り、鑑定し、心臓の準備運動ができたら装備して浮かせてみた。
「す、凄い。普通の魔導書よりも動かすのに抵抗を感じる」
「マジで? きっと持ち主じゃないってわかっているんだ」
「つ、次! 次、あたしにも装備させて」
などと、貴重な体験をしている。
「それで命子ちゃん。例の物は持ってきてくれたんでしょ」
「もちろんですよ、ソラ先輩。ほら、これがほしいんやろ」
命子はスクールバッグから武器ケースを取り出した。魔導書ケースといい明らかにスクールバッグから出せる大きさではないが、【アイテムボックス】は周知のスキルなので誰も驚かない。
ただし、命子の【アイテムボックス】は空間魔法使い系のジョブによって拡張されているので、実は凄いのだ。
「このケースは日本じゃ見ないデザインね。キスミア製?」
「はい。帰国まで時間があったんで作ってもらいました」
命子はやはり気取った様子で留め具をピンと外す。それについては芸が細かすぎるので誰にも触れられないが、こういうのは試行回数の問題だ。回数を重ねれば誰かが命子の術中に嵌る。
箱の中の台座には、鞘に納まった魔導剣が鎮座していた。
おーっ、と歓声を上げる部長たちは、さっそく目を光らせる。
この夏休みにマナ進化したのはラビットフライヤーで空を飛んだソラだけではなかった。学校全体で見ても、結構な数の生徒がマナ進化していた。
「ちょっと離れてください」
命子は場所を空けさせて、魔導剣を装備した。
瞳をペカらせた女子たちは、命子と魔導剣の様子を見ながらバインダーに挟まった紙にサラサラとスケッチする。魔導剣の魔導回路と命子の魔力パスを記録しているのだ。その姿は若いながらもベテラン研究者のよう。
そういったスケッチは氷の武具でも行なわれており、まだマナ進化していない1年生たちはスケッチと武具を見て、イメージを膨らませる。みんなすんごい真面目。
武具鑑賞会をしているとあっという間に時は過ぎ、お昼の時間になった。
部室でカレーを食べれば部屋に匂いがつくので戻ることはなく、第一視聴覚室を生贄にする。極悪である。
1年生たちが率先して料理部まで走り、大量の魔物カレーを持って帰ってきた。
牛丼でも入ってそうな使い捨て容器の蓋を開けると、白いお米とカレーが。サービスのお新香は名刺サイズの小さな容器に乗って、ラップを被せられて提供されている。ありがてぇ。
「相変わらず店のカレーより美味しい」
「本当にプロの腕前ですわね」
「もぐもぐもぐもぐ! うみゃーっ!」
ささらたちからも絶賛の嵐。
「うーん、前に食べた時よりも腕を上げてる」
料理部の魔物カレーを久しぶりに食べた命子も驚きを隠せない。
「でしょー」
「なんでソラ先輩がドヤるんですか」
「私たちは平日に毎日食べてるからね」
命子たちは青空修行道場で先生をしているので、料理部の夕食を食べる機会は少なかった。それに比べて、部活動をしている生徒はお世話になる機会が多い。毎日食べているので、腕の上がり具合がわかるのだろう。
「料理部はなにかイベントに参加したりしてるんですか?」
カレーをゴッキュゴッキュした命子はそんな質問をした。カレーは飲み物。
一緒に食べているソラが教えてくれる。
「私が知ってる限りだと7月の頭から4回は出店してるわね」
「へえ、大分出してますね。盛況なんですか?」
「えー、夏のマンガ祭のプイート見てないの?」
「そういえば見ましたね。みんなで無限鳥居の着物着て売ってたヤツですよね?」
「そうそう。その時もそうだけど、いつも完売しているって話だから儲かってるんじゃない? まあ原価率をどうしているか知らないから、何とも言えないけど」
「原価率なー」
原価率とかチンプンカンプンな命子はプイッターで『風女料理部』と検索した。
ぱっと見、絶賛されている。
ハッシュタグ『学生グルメ』というのがあったので押してみると、どうやらこの業界はいま各地でかなり盛り上がっているらしい。さらに、学生グルメをまとめた本が出版されると宣伝プイートがされている。
「それで、有鴨さん。武具の進化は実際どうなの?」
命子がスマホを見ながら食べ始めたので、ソラが紫蓮に問う。
紫蓮は雷雲寺たち一年生と一緒に食べているが、陰キャなので発言は少ない。
「聞かれると思って、用意してきました。お邪魔じゃなければ、食べ終わったら羊谷命子の武具を進化させます」
「マジで!? 配信は可!?」
「う、うむ。可」
本当は恥ずかしいが、イヨがスマホ中毒者なのでもう配信にも若干慣れた紫蓮であった。
お昼ご飯を終えて、そのまま視聴覚室で有鴨先生の授業が始まった。
生徒は生産部連合の女子たちと、風女ちゃんねるの生配信を見ている視聴者さん。
昼間だというのにかなりの人が視聴していた。コメントを見ると、有名な職人のアカウントもある。
「それでは武具の進化について説明する」
眠たげな眼をしながら、紫蓮が言う。
「武具の進化にはD級の魔物以上の魔石と、それを連結させる土台が必要。氷雪の心みたいな進化用アイテムにするために、この魔石を加工しなければならない。まずは——」
命子は腕組みをして、うむうむと聞く。全然わからぬ。女子高生の活動が見たいだけのライト視聴者もなにを言っているのかさっぱりわからぬ。
しかし、生徒たちは1年生でも理解しているようで、真剣に話を聞いては頷いている。同じく生産ガチ勢な視聴者も理解している様子。
「これから我が彫った魔石と土台を見せる。ちょっと観察してみてほしい。羊谷命子にも1つ渡すから視聴者に見せてあげて」
「はい、先生!」
「あと、魔石に生産魔法はかけないように。混じり気ができるのは好ましくない」
紫蓮は集まった生徒たちに、魔石を数個渡す。魔石がある場所に集まって生徒たちはふむふむ。細かい彫り物なので、ルーペを使う生徒も多い。
命子もカメラのレンズの前で魔石を見せるお手伝い。
:命子ちゃん、近い近い!
:もうちょっと離さないと見えないから。
:やべえ、命子ちゃんド素人だぞ。
:広報部の人ーっ!
と英雄なのにコメントでブーイングを喰らう命子は、自分でもレンズの前の魔石を見て、驚く。
「めっちゃ細かいじゃん。よくこんなの彫れるよね」
:いや、暗くて見えないから!
:貴重な資料がーっ!
:はー、命子ちゃん可愛い。
:ダメだ、みんな夢中で誰一人としてコメントを読んでねえ!
:なんでこんな大事な配信で広報部を呼んでないの!?
もちろん命子も読んでない。
命子やささらたちはその細かな彫り物に驚愕するが、生産部連合の生徒たちにはそこまでの驚きはない。彼女たちは紫蓮と同様に何度も魔石を彫っているので、時間さえかければできると思っていた。
問題なのは、この進化の魔石を作るには、武具の進化を促す種族スキルを持つ『付喪姫/人』でなければできない加工処理過程があることだ。
しかし、生徒たちはこの彫り物だけでもわかることが多かった。
「これってたぶん、命子ちゃんのギャル巫女服を進化させるための魔石だよね? それも特に属性とかは付加するつもりがないように思えるけど」
「うむ、その通り。これは巫女服を正当進化させるための魔石。他にもサーベルの魔石を配った」
コスプレ部の部長が言い、紫蓮は肯定した。
命子はビックリ。
「なんでわかるの? あとギャル巫女服じゃないんだが。神聖なんだが」
「魔石彫りをやってる人なら見ればわかるよ。あとあれはギャルだよ」
「ぬぅ!」
「羊谷命子、うるさい。素人は黙っとれいっ」
「こわたにえん!」
:これだから素人は!
:俺も彫り物から推測したかった……。
:貴重な作品の鑑賞タイムが……。
:これもう人類の損失だろ。
:これがギャルヂカラか。
ギャル判定。
もうこんくらいでいいだろ、と判断した命子は、視聴者への魔石の披露を終えて自分の席に戻った。お手伝いをして大満足の命子。役に立ったかは諸説ある。
ソラが手を上げる。
「まだ先の話になるけど、付喪人になるにはどうすれば良いと思う? 氷雪の心みたいなアイテムはなかなか手に入らないでしょ?」
「我が考えるに、氷雪の心を使ったから種族が付喪姫になったわけではないと思う。もちろんいい経験にはなったけど。物の魂を感じられるなら、付喪人あるいは同じようなことができる種族になれるんじゃないかと考えている」
「武具の進化や武具の魂を別の物に入れ替えられる別の種族ってことよね?」
「うむ。というのも、氷雪の心みたいな特殊なアイテムを使用した経験が必要だと、進化の条件が運や財力に左右されすぎる。生産職は誰かが持ってきた素材を加工して経験値を得るのが基本だから、そういうレアなアイテムが進化の解放条件になるのは違和感がある。それに、我が氷雪の心を使ってから第二のマナ進化をするまでにあまり時間が開いていなかったし、あれで付喪姫への種族的な方向性を決定付けたとは思えない」
「なるほど、そう言われるとそんな気がするわね」
「まあ、少し待てば第2のマナ進化者は増えると思うから、そういった情報も出てくると思う」
紫蓮はそう締めくくり、魔石と土台を回収した。
「では次に武具の進化をする。羊谷命子」
「はい、先生」
命子はスクールバッグからギャル巫女服セットを取り出した。
紫蓮はそれを丁寧に広げ、命子に言う。
「最終確認だけど、この魔石を使うとこの巫女服セットは正当進化をする。それでいい?」
「うん、それでお願い」
「了解。ちょっと準備するから、羊谷命子は心で服に語り掛けていて」
紫蓮はそう言うと魔石と土台を最終チェックする。
命子は言われた通りに巫女服セットを撫でて心で語り掛ける。
無限鳥居から今日まで、冒険の時はいつも着ていた巫女服セット。
今まで着たどんな服よりも愛着があり、これからも一緒に冒険ができるなら、とても嬉しい。
「強くなるんだぞ」
そう語り掛けた命子に、紫蓮が3つの魔石が嵌った三角の台座を渡した。
「合成強化をして」
紫蓮の言葉に命子は深く頷くと、巫女服へ合成強化を施した。
すると、台座に嵌った3つの魔石の文様が浮かび上がったかと思うと、魔石は光となって巫女服に吸い込まれていった。
「こ、これは……っ」
神秘を見逃すまいと瞳を光らせた部長たちは、光に包まれた巫女服セットを見て息を呑む。
神秘の探究者である命子もまた龍眼を光らせた。
少し野暮かとも思ったが、相棒が強くなる様子すらも糧にして貪欲に頂を目指すことにした。
服の内部の魔導回路が蠢き、力強く変化していく。
やがて光が収まった時、そこにはいつもと同じ巫女服セットの姿があった。
「変わってない?」
「ううん。服としての存在感が全然違うわ」
誰かの呟きに、コスプレ部の部長が否定する。
命子もそれは同意見で、巫女服がさっきまでの格ではないと肌で感じていた。
アイテムを鑑定できる『鑑定玉』で見てみると、合成強化の最大値が500まで大幅に増加していた。これは氷雪の心を使用したルルたちの装備も同じだ。
「ちょっと着替えてくる」
さっそく命子は別室に移動して、制服から巫女服に着替える。
まるで新品の服を着るような感触だが、そうかと思えば着慣れた安心感に包まれる。
再びみんなの下へ戻ってきた命子は、みんなの前でポージング。格好も相まって言い逃れができない陽キャなギャルである。
「明らかに力が増しているけど、柄に変化はないのかな?」
「ささらちゃんの服は柄が動くわよね」
ささらの着物の柄は動く。
これは【防具性能アップ】の効果だと研究でわかっている。
「ふーむ、となると魔力か。じゃあちょっとやってみようか」
「待った。命子ちゃん、外でやろう。視聴覚室が死ぬと怒られる」
というわけで、みんなでお外へ。
もちろん視聴者さんも忘れない。
みんなが見守る中、命子は精神を集中する。
【覚醒:龍脈強化】でぶわりと翡翠色の光が命子を包みこむ。だが、巫女服に表面上の変化はない。
「魔導回路が活性化している?」
「ガチ勢が本気を出すと武具はこんなに活性化するのか……」
と生産ガチ勢が興味深そうに瞳をペカーッ。
1年生は必死に瞳を紫色に光らせて、授業を受けた。
「……」
最近モノにした秘奥義でさらに驚かせてあげようかと考えた命子だが、やっぱりやめた。
それはとっておき。使うのはいまではない。命子は計算高いエンターテイナーなのだ。
ふぅと息を吐き、命子は龍脈強化を解除した。
額に汗を浮かべてキラキラ粒子を浴びせてくる1年生の眼差しに、俗物な命子は大満足。
そんな甘美な眼差しから意識を逸らし、命子は片腕を広げて、もう片手で垂れ下がる袖を撫でた。
「これからもよろしくな」
こうして命子たちは武具の進化を進め始めるのだった。
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